栗ごはん、かぼちゃのスープに、キミの舌

 栗ごはんを食べるときに栗は栗、ごはんはごはんで別々に食べるキミのために意味はないがパンプキンスープを作ってみたのだけれど、僕がパンプキンスープだと言うとキミは「ああ、かぼちゃのスープね」と言い直して、パンプキンスープなんだよともう一度言うと「だから、かぼちゃのスープでしょ」とわざわざ訂正して、かぼちゃでもパンプキンでも何でもいいから食べてごらんよと白いスープ皿にパンプキンスープを注いでいたら、キミはハロウィーン用に僕が作ったジャック・オ・ランタン(パンプキンスープの外身)をがぽっと頭に被り、
「かぼちゃ嫌いなんだよね、おれ」
と呟いた。
 朝、キミの中のひとりが風呂に沈んだ。
 昼にはキミの中のひとりが児童公園のジャングルジムから出られなくなり、夕方になるとキミの中のひとりがマッコウクジラを見るために南へ旅立ったキミのお兄さんのことを想いながら庭に咲いたガザニアの花を摘み取って握り潰した。今、僕の家のお台所でジャック・オ・ランタンとなったキミもまたキミの中のひとりで、つまりキミは何人ものキミにより構成されているということ。キミという皮を剥いだら、キミがいっぱい溢れ出てくるということ。昼にジャングルジムから出られなくなったキミならば、かぼちゃのスープという呼び方に執着しなかっただろうし、昨日の夜に髪をキャラメル色に染めて僕の焼いたアップルシナモンパイをワンホールすべて平らげたキミならば、かぼちゃが好きだったにちがいない。
 僕といえば今日この頃、食べても食べてもお腹がいっぱいにならないために朝にチーズトーストを五枚、目玉焼きを三枚、サラダをパーティー用のサラダボウルごと、ヨーグルトをお茶碗一杯分、それから昼にきつねうどんを二杯、カレーライスを一杯、おやつにロールケーキをまるまる一本、また夕飯の前にも冷凍チャーハンを一袋食べたのだけれど、それでもキミのために用意した栗ごはんとパンプキンスープと、それから豆腐ハンバーグを食べようとしている。
 秋だからだろうか。それとも僕の中にも僕という個体が無数に詰まっているのだろうか。僕が摂りこんだ栄養をそいつらが奪っているのではと考えながら、僕はキミのお茶碗に栗ごはんをよそる。外では一羽のモズが鳴いているが、夜なのだからモズもゆっくり休めばいいものを、ここ最近では鳥が夜にピーピーチッチと鳴き散らし、朝にはクジラが空を飛んで、昼になると犬猫が一斉に歌い踊り出す。そういえばキミの中のひとりには犬が好きなのと猫が好きなのがいて、交互に入れ代わり立ち代わりしては犬を愛で、猫を蔑み、犬を軽視し、猫を溺愛しと忙しない時があるね。
 かぼちゃが嫌いなキミは栗ごはんを食べるときに栗は栗、ごはんはごはん、別々で食べるこれまたキミの中のひとりであるから、僕がお茶碗によそった栗ごはんの中からまず栗だけを拾い食べて、栗がなくなったところで少々色のついた白くないごはんをぱくぱくと口に運んでいく。どうして一緒に食べないのかと訊ねたところで答えてくれるかはわからないし、明日になったら栗ごはんを栗とごはん別々で食べるキミではなくてまた異なるキミの中のひとりが現れる可能性が非常に高く、かぼちゃが嫌いで栗ごはんを栗とごはん別々で食べるキミがいつの日か再び僕の前に姿を現すかどうかも不明で、今後は栗とごはんを一緒に食べるキミしか登場しないかもしれないので、一緒に食べない理由なんか個人の自由なのだし訊かなくてもいいかなって思う。
 栗ごはんを食べ終えたキミが白いスープ皿に注いだパンプキンスープにおそるおそるスプーンを浸し、スプーン半分程度の量をすくいあげる。
 風呂に沈んだキミも、ジャングルジムから出られなくなったキミも、ガザニアの花を握り潰したキミも、髪をキャラメル色に染めたキミも、彼女をたくさん作ったことがあるキミも、男の子を好きになったことがあるキミも、母親くらいの年齢の女の人と付き合ったことがあるキミも、お腹の出たお金持ちのおじさんとラブホテルに入ったことがあるキミも、犬が好きなキミも、猫が好きなキミも、担任教師をいじめて登校拒否にしたことがあるキミも、先輩にカツアゲされたことがあるキミも、あれも、これも、それも、どれもがキミで、スプーンにすくった少量のパンプキンスープがすでに冷めていようとふうふう息を吹きかける猫舌のキミもキミであるのだから、僕にとっては大切な友だちだよ。
 ありがとう、大好き。
 栗ごはんを栗とごはん別々にして食べる、かぼちゃが嫌いなキミの中のひとりの、キミ。

栗ごはん、かぼちゃのスープに、キミの舌

栗ごはん、かぼちゃのスープに、キミの舌

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-24

CC BY-NC-ND
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