剣の想い

「じいちゃん、コレは何だ?」
「そりゃあ包丁だ」
 ハナが包丁を手に訊くと、祖父のマギは真っ赤になった鉄に槌を打ち下ろしながら答えた。
「これは何を切るんだ?」
「魚や肉や果物を切るんだ」
「ふーん」
 ハナは包丁を置くと、今度はナイフを手に取った。
「じゃあ、コレは何だ?」
「そりゃあナイフだ」
「これは何を切るんだ?」
「何でもだ。縄を切ったり、皮を剥いだり」
「ふーん」
 ハナはナイフを置くと、今度はマギの背中越しに言った。
「じゃあ、じいちゃんが今作ってるのは何だ?」
「こりゃあ剣だ」
「つるぎ?」
「王国から50本も依頼がきてるんだ」
「これは何を切るんだ?」
「・・・」
 槌を振り下ろすマギの手が止まった。
「なぁ、じいちゃん」
「・・・こいつには、何も切って欲しくはない」
 そして、少し考えてからそう言った。
「何も切らないのか?」
「そうあって欲しい。出来る事なら、誰にも使って欲しくはない」
 実際、そんな願いが届くはずのない世界であることは、鍛冶屋のマギが一番よく知っていた。
 剣の受注は包丁なナイフよりもずっと稼ぎにはなるが、マギが打ち上げた剣の何倍もの人間が傷つき、血を流していることもまた、拭い去れない事実であった。
「じゃあ、じいちゃんは作らなくてもいいものを作ってるのか?」
「ああ、そういうことになるな」
「変なじいちゃんだ」
 ハナは屈託のない顔で笑って見せた。思わず、マギの顔も緩んだ。
「・・・ああ、全くだ」
 誰にも人殺しになって欲しくないと思いながら、生きていくために人を殺す道具を作っている自分。何十年も昔、この世界に飛び込んだ時の揺るぎのない決心は、愛するものが増えていく度に、幾度となく揺らいだ。
 血で錆びついた剣の打ち直しを依頼される度に、何度も鍛冶屋をやめようと思った。槌を振り下ろす度に、自分が打ち上げた剣で傷つけられた者たちの悲鳴が聞こえた気がした。
「ハナはじいちゃんが作った”つるぎ”好きだぞ」
「・・・どうしてだ?」
「だって、すごくキレイだ。ハナの顔が写って見えるんだ!ハナも大人になったらじいちゃんみたいにカジヤやるんだ!」
 そんな時、いつもマギの心を支えたのは、やはり愛する者の存在だった。心が折れそうになる度に、マギは愛する者を想い、己を奮い立たせてきた。
 

 ―――打たれる剣に罪はない。剣を人殺しのために使う人間の心にこそ罪があり、そうせざる負えないこの時代こそがその元凶なのだ


 そして、鍛冶屋の自分にできることは、一日も早くこの時代に終わりを迎えさせ、平和な時代を後世に引き継ぐことなのだと。
「・・・そうか。その時は“これ”の作り方を、お前に教えなくてもすめばいいんだが」
「ハナはつるぎも作りたいぞ」
「そのためには力をつけることだ。好き嫌いせず、何でも食べることだ」
「・・・魚は嫌いだ」
 鍛冶場の温度は高い。それでもマギは、その背中に愛しい孫娘の確かな温もりを感じながら再び槌を振り下ろした。


お題【平和と血痕】にて

剣の想い

剣の想い

打たれる剣に罪はない。剣を人殺しのために使う人間の心にこそ罪があり、そうせざる負えないこの時代こそがその元凶なのだ。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-23

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