マスク
「起立、礼」
日直の声が教室に響く。
私は声に出さず、口だけを
よろしくおねがいします。
と動かした。
日本史の授業。なんちゃら幕府がどうだとか、なんちゃら政権がこうだとか、私は全く興味がない。
高校生の、しかもあと半年もすれば卒業するというのに、自分の住んでる国のことに、全く興味がもてないということは如何なものかと思うが、別に深く考える必要もなく。ただただ黒板に書かれた文字をノートに写していく。
授業が半分ほど進むと、私は黒板を書き写す作業に飽きて、左頬を机にべったりとくっつけるようにして頭をさげた。机の木の冷たさが頬に伝わり。何とも言えぬ心地よさに、私は目を瞑って、そのまま夢の世界へトリップしようと試みた。
うっすらと目を開けると隣の席の男の子が、私と全く同じ状態で、いや彼は頬が右を下にして、目を閉じていた。
向こうは目を閉じているのだけど、なんだか見つめあってるような気がして、なんだかとても恥ずかしくなった。だけれど顔の向きを変えるのもなんとなく不自然な気がして、私はそのままの状態を保っていた。
彼の名前はたしか・・・。
杉田君。だったかしら。
杉田君は1年中マスクをしている男の子だった。
私は今まで一度も彼の顔をちゃんと見たことがない。体育の授業中、私がお腹が痛いと嘘をついて教室でサボったいた時、男子はグラウンドでサッカーをしていたから、まぁ暇つぶしに。くらいの気持ちで窓からその様子を眺めていた。
サッカー部だった男子がここぞというばかりに本領発揮をしている。周りの人も積極的に参加しているものの、サッカー部の彼の勢いに圧倒されてしまっている。
ふ、とグラウンドの端に目をやると杉田君がボールと全く関係ないところで、てろてろと走っていた。最初はなんだろう?と思ったけどどうやら全力疾走らしい。それにしては遅い。サンダルで走ってるのかと思うほど、てろてろと走っている。体育の先生に
「おーい杉田ぁ!お前、体育の時くらいマスクはずせぇ!」
なんて言われている。杉田君はマスクを外そうとせず、先生に向かって
ペコリ。
とお辞儀してまたボールと関係ないところをてろてろと走り出した。
そんな杉田君が今、私の目の前で眠って?いる。
私は彼のマスクを外したい。そんな衝動に駆られた。
彼は学校で昼ごはんはどうやって食べるのだろうか?
マスクは毎日変えてるのだろうか?だとしたらすごい出費だ。
家ではマスクを外しているのだろうか?
もし彼女がいてキスをするような時になったらマスクを外すのだろうか?
生徒手帳の写真はちゃんとマスク外しているのだろうか?
色々な疑問が私の頭を駆け巡った。別にマスクをしていようがいまいが
、私とは一切関係ないはずなのに、どうしてもマスクの向こうを知らなきゃいけない気がして、ドキドキした。どうしてだろう?
気づいたら、私は彼のマスクに手を伸ばしていた。左頬は机につけたまま、右手を彼のマスクへと伸ばす。
ゆっくり。ゆっくりと。
鼻の横にできたマスクの微妙な隙間に指をかけた。
このまま下に勢いよくずらせば、彼が起きてしまっても顔を拝むことができる。
怒るかな?ちゃんと「外して」って言えば外してくれるよね?
ううん。今ここで、彼の許可を得ずにマスクを外したいの。
そんな思いが私の頭に響く。
マスクにかけた指先に少し力を入れてみる。肌と布がこすれる音がする。
あぁ、起きちゃう、起きちゃう。
私はもう、心臓が飛び出すんじゃないかってくらいドキドキして。
でも、
ごめん!
心の中で叫びながら
勢いよくマスクをさげ・・・ようとしたとき
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。
「ん…」
目を開ける杉田君。
「え?ちょ、な、なに?」
自分のマスクに指をかけられていることに動揺しているようだ。
そりゃそうか。
「あー、マスクにゴミついてたよ」
とんでもない嘘。
でも杉田君
「ども」
なんて言うから、私はなんだかおかしくなって思わず、ふふっ。て笑っちゃった。
「あのー、そろそろ、いいかな?」
うっかり。私はマスクに指をかけたままだった。
「ごめんごめん」
と言っておきながら私は指を外そうとしない。
どういうわけか杉田君もその場から動こうとしないから
二人で机につっぷして見つめ合ってしまっている。おまけに私がずっと手を伸ばしっぱなしだから、机と机の間を通ろうとしている人の邪魔になっている。
けどまぁ、もう少し、このままでもいいかな?
なんて思えてくる。
いつのまにか
頬に伝わるひんやりとした感じはなくなっていて、それでもまぁ、いっかな。
なんて。
マスク