さくら
桜色の空がきれいだ。舞い落ちる花びらの中を、幾人かの学生服姿の子どもたちが通りすぎる。それらを目の当たりにすると、思い出そうとしなくても記憶の部屋の扉は開かれる。いいことばかりではなかったはずなのに、たくさんのきらきらを纏って。
――おはよう。
家から学校までの道。線路沿いの並木道には、春がくるたびに鮮やかな桜が咲き誇る。春の風物詩、なによりも私を感傷的にさせる花。
――おう。
彼はめんどくさそうに首だけこちらにめぐらして、わずかに白い歯を見せる。毎日部活で汗を流している彼の肌は健康的に焼けている。はじめから、どうしようもなく惹かれていたのだと思う。
好きな人におはようって言えるだけで私の世界は桜色に染まった。触れられなくても、なかなか想いを打ち明けられなくても。
一目惚れは存在する。その人と出会った瞬間に、ああ、私はこの人と将来をともにするのだ、と予感する形で。
「文」
後方から私を呼ぶ声がする。もうすぐ、その予感は現実のものとなろうとしている。
「おはよう」
私はそっと微笑む。
さくら