涼風高校の日常 1
風間は女子嫌い
「あの…その……えっと…」
聞き取れないほどの小さな声で、彼女は何事かを呟いた。はっきりしない彼女に苛立ちを覚えながら、俺は次の言葉を待つ。
「す……好きです!」
俺の目の前で真っ赤になっている彼女は西川未来。終業のベルが鳴った瞬間、彼女と彼女の取り巻きに腕を引っ張られ、半ば強引に校舎裏へ連れ込まれた。
まぁ、こうなる事は予測済みだったけど……
こいつには必要以上に付きまとわれていたからな。もっとも、俺はそうやって強引に距離を詰めようとしてくる女は趣味じゃない。
俺は冷たい視線で彼女の瞳を突き放す。
「…だから何?」
虚を突かれて黙り込む彼女。
まさか俺が二つ返事でOKするとでも思っていたのか。焦った彼女は小さな声でもう一度言った。
「えっ…だから…好き…です…」
「で?」
俺は更にイライラを募らせながら、彼女を真っ直ぐに見返していた。
「お前は一体どうしたいんだ。なぜ俺を好きになった?何にも伝わってこないんだけど。」
彼女は困惑気味で答える。
「えっ?…えと…優しくて、かっこよくて、笑顔が素敵なとことか…ずっと見てて…そゆとこが好き、です…
だから、私と付き合って欲しい…」
上目遣いでアピールされた。こんな女は嫌いだ。言っておくが俺には、端からこいつと付き合う気などさらさらない。これではただの時間の浪費だ。
「お前の考えは分かった。」
「それじゃあ……!」
彼女の顔が一気に明るくなる。…とんだ勘違い女だな。俺は更に嫌悪感を抱いてしまう。一刻も早くこの茶番を終わらせたくなった俺は、真正面から思っていることをぶつけた。
「だがお前とは付き合えない。いや、この言い方には語弊があるな。はっきり言おう、お前とは付き合いたくない。」
「えっ…どうして…?」
わざとらしく目に涙を溜めて、西川は俺に聞く。
絶望に歪んだ彼女の醜い顔を見て、腹の底から不快感が突き上げた。あぁもう、女子は何故こんなにめんどくさいのだ。早くこの場を終わらせて図書室に行きたい。今日は楽しみにしていた、「時賢」シリーズの新刊が入るというのに。あぁ、今回はどんなストーリーなんだろう?俺の頭の中は既に、本の事でいっぱいだった。
「ねぇ…ねぇってば!どうして私と付き合いたくないの?」
はっと我に返って、彼女に向き直る。
目を真っ赤にした彼女を見つめて、俺ははっきりと告げた。
「俺にメリットがないから。以上。さぁ早くそこをどいてくれ、図書室に行くんだ。」
その一言で彼女はいよいよ本格的に泣き出した。その途端取り巻きたちが心配そうに彼女を取り囲んで、一斉に俺を睨んだ。わざとらしく泣き声をあげる彼女と、何故か俺を罵るその友人たち。俺にはそれが、物凄く滑稽に見えた。
何なんだ?こいつらは。
「風間くん、酷くない?!もっと言い方無かったの?この子がどれだけ悩んでたと思ってるの!
ほんっとサイテー!」
リーダー格であろう女子が、偉そうに仁王立ちして俺を責める。俺はむっとしてきっぱりと言い放った。
「じゃあ、何?好きでもない奴と付き合うの?むしろそっちの方がお互い嫌だろ。じゃあな。」
まだ煩く騒いでいる彼女たちを無視して、
俺はすたすたと歩き出した。
「はぁ……疲れた…。」
「時賢」はもう誰かに貸りられてしまったかも。この日を指折り数えて待っていたというのに!あいつらのせいで…
溜息を付きながら校舎に入ると、幼なじみの相沢 爽良が声をかけてきた。何故だろう、これ以上無いほどにその顔はにやけている。
「あーあーまたやってる!だめだよぉー淋ちゃん!女の子に冷たくしたらー!もっと優しくしなきゃー☆」
そうウインクした彼をひと睨みして、階段を上る。
「……見てたのか。」
爽良は、そのまま俺にくっついてきた。
「うん!いやー面白かったねー、淋ちゃんと女子のバトル!お疲れさん。」
楽しそうに笑う爽良を見ていると、何故だかこっちまで笑顔になってしまうから不思議だ。
「どうせふったんでしょう?」
「うん。」
「まったく…淋ちゃんモテるのにもったいないなぁ。」
「あぁいう女子嫌いなんだよ…ついていけない。」
「ふーん…そっかぁ、好きな人できたら教えてね
相談にはのるからー!」
「わかった、サンキューな。(暫らくできないと思うが。)ん?てか、爽良も図書室行くのか?珍しいな。」
「うん!今日の図書当番、和ちゃんなんだー!♡」
「………お前らしいな。」
俺は思わず苦笑しつつ、ズレた眼鏡を軽く押し上げた。
三階の長い廊下を、二人で早足で歩く。
突き当たりを右に曲がってすぐのところに、図書室のドアがある。俺はそれをそっと開けた。
本棚の木の匂いと、ページをめくる音。
風に揺れる水色のカーテン。俺が一番好きな空間だ。その静かな空気を壊さぬよう、できるだけ足音を立てずに新刊のコーナーへと急いだ。
「あった……!」
ここが図書室でなければ、嬉しさで飛び上がっているところだ。俺は暫し目を輝かせながら、藍色の表紙を見つめていた。前巻最後のシーンで、敵に追い詰められ絶体絶命だった主人公。どのように危機を脱するのだろう?その華麗なる剣さばきを再びお目にかかれると思うと、自然と笑みがこぼれた。暫しにやけていた俺だったが、ハッと我にかえって爽良に視線を向ける。
「あいつ……。」
彼は隅の席に座って、図書委員の女子生徒をうっとりと眺めていた。その表情は本当に幸せそうで、女子嫌いのこんな俺でも、恋への憧れを抱いてしまうほどだった。
「はぁ…」
軽く溜息を付いて、俺は近くの椅子に腰掛けた。既に「時賢」の世界に入り込む準備は出来ている。しっかりとした表紙をめくり、俺は期待に胸を高鳴らせながら文字を追っていった。
⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰
ふと顔を上げると、カーテンの隙間から見える空は大分赤く染まって、俺に時間の経過を伝えていた。
「そろそろ帰るか。」
呟いて本に栞をはさみ、ゆっくりと閉じて立ち上がる。爽良も帰ったようで、図書室は静まり返っていた。
俺は本を鞄に入れて、図書室をあとにした。
涼風高校の日常 1