白亜の屋敷の魔女

小説というよりは散文詩です。

その、女が1人で住むにはいささか広すぎる屋敷は、村と森の丁度間のところにあった。森のほうへ伸びる道は屋敷の裏手の湖に沿ってずっと1本で、村への道は途中で交差点が二つあり、それぞれの道はまた別の村や牧場へと繋がっている。森へ行こうと思えば、嫌でもその屋敷の横を通り過ぎなければならない。村の者達は屋敷には目もくれず、さっさと通り過ぎてしまうが、森を超えて、街から来た人間は、湖と並ぶ美しい白亜の屋敷を無視することは出来ない。そういった者達が「餌食」になるのだ。
街から来た役人たちや、女主人の顔見知りの貴族たちは、村に流れる噂を聞くと、顔をしかめるか、鼻で笑うかである。屋敷で彼女の面倒を見る色の黒い女達も、そんな話を聞いても笑ってこう言うだろう。
「エリザベス様が?まさか。あの方は貞淑な方で、亡くなられたご主人様一筋です。そのような噂は非礼にあたりますよ」
それに、もう1人が付け加える。
「それに、誰かお客がいらっしたら、あたしらの誰かが気付きますよ!」
すると、尋ねた誰かはこう食い下がる。
「でも、げんに被害者がいるんだよ。男が3人も行方不明だ!森を抜けたのは確かさ、木こりが見てたんだ!エリザベス様は魔女さ!男を誘惑して、飽きたら殺しちまうのさ!」
女は声を揃えて笑う。
「足を滑らせて湖にでも落っこちたんでしょう。気の毒ですけどね、うちの主人のせいにされちゃたまったもんじゃないですよ」

白亜の魔女の城を目指し、村からの道を1人歩く青年がいた。絹のようなブロンドは、しかし量が少なく、カールして肩にかかっている。女のように華奢で、薄汚れたシャツとズボンから、貧しい家のものだと分かる。瞳はスカイブルー、唇はかさついて、色を失っている。野良働の青年にしては、美しい。
女主人のエリザベスは、庭のベンチで刺繍をしている。「主の祈り」である。暑い国の血の入った、情熱的な燃える黒髪をこざっぱりと纏めて、生成りのドレスを着ている。目は針も布も見ていない。汚らしい侵入者をじっと観察している。
「どなたですか」
静かなのに響きなある声である。
「私はこの道の先の村よりきました、ケイレブと言う男でございます。仕事をさがしてこちらに参りました。なんでもいたします。どうか雇ってください」
ケイレブはエリザベスの前に跪く。村のゴツゴツした地面と違い、芝生が優しくケイレブの手と、足とを受け入る。
「顔をおあげなさい。よいでしょう。ちょうど男手が足りないのです。雇ってあげましょう。ただし、先に身を清めていらっしゃいなさい。裏の湖で水を浴びなさい。それから、屋敷の裏に回って、1番右端の窓を開けておくので、そこからお入り。服を置いておきますから、それを着なさい。着たら、ソファのある向かいの扉から私の部屋に来なさい」
ケイレブは、女主人の言いつけたようにした。
エリザベスは、6本の、それぞれに「人魚姫」の1シーンが彫られた柱の支える玄関から、屋敷へと入って行った。

「奥様、奥様」
ケイレブは幼さの残る少女のような顔を輝かせて、エリザベスの部屋に入った。こんなにうまく行くと思っていなかったから。エリザベスの屋敷は窓が多く、どれもカーテンが開け放たれていて、陽の光が白い壁を健康的に照らしていた。しかし、エリザベスの部屋だけは、カーテンが下され、白い壁は暗い色調のタペストリーで覆われていた。家具類もチョコレートよりも濃い茶色の木材でできていた。
「ケイレブ」
エリザベスはベッドに座っていた。同じ生成りのドレスで。ベッドは女1人には大きかった。ケイレブの今まで寝起きしていたベッドは、この三分の一もない。足がはみ出てしまうような小さなものだった。
「いらっしゃい」
ケイレブは親の言いつけを守る子供のように、素直にエリザベスの元へ歩いて行き、跪いた。エリザベスは彼女の蝋のような手を彼の肩に置き、優しく撫でて、そのまま首へ、また肩に戻り、胸のところで止まった。彼女は眉間に皺を寄せて、ケイレブのスカイブルーの瞳を覗き込んだ。ブチブチ、とその新しいシャツを引き裂く。そこに現れたのは、小さく膨らんだ胸だった。
「騙したわね」
エリザベスは乱暴にシャツから手を離すと、叫んだ。
「はい、奥様」
「女なのね」
「はい、奥様」
ケイレブは跪いたままで、じっと、とんがった顎を上げて、エリザベスを見つめている。恍惚と。
「はい、奥様。でも、愛しています」
エリザベスはベッドの上に無造作に置かれていた、銀の鋏を振り上げて、その小さな小鳥の胸に突き立てた。

白亜の屋敷の魔女

白亜の屋敷の魔女

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-27

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