短編集「Day」
短編集『Day』 深空
Monday
私は今日を待ちわびていた。
朝早く、まだ教室には誰もいない。朝日が眩しいな、と思ったけど、せっかくの明るさを消してしまうのも勿体ないからカーテンは閉めない。机に反射した光が眩しい。
朝食に食べてきたクッキーが口の端についているのに気づいて、あわてて拭う。取り返しがつかなくなるところだった。
一年生の教室は五階。ちょっと縦長なこの校舎にも、すっかりなれた。もう、一月だもんね。長いようで早かったかなぁ。
昨日の雨とはうってかわり、カサカサと音をたてるイチョウの木。それを横目に、誰もいない廊下をスキップで進む。 冷たい風に首もとがすくんで、身震いする。
「うぅ、寒い。これじゃすぐ、葉っぱも散っちゃいそう」
思わず口元が緩んで、いつもより広い廊下を飛んで、跳ねて。つかれたらまたちょっと歩いて、向こうについたらくるっとターン。鼻歌も飛び出す。音痴って笑われる私だけれど、今は気にしなくてもいい。誰も聞いてないもんね。
昨日まで嫌いだった冬が、大好きだ。
先週まで嫌いだった月曜日が、大好きだ。
一生嫌いだった朝が、大好きだ。
二周はしただろうか。さすがにちょっと飽きてきて、教室に戻る。
時刻は六時半。まだまだ誰かが来る気配はない。先生だって疎らだろう。
ちょっとだけやる気が起きて、ピーマンより嫌いな数学のワークを取り出した。
カチカチっとノックしたシャーペンは、一年握り続けていたからか塗装が剥げて透明なプラスチックがむき出しになっている。
こんな朝だからか、嘘みたいにすらすら解けた。もちろん、ちょっぴりは間違えてしまうのだけれど。
「あーあ。いつもからこんなに解けたらなぁ」
そう考えたらちょっとアンニュイ。ワークとシャーペンを、ゴミ箱に投げ捨てる。ちょっと不機嫌。倒れたゴミ箱も直しません。
黒板消しを、ウィーンってクリーナーにかけて綺麗にして、まだ薄白い黒板を丁寧に消す。チョークのあるところまで綺麗さっぱり。うん、我ながら上出来。
さて、手を払ったら急にやることが無くなってしまった。
退屈は嫌いなのだ。ベランダに飛び出す。
もう十何年塗り直していない手すりは錆びてボロボロだ。そこに、おそるおそる肘をついてみる。ぽろ、と剥がれる僅かな塗装は、風にゆられ日に照らされてみればけっこうピカピカして見えた。
「こんなに幸せでいいのかな。」
分かってる。心の隅では。食べ残したショートケーキのイチゴを、ゆっくり食べてるイメージ。つまりは、もともとあったもの。
それにしても、ケーキだとしたらクリームは苦いしスポンジは無味でパサパサしていた。お皿だって欠けているし、何より一緒に食べてくれる人もいないのだ。
飲み込むように息をたっぷり吸い込む。食べ終わりはいつか来るものだ。
「それじゃ、ごちそうさまでした!」
笑顔で、私は無機質なコンクリートの地面へと、冷たい風の中へと、身を踊らせた。
ワクワクする。ドキドキする。
きっと次は、美味しいスイーツがたべ
* * *
Tuesday
ああ、なんという事でしょうか。
今日は塾も茶の稽古も舞踊も、何もない、火曜日。首輪に繋がれて部屋にいる私は、あろうことか大きな音をたててしまいました。
