決して開けないでください
あなたは『決して開けないでください』と書いてある箱を持ったまま、開けるべきか否か、すでに十分ぐらい悩んでいた。
配達してきたのは大手の宅配業者であり、宛先はあなた本人に間違いないので、よく確かめもせずに受け取ってしまった。差出人はメテウス商会となっていて、あなたの記憶にはない会社であった。とりあえず外側の包装紙を外すと、中にA4サイズぐらいの白い箱が入っていた。菓子などを入れるような厚紙の箱で、色も模様もない。上ブタの側面にぐるりと一周、セロファンテープを貼って開かないようにしてあった。その白い上ブタに、黒のマジックで『決して開けないでください』と、定規を使ったような文字で書いてあるのだ。
箱は、中に何も入っていないのではないかと思えるほど軽い。試しにゆすってみると、カサカサという紙がこすれるような音がした。危険なものではないようだが、あなたはなかなか開ける決心がつかなかった。不安げに視線をさまよわせるが、あいにく、家には今あなた一人しかいない。
おそらく悪友の誰かのイタズラだろうと思ったものの、本当に開けてはいけないものが入っている可能性も捨てきれない。実在する会社かどうかわからないが、あなたは配送票に書いてあった電話番号にかけてみた。
「はい、メテウス商会でございます」
ちゃんと相手が電話に出たことに少し戸惑いながらも、あなたは状況を説明した。
「ええ、当社からお送りしたものに間違いありませんね。ただし、ご依頼主については守秘義務がございますので、何も申し上げられません。はあ、箱の中身についてお尋ねですか。書類とのみ、お聞きしております。いえ、それ以上のことはわかりません」
取り付く島もない応対に、あなたはあきらめて電話を切った。
こうなれば、残された方法は二つしかない。このまま未開封の状態で警察に届けるか、思い切って開けて中身を確認するかである。やはりこのまま警察に届ける方がいいだろう、そう思って、いったん箱をテーブルに置いたものの、逆にあなたがイタズラしていると警察に疑われるのではないかと心配になってきた。
あなたは改めて箱を見た。どう考えても危険なものとは思えない。このまま警察に届けてしまったら、結局、中に何が入っていたのかわからずじまいになるだろう。たとえ中身を確認してから警察に届けたとしても、そもそもあなた宛ての荷物なのだから、とがめられることはないはずだ。
ようやく決心がついたあなたは、箱の上ブタをとめているセロファンテープに、少し震える爪の先を当てた。そこから、少しずつ、少しずつ、慎重にテープをはがしていく。テープをはがし終わってもすぐには開けず、あなたは呼吸を整えた。
落ち着いたところで、箱の上ブタに両手の指をかけてゆっくり持ち上げると、中に入っているものが見えてきた。何か文字を印刷した紙が入っているだけのようだ。やや安心したあなたは、その紙を出して読んでみた。
【あなたは『決して開けないでください』と書いてある箱を持ったまま、開けるべきか否か、すでに十分ぐらい悩んでいた。
配達してきたのは大手の宅配業者であり、宛先はあなた本人に間違いないので、よく確かめもせずに受け取ってしまった。差出人はメテウス商会となっていて、あなたの記憶にはない会社であった……】
あなたは思わず紙を落とし、小さく悲鳴を上げてしまう。どこからか見られているのではないか。あなたは恐怖にかられて周囲を見回した。が、もちろん誰もいない。静まり返った家の中で、あなたの鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
箱を開けてしまったことを後悔したが、ここまできたら続きを読まずにはいられない。あなたは落とした紙を拾い上げた。そこには、あなたの今までの行動がそっくりそのまま書いてあった。たとえ相手がどこからかあなたの様子を見ていたとしても、それを事前に書いて箱に入れて送ることなどできるはずがない。それとも、相手はあなたの運命を予知しているとでもいうのだろうか。
あなたは不安で胸が苦しくなってきた。もうこの先は読まない方がいいだろう。だが、この文章の結末がどうなっているのか、どうしても気になるのだ。いけないと思いつつ最後の行に目を走らせると、そこにはこう書いてある。
【決して、今、後ろを振り向いてはいけない】
(おわり)
決して開けないでください