We spin the world

We spin the world

一人暮らしを初めて一ヶ月が経つ。いろんなことがいろんな風に変わって、なんともめまぐるしく日々が過ぎていった。

大学が終わってバイトをして安いアパートの2階の角部屋に戻れば、そこは薄ら寒く真っ暗で自分一人の世界、そんな生活にも慣れてきた。念願の一人暮らしだ、両親と暮らしていた頃よりは何億倍もマシだ。ひとりになりたいときはひとりで帰ればいいし、寂しい夜は友達なり男なりを呼べばいい。
白い電気をつけるとそこはなんとも白々しい空間で、耐えきれなくなっていつものようにiPodで音楽を流す。本当はドリームシアターの泣けるバラード曲でも聴きたいところだったが、残念なことに次のライブも近い。自分のやっているメタルバンドのリハ録音を流しながら、床に置いたミニテーブルに座って、夜食に買ってきたスナック菓子を食べ始めた。疲れきった身体にうるさいドラムが突き刺さり、耳障りなギターの音が脳内を掻き回す。そしてなにより自分のベースの音が色濃く押し寄せてきて、嫌でもいろんなことを思い出す。メンバーに細かいミスを注意されたことや、自分より明らかに下手なバンドマンに批評されたこと、父親に厳しく練習させられたこと……。

父親は昔プロを目指していたベーシストだったらしい。技術はあるから運がなかったのだろう、結局それで生計を立てることは叶わず、普通のサラリーマンになったという。それでもまだ未練があったようで、私が生まれると幼い頃からピアノをやらせ、小学生のころには自分のベースを与えてひたすら練習させた。一方の母親は、父親のようになってほしくないとばかりに、勉強をして大学に行くよう私を説得した。
こんな両親に挟まれて育った私はこうして、とりあえず頭の悪い私立大学に行きつつ、不本意ながらも唯一の取り柄となってしまったベースをやりながら、なんとなく生きていた。いまだに毎日のように繰り広げられていた両親の喧嘩と、父親のベース指導、友好関係にまで口を出す母親の過干渉にうんざりして、家を飛び出したのがちょうど一ヶ月くらい前のことだ。
行くあてもなく少しの荷物だけ持って人生初の家出をした私は、数少ない友達の家を転々としたり、街でナンパしてきた男にホテルに泊めてもらったりしながら一週間を過ごした。両親にはまったく連絡していなかったが、毎日私の行きそうなところを張っていたらしく、一週間がたった頃に大学から出てきたところを捕まえられて、3人で話し合いが持たれた。両親ともやつれた顔をして、私たちの育て方に問題があった、深く反省している、と謝られたが、私はもう愛想を尽かしきっていた。目の前に座る2人が、バイト先のファミレスに来るような、まったく見知らぬ夫婦なんかのように見えた。お父さんお母さんのことは愛しているけれど、少し距離を置いた方がいいんだと思います、一人暮らしをさせてもらえないでしょうか。棒読みにならないように、バイト中のように柔らかく他人行儀にそう言うと、両親は私に許されるためならなんでもする、と言わんばかりに、すんなりと手配をしてくれた。それ以来両親とは、たまに来るメールにこれまた他人行儀に返信するだけで一切会ってはいない。