ガラン、と音をたてて床に転がったのは、鉄の鈴。確か、東北へ旅行した時に買った品。鉄器を応用してつけられた装飾は、母親らしくいかにも調度品に相応しい花々で、誇らしげに見えます。
壊れもひしゃげもしない花を、そっと棚の上に置きました。
だっ、だっ、だっ、だっ。
足音が聞こえてきます。何やら叫んでいるようですが、私には意味が聞き取れません。混濁した叫びは、母親にとってしか意味を持たない自己消化言語だと私はとっくに認識しています。でも、母親はそれが気に入らないようなのです。
「うるさい!!音をたてるな!!この無能、耳障りよ!!」
言葉で表すなら殴りつけるような音でしょうか。ドアはバンパーに跳ね返されて、でも遠慮するように少しだけしか戻らない。だから、母親の怒りには触れなかったようです。
母は手に持ったベルトを振り上げます。でも、動いてはいけません。そんな事をしたら、きっとまた足や手を切られてしまうから。
バチン。
耳を打たれて、私はバランスを崩してしまいました。
そのまま、何度も、何度も、床に転がった私を何やら叫び散らしながら打ち続けます。脚に、顔に、頚に。治りかけてすらいない青あざが、また増えていきます。
このまま死んだら、きっと上手く手配されて私は居なかったことにされてしまうのでしょう。父は、忙しくて偉い父は、普通母親の味方だから。それどころか、死体になってもいたぶり続けられるのかも。どっちにせよ、私にはあまり大差ない気がします。
勉強机の引き出しを全部引き出して、その角で私を殴っている母。叫んだら、母親はさらにヒステリックになることでしょう。
それでもいいのですが、警察が来たら私はまた施設に引き取られてしまいます。今より幾分かマシか、少なくとも同じ。なら、私は金銭的に不自由しないこの暮らしを享受する方が賢明に思えているのです。
「成績に四なんて付けてヘラヘラして!!どうしてあなたはこんなにクズで使えないのよ!!」
耳が水温を感じたので、そろそろ血が出始めているのではないかと思うのです。一番痛むのは頭だから、きっとどこか切れているのでしょう。
痛みは当たり前にあるものです。多分、他の人も同じ事。そこで折れてしまう私は、さて確かに母親が言う通り屑なのかもしれません。
意識が、薄れてきました。引き出しの角が眉間に叩きつけられて、ぱっくり割れたのが鏡にぼんやり映りこんでいます。
上から降ってきたのは、三角が一つのテスト。お習字の大臣賞の賞状。それから、中学生の時付けていた、学級委員のバッヂ。名門校の、優秀生徒表彰書。
その全てが、私の醜い血で染まって、いえ、汚れていくのです。
時計の針が真上を指します。母親は、それを見て、急に興味を失って引き出しを投げるとどこかへ行ってしまいました。仕事関係でしょう。
弱くて、ごめんなさい。
役立たずで、ごめんなさい。
私はダメな人間だった。
手を伸ばせば、机に括られた首輪のリードが指先に触れました。
私は脆すぎて、何の役にもたたなかった。
生きることに意味を見いだせない私は、表面だけもてはやされて浮かれているだけの燃えカスでしかなかった。
生きることから、にげてしまってごめんなさい。
ぽた、と。呆気ない音がして、口の中から噛み切られた舌が。
ところで私は、いままでだれにあやま
* * *
Wednesday
小さい頃ってさ、男の子も、女の子も、関係なく遊んだりしたよね?
