ヨダカ 第七話 クンねずみ②

第七話 クンねずみ②

 今日は青年の宣言通り、朝一番に場所取りをするために早起きした。しかしもっと早起きの人がいるようで、通りにはもうすでに、場所取っている人がいた。それを見た青年は、その性格に相応しく、店を開く予定だった場所を見ると同時に大きく舌打ちをしていた。それに残念なことに新たに店を広げようとしているその場所は、昨日『天竺』と言われる青年が立っていた壇上の近くで、そこにはてかてかと光るサテンでできた黒い布が張られた壇上がそのまま置いてあった。特に場所取りにはルールと言うものはないのだが、ラユーでは東西に関係なく、駅に近い方から店を順々に開くことが露店商のなかで決まりとなっていた。理由は、あまり隣から離れていると、客が次の店がないと思い、帰ってしまう可能性があるからであった。昨日みたいに、不気味な荒物屋の前やラユー元々ある店の出入口で無理に開く必要はないのだが、ここはなかなかいいところでヨダカの店の隣に開いたベッツ※1の竹細工の店主には、いいところで開けてよかったなと人のことなのに自分のことのように喜んでいた。が、青年自身はここに開くことが面白くないらしく、ブツブツ何か言いながら昨日の桜貝の色をした風呂敷を広げた。
 蛙は昨日のこともあり、店作りしている青年の顔を見た。その顔は予想通り笑顔はなくいつもの無表情だった。蛙は昨日の彼の顔を思い出そうとした。しかし、それは雲に隠れた月のように、朧げでそしてはっきりと思い出せなかった。しかも、今日はいつもよりイラついているのか、店を開いていると言うのに隣に座った青年は全く笑うことがなかった。そのせいだろうか、度々目の前を通る客はヨダカの店に近寄ろうとする人がなく、寧ろ通行人は彼の店を避ける様に通った。
 それに今日は朝から店を開いていたが、何時になってもその壇上に金髪青年の姿を現すことはなかった。今日は休みかなんだろうと蛙は思ったが、結局その壇上には誰も上ることがなく、すでにお日さまが南の高いところにあがっていた。蛙は少し安心すると共に、ヤマネのことを思うと気の毒に思い始めた。
「ヨダカぁ。ヤマネさん、あのあと…どうしたんだろうね…」
「さあな…」
 青年は昨日あったことが興味がないか、相変わらずつまらなそうに薬の端と端を木箱の中で揃えていた。蛙は、薬箱を背負い上げた時や移動中にバラけることぐらいは、青年でもわかるだろうと思ったが、あえて何も言わなかった。
 その時だった。
「あぁ。君は…。今日はなんか用か?」
 蛙はその声に顔を上げ、目の前の影を見た。最初は誰だか気づかなかったが、そこには大きい帽子を被った昨日の金髪の青年がいた。今日は昨日のように派手な格好ではなく、他のラユー市民と同じくサスペンダーがついた茶色のズボンと少し黄ばみがあるボロのシャツを着ていた。ヨダカは目の前の青年がクンと分かると、昨日のように彼を一瞥して、すぐに下を向いた。
「失礼ですが…。用がないなら、帰ってくださるとありがたいですが…」
 黒髪の青年はしばらく店の前に突っ立っている彼の顔を見ずにそう言った。
「……っ。ヤマネが…ヤマネが…」
 その声はまるで別人のようだった。明らかに震えていた。
 青年は少し気だるそうに手を首に当てながら顔を上げた。目の前に昨日の金髪の青年がげっそりとした顔で立っていた。
「ああ。昨日のおかっぱ頭の…が、どうしたんだ?」
 ヨダカはわざと目線を横に流し、目を合わせないようにしながら喋った。
「さら…わ」
「さら?」
「ささ…浚われてた…んだ」
 その顔は、明らかに真っ青で、指まで震えていた。次に金髪の青年は震えているその手でヨダカに一枚の紙切れを渡した。
「ん…?なんだこれ…。…イマスグ ニ ソノ フカイナ コトヲ ヤメロ…。カノジョヲ カエシテ モライ…タケレバ…。は!?2万テール!?」
 青年は大きい声を出して、金髪の青年を見た。
「しっ。しぃーい‼声を…!」
 金髪の青年は慌てた様子で黒髪の青年の口を押さえようとした。しかし黒髪の青年はイラついたかのか、反射的に、黙って青年の手を払い除けた。そして、黒髪の青年はあることに気がついた。
「は?ちょと待て。つか、何でお前、俺ところに来てるんだ…?」
 黒髪の青年は辺りの様子を見るかの様に首を左右に動かしながら、顔をしかめた。
