【読み切り】悪魔のお母さん
悪魔のお母さん
薄暗い部屋。
周りには子供用のおもちゃ(ブロック)が散らばっている。
周りに立てられた何本かのろうそくでかろうじて辺りの物が見えた。
部屋の中心には、齢6歳くらいだろうか?
子供の男の子が赤のクレヨンで画用紙に何やら図形のようなものを描いていた。
よく見ると魔方陣のようにも見える。
「いたっ」
子供はクレヨンを画用紙の隣に置くと、カッターを取り出して、おそるおそる自分の指を傷つけた。
そして魔方陣の中心に血を垂らす。
「えーっと。あとは…」
子供は真剣に怪しげな模様がついている本を読みながら、たどたどしく呪文のような言葉を唱えた。
「あんこくの、せかいにすむ、まおうにつかえし、けんぞくよ、わがこえにこたえ、われにちからをかし、おおきなちからをさずけよ…いでよ われに、ちかいし、あくまよ!」
魔方陣が赤く光り始める!
赤い光はやがて部屋を包むかのように大きくなり、子供は眩しさのあまり目を強く瞑った。
しばらくの後、子供がおそるおそる目を開けると、エプロン姿の黒のロングヘアー、赤いメガネ、口元のほくろが印象的なスタイルのよい女性が魔方陣の上に立っていた。
「チェンジで」
「はぁ?」
「チェンジで。このままじゃ、ぼく、りなにおこられるから」
「はぁ?」
* * *
「いきなりチェンジでと言われてもムカつくので、ちゃんと説明しろ」と言ったら、子供はいきさつを話し出した。
要約するとこうだ。
■“りな”というのは妹の名前である。
■召喚主の名前は“しょうた”という。
■両親が急に事故で死んで親戚もいないため、もうすぐ施設に行くらしい。
■施設に行くのが嫌なのでお父さんの代わりとなる人を召喚することになった。(お父さんがいいと“りな”が言ったらしい)
■召喚の方法が記されている本は家にあったものだ。
くだらないことで呼ぶな。
そもそも私は魔王にご飯を作っていたんだ。そんな人間の子供に応じたつもりなど…。
あ。
【回想】
「おーい。ご飯はまだかー?」
「はいはい。もうちょっと待っててください」
【回想終了】
ま、まさか。この「はいはい」で応じたことになったのか?
冗談じゃない!
ぐー。
ぐー。
「おなかすいた…」
「私もだ」
うーん。この子供を喰ってもいいんだが、召喚に応じた時点で契約主だからな。このまま契約終了しないまま喰ったら契約違反になりかねん。
「仕方ない。台所借りるぞ」
「おねえさんがつくってくれるの?」
「ああ。私も腹が減ったからな」
「わーい!」
* * *
「チェンジで」
「殺すぞ」
「りなをころしちゃダメ!」
台所に行くと“りな”がいた。
契約主と同じ事を言ってきたので、ムカついて殺そうとしたら、契約主に止められてしまった。
仕方ないので、台所にあるもので適当にオムレツを作り、全員で食べ、食器の後片付けをした後、私は契約主から借りた召喚の本を見て契約条件を調べてみることにした。
「適当すぎるな、この本は…」
どうしてこれで召喚できたのかわからない。
契約終了条件も代償も何一つ書かれていない。
ぶっちゃけると、魔界にいつでも帰ることもできるし、契約主を殺しても問題はない。
よし。帰ろう。
魔王がお腹を空かせていることだしな。
「おねえさん」
「どうした?」
「おねえさんは、ぼくたちがよんだ、あくまじゃないから、かえって」
しかし、人間の、それも子供にナメられると流石にムカつくな。
「断る」
「「えー!?」」
「悪魔を呼んでおいて、そのまま帰れとはいい度胸だな、ガキ共。この契約は不完全なものだから、お前らを喰って魔界に帰ってもいいんだぞ?」
「「おとうさん、おかあさんのところにいけるなら、それでもいい」」
つくづく腹の立つガキ共だ。
「少しは生きようとか思わないのか」
無言。
「…思わないのか」
こくり。
呆れた奴らだ。このまま喰ってもつまらんな。
悲鳴の1つでもあげれば面白いが…。
しかし、私は魔王の側近だから、それなりに位が高いはずなのだが、どうしてこの子供が呼び出せた?
普通の人間が…それも子供が、この不完全な召喚で呼び出せるはずが…。
まさか。
「ありえん」
「「?」」
ガキ共の魔力なんて意識してなかったが、改めて調べてみると、妹の方の魔力は普通の人間よりも少し多いくらいだが、契約主の魔力は普通の人間よりもずば抜けて多い。だが、どう見ても人間…。
なぜ、最初に気づかなかった?
もしかしたら、こいつに何か秘密があるかもしれんな…。
まぁ、今は人間とかどうでもいい。
ぶっちゃけた話、こいつ、魔王よりも魔力多いんじゃないか?
「くくっ…面白い」
「「?」」
「決めた。貴様らが、いくら嫌だと泣いて喚いても私はここに住み着くぞ。逃げ出しても無駄だ。貴様の血を覚えているからな。すぐに追いつくぞ」
「「えー!?」」
いいチャンスだ。
いつまで経っても魔界すら完全に征服できない腑抜けを魔王の座から引きずり降ろし、私が完全に征服してやろうではないか。
くだらないことで呼び出したこいつらを利用してな。
「面白くなってきたな」
「しょうた、どうしよう」
「ぼくにいわれても…」
「わたしじゃ、あくま、よびだせなかったんだよ? しょうた、またよびだしてよ」
「おねえさんじゃダメなの?」
「うーん…」
「おとうさんじゃなくて、おかあさんでもいいでしょ?」
「それはそうだけど…」
「ね。ぼくだって、そんなにたくさん、あくまよびだせないよ。おねえさんがいるから、むりだよ」
「…わかった」
私の後ろでガキ共が何やらほざいているが、気にしないことにした。
【読み切り】悪魔のお母さん