特に田舎に住んでいた私の地元なんかがいい例。夕暮れて、道すらみえないくらい真っ暗になるまであぜ道を走り回ったり。林で虫を取ったり、川で泳いだり。
私は、そんな中で出会う生き物達が大好きだった。蝶は一羽一羽模様が違って。鱗粉が艶めく様は綺麗だし羽ばたく動きも優雅、木の虚を出入りする働き者な蟻たちにちょこっとおやつあげたりしたし、フナを釣って飼ったりしてたし……
だから、こっちに越してきてびっくりした。
女の子は女の子としか、男の子は男の子としか遊んでいなかったから。っていうのも、ある。
でも、私が一番慣れなかったのは……「偏見」だ。
「何か言ったらどうなのよ、ゴキブリ女」
「気持ち悪いんだけど!近づかないでくれない!?」
「うわ!きったね、──菌がうつるぜ!」
「──さん、どうしてこんな事をしたの。先生が嫌いなのは分かるけど……」
皆、生き物が嫌いだった。鳩やフナですら「気持ち悪い」「怖い」と囃すし、虫に至っては見ただけで叫んで逃げ出し、挙げ句の果てに殺してしまう。
そんな疎まれた生き物たちを見るのが、たまらなく辛かった。
成長して、私は高校生になった。
そこは、私にとって地獄だった。
勉強、勉強と学歴を押しつけてくる学校。「いいじゃない」なんて無責任な父母。そして、「生き物嫌いな人間達」。
「ね、ふーちゃん。君は全く悪くないのにねぇ?」
「みゃあ?」
ネズミの形の鈴入りマスコットをちりちりと鳴らしてやると、気だるげながらも一応、腕をひょいひょいと伸ばして答えてくれる。
私の唯一の話し相手が、このふーちゃん……もとい、雑種のトラ猫である。茶色い毛に黒のしましま、綺麗な黄色い目。
学校の裏に捨てられていたのを引き取ったのだ。
「あ、こーら。おやつはさっき食べたでしょ」
不服そうに膝の上からじっとこちらを見るので、ピクニックバスケットにふーちゃんをひょいと放り込んでしまう。
ぼすっ、ぼすっ、と暴れるけど、飽きたのか、ずしっと籠が重くなった。寝ちゃったのかな。
公園から出て、大通りの人間達の合間をすり抜けて。スクランブル交差点の赤信号を、ぼーっと待つ。
はず、だったのに。
ふぃ、とバスケットが軽くなる。目の前を、何やら虫が過ぎった。
「ふーちゃん、危な……っ」
それは、今までで聞いたことの無い音だった。
例えるならそう、トタン壁にドッジボールがぶつかってしまったような音。ドスン、と。でも、どこか耳慣れないのは、多分ブレーキの甲高い音のせい。
けたたましい音のデコトラに、弾き飛ばされる、茶色毛の猫。
世界から、色が消えた。
音が、消えた。
温度が消えた。
すると明暗だけになった世界の中、光が、背中から焚かれた。一、二、それはもう、絶え間なく。
フラッシュバックしたのは、あの頃の、光溢れる素敵なあぜ道だった。ふーちゃんが、その光の向こうで、尻尾を楽しげに揺らしている。
「ふーちゃん、待っ
* * *
Thursday
アタシが物心ついた時には、母さんなんてものは居なかった。
というか、分かるわけないじゃん。アタシはどこの誰とも分からない子で、似たようなのがわんさかいるんだから。
だいたいのヤツは臓器とか売るために殺されたりしてるんだけど、アタシは違う。
だって、アタシは美しかったから。そこだけは見たこと無い母さんに感謝してる。きっと母さん似だろうから。
でもね、生きてりゃいい、って物でもなかった。
小学生になった辺りかな、私はやたら香水臭い女がちょこまかと動き回る建物に連れてかれた。俗に言えば、ってやつ。
その日から、毎日毎日、ゴミくずみたいに色んなことされたっけ。きったないオッサンばっかり来てさ。チップだー、とか何とか言ってお金を山のように積んで帰ってくの。アタシには鐚一文入らないのに、知らないんだろうね。バカな大人だよ。
そっからはもう、最悪ってゆーか。
薬打たれて気絶したり、はたまた痣だらけになるまで鞭で打たれたり。わんさか服も着せられたけど、どれもシュミ悪いし気持ち悪かった。
