沙鐘

積もって逆さにして

金色の砂がサラサラと落ちる。
粒は弧を描いた硝子の底を叩いて弾き反される。だがそれは最初のうちだけで粉が上に昇るように粒はお互いを山として積まれていくが、くびれを下って落ちた秒によって崩される。
ワタシはこの透明な複写の姿を持った砂時計を眺めて毛先が割れた歯ブラシを口に突っ込こみ夕食に食べた肉汁を洗浄していた。二分三十秒くらい残っている金色の砂は蟻地獄の巣の様に真ん中にクレーターを開け糸として垂らしている。それをぼんやりとして見ていた。

教室でお別れ会を催した。明日から別の何処かへ行ってしまう子でワタシはその子が嫌いだった。分厚いレンズの眼鏡で、何時も同じ襟が寄れた無地の服で、勉強も出来ない、運動も出来ない、しかも変な異臭がする子だったので友達もいない寂しそうな子であった。けれどもワタシにとってはそんな事は別問題であった。嫌いな理由はそれではない、その子の持つペンにあった。

その子が持ったペンで描いた絵は素晴らしく心を打った。椿と彗星、鉄道と踊る蛾、水晶の釘で氷河に閉じ込められた駝鳥。しっかりとした線と指でなぞりたくなる着色の皮膚にこの子が只者ではないと云う感じはワタシの脳髄にフツフツと湧いたのだ。それはワタシの自尊心にノミを打ち付けられ亀裂が真っ直ぐ割れた。何故ならワタシ自身、絵が得意で描く事を愛していたからである。それを墨で塗り潰す程の強烈な絵をワタシは良く覚えている。ゴミ袋に入れられた小さな猿が此方を向いて舌を出しYESと書かれ両目が青い惑星だった事。

夏の思い出として提出する絵をワタシは描いた。浴衣を着て金魚を掬っている絵だった。友達もワタシの絵を褒めてくれ囲んで声をかけてくれた。しかしワタシは気が気でなく、勿論その子が描く絵が気に入らなかった。きっと先生もその子の絵を気に入って賞を取らせるに違いない。ワタシはこの思いから理科室に忍び込みアルコールランプを持ち出してその子の描いた絵を燃やした。黒い煙は絵の具と紙にある景色事、消滅させた。

それから数日後、ワタシは校内で評価されて賞を取った。賞状を手に持って教室に入ると誰一人いない。ワタシは賞状を自分の机に置いてなんとなしに床に目を向けた。すると算数の用紙が眠る様にして伏せていたので捨て様と思い拾う。するとだ数式の裏に何かが描いてある。
砂時計だった。落ちる砂に。溶けたその子の思い出が粒として描かれていた。嫉妬さえも朽ち果てる作品だった。ワタシは算数の用紙の代わりに賞状を捨て、頭を掻いて立ち続け砂時計の絵が何時までも消えない脳ミソに文句を言う。その日の授業の最後にその子が居なくなる事を知った。

金色の砂が硝子を滑って糸を垂らす仕事を終えた。歯ブラシに力を入れ過ぎた所為か歯茎からポタリと血が陶磁器に染みを描いた。

沙鐘

沙鐘

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-28

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