ひとつの恋 ☆ 2

まっすぐな想い



名残り惜しく去りゆく季節風
カルミアの花が爽やかに咲き誇る。



同じクラスだから覚えている。
あなたの第一印象は特にトキメキとか一目惚れではなかった。

目つきが悪いのかと思えば笑うと柔らかい瞳
髪が黒く染めないと決めているあなたらしさ。

いつも意味もなく自信満々で、任せられる安心感があった。

時々ふざけて軽い冗談を言っているけど、授業はマジメに取り組んでいる。

その真剣な横顔と、笑うと目が柔らかくなり屈託のない無防備な表情とのギャップに、ゆっくりと惹かれていったんだと思う。



私があなたを好きなんだとココロを強く動かされたのは、夕方の広い運動場のトラックであなたを見つけた時だった。



私は友達の美耶(みや)千尋(ちひろ)に誘われて、興味半分で男子テニス部のマネージャーを希望した。

私はマネージャーっていう響きに、前々から憧れていたから気軽にやってみることにした。

クラブ室は校内の西の端にあってコンクリート作りの二階建てだった。

入部手続きに行くと部室内はムッとする爽やかな男臭が立ち込め、そこは不思議な大人っぽさが漂っていた。


部員の三年生のメンバーは学年がたった二つしか違わないのに、あか抜けた大人の男の人に見えた。


部長の大輔先輩からあっさりマネージャーのOKをもらう。


マネージャーはF組 ( 生活科 ) の二人と私達三人を加え、新マネが五人になった。

生活科はアルファベットで"F"と呼び、女子だけのクラス、即ち通称『 (じょ)クラ』と呼ばれていた。

女クラのマネ、加代と未央ちゃん二人は二卵性の双子みたいに雰囲気がよく似ていた。



後輩マネージャーと先輩部員って、どう考えても王道の恋愛パターンだから


ややこしい恋愛構図に発展していくのに
そう時間は掛からなかった。





テニス部にマネージャーとして入部したけど、やる事はボール拾い位で遊んでいてよかった。

私以外のマネ四人はそれぞれ好きな先輩を特別な思いで応援している。


美耶は小柄でお笑い系の人気者、ムードメーカーの(りゅう)先輩。仲は良いのによく喧嘩をしていた。

千尋はクールで頭がよくて爽やかな伊南(いなん)先輩に片思いしてた。

未央ちゃんは部長で大柄な優しい大輔先輩といい雰囲気だった。

加代はテルマエ並に顔が濃い大河内先輩と付き合ってた。



あと、天雲(てんくも)先輩がいた。

茶髪で髪をハードスプレーで立たせて長ランか短ランを着てたっけ。

まるでホットロードの漫画の世界から飛び出てきたような、それがピッタリな先輩だった。

近くにいるのになぜか遠くに感じる背中に、好きとかじゃなくて憧れてた。

私は部活内で好きな人もおらず、天雲先輩をお兄ちゃんみたいに慕ってたのかも知れない。



恋心とは違う、背伸びさせてくれた人。



部員の先輩達はタバコ吸ったり、原チャやバイクに乗ったりと無茶する時もあった。

校則違反、、いや法律違反なのに、それは今まで知らない世界だったせいか、私には新鮮に映って見えた。

大人になっているんだと錯覚さえ覚えていた。


初めてカラオケに連れて行ってくれたのも先輩達だった。

まだカラオケBOXがなかった時代。

ミラーボールに派手な照明、ここは元スナックだったんだと思う。
広く薄暗い部屋に黒いソファが並んでいる。

大きなカラオケマシンに一曲百円ずつ入れて歌うシステム。

初めて触れる熱い曲、ラブソング、先輩達は慣れていて歌が上手かった。


千尋が想いを寄せている伊南先輩は、気付けば私の隣にいて 物静かに誰にでも優しく接してくれる。

カラオケのデュエットが始まると伊南先輩がクールに「 しおり、歌お… 。 」とマイクを渡してきた。

私は一番だけ歌って二番はマイクを千尋に廻す
千尋に気を遣っていた。



私は伊南先輩が誰かに向けた眼差しも
近くにいる時に伝わる温度も

心の奥のどこかで何か特別なモノを感じ取っていた。



休憩時間 三階の校舎から、中庭にいる伊南先輩を見つけて、私が大声で先輩を呼んだのは、千尋のため。

恥ずかしがり屋の千尋のために
昼休みに伊南先輩と話すきっかけを作ってあげたくて、千尋と購買部へパンを買いに行っては先輩とお喋りしたことも。



そうあの時を思えば 先輩は千尋を見ていなかったのだ。



私がしたことは、全て千尋には逆効果だった。




