ひとつの恋 ☆ 1
H組
これは桜の花びらが舞う春の日。
この高校は、合格発表からここは普通じゃなかった。別の意味で賑やかすぎる雰囲気に戸惑う。
この場には相応しくない、テレビ関係の中継車がズラリと並ぶ光景は異様だった。
校長が『 入試問題改ざん詐称 』なんて下らないことをするから、受験生達が迷惑をこうむっている。
「 こちらの高校を受験されたお気持ちはいかがですか? 」
「 答案を書き替えた人に対して何か言いたいことはありますか? 」
正門へ入った途端マスコミがぐいぐいマイクを突き付けてくる。こっちは今、受かるか落ちるかの瀬戸際にいるのに全く遠慮なんてない。
母が私をかばいながら、報道陣の人波を掻き分けて進んでいく。" 母は強し" ってその通りの人、おおらかでたくましい。
中央玄関入り口前、同じ中学の受験生達とたわいもない会話で時間をやり過ごす。
この数分後、人生において必ずやターニングポイントになるはずと、私は曖昧に確信していた。
それらしき物を持った先生達が現れる。
ザワザワと辺りのボリュームが上がっていく。合格番号の数字が並ぶ、白い紙が次々貼り出される。
ここは私にとって、安全圏内の志望校だった。
さっきまで喋っていた同級生達は合否がわかると、まるでモーゼが杖を振りかざしたかのように真っ二つに分かれていく。
とにかく受かったのだ、掴みとれた切符を胸に一息つくと振り返って母に○と大きく合図を出す。
その後毎日のように親戚やら友達、近所の方々までお祝いの電話や訪問が殺到する。
私は、翌日発行された全国紙の三面記事トップにデカデカと掲載されてしまった。
勿論、私は犯人でも被告人でもない。その記事の写真の下には『 改ざん事件に戸惑う生徒達 』とだけ書いてある。
それは改ざん事件などには程遠い写真だった。
写真の中央にいる私は、明らかに受かったと喜んでいる振り返りざまの
迷いのない満面の笑顔だったから。
★
私は朝起きるのが未だに苦手だ。
だから登校時間は20分とかからないこの高校を選んだ。私の足になる相棒は濃紺のカマチャリに替わる。
別の商業高校も勧められたけど、通学時間がゆうに1時間はかかるから却下した。
この高校は県立高校、県内の様々な市町村から生徒達がやってくる。その生徒一人ひとりの空気感がまるで違っていた。
クラスはH組、園芸を英語にした頭文字が確かHだったと思う。クラスは6対4で女子の方が若干多い。
今まで見たことのないヤンキーらしき人がいる。半面、やる気を無くしたかのように白けた目をした人もいた。
H組はまるで一つの鍋にあべこべな具を入れられた、闇鍋みたいなクラスだった。
この高校はそれぞれの科目別に分かれており、クラス替えはない。だからこの皆と3年間ずっと一緒に過ごす。
担任の先生は見た目は普通のオジさんだった。肩の力が抜けた感じが、丁度よかったのかも知れない。
みんな親しみを込め先生の苗字でなく" 羊一 "って名前で呼んでいた。
苦労をかけたけど、いつしか不良も真面目もみんなその先生が大好きになる。
この羊一先生があの事件のキーマンだったと後に知る事となる。
★
いつものように美耶と千尋と登校する。美耶はキレイでワガママな所があって、千尋は熱狂的なアイドル好きだった。
私たち3人はどこかアンバランスだけど共に過ごすことになる。
H組へ行くには階段を上がって2階のA組の前を通らなければならない。
A組( 農業科 )は女人禁制の男子だけの荒れた花園だった。
飛び抜けて気合いが入った、恐らくA組で権力を掴み取ったであろう上地くん。
短髪に金髪で剃りこみが鋭い、眉毛を極細に丁寧に整えており道で会ったら絶対絡まれたくないようなヤンキー野郎だった。
上地君が片手にギターをボロロンと鳴らし
「 おはようしおりちゃん、今日もかわいいね 」
よく似合った真っ黒のサングラス越しに、朝の挨拶とは似つかわしい。
苦笑いで挨拶を返すと急いで教室へと走る私。
もう来てるかな?
教室に入るといつも早々と登校している
あなたがいる。
背が高く笑うと目尻が優しい、野球部でもリーゼントでもないけどどこかハマの番長に似ているあなた
鳴海 浩介。
今日も新しいシーツを広げるように、真っ白な一日に臨む。
日向 しおり。
私のこの果てしなく自由な世界が
今、始まっていたんだ。
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ひとつの恋 ☆ 1