「…こんなのお巡りさんかなんかに言えば良いだろ?しかも、…これはただの悪戯か何かじゃないのか。ヤマネさんもそこらへん探せばひょっこり出てくるかもしれないし…」
「…っ。それが……。さっきからヤマネが…どこを探してもぃなくてぇ…」
 口をへの字に曲げた金髪の青年は目を潤ませ、今にも泣きそうだった。
「しかも…これ見てくださいよ。お巡りさんに言えば、ヤマネの命がないって…」
「しかし…。なあ…」
 ヨダカは顎を引いた。
「…て、言うか私は一体誰を頼りにすれば良いのか…。こんなこと初めてで、どうすればよいのかわからなくて……それに私は商売上、友人がいなくなってしまって…。それに少ない芸人仲間には今回の出来事はネタだネタだなんて言われて…。グスン。で、よくよく、グスン。考えてみれば、私が頼れる知り合いはヤマネとあなたしか思い当たる人しかいなくてぇ。グスン。グスン」
「…って。はぁ?!ちょっと、待った。頼れる知り合いってそれは本気で言っているのか?だって昨日は彼女を勝手に友人だと思っているヤツだとか何とか…」
 ヨダカは少し呆れたように、相手の顔見た。
「昨日のはただの見栄ですぅ!ネズミの一族と仲間なんてしかもあの部屋や…エヘン。口も避けても言えません!それに仲間だと思われたくなくて。だから…思わず、そう言ってしまっただけなんです!それにそんなことがバレれば、食いぶちがなくなってしまいます。お願いしまずぅ、ヤマネをいっじょに探してぐだざいぃい」
 するとズビズビと言いながら天竺は『ヤマネぇ。ヤマネぇ』と言いながら涙をこぼし始めた。それと同時にその顔は化粧が取れ始め、下のただれて赤茶色に変色した肌が表れた。
「お”ねがぎじま”ずうぅ。もう。あなたじか、だよる”ひとがいない”んでずぅ!」
「どうするの?ヨダカ…」
 カジカは同情しようと思ったが、自分よりも歳上の男が本気で泣いているのにひきながら、ヨダカの方を振り向いた。
「おね”がいしま”ず。なんでもじま”ずがら。ヤ“マネヲ…」
 青年は、黒髪の青年が唯一持っている黒服に鼻水を付ける勢いですがり付いた。
「どうするって…。お前、あの人の事をどうでもいいって昨日言ってたんじゃないのか…。それなのに…。それに俺はただの『薬や…』…」
「…だったら、この手紙を送りつけた犯人を殺す薬でも何でもいいですから、薬をぐだざい。少しのお時間で構わないんです。ヤマネを探し出してぐだざい…。お願いじまずぅ…」
 クンは動揺しているのだろうか、意味のわからないことを言い始めた。
「…」
 黒髪は何も言わず、顔の化粧が取れた青年の両肩を掴んだ。そしてヨダカは、目の前の青年を一瞥すると大きくため息を吐いた。
「…分かった。ただ勘違いするな…。これはお前が自分で引き寄せたんだ…。それにヤマネさんが巻き込まれたんだ。あくまでも自分で始末するんだ。いいな?」
「いいの?ヨダカ…?」
 隣で座っていた蛙が訊いた。
「何がだ…?」
「なんか。いつものヨダカらしくないって言うか…。お店どうするの?仕舞うの?」
「あんなヤツに、店の前で泣かれたら、どちらにせよ商売にならないだろ…」
 青年は少し面倒くさそうに溜め息を吐きながら答えた。
「…奴らは、お前がその演説を辞めたからと言って、その浚ったヤツらが、易々と彼女を返すとは限らないぞ…。それは、君が一番知っていることじゃないか?」
「ふげっ?」
 鼻水を啜ったクンは黒髪青年を見た。
「ヤマネさんが言ってた。君の過去を…」
「じゃあ、わたくしはどうすれば…?」
「先ずは、その目立つスラを取った方がいいんじゃないか?その髪の色だと動きづらいだろ?それにその色、ネズミの一族の特徴ではないだろ?『黄の一族』か、『沙漠の一族』かなんかか?」
「え…ズラ…?」
 すると、クンは鼻水を思いっきり啜ると、手を頭の後ろにやった。そしてその髪はパチパチと音をさせた次の瞬間、その髪の毛を掴み浮かせた。
「ちょ…!」
 無表情だった青年はその目を見開いた。
「ちょっ…!ここはまずい…ちょっ…今片付ける。ちょっと待って!いや…。カジっ、店番頼む!」
 黒髪の青年は慌てて、広がった木箱の引き出しを中途半端にしまっか思うと、すぐに立ち上がった。それと同時に勢いよくクンの腕を掴み、路地裏へと駆け込んだ。
 

