カラオケA面B面

A面



 最も普遍的で不変的な電子音。目を開こうとする。が、開眼することを拒むかのように堅く閉ざされている。手探り気味に居場所を確認。スイッチを押す。鳴り止む。

 んっと声をもらす。伸びをする。全身が産声をあげるかのように活性化する。

 カーテンの隙間からのぞく陽の光。仲睦まじく飛んでいる二羽の雀。下の階からはパンを焼く芳ばしい香り。少し散らかっている部屋。

 見慣れたはずの景色。それさえもが新鮮に思えるこの胸の高鳴りよう。

 定期考査四日目の朝。別の表現をするならば、テスト最終日。

 いつも通りやってくる朝。だけど「今日」は少し違う。テストの重圧による憂鬱な気分。やっと解放される。たまりにたまったストレスや鬱憤が解消される。だけど、それだけじゃない。

 テスト後にある重大なイベントが気になって仕方がない。

 私は重い瞼を持ち上げながら朝食を摂りにむかう。



…………○



 気分が高揚している為か普段よりも早く学校に着いた。教室を見回すまでもなく、誰一人としていない。それも当然だ。だって、朝のHRまで長い針が一周近くしないと始まらない。

 ふと、にやけている自分に気付く。自然と声が漏れだす。

「ドキドキしているな、私」

 静かな部屋へ溶け込む。ひとりだけの……いや、ふたりだけの空間。

「なんで?」

 独り言とは自分に言い聞かせるものであって。他人に話すようなことではない。のに。聞かれてしまっているようだ。でも。不思議と不快感とか、そう言う嫌な気持ちはしない。

「カラオケに行くから」

 誰かに話をしたくてしょうがないから、なのだろうか。それとも。聞いていた人が彼だから、なのだろうか。はたまた。なにか別の理由でもあるのかは分からない。

「それなら俺もだよ」

 分からないけれど。自然と笑みが浮かんできている事実だけはどうしようもなく。私を充実させていてくれる気がする。あぁ青春しているな~と実感させてくれる。

「ホント?」

 人はそれを恋だとか愛だとか恋愛などと呼ぶのかもしれないけれど。だけど、そんなことがどうでもよくなるくらいに。今の私は最強だ。きっと、空へ飛んで行けるほどに。

 トクットクッと段々早鐘を打つ心臓までもが私を加速させる。きっと、宇宙まで行けるほどに。

「本当にホ・ン・ト。俺、緊張してる」

 必死にニヤケてしまわないよう堪える。頑張って堪える。けど。抑えきれない。嬉しすぎて、幸せすぎて、楽しすぎて。ホントに、ホントに、ホントに。本当に困る。

 どうか私を止めてほしい。なんて、思っても。この思いは停止してほしい訳ではない。ほんの、ただの口先だけさ。

 この一時がずっと続きますように。と、願いながら。彼と向き合う。

「私も」



…………○



 制限時間は五○分。気持ちが入道雲のごとく大気圏突破しそうでも。しっかりテストを消化する。用紙を食べる訳ではないよ。

 開始から、時計の針は半周。残りはあと半分くらい。まあまあな手応え。終盤は記号問題だけだった。ので。すぐに終わった。全体を通して半分は完璧。あとの半分、つまり25パーセントは、ちょっとあやしい。残りは分からなかった。

 ま、所詮はこんなものさ。

 試験監督の先生に気付かれぬよう彼へと視線を向ける。と。寝ている。左手で額をおさえるようにして。よ、余裕だなぁ~。はたまた、正反対の全く出来なかったか……後者は有り得ないけど。

 彼だから、きっと「走りだした手は止まらない(キリッ!」とか言うのだろうな。なんかむかつく。でも、彼だから許す。

 次の時間も同様だった。しかも気付いたこと、彼は開始十分後には眠っていた。つまりテストはすぐに終わらせていた。出来る人が妬ましい。



…………○



「今回の考査はこれにて終了となります。だからといってハメを外しすぎないように。……なんか、みんなからはあるかい? ない。それでは解散っ!」

 ピシッとした先生の声。

「きり~っ、きょーつけー、さよーならー」

 少し気の抜けた号令係。

「「「ぃぃぃいいいやっほぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 野郎達は怒号のように。

 わいわいガヤガヤと騒ぎ始める生徒達。かくいう私も例外ではない。ただ。声には出していないけど。心の中では「Yes!」と連呼している。さらには天地がひっくり返る勢いで躍っている。想像で、だけど。

 私の視線は彼へと吸い寄せられる。

 彼の周りには何人もの生徒が集まっている。彼は所謂、人気者だ。それも、男子からだけではなく。女子からも慕われている。誰に対しても同じ対応。別け隔てなく接する。みな平等。巧みな話術で誰とでも仲良くなるし楽しくなる。それに。イケメンだ。