一番酷かったのは、意識が一瞬で飛ぶくらいの覚醒剤。あれから、もうすっかりヤク無しじゃいられなくなって。
それが原因。さっき、金がかかるようになったアタシはポイされたよ。
虫がうじゃうじゃいる路地裏の壁は、氷みたいに冷たい。
そのくせ、地面は火傷しそうに熱い。
窓からはいつもいつもアタシをバカにするようにけたたましく笑う女が覗き、マンホー
ルについた目玉はギョロリとアタシを見、、チイサい小人た
ちはアたシ
を 刺そ
うとしテく
るし、 怖い、こわい。 おかしくなり
そう。
誰か。誰
カいないの かな。
トラッ
クの荷だイで、誰かがガア タシをてま
ねキシている
。
ついていか なきゃ。マって、い かな
い
でよ、アタシがまだのっテなイノに、何でいっちゃ
うの、嫌だ、イ
やだ、待っつて、アシガもつりれる、ころブからいかなイデ、
ふと足下を見れば、アスファルトから夥しい数の蟲が沸き出てくる。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だい───
* * *
Friday
私は、独りぼっち。
話せる人が居ないわけじゃないけど、親友って人はいない。好きなアイドルで盛り上がるイケグループの子とも、アニメ好きなオタクグループの子とも、当たり障り無く接している。
成績真ん中ら辺だから、賢いグループともバカグループとも馴染めない。これといった特技もなければ、部活も一番大所帯のテニス部。もちろん、選抜メンバーではない。一番汎用的な、背景の一部。
だから、基本的に私は独りぼっちなのだ。
そうして過ごして、気づいたことがある。
それは、ある意味で希有な才能なのではないか、と。
私は誰にも「見えていない」から。好きでも、嫌いでも無いのだから。それならば、「何をしても気づかれない」のではないか、と。
そこからは、毎日が楽しくてたまらなくなった。
SNSで色んなグループに入った。まるで私など居ないかのように飛び交う悪口。妬み。歪み。いがみ合い。
私はそれらをちょっと、手紙か何かにして、囁くだけ。
するとあら不思議、薄氷のような手は解けて、武器を取り合い、戦争を始めるのだ。武器を提供する者、スパイ……まるで安っぽい昼ドラみたい。私は、シナリオを操作できる「視聴者」。
密告。癒着。保身。略奪。
そして私は透明人間。
生きるのが、ちょっぴり楽しくなった。
だってそうでしょ。周りが必死こいてる中、自分はただ見てるだけでいいんだ。そんな優越感に浸る日々。
私は、特別なんだ。力ある人間なんだ。
そんな中、私はある噂を耳にした。
クラスの子になりすましたTwitterアカウントに、一通のメッセージ。
「女子テニの裏アカって、後輩の××入ってたっけ?ほら、ナントカってモデルのアイコンのグル。」
え?
部活の裏垢?
知らない。そんなの知らない。
しかもこの口ぶり、このアカウントの子は入ってる前提なんだよね。ってことは、この子傘下のあの子とかあの子も、入ってるんだ。
しかも、声をかけてきたのはあっちのグループの傘下の子。その後輩は、また別のグループのリーダーの妹。その子はさらに……
一人一人、六十人はいようかという部員を巡らせていく。
そこから数えるに、そのグループは。
……なんだ。
私の事、見えてたんだ。
なら、こんな事したって意味ないじゃん。
だって、次に殺意が向くのは。平和になった後、人々を纏めるために必要な憎悪は。
───そんなのは望んでない。楽しくない。視聴者を叩くマスメディアなんていらない。嫌い。つまらない。
嫌われる側で終わるくらいなら、私は、お前らを叩き潰してやる。もっともっと、無関心な人を自分の味方につけてやる。
筆は走る。私は、もう視聴者じゃない。
私はそう、強者だ。居なければ、必要とされ、悲しまれる。仇なす者は淘汰される、そんな強い……「悲劇のヒロイン」だ。