スナック菓子を袋半分くらい食べたところでついに耐えきれなくなり、iPodを止めた。こんなに疲れていてただでさえ不健康な生活をしているのに、ゴリゴリバリバリしたメタルなんてさらに体調が悪くなりそうだ。今のバンドは好きだし、メンバーも大好きだ。楽曲だって嫌いなわけじゃないし、むしろ我ながらかっこいいとさえ思っている。でもそんな好きな曲でさえ嫌に思えるなんて、きっとずいぶん疲れている。なんだかどっと気力が抜けて、ベッドに倒れ込んだ。最悪、シャワーなんて明日でいい。
ところがいざベッドに寝転がっても、なかなか眠れそうな気配はない。電気を消して枕元のライトだけにしてみるが、薄暗く無音の闇に押しつぶされるような不安が、睡魔を払い除けて行くようだった。
暇に任せてツイッターを開くと、夜行性のバンドマンたちがいまから活動を始めようとしていたり、深夜バイトをしている友達が休憩をとっていたりと皆まだ動いている様子が伺えた。
《めっちゃ疲れてるのに眠れない〜なにこれww》
あえて明るくツイートしてみる。みんな起きていても、誰も私のことなんか気にしない。私も同じだ。知り合いのギタリストが曲がまとまらないと悩んでいようと、大学の後輩がメンヘラツイートをしていようと、へぇー、と思うだけだ。
そのままぼーっとタイムラインを辿っていると、電話がかかってきた。
リョウだ。暇だし出てやろう。
「……もしもし」
「もしもーし。何してんの?」
「んー眠れないからツイッター見てる」
「奇遇だねえ、俺も眠れなくてツイッター見てたんだ」
よく耳をすませば電話のむこうに幽かなエンジン音と、ピンクフロイドの『ウィッシュ・ユー・ワー・ヒア』が聴こえた。
「……車運転しながらスマホ見ないの、何度言ったらわかるんだよ」
「おー怖い、そう言うと思ってちゃんとスピーカーにして喋ってるじゃない〜」
いつものようにへらへらと笑う。呆れてため息をついた。
「暇なの? 遊ぼうぜ」
「は? 今から?」
「そうだよ〜どうせ眠れないんでしょ?」
「まあそうだけど……」
「私メリーさん、いま環八を走っているの」
裏声で言うリョウに、さらに呆れた。……こいつ、うちに向かってる。
「……どこいくつもりなの」
「まあそれは俺に任せろって〜! 車あるし飲むわけじゃないしさ」
「そりゃそーよ、飲酒運転しようとしたら私が殴り飛ばしてでも止めるわ」
「わぁこわーい〜。私メリーさん、あと十分であなたのおうちに着くの」
「……そりゃまた急だな」
「そんなわけだから準備して待っててね。あ、寒いから俺に貸す用のパーカーかなんか余分に持ってきてね」
「はいはい……」
電話を切り、ベッドから起き上がった。
自称私の親友のリョウはよくこうして私を遊びに誘う。それもタイミングを見計らったように。本人曰く、テレパシーで俺を必要としてる時はわかるんだよ、などと言うから返答に困る。誘われるたび、いちおう迷惑そうな顔をしつつも大抵の誘いには乗ってしまう。よく女は男に都合よく遊ばれて搾取されるものだ、と言う人がいるけれど、だったらこちらだって都合よく使えばウィンウィンじゃないか、リョウだって普段チャラチャラ遊んでるんだから、と思う。
帰ってきてすぐメイクを落とし下着姿でいたから、正直準備は面倒だった。少し迷ったが、どうせリョウにしか会わないしいいか、と思い直し、部屋着に近いスウェット地のワンピースに厚めのパーカーを着て、眉毛だけ書いた。リョウに貸すパーカーと食べかけのスナック菓子、財布を持ったところで、リョウからラインが来た。
《私メリーさん、いまあなたの家の前にいるの》
サンダルを穿いて戸締りをし、煙草と家の鍵をポケットに突っ込んで階段を降りると、見慣れたリョウの車があった。
黙って助手席のドアを開けると、車内ではムーンサファリがかかっていた。
「よっ、わざわざお前んちまで来てやったぜ」
「……頼んでないんですけど」
「もう〜素直じゃないんだからぁ〜」
へらへらしながらもスマホから目を離さないリョウを尻目に、助手席に座りシートベルトをした。「で、なーに? なんか話したいことでもあんの?」
持ってきたパーカーをリョウの膝にどーんと投げつけながら何の気なしに聞くと、リョウはびっくりした顔をした。
「へ? なんでわかったの? あ、パーカーありがと」
「どういたしまして。きみが深夜に私を呼び出してまでスマホをいじってるなんて、なんかあるに違いないと思っただけ」
エンジンがかかり、車が発進する。
「きみって呼ぶのやめてくれないかなあ〜、なんか馬鹿にされてるみたいな気がするんだけど」
「愛をこめて呼んでんのよ」
適当に答えたのに、リョウは少し黙り込んだあと、そっかそれならいいか、と呟いた。やっぱり今日のリョウはおかしい。
仕方がないので気を紛らわせてあげようと、自分のバンドの話や家出したあとどうなったかの話なんかをしてあげた。リョウは明るいトーンではなかったけれど、適度に相槌を挟みながら聞いてくれた。
特に、家出したときのバンドメンバーの反応については面白そうに聞いていた。家族や友達がみな心配のラインや電話をしてくる中で、メンバーたちだけは「お疲れ様! 今日のスタジオはここが変更になったよ。次回のスタジオではここが課題だから気をつけてね。たまには普段思ってること爆発させろよ。強く生きような。あ、次回のスタジオは土曜日の20時からね」といった内容の、なんともサバサバしたラインを送ってきたきりだった。そこには、自分がいることがさも当たり前の空間が作られていて、何事もなかったように戻れる場所が用意されていて、メンバーもみなそれを疑いもせず待っている、ということに言い知れぬ安心感と愛を感じた。そんな空気感を作ってくれる人は初めてだった……リョウを除いて。