 ✳✳✳


「…って、ヅラだったのか…それ…」
「はい。良く見抜けましたね。これ、実はカツラだったんです…」
 それを聞いた黒髪の青年は大きく溜め息を吐くと、気が抜けたかのように後ろの壁に寄りかかった。路地は昼間なのに薄暗く、空気が澱んでいて、息を吸う度にドブの様な臭いが鼻に入って来た。
「え。あ…。どうかしましたか!?」
 金髪から灰色の髪に変わった青年は黒髪の青年を心配するかの様に見た。
「マジかぁ。本当。ふざけるなよなぁ…」
 黒髪の青年は呟く様にそう言った。
「え…?」
「まあいい。話を戻そう…」
 青年はまたため息をついと同時に壁から背中を離した。
「さっきのカミを見せてくれ…」
 ヨダカはクンの前に手を出した。そしてクンは黙って先程外したカツラを青年の手に乗せた。
「……」
「……」
「ふざけているなら、昨日分を含めて殴りたいのだが…」
 ヨダカは冷淡な目で灰色の髪の青年を見下ろした。
「あ…すみません。冗談です」
 クンはそのカツラを帽子と共に頭に戻し、ヨダカに先程見せた紙を渡した。
「犯人に覚えは?」
 ヨダカは紙をひらひらさせながら文面を見た。
「…誰かわかりません。わたくし…皆から嫌われているので…グスン」
「だろうな…」
「肯定しないでください…」
「あ…すまん。つい…」
「それで、一体どうするんですか?」
 そう訊かれた青年は考えるかのように、前に腕を組んだ。そして、しばらくしてクンのほうを向いた。
「…。さあ?」
 ヨダカは少し真面目そうな顔をして、クンにそう答えた。クンはヨダカの態度に驚きを隠せなかったのか、大きく目を見開き、ぱちぱちと瞬きをした。
「……え?」
 クンは聞き返した。
「『え…』って。俺は何も考えてはないが…?」
 ヨダカはそのまま首を傾げてた。
「な…何もって何も考えてないのですか…?」
「ああ。そうだが?」
 ヨダカは態度は全く悪びれておらず、寧ろクンの事を不思議そうに見ていた。
「そ、そんな…!本当に何も考えてないんですか?!なんでそんなに呑気でいられるのですか!もしかしたらヤマネが犯人たちに酷いことされているかも知れないんですよ!?もしものことがあったら、どうしてくれるんですか!?もしかしたら、一刻の猶予もないかも知れないんですよ!一体、ヤマネに何かあったらどう責任を取ってくれるんですか!…」
 クンは、黒髪の青年の態度に人が変わったかの様にプリプリと憤慨し始めた。だが、クンが話を全く聞いていなかったのか、それともクン自体に興味が全く興味がないのか、少しつまらなそうな顔をしながら、グチグチ何か言いながら怒っている金髪の青年をしばらく黙って様子を見ていた。そして、クンが一通り言い終わるのを待っていたのか、クンが話が終わると同時に、肺に溜まった空気を外に出すかのように大きく溜め息を吐き、ゆっくりと口を動かした。
「…すまんが、何故この俺が、今回の件で『責任』を負わないといけないんだ?」
「へ?」
 クンは彼の態度を予想もしなかったのか、先程まで忙しなく動いていた口を止めると、目を丸くしこちらを向いた。
「さっきから訊きたいのだが、お前はさっきから一体どういう『つもり』でいるんだ?」
 ヨダカは真顔でクンに訊いた。
「そもそも何で、お前はさっきから俺に『頼ろう』としてるんだ?」
「へ?それは、どういう…」
 クンは彼が何を言っているのかわからない様子だった。
「言ったはずだが、これはお前が引き寄せたことではないのか?何故、この俺がその事について『責任』を負わないといけないんだ?」
 ヨダカの表情はそのままだった。
「え…、だって、言いましたよね?さっきヤマネを助けるのに『協力』してくれるって…」
 クンは目の前の青年に訊いた。
「ああ。手伝いはするさ。店の前でわんわん泣かれたら困るしな。だが、これは自分で始末するべきではないのかと訊いているんだ。…勘違いするな。俺はさっき言った通り、これは俺には一切関係ない話だったんだ。俺はただの薬屋で、お前たちは薬を買わないで勝手に俺の分野外のことを頼み込んでいる迷惑な客だ。それに付き合わされただけだ。そもそも、本当なら…、お前たちに関わりたくないんだが…」
「そ…そんな…!」
「何が『そんな』だ。俺がお前がやらかしたことを全部処理してくれると思ったのか?じゃあ、訊くが仮に俺が何もしなかったら、お前はどういうつもりだったんだ?人に任せて失敗されるのが嫌だったらだったら、責任にどうこうの前に君が自ら動くべきじゃないのか?」
 ヨダカは少し語気を強めながら言った。
「それは…」
「何も考えてないのか?それで俺にやらせておいて、じゃあお前が言うヤマネさんにその『もしも』があったら、全部俺に『償(まど)らせる』つもりだったのか?」
「ま…?まど?※2え…いや…。そんなつもりは」
「じゃあどういうつもりだったんだ?俺に全ての事をやらせようと思ってたのか?すまんが、今回件は俺はお前に責任があると思っている。仮にヤマネさんに何かあったとしても俺には関係ない話だ」