 クラスの中心、よりか学年の中心的存在なのである。そんな絶対的なポテンシャルを持っている彼。役に立つ人間として。上に立つ人間として。きっと、産まれてきたのであろう。

 比べて私は……。時々、不安になる。なんで私なんかが、とか。不釣合じゃないのか、とか。迷惑かけてないか、とか。恐くなる。だけど、そんなことは訊けない。訊こえない。訊きたくない。私のことを■■と言ってくれた人に。そんなことは尋ねられない。

 気持ちを切替えよう。

 ふたりきりでカラオケへ向かう。そのことだけを集中しよう。あゝドキドキしてきた。あ、彼と目が合う。やばい。もう。直視出来ない。顔、赤くなってないかな? 大丈夫かな?



B面



 今朝は、珍しいことに早く目が覚め、普段通りダラダラと仕度を整え終え、ん~っと伸びをした後、家にいても仕方ないので、テストもあるし、早めに学校へ向かうことにしたのはほんの偶然で。

 学校までの道程は徒歩三分という、なんとも超至近距離的な関係なのである。なので、たったの一八○秒という短い期間で到着する。なので、これといって特筆するような事物も出来事もなにひとつなく……なんて言うのも味気ないので、やはり、今日の放課後にある大イベントについて少し触れておきたい。

 今日の放課後、つまりはテスト終了後という緊張の残滓が余韻を残す程好い状態(コンディション)で友達と近くにある、学生のタマリ場と化しているカラオケ屋さんへ行くこと、これが今日の大イベントだ。

 その友達とは俺の好きな人であって、現在の彼女さんである。絶賛、男女交際中なのですよ。言い回しが古くさいとか言わないの。

 なんて、話していたら話題の人の後ろ姿を見かけた。すると、好きな人にイタズラしたくなるという、男子小学生の頃のように意地悪な心が芽生える。足音を殺してこっそりと近寄る。

 まだ、朝早い時間帯なので校内の人気は皆無。チャ~ンス。



…………○



 一歩、また一歩とだんだん距離はせばまる。気付かれないことに対して少しだけ悲しい気持ちが湧きあがるけれど、彼女の驚いた顔を見るまでの辛抱。僅かな我慢。

 やがて、彼女は教室にある自分の席のところで、

「楽しみしているのかな、私」 と言う。

 どきりとする。鼓動が速まる。息が出来ない。他の音は聞こえない。手に汗が滲む。彼女から目が離せない。一秒が何倍にも膨れ上がる。俺だけが加速する。世界から切り離される。足が床から離れない。動けない。指も動かない。ノドはからからだ。目を閉じる。

 ふたりだけの空間。そんな感覚。

 ふたりだけの花園。そんな錯覚。

 ふたりだけの聖域。そんな幻覚。

 大丈夫、落ち着け俺。深呼吸、深呼吸。

「なにを?」

 俺は出来る限りいつも通りの声になるよう細心の注意を払うも、残念ながら震えている気がする……セーフ、ですよね。普通の範囲内のはずでよね!

「カラオケに行くこと」

 更に心の臓は更に早鐘を打ち始める。それはそれはそれは、俺と一緒に行くからと、自惚れても良いのかな? 良いよな、今だけは許してくれるはずだ。

「それなら、俺もだよ」

 俺も彼女とカラオケへ行くのが楽しみで仕方ない。今日この日のためだけに色々と努力してきた。風呂場で歌の練習をしたりとか。曲を聴き込んだりだとか。

「ホント?」

 パアッと明るい表情になる彼女。嬉しい。まるで俺が彼女を喜ばせているみたいで。まさにその通りなのかも、なんて。

「本当にほ、ん、と。俺、緊張してる」

 その通りだ。約束した日から継続的に現在進行形で緊張している。何時如何なる時も、今日、この日が楽しみで仕方なくて。

「私も」

 その言葉を聞いて躍りださなかった俺を褒めてほしい。



…………○



 テスト開始から数分後、夜、眠ることが出来なかったのは、睡魔として襲いかかってくるのは当たり前の帰趨な訳であって、抗う術を持たない俺はすぐに誘われた。大丈夫、九割はカタイ。ほら、俺、出来る人だし。ごめんなさい見栄を張りました……zzZ



…………○



「今回の考査はこれにて終了となります。だからといってハメを外しすぎないように。……なんか、みんなからはあるかい? ない。それでは解散っ!」

 担任の先生による気が引き締まる、凛っ! とした声。

「きり~っ、きょーつけー、さよーならー」

 対比してガス欠を彷彿させる腑抜けたやる気のない声。

「「「ぃぃぃいいいやっほぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 日々、溜まっていた鬱憤が堰を切ったように爆発する。

