泡沫 ~夕空のキセキ~ #3

放課後の探し物 ②

 大半の生徒はすでに学校を出ているはずだ。


 僕はすっかりそう思い込んでいて、混雑している昼休みや放課直後の時間ならともかく、まさかこんな時間に走ってきた誰かとぶつかるなんて、全く予想していなかった。
「ご、ごめんなさいっ、私前見てなくて……!」
「いや……僕も気を抜いてたから――」
 言いかけて視線を前に戻したところで、必然と相手と目が合った。


「「――あぁっ!」」


 曖昧だった記憶が急速に輪郭を帯びていき、やがて目の前で腰をついている女の子のそれにぴったり重なる。思わず発した驚きの声は同時だった。
「……」
「……」
 お互いに呆けたまま、数秒ほど沈黙が流れる。先にそれを破ったのは彼女の方だった。
「え、えっと」
「?」
「ちょっとついて来てくれないかなっ!」
「!?」
 言うが早いか、態勢を立て直した彼女はそのまま僕の腕を掴んで駆け出していく。必然的に僕も同じようにせざるを得なかった。
「ど、どうしたの?」
「手伝ってほしいことがあって……!」
「……?」
 急な展開についていけず、もう成り行きに任せる形で僕は足だけを動かしていた。
 ――あれ? 前にも、こんなこと……。
「……っと」
 そんな奇妙な既視感を覚えつつ、少し行った所で僕らは一つの教室に足を踏み入れる。


「ハンカチを無くした?」
「うん……」
 入ったのは一年一組の教室だった。ある席(おそらく彼女の席と思われる)に歩み寄ったところで、僕は彼女から例の“手伝って欲しいこと”についての説明を受けていた。何でも昔から使っているお気に入りのハンカチを無くしてしまったそうで、それを探してこんな時間まで居残っていたということらしい。
 最終下校時刻まで残り一時間を切っている。無くしたのに気付いたのは放課後になってからのようで、現在に至っても何も手がかりを思い出せないまま、おそらくその焦りから偶然出くわした僕に声をかけたというところなのだろう。
「ご、ごめんなさいっ。一方的に連れてきちゃったのに、こんなこと……」
 今やっと我に返ったという感じだ。ここまで焦っているところを見る限りでも、やはりそれくらい大切な物なのだろう。
「いや……うん。それは全然構わないよ」
 普通なら混乱している所なのかもしれない。けれど、先ほどの既視感の影響か、それに比較的に落ち着いて応じられている自分がいた。
 ……いつかの記録を再生して見直しているような、そんな感覚だ。
「探し物、手伝うよ。今日は、特に何かあるわけでもないし」
「……」
「……? どうかした?」
「えっ、あっ、いや、その――」
 気のせいだろうか。今の一瞬、彼女の目はこちらを向いていたのに、何か別のものに焦点を合わせていたような気がする。
「――改めて、いいかな。お願いしても」
「……うん」
 予想外とはいえもう一度会えたのだし、僕にも果たしておきたい用がある。どう見ても彼女は今それどころではないし、優先順位は後になってしまうけど、この探し物を手伝うことは僕にとっても確かに有益なことだ。
「――ありがとうっ」


 ……これは、そういうことでいいと思うのだけど。


「――じ、じゃあ、まずはどこから探そうか?」
 ハッと意識を取り戻すような感覚の直後、僕は慌てて彼女に向き直りながらそう尋ねる。……別のものに視線を移してしまっているのは、多分お互い様なのだろう。
「うーん……さっきから、今日行った所は大体回ったんだけど」
「なかったんだね」
「……うん」
 そうなると、もう一度回るにしても、少し視点を変えなければ同じことを繰り返してしまいそうだ。
 ――ハンカチを無くした……無くした……
「……落とした」
「あっ!」
 ふと零れた呟きの直後、彼女が何かに気付いたように声を上げる。
「落とし物箱っ!」
「……え?」
「え?」
 ――あー……そっちは、まだ見てなかったのか。
 気付いたら無くなっていたというのは、大体落としたせいだと考えるのが普通だ。とりあえずそれはいいとして、何となく思うのだけど、一般的に落とし物をしてしまった場合に真っ先に思い浮かぶのはそれ……すなわち、落とし物箱ではないのだろうか。
 うちの学校では、確か職員室の前に設置されているはずなのだけど。
「……」
「どうかした?」
 何だろう。思っていたより、早く決着がつきそうな気がしてきた。
「何でも無い。とりあえず見に行ってみようか」
「うんっ」
 ――僕が言うのもあれだけど、ちょっと抜けてるみたいだな……。
 思わず苦笑いを浮かべながら、元気に扉へ先行していく背中を追う。すると、
「あっ」
「?」
 唐突に、扉の取っ手に手をつけたところで彼女が立ち止まる。それから振り返って、
「自己紹介まだだったよね。その……一応?」
「……」
 ――そうだ。初対面、なんだよね。……一応。


「一年一組の日和 結月(ひわ ゆづき)です。よろしくね!」

泡沫 ~夕空のキセキ~ #3

こんにちは、天色です。
以前の更新を機に、「よっしゃ毎週土曜更新で行くぞー!」と決めたばかりなのですが。
……結局、これを投稿するまで二週間以上空いてしまいまして。

本当に申し訳ありませんでした。

もうすぐ学校も始まりますので、出来ればそれまでにもう一度投稿したいなと思っています。
次の分も途中までは出来ているので……はい、何とか頑張ります。
それでは、また次回もよろしくお願いします。

泡沫 ~夕空のキセキ~ #3

放課後の探し物 ②

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-19

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