いつの間にか車内のBGMはムーンサファリのアルバム、『ラバーズ・エンド』になっていた。話も途切れ、2人しばらく何も話さずに前を向いたまま夜の街を走った。
信号で止まった時、リョウがぽつんと呟いた。
「……いやー、また彼女と別れちゃいそうでさ」
「なーんだ、そんなことか」
軽く言うと大きくため息をつかれた。
「今度はなに? 浮気がバレた? それとも浮気された?」
「お前は俺のことをなんだと思ってるんだよ」
やっと少し笑ってくれたのでホッとした。
「それで、なんでそんなに落ち込んでるのよ。いつもはケロッと別れて次の女の子と遊んでるじゃない」
「まあ、そうなんだけどさ、そういうのもいろいろあってさ」
いつになく意味深な言い方をする。私の知っているリョウは、いつも穏やかで、常にいろんな女の子とちゃらちゃら遊んでて、何も考えていないようにへらへら笑っていて、なにがあっても変わらないその笑顔に周りもつられて笑顔になるような、そんな奴なのに。なんだかペースが狂ってしまう。
「きみらしくないね、なーに振られたの?」
「いや、まだ別れてない。近いうちに俺から振るつもりなんだけどさ」
「なのにそんなに落ち込んでるのか。大丈夫だよ、フリーになったんだからまたいろんな子と遊べばいーじゃん、束縛もないしさ、よかったじゃん」
なんとか元気を出してもらおうとつい言葉数が増える。リョウは初めて見るような寂しそうな横顔でへらっと笑った。
「無理に励ましてくれなくていいよ、そこでただ俺の垂れ流す話を聞いててくれればいいんだ」
「……はい」
だんだん対向車が少なくなり、外灯も減っていく。
「『ラバーズ・エンド パート1』の歌詞知ってる?」
リョウが呟いた。アルバムが終わろうとしている。
「あー1曲目? 歌詞までみたことなかったわ」
「She couldn't change my world……彼女は俺の世界を変えられなかった」
柄にもなくぐったりと吐き出す和訳に、私はつい少し笑ってしまった。
「なに笑ってんだよ、俺は真剣に悩んでんだぞ、慰めろ」
「さっき自分が、無理に励ますなって言ったんじゃん」
「ん、まあたしかに……」
またリョウが黙り込んでしまったので、暇になって『ラバーズ・エンド パート1』の歌詞を検索した。
She didn't see the best in me She couldn't change my world......
リョウに限らず、別れる前のすべての恋人がこの歌詞に縋るであろうことは容易に想像がついた。でもそれは、それじゃああまりにも……
次に流れてきたサーカス・マキシマスの『ラスト・グッバイ』のせいで、思考が中断された。
「なんであんたこんな辛気臭い曲ばっか流してんのよ、さっきから」
車のスピーカーに繋いであるiPodを見るとどうやら「失恋のときに聞きたいプログレ」プレイリストを流しているようだった。
「ふざけんじゃねえよ、こんなん聴いてるから落ち込むんだよ」
適当にiPodを漁り、チェレステのアルバムを見つける。これならイタリア語だから歌詞もわからないし大丈夫。リョウはなにも言わずにフルートの部分を口笛で奏で始めた。
しばらくイタリアンプログレに包まれたまま夜の道をひた走る。数曲が終わる頃やっとリョウが口を開いた。
「お前、チェレステだって充分エモいメロディーじゃねえかよ」
「しょうがねえだろ。プログレなんてうるさい変拍子か、ひたすらエモい変拍子かの二択しかねえだろ」
「たしかに。じゃあ俺はうるさい方が聴きたい」
「はいリクエスト入りましたー」
iPodの中を探す。うるさい方がいいって自分で言ったくせに、キングクリムゾン『21世紀の精神異常者』をかけたら、俺が精神異常を起こしそうだ、と呻くので、仕方なくアクトの『ラスト・エピック』を小さく流す。これなら安心かと思いきや、2曲目のサビで「I still remember when we were one〜」と歌い出すので一瞬ひやっとした。が、本人はここはひっかからなかったようで平然としているので、何も言わないことにした。まったく、2年一緒にいても自称親友でも、こいつのツボはよくわからない。

