エメラルドの指輪
瞑って届けます
燈火の都市へ渡った私の君へ薄月の十月の風情は寂しく思います。淡い月の雫がスゥーと落ちますと庭に構えてある鯉の池に、縞の形の陰をぼんやりと浮かんで洒落た衣が波打ちます。丁度、縁側で和紙の団扇で手で扇いでいた時で御座います。鋏の赤い渡り蟹がその立派な腕に真緑の澄んだ石を意気揚々と離さないで歩いておりました。不思議に思い、目をぱちくりと、クチを開けて息を飲んだで御座いますよ。なんとエメラルドの指輪が渡り蟹の鋏の中にあるものでしっかりと掴み決して揺るがない意思を感じたのであります。牡丹の簪を抜いてその渡り蟹に譲ると蟹は酔った猿の様に身を振り返してエメラルドの指輪を落とし、香りのする簪を鋏に拾い上げて裾と草鞋の間をスルスルと通って縁側の束石を登り灯篭の裂け目へと姿を消しました。
蟹の置き土産をひょいと手に収めて縁側に再び腰を降ろし月に透かして真緑の石を覗き見ると嵯峨野の竹の様でありまして、すると何やら石の奥で大手を振って唄が聴こえてくるのです。
テェーン、テン、テェーン、テェーンテン
和琴か琵琶か掻き乱した弦の音色が耳に響き太い呼吸が溢れてくるのです。さらに瞳を細めてその主を探すと藁を被った狸が小烏丸太刀を一心不乱に振りかざし右に左と踊っていて滑稽な格好でした。悪戯がこうじて藁狸に汁にして呑んでやろうかと申すと、藁を被った狸は小烏丸太刀を私に向けて突き刺しました。それは絹糸が卑しく鳴いたのでした。
テェーン、テェーン、テェン、テェン、テェーン
との理由で月の微弱を帯びたエメラルドの指輪の所為で頬に傷が出来たのです。十月の風景にススキと月があるのに君はまだ提灯の明かり都市に渡って……
お望みならば君にエメラルドの指輪をはめてあげましょうか。
エメラルドの指輪