 良くも悪くも、このクラスは個性的だなと思いながら「テストオワタ」と話し掛けてくる友達へ適当に相槌を打つ。ハイハイ、本当ニアリガトーゴザイマシタ。

 彼女は席からまだ動いていないようで、カバンに手を掛けている状態。どうやら俺の方を眺めているような気がしたりして。ウインクをしてみた。我ながらなかなかの出来映えだと自負しております。なんてね。

 すると、彼女は慌てて顔を背ける。耳まで真っ赤にしながら。なんて。なんて可愛い生き物なんだろう、彼女は。抱き締めたくなる衝動を抑える。



…………○



 カラオケ屋さんの待合室には他の生徒達もいて、多少の息苦しさはあるものの、すぐに小部屋へと案内される。そこはだいたい四畳半という神秘的な正方形の領域で広すぎず、狭すぎず程好く居心地の良い部屋である。

「ご注文はなにかございましたか?」

「えっと、お水をお願いします。あ、ピッチャーも。あとは……特にないです」

「かしこ、かしこまりました、かしこ」

「「!?!?」」

 俺と彼女の反応をよそに、ささっと部屋から出て行く店員さん。今のネタは一体……? どゆこと? と視線で問い掛けてみると、さあ? と返される。確かにそりゃ分からんよね。

 そして「ふたりきり」という事実を今一度、思い出す。なんかノリで見詰め合っちゃたりしてる。俯く。急速に熱を帯び始める頬。やばい、直視出来ない。

 沈黙。

 やばい、なにか話し掛けないと。

「あのっ」「あの!」

 見事なシンクロ。

「あっ、先にどうぞ」

「いえいえ、君から先に……」

 沈黙。

 そんな静けさを引き裂くようなノックの音。ドアを勢い良く開けられる。

「へいっ! お水二杯お待っ!! こっちがピッチャーダYO! それではごゆっくりっ!」

 嵐が過ぎたかのように、ふたりしてポカンとする。

 そして、同時に笑いだす。

「じゃ、歌おうか?」

 音楽は流れ出す。



…………○



 楽しい時間というものはあっと言う間に過ぎて行くもので、ふと時計を確認すると、来店してからというもの歌いっぱなしであった俺らは、なんと六時間以上ぶっ続けでマイクを片時も手放していなかった。

 そろそろ帰らねばならない時間となり、彼女が先駆(さきが)殿(しんがり)を務めることとなった。会計は俺が済ませておいた。甲斐性なしとは言われませんよ、ええ。

「ごぉ来店ぁありがとうござぁいましたぁー。まぁたのお越しぉお待してぉおりまぁす」

 このカラオケ屋さんの店員さん達は、やけに特徴的だと思います、はい。



…………○



 帰り道。

 真っ赤に燃えているような夕陽を背に歩く。

 互いに互いの体温を感じるように手を繋ぎながら。

 今日のこととか、テストのこととか、クラスのこととか。

 どうでもいいような話とかたわいない話とか日々の出来事とか。

 色々な話をしながら歩く。そのような会話ひとつひとつがとても重要で。

 距離を埋めてくれるはず。

 なのに。

 なんで彼女は時折、不安気な表情を見せるのだろうか。

 俺では不釣合なのだろうか。それは不満げか。

 でも、いったいなにが彼女をそんな顔にさせるのだろうか?



A面



 帰り道。

 彼と手を繋ぎながらゆっくりと歩く。

 一杯話をしたいし聞いてほしい。

 彼は私が望んでいる事をなんでも気付いてくれる。

 ちゃんと目を見て話を聞いてくれるし、相槌を打ってほしい時に必ずはいる。

 手を繋いでほしい時も自然と指先を絡ませてくれる。

 他にも色々な事。沢山の事をしてれる。

 だけど、時折、思う。

 大好きな彼に対してなにか返せているのかな、とか。

 この幸せな気持ちはいつまで続くのかな、とか。

 いつか彼にも他の好きな人が出来るのかな、とか。

 恐い。

 いつか捨てられるのが恐い。

 恐いけど、そんな事、彼には訊けないよ絶対。



B面



 彼女の不安気な表情を見た俺は決心した。

 すっと肺の中を空気で満たす。

 今まで温め続けていた言葉を紡ぐ。

「結婚しよう」

 驚く彼女。両の目を丸くする。手に力が込もる。

「今はまだ高校生だけど、俺、一杯勉強して良い大学へ進学して。良い会社に就職して。アパートでも借りて……」

 小箱を取り出す。

「沢山働いて、給料一杯もらって。そしたら一軒家を買って……」

 小箱を開ける。

「一緒に幸せな家庭を築いていこう!」



~おしまい~

カラオケA面B面

後日、加筆・修正したものを再度上げると思います。
ご感想ご指摘をお待ちしております。

カラオケA面B面

長いテスト期間が終わり、男女のカップルがカラオケ屋さんへ行くお話です。いわゆるデートというやつです。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-29

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