アクトを聴き流しながらぼーっとしているうちに、静かに車が止まった。外灯は少なく、車のライトを消すと外には何も見えない。それなのにリョウがiPodを止めてさっさと外に出てしまうので、慌てて追いかける。
足元に気をつけながらリョウを追って石段を下る。少し目が慣れてきてやっとわかったが、どうやらどこかの河川敷らしい。先に石段を抜けたリョウが伸びをして、こちらを振り返った。早足で追いかけて、坂になっている芝生を並んで下りる。周りに建物は少なく、川の水がなにかに反射してときどきキラキラ光った。空を見上げると月が煌々と輝いていて、まだ闇に目が慣れきっていないけれどきっと星も見えるのだろうと思われた。
「……ここ、どこ?」
「いちおう都内だよ。俺の見つけた穴場スポット」
「都内でこんなに星が見えるんだ……すごいな」
「まあ山梨に近いところだからね」
そう言うとリョウは川辺まで歩いていって捨てられていた空き缶を灰皿替わりに引き寄せ、煙草を吸い始めた。隣に座って同じように煙草に火をつける。
半分くらいまで吸ったところでやっとリョウが話し始めた。
「俺さ、絶対振るより振られる方が辛いと思ってたんだよ」
「へぇ」
「いままで、振られたことしかなかったしさ。だいたい俺が浮気して怒られて喧嘩して振られてたんだ」
「知ってるよ」
「でも今度の彼女はさ、浮気してもなにしても、笑って許してくれちゃうんだよ。怒らないしラインやツイッター監視もしないし、泣きもしてくれない」
「……怒って泣いて、ライン監視してほしかったの?」
「うーん」
煙と一緒にため息を吐き出したリョウは、そのまま煙草を消して草の上に両脚を投げ出した。私もフィルターぎりぎりまで吸った煙草を空き缶の中に突っ込んで、仰向けにごろりと寝転がった。まだぎりぎり9月だというのにさすがに夜は肌寒い。
「……そうなのかもしれないね。最初のころは束縛しない楽な彼女だと思ってたよ。だけどだんだん、俺のことなんて大して気にしてないんじゃないかって思い始めてさ」
「彼女のなかで、俺の存在はそんなに小さなものだったのか、って?」
「そう。それともう一つ、本当は俺の知らないところでたくさん泣いてるんじゃないかって」
「……」
「そして俺には、その涙すら見せてくれないんじゃないかって」
「……その話、彼女さんとはしたの?」
「もちろんしたよ。でもあいつは何度聞いても、そんなことない、私はリョウくんが楽しそうにしていて、いつか私のところに戻ってきてくれれば、それでいいんだよ、って言うんだ」
「…………きみには、浮気をやめようっていう発想はないの?」
「あるよ! 1ヶ月前くらいまで全然してなかったし、彼女としっかり向き合ってたつもりでいた」
寝転がったまま、2本目の煙草に火をつけた。空気が美味しいのか、煙草もいつもより美味しく感じる。リョウは前だけを見つめて話し続ける。
「俺は彼女に余計な心配をさせないように、今日はこういう友達とどこどこに行ってくるよって逐一連絡してた。彼女の方からはいつもなんにも聞いてこない。女の子はいないのかとか、それは嘘で本当は浮気してるんじゃないかとか、なんにも俺に聞かないんだ」
「……信用されてないんだね」
「そう、そうなんだよ。やっぱりお前ならわかってくれると思ってた」
きっと彼女は、リョウのことをまったく信用していないし心を開いていない。自分が傷つかないように予防線として、どうせ浮気しているんだろうと決めてかかって、それでも許そうと、いつかは戻ってきてくれると根拠もなく信じているふりをして、でもきっとそれだって本当に信じてはいないんだろう。どんなにいい子で一途だとしても、その愛の形はあまりにも歪みすぎている。リョウのように素直でまっすぐな奴にはきっと刺さらない。
「で、きみから振るのか」
「たぶんね。あーあ、どうしていつもこうなっちゃうんだろうなあ〜」
リョウも隣にごろんと寝転がった。リョウの頭にぶつかりそうな位置にあった空き缶を手を伸ばして移動させ、ついでに煙草も消す。
