レンタル家族

その家には父親がいない。
二年前に相手のDVが理由で別れたそうだ。
だから俺が派遣された。
39歳独身。普通なら小学生くらいの子供がいてもおかしくない年齢だ。
メールで依頼があって、早速指定の住所へと行ってみた。
依頼者は36歳の女性、十歳と二歳の娘が二人いる。
何でもその日は一番幼い娘の誕生日らしい。
父親を知らない娘の為に父親と過ごす一日をプレゼントしたいのだそうだ。
「ハッピバースデートゥーユー」
ケーキの蝋燭を吹き消し電気が点くと同時に俺が登場する。
初めて見る父親の顔に娘は驚きと喜びがないまぜになっている様子だった。
「ほら、ずっと会いたがっていたお父さんよ」
母親がそう言って俺を指差すと、とことこと娘がやってきて抱っこをせがまれた。
要望どおり抱っこをすると娘は笑顔になった。
そんな家族ごっこを傍から見つめる年頃の娘がもう一人いた。
この子は本当の父親を知っている。
だからこのやりとりが異様に見えてしょうがないんだろう。
だけどそれを感じさせないように三人の理想とする優しくて頼りがいのある父親を何とか演じ切った。
すると半信半疑だった上の娘も次第に心を開いてくれた。
誕生日会を無事に終わらせ末の娘が寝付くと同時に仕事は終了した。
帰る際に玄関で母親から茶封筒を受け取った。
その母親の後ろから顔を見せてバイバイと手を振る一番上の娘を撫でて家を後にした。
今日のレンタル先はとてもいい人たちだった。
電車にのって家に帰ると妻と子供が俺をあたたかく出迎えてくれる。
「お帰りなさい」
「パパ!おかえり!」
家族の声にホッとする。やっと自分の落ち着く場所へ帰ってこれた。
そしてリビングへ行くと突然何処からか何かが破裂する音が聞こえる。
「ハッピバースデーパパ」
今日は俺の誕生日だ。奇しくも仕事先の娘とかぶってしまったのだ。
俺は嬉しさを隠し切れないままフーッと一気に蝋燭を消す。
電気をつけると目の前に家族の笑顔とご馳走が待っていた。
ああ、幸せだな。とこの時思った。
本当の妻と息子とは数年前に離婚した。
原因は俺のリストラだった。
家庭内の空気は冷め、妻は息子を連れて出て行ってしまった。
その時の俺は自殺することを思いついたが、ある日「レンタル家族」の広告を見て思いとどまった。
家族がいないなら俺が家族になればいい。
世間では倫理性がどうのこうのと言われるが、俺はこの仕事に誇りを持ってやっている。
例え偽りでも心にぽっかりと開いたこの寂しさを埋めるには、誰かが必要なのだ。

レンタル家族

レンタル家族

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-29

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