「かっ関係ない!?そんな何て言うこと言うのですか!もしかしたら人の命に関わることかもしれないんですよ!」
「だとしたらなんだ。なおさらそんな重大な事を昨日会ったばかりの俺に任せようとするんだ?」
「え…あ…。あの…それは…」
 クンは青年の顔を見ようとせず、その瞬間顔を引き攣らせると視線をそらした。
「自分でやって『償(まど)う』が怖いのか?」
「い…いえそんなことは…っ」
「じゃあ、何故…、お前自身が動こうとしない?ヤマネさんを救いたいと思っているのは、『本当の』お前か?」
「それは…どういう…」
 目の前のクン態度を見た青年は大きく溜め息をついた。そして、また、つまらなそうな顔をするとその場で踵を返した。
「え…?あ…あのどちらに…っ」
「すまんが。この話は無かったことにしよう」
「そ…そんな!あんまりじゃあないですか!わたくしを馬鹿にするのは大概にしてください!」
「馬鹿にしているのはどっちだ。ふざけているのは、お前の方じゃないのか?全部俺に任せてその上で、不都合があれば俺に『償(まど)らせる』つもりなのか?それは勝手すぎるじゃないのか?」
「いいや、そういうつもりは…。で…でも何で、最初に『ヅラ』を取れなんて言ったのですか?!」
「『ス』、『ラ』、だ…。あくまでもアドバイスだ。改めて聞こう。ヤマネさんを救いたいって思っているのは、『クン』お前か?それともプライドが高い『天竺』か?」
「それはどういう…」
 クンはしばらく、黒髪の青年の言うことが理解できなかったのだろうか、先程までベラベラと話していたその口は全く動いてなかった。
「すまんが、『君』が助ける気にないのなら、俺は別にヤマネさんを助ける義理なんてない」
「そんな…!ヤマネがもし、死んでしまったら…どう」
「……だとしたら…。なんだ…?」
「へ…?」
 クンは暗く光るヨダカの眼に背筋をゾクリとさせた。
「あの…その…」
「どうやら『今のお前』は彼女を助ける気はないようだな。すまんが…興味が失せた。まあ、そもそもこれもただの『お遊び』かもしれないしな…」
「お…お遊び…!」
 それを聞いたクンは急に顔を真っ赤にさせると身体をぷるぷると震 だが、それを見ていた青年は少しつまらなそうな顔をして頭を掻いた。
「あ…遊び!?じゃあ…。私をこのままお見捨てなさるんですか?!」
 クンは甲高い声を少し荒上げた。
「捨てるもなにも…。そもそも拾ってないしな…」
「そんな…なんで…」
「そんな言わなくてもわかるだろ?俺は、自分を馬鹿にした相手を助ける程お人好しじゃあないんでね…。それに言ったはずだ。これは君がいままでしてきたことの代償だ…。自分で引き寄せたんだ。自分でなんとかしろと」
「き…昨日言ったことは謝ります!だから…」
「だから…なんだ?」
 そして黒髪の青年は溜め息を吐いた。
「じゃあ、なぜお前は自ら動くべきじゃないのか?それとも何か失敗したとき自分で『償う』のが怖いのか?」
「…」
 クンは下を向いたままそれ以上しゃべろうとしなかった。
「よく考えるんだな…」
 黒髪の青年は黙って目の前の青年を見た。
 そこには昨日、きらびやかな衣服を身に纏った青年の姿はなく、一般のラユー市民よりも少し古ぼけたズボンを履いていた。そしていままで気がつかなかったが、そこからは、昨日の彼女と同じ足が見えた。
「さっきも言ったが、多かれ少なかれお前を恨んでいるやつはいる。それにヤマネさんが巻き込まれたんだ…。
 …すまんが、薬箱を仕舞うのが半端だった。店もアイツに任せたままだしな。じゃあ、俺はこれで」
「ま…待ってください!」
「なんだ?」
「…あなたも…私が『うすあかりの国』だから…っ。馬鹿にするんですね…」
 クンは自らの唇を噛んだ。
「だとしたら…。どうする?この俺を今ここで殴るか?脅されようが、『今の』お前を助ける気はないがな…」
「…っ」
「お前は…。自分の『弱さ』…。つまらないプライドを隠す代わりに周りの人たちを傷つけたんだ…」
「…私は…」
 クンはそう言った切り、そのまましばらくまた黙っていた。
「……か…彼女は…」
「ん?」
「あの部屋に入ってから初めて会ったんです。いつも。気が弱いのにお節介で。いつもうるさいって…思って」
「それはどういうつもりだ?同情を売っているのか?…それとも、お前は友人すら売るのか…?」
 ヨダカはクンを一瞥した。
「ち…違う…!…もういいですっ!わたくし一人でヤマネを探します!!!!あなたがそんな奴だと思いませんでした!あなたのような人を頼ろうとした私が馬鹿でした!!」
クンはものすごい速さで近づいたと思うと、ヨダカを壁に突き倒し、道を出た。
「……クソ。逆ギレかよ…」
 青年は夏外套の後ろを見た。そして黙ってまた壁に寄り掛かった。
「……そんな奴か…。はあ…」
 目の前に一片の花びらが舞い降りた。その花びらはヨダカの掌に吸い込まれる様に落ちてきた。ヨダカは、その花びらを握り潰した。
「俺には…。誰も救えねぇよ…」