「いっつも、なんかうまくいかなくなって、こういう日が来ちゃって、俺はなにも変わらないまま次もまた繰り返すんだなあ。俺の世界を変えてくれるような女の子と巡り会いたいよ……」
ふいに、1ヶ月前のことを思い出した。突然家を飛び出した私に、リョウが言ってくれた言葉を、思い出した。その言葉のおかげで私はなにか大切なことに気づいて、変わろうと思えたのだ。今そのリョウが道に迷っているのなら、他でもなく私が正しい道標に気づかせてあげなきゃいけない。
多少でしゃばりすぎかとは思ったけど、謎の使命感とちょっとした苛つきをもって、照れ隠しのようにへらへら笑うリョウのお腹をぱかーんと叩いた。
「いってぇ!? 何すんだよ、やめろよー」
「アホなこと抜かしてんじゃねえよ! てめえの世界はてめえで変えろよ! 人に責任押し付けてんじゃねえよ!」
リョウがびっくりしている間にまくし立てる。
「あんたが前に言ってくれたんじゃん、人生は自分で選択しろって。失敗したって、責任もって選択しなかったてめえの責任だって。あんなに偉そうに私に語ったくせに、てめえが責任転嫁してどうすんだよ! 他人の世界は自分じゃ変えらんねえんだ、関わろうとしたって無駄だし、逆に自分の世界は他人には変えてもらえねーんだ。他人がそれに気づいてくれるように、自分が働きかけなきゃいけねーんだろ」
リョウが起き上がって、不思議そうに私の顔をのぞき込む。
「……なんだよ」
私も起き上がって目を合わせるとリョウは、いやお前らしくないな、いいこと言うなと思って、ともごもご言った。
「私がいつもいいこと言わないみたいな言い方するな」
「いや、違うんだけどさ、なんか……なんつーのお前、変わったなって思って」
「まあね、この1ヶ月でいろんなことが変わったしね。まあ自分の世界を変えたのは自分だけど」
にやっとすると、リョウもやっとへらっと笑ってくれた。
私はリョウの恋人でもなんでもない。もちろんすべてを知っているわけじゃない。自称親友に過ぎないだけだ。だけど今は、誰よりも信頼している自信はある。もし自分にどんな嘘をついていようと、まったく根拠がなかろうと、信じ続けられる自信がある。ついこの間まで私はこんな人間じゃなかった。リョウの彼女と同じで、何もかもを疑ってかかっていて、予防線に予防線を重ねて、誰のことも信じていなかった。それでも初めての家出を経験して、環境がいっぱい変わって、自分でも少しずつ変わってきたような気がする。今の自分なら、リョウに限らずきっとすべての人を受け入れ、信頼し続けられるのだろうと思う。そして、それに気づかせてくれたのは、紛れもなくリョウだ。
「でもま、私が変われたのは半分くらい、きみのおかげだよ」
「へ?」
「なんでもない」
新しい煙草に火をつける。夜に慣れてきた目に、リョウの瞳が火に反射してキラリと光ったのがわかった。
夜空を見上げるといつのまにか、黒いベロアに大小の穴をたくさん開けたように月と星が輝いていた。
「……月が綺麗だね」
「ね。俺もうここで死んでもいいや」
リョウも煙草をつけて、私の貸したパーカーを着込んだ。
「……ありがとな」
「お互い様だよ」
「あったかいな」
「うん」
「星も綺麗だな」
「そうね」
自分で変えたはずの世界は、やっぱり暗くて薄ら寒くて寂しいままの気がした。でもきっとそれはまだ目が慣れていなくていろんなものが見えていないだけで、本当はそんなことはなくて、何処からかはわからないけど少しずつ、いい方向へと変わっていくんだろう。
だってみんな同じ月を見ている。そのときは見えないところにいたってみんな、同じ星空の下にいる。

We spin the world

We spin the world

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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