今日はテニスの大会


南側には海が見える 潮風がまぶしいテニスコート。
普段、真面目に練習してない部員は皆
あっさり一回戦惨敗だった。



試合終わりにみんなで海へと出向き、アイスを食べながら写真を撮り戯れていた。


天雲先輩が笑顔で

「 しおりは伊南の事、どない思とん?」

さっきまでおちゃらけていたのに決定的な事を聞いてくる。

先輩はヘラヘラ笑っているけど、伊南先輩と私の仲を取り持とうとしている。

私が鳴海君に片想いしていることは、先輩達は知っていたし
伊南先輩のことは千尋の好きな人であって恋愛対象ではなかった。


みんなそれぞれ思い思いに人を好きになり
不器用に好きと好きが絡みあってしまう。

その想いは一方通行で そう簡単に上手くいかない。



そうして海へと細長く出っ張った釣り場に来るようにと私だけが呼ばれた。


私は固いコンクリートブロックから足をブラブラさせ海を眺めていた。

足元にはテトラポッドが無数に広がり、そこを這うフナムシが一斉に逃げていくのが滑稽に見えていた。



「 待たせて悪い…… 。 」



振り返るとそこには伊南先輩だけがいた
先輩はストンと私の隣に座る。


二人っきりなんて初めてだったし、どうしようって考えるとお腹が痛くなりそうになった。


「 しおりは好きなヤツと上手くいっとんか? 」

ふいに、鳴海くんのことを聞かれドキリとした。


他にも色々聞かれたし他愛もない話しを暫くしたと思う。


その間一定のリズムで波はさざめき
塩水を含んだ海底へと続く藍色は、果てしなく深く続いて見えた。


時々波が大きく押し寄せコンクリートの壁から二人の足元へと、水飛沫(みずしぶき)がかかりそうになる。



先輩は唐突に

「 しおり俺やったらあかんか?
可能性ないかな? 俺しおりの事絶対幸せにす
る自信ある、マジで……… 。 」


先輩は一見 顔は穏やかだったけど、目は怖いくらい真剣だった。

センター分けに細くなびいた髪も、先輩の想いもサラサラと真っ直ぐでせつなくなってくる。



私は視線を外し、海に向かって呟くように言葉を絞り出す。


「 先輩には、千尋がおるやん…… 。 」


それは伊南先輩を徹底的に傷つけたのかもしれない。


それでも先輩はゆっくり考えておいてと、余裕すら見せて海を優しく眺めている。



私には千尋の気持ちが大切なのに

でもでも
今となっては千尋の想いは
伊南先輩には届かなくて

もう前から千尋は先輩の気持ちに気付ていて……



あの海で伊南先輩に呼ばれたその時
陰で千尋が泣いていたんだ。


心臓がぎゆーっと握り潰されそうで痛かった。



私は次の日から美耶と千尋と上手く一緒にいられなかった。


思春期の三人、トライアングルな微妙な関係。


その後、私はバイトを始めたこともあってテニス部に行くことから遠退いていた。





友達も部活もなくしかけた、妙に淋しい一人の帰り道。


運動場のトラックをふと目を細めて見ると
陸上部の誰かが自主練をしている。


目が覚めるようなブルーのジャージ姿の黒豹が、(はやぶさ)のように駆けていく。



鳴海(なるみ)くんだ。



余りにもきれいなフォームでトラックを走り去るあなた、本当に綺麗に走るんだと私の心は奪われる。


鳴海くんずるい、そんな教室では見せない
全然違う懸命な顔をして。


そこいらの空気と一体化して、別世界へと吸い込まれそうになる刹那的な動き。


あなたの走りを見ていたら
時が過ぎるのを忘れてしまう。


遠くにいるあなたのその姿を見ているだけで
捻れにねじれた気持ちが辛くなり
涙が出そうになっていた。



なぜか情緒不安定みたいに感情が溢れて、その場に座り込み
私は声に出して泣いてしまった。



好きってイコール辛い



それを知ったのは 青葉が 色艶めき
汗薫りたつ あの初夏の日だった。






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ひとつの恋 ☆ 2

ひとつの恋 ☆ 2

まっすぐな想い

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-01

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