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「おかえりー。あれ?あの人は?」
「怒ってどっかに行った。…」
 青年は先程灰色の髪の青年と話をしていた路地裏を見ながら話した。
「え。じゃあどうすんの?協力してあげないの?」蛙は小首を傾げた。
「どうるも何も…。こっちは客商売だって言うのに……。はあ…」
 ヨダカは風呂敷の上を見た。蛙が一つひとつ片付けたのであろうか。風呂敷の上には薬箱以外何もなかった。
「ねぇ。ヨダカ。だからってヤマネさん…見つけなくていいの…?」
 蛙は青年に訊いた。
「は?なんで俺が…」
「しばらく、店番してたけど…。ヤマネさんみたい人は通らなかったし…。まだ見つかってないんだよね…」
「だからなんで…俺が…」
 青年は蛙に同じ質問をした。
「…本当は分かっているんじゃないの?クンさんがあの時…『犯人を眠らせる薬でも、殺す薬をください』って言ったとき、クンさんが本気でヨダカに助けを求めていたんだって。なのになんで…。例えそこらへんにいたとしても探した方がいいんじゃないかな…」
「だったら、てめぇが探せばいいだろ」
 ヨダカは不機嫌そうに頭を掻きながら答えた。
「ヨダカ。なんでイラついているの?」
「は?」
 ヨダカは風呂敷の上に座っている小さな蛙を見た。今にも、春の強い風でどこかに飛ばされしまいそうだった。
「別にヨダカが巻き込まれたくないのなら、それでいいよ。でも、なんでヨダカはいつも人に関わることを避けるの?面倒だから?それとも…」
「何が言いたい…?」
 蛙は、片手でも簡単に握り潰せそうだった。
「…ヨダカ…昔何があったかわからないけど…」
 蛙はしゃべり続けた。
「なら。何なんだ…」
「クンさんにとって、ヤマネさんは…本当は大切な存在なんだよ。身近にいた大切な人がいなくなるは辛いから…だから…」
「チュンセ…のことか…?」
「……僕は…蛙だから…」
 蛙は笑って見せた。その瞬間、桜の枝から多くの花びらが光と風とともにひらひら落ちはじめた。
「誰からも必要にされない…。誰かを必要としない。こんなに寂しいことなんてないよ…」
「……」
「だから…。ヨダカ…」
 その時だった。青年は、夏外套のポケットの中に入れた手に何かを握っていたのに気がついた。それはクンに送りつけられた紙切れだった。
 ヨダカは静かに目を閉じた。
「ルビ…」
 蛙は青年の方を振り返った。青年がそう言った気がしたからだ。そして、青年はゆっくりため息を吐いた。
「…分かった。ただし。これは今回だけだ…」

