やさしい恋 ☆ 5
卒業の誓い
これは卒業式の思いで
今日は特別な日、いつもより早起きして朝を迎える。
この時期外はまだ肌寒く、冬と春の境目を行き来しているみたいだ。
高校からブレザーの制服だから、セーラー服は今日で見納めになってしまう。
真紅に近いえんじ色のスカーフがしなやかで、この色が好きだった。
いつもの朝、いつもの通学路、いつもの風景はもう、今日で通ることのない終わりを迎える非日常の道。
それは、ハレの日…… 皆が幾度も立たされる人生の岐路。今まで先輩達を見送ってきたけど、いざ自分の卒業の日となると身も心も一段と引き締まる。
式場には翡翠色で薄っぺらいゴムの敷物が一面に敷かれ、その上にシクラメンの鉢植えとパイプ椅子が並ぶ。
いつもよりお洒落した親が待つ保護者席。
コサージュを胸に、海外ブランドの化粧品と香水の匂いが混じって香る。
卒業生による一人一言の" 呼びかけ "が始まる。
三年間を振り返り、一年からの思い出をつらつらとセリフで繋ぎ合わせる、卒業生一同の挨拶だ。
私は乾いた体育館に響く声で
『 今、中学校生活の全てが 』
と言った事を鮮明に覚えている。
お風呂で繰返し、イントネーションの練習をしたことも忘れない。
音楽の時間に卒業の歌を何度もレッスンした。
" 君が代 " を当然のように歌ってきた私には、今時歌わない人がいるという風潮が、全く信じられない。
いつか未來に出逢う私の子どもには、誇りをもち歌うよう伝えたいと思う。
本番の張りつめた空気に乗せた別れの曲は、ムードも雰囲気もまるで違って聴こえていた。
" こころを写して空の色 "この歌詞から始まる
『 さよなら友よ 』が好きだ。
この歌を唄うと三年間の禊が削ぎ落とされ、清められるようだった。
感情移入して、所々ですすり泣く声が聞こえては前向きな悲しみと満足感や後悔が胸をうち、自然と涙がこぼれてくる。
在校生による笑顔のアーチを潜り抜けると、桜の花が風と重なり、花びらを降らせてお祝いしてくれる。
たった今、校長先生から授与された卒業証書の黒い筒が桜色とのコントラストで美しい。
友達と抱き合って泣いて笑って泣いて…… 。
杏ちゃん、かよっぺ、カズカズ、こずさん、メグリン、うめちゃん、みんな本当にありがとう。
規則を破って校区外へこっそり買い物へ行ったり、今はもう閉鎖されたけど遊園地にも出掛けたっけ。
一緒に部活をサボってマンガを一日ダラダラ読んで過ごした日もあった。
ささやかだったけど楽しかった日々。
携帯や写メなんて想像もしなかったこの時、お手軽な『 写ルンです 』でこの一瞬を残す。
みんなで卒業アルバムを交換し、白い余白に一言コメントを書いて回す。
『 絶対忘れないからね!』『 いつまでも友達 』と書き連ね、この仲間との最期を惜しむ。
人だらけの喧騒の中、あなたのことを見つける。
女子達に囲まれた中央に、元野球部のエースピッチャーがいる。
四月からは野球推薦で強豪校への入学が決まったんだ。
黒い学ランの前見頃のボタンだけでなく、手首の分まで綺麗になくなっている事に思いがけず驚く。
あなたの姿を見ると、これでもう必然的に会えないんだと思い、胸が締め付けられる。
最後に話しかけたかったけど、勇気もなく結局このままサヨナラだ。
校門を出ると特別な思いで振り返ってしまう。
立ちはだかる校舎は変わらず、静かにそこに佇んでいる。
あんなに学校に来るのが面倒な日もあったのに
今はしんみりともの悲しく離れ難い。
私の中学生活はうしろ髪を引かれながら、このまま終ろうとしていた。
突然あの人の友達が走ってきて、金網越しに私を呼ぶ。
「 河本さん、蔵木がこれ渡してって…… 。 」
グリーンの歪な金網の間から、黄金色のボタンが手のひらに光り輝く。
「 それ、蔵木の大事なヤツやと思うで… 。 」
どうして…なんで今………。
わからない様々な感情が複雑に思い出され、すぐには理解出来ない。
そのボタンを見つめると三年分の想いが堰を切ったように溢れ、抱えきれない感情が込み上げてくる。
ボタンを握りしめ引き返してあなたを探すと、あの頃みたいな少年の笑顔で友達と無邪気にふざけ合っている。
ああ、私はいつもこの光景をているのが好きだったんだ。
あなたの広い背中も、声のトーンも、早口な喋り方も、照れ屋な優しさも………
見上げた横顔も、真剣な眼差しも
決して決して忘れるはずがなかった。
お互い恋を実らせる覚悟もなく
恋に恋してたセピア色の二人
一つの想いをずっと
迷いながらも追いかけてきた
黄金色の宝物を握りしめて
ただあなたのシアワセを願う
ありがとう、こんな気持ちをいっぱい
こんなにたくさん、ありがとう
思い出のアルバムを開けば、ふわりあの頃の
想いが心をかすめる。
これが私のやさしい恋
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やさしい恋 ☆ 5