筆を置くと、私はカメラアプリを起動した。机に設置して、オン。すぐ、筆箱からカッターを取り出す。
手首はあまり意味がない。
迷わず、頸にカッターを突き刺した。
苦しい
息ができない
でも、これでやっと、
皆に沢山見てもら
* * *
Saturday
私は椅子を引いて立ち上がった。
ゴリゴリと固まった筋肉が悲鳴を上げる。
すっかり温くなったコーヒーを飲み干して台所に置いた時、22時の鐘が鳴った。
「あぁ、疲れた」
物語を書くのだって楽じゃない。最大限楽をして、後先考えずにただ書き連ねる私だってこんなに疲れるのだから......職業作家なんて恐ろしいものだ。夢見たことはあったが、なりたいとは思わない。
初夏のじめじめとした空気。普段なら明るい夜空も窓の向こうで曇っていて見えない。唯一明るく街灯が照らす路にも人影はなく、それが余計に暗さを引き立てていた。
物語を造る事に憧れたのは、やはり物語の影響が強い。誰か他の人の描く世界は、深く、空ですら常識通りな物はない。そんな世界を、いつか作りたいと思ったのだ。
もちろん、それは輝く願望であり、現実は柳の下の影のように薄暗い。目下に積みあがる課題とクマをどうにかしなければ。
さて、明日は少々面倒な行事がある。そろそろ寝てしまおうか。
肩を鳴らしながら、布団のある部屋へ歩みを向ける。
突然、嗅いだことのない臭いが私を包んだ。それは、まるで鉄と燃された草が混ざったような……
一発の銃声。
これは、そうだ。私がつ
* * *
Sunday
あーあ。つまんないの。
フリックフリック。
こんな三文芝居につき合わされていたと思うと、なんか損した気分。
どれだけ、そう書いたって。
どれだけ、それを観たって。
それが現実になることは無いのだから。
「だってほら、実際SNSだって通じるんだし」
返ってきた返事は、何時も通り。他愛無い与太話だ。
土曜日は終わった。今日は日曜日だ。
一週間の物語、都合数ヶ月に紡がれた物語。三流のオチ。描いた悪意に潰されてしまう、虚構の作者の物語。
一週間の終わりの土曜日に、幕は下ろされた。
そして六日間は幕を閉じる……
はて。日曜日はどこへ行ったのだろう?
一週間の、最後のページは?
気になって、聞いてみた。
「一週間の終わりは、どうなるの?」
────一分。
────────五分。
既読すら付かないまま、時間だけが過ぎていく。
後味悪い待ち時間。
「おーい?」
コツン、と頭に何かがぶつかる感触。
……と共に、知らない声がした。
唐突なのに、同時にそれが元々当たり前にあった物だという錯覚に襲われた。
は、は、と浅く息を吐いた。体が動かない。指先まで、全て石になってしまった。
『私は笑っていたかった』
明るい、底抜けに明るい声。
『私は、自由になりたかった』
凛とした、ただ舌ったらずな声。
後ろに、誰か居る?
『私は、認めてほしかった』
呑気な、だが憎悪に満ちた声。
『私は、選択したかった』
嘲るような悪意の声。
『私は、ただ見てもらいたかった』
どこかで聞いたような、平凡な声。
いや、幻聴だ。
『あの子は、笑いたかった』
それでもなお、耳から離れない声。
『あの子は、自由が欲しかった』
なぜ、この声がするのか。
『あの子は、認められなかった』
夢だ。悪い夢だ。
『あの子は、選択する勇気も無かった』
嫌だ。嫌だ。三文芝居に、名を連ねるのは。
『そしてあの子は、どこまでも空虚だった』
カチリ。乾いた金属の音。
終わりにしよう、もうこんなのは。貴方達が誰なのかは、私が一番分かっているから。
『あの子たち』が誰なのかは、私が一番知っているから。弱くて、弱くて、あぁ耳障りだ。嫌だ。
耳をふさいでも、その声は内側から聞こえるんだ。
『なのに君は、どうしてそんなに幸せに笑っているのかな』
アナログテレビを切ったように暗転する世界。真ん中にポツリ、残された少女は一人。
短編集「Day」