ヨダカ 第七話 クンねずみ②

※1『ベッツ』…これは、大分県の『別府』のことです。正直申し上げますと、この設定は世間でいう『熊本地震』が起こる前に設定し、今回そのまま文章に入れさせていただきました。メディアの露出はお隣り熊本に比べて少ないですが、大分県も今回の地震で多くの被害を受けたそうです。
 『別府』は温泉でも有名な所ですが、竹細工でも有名な場所です。その歴史は日本書紀にも書かれており、室町時代行商人が使用する籠を生産するようになったのが始まりとされてます。そして、江戸時代に別府温泉が有名になると同時に、湯治客が自炊のため使用する飯籠、米あげ笊として生産されるようになり、土産物としても好評だったそうです。(ウェブを参照しました。)

※2『償う』(まどう)…ん??「まどう??」。私の『ツェねずみ』で振り仮名を読んだときの感想は『??』でした。辞書を見ても、変換しても『まどう』で『償う』と言う表現が出てこない。また、方言なのかと調べてもそうとも限らない。意味合いとしては、漢字の通りみたいです(。弁償させるとか)。今回は『方言』と言う形にさせていただきました。ここではヨダカが生きている世界の何処かの『方言』でとらえていただければと。つまり、ヨダカは…?今後詳しく書いていきたいと思うのでよろしくお願いいたします。

※3…言い訳(?)です。前のモネラの回でオリザ(稲作)が植えられていましたが、今回は、桜や青葉の表現があり、勘がいい人はあれ??って思ったかもしれません。普通であれば桜→オリザの順番であるべきところじゃないかって話になります。これは言い訳?すると文章表現は一切ないのですが、モネラは南側で、ラユーは北側になります。(少し設定がカバカバなんですが…)言わばラユーはモネラより桜前線?って言うのが遅くなります。なんで、モネラは先に田植させて頂きました(?)。

ヨダカ 第七話 クンねずみ②

毎度毎度…配信が遅れて申し訳ございません…。第二部です。勝手ながら今、読んでくださっている皆さん…、感謝申し上げます。 えーと…、今回、お詫びと言い訳があります(桜前線と稲作についてです。)※3

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-20

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