星降る森の物語
旅人カノープスの旅行記 前書き
ソラノスキマを旅していると、
多少の不可思議な出来事には
驚かなくなる。
我々にとっての
「不可思議な出来事」は
彼らにとっての
「日常」であり
「常識」だからだ。
しかし、時として
旅慣れた私の、
既に達観したと思われる
思考を凌駕する出来事に出会う。
先日
「星降る森」で体験した出来事は
まさにそんな出来事の一つだった。
今回は
「星降る森」で私が出会った
摩訶不思議な出来事について
記そうと思う。
ー「旅人カノープスの旅行記」よりー
星屑診療所フォーマルハウト医師
「星降る森へ行くのかね?
ならば、今夜は気をつけた方がいい。」
そう言ったのは、星屑診療所の
フォーマルハウト医師だった。
切らしてしまった傷薬を補充する為に
彼の元を訪れたのだ。
「何故です?星屑拾いには絶好の
星月夜だというのに。」
星降る森は、上質の星の欠片が
落ちている事で有名だ。
ここの星の欠片は
高値で取引されるので、
旅の路銀稼ぎを兼ねて、
森に入ろうと思っていたのだ。
「だからだよ、明るすぎるほどの
星月夜だ。月の光がかき消されるほど
星の光が強すぎる。
こんな夜は、森の主の住処への道が開く
と言われている。一度迷いこむと、
二度と戻れないともな。」
私は彼の話を、新しい薬が満たされた
薬瓶の中の、キラキラ光る
赤い星屑を眺めながら聞いていた。
星降る森のアルコル
フォーマルハウト氏の言葉が気にはなったが、
結局私は「星降る森」へ向かった。
やはりこの先の旅費の事を考えると
幾つか「星の欠片」は手に入れておきたい。
「星降る森」には、空から降ってきた
大小様々な星の欠片が落ちており、
それらが星明かりを反射して
キラキラと輝く。
特に今夜は明るすぎる位の星月夜だったので
森全体がぼんやりと青白く輝き、
足元を照らす灯篭も必要なかった。
換金できる価値のある
上質な「星の欠片」を探しながら、
森の奥へと入っていった時、
木陰から見なれぬ
形の影を見た。
耳が長いので
我々 猫族とは違うようだ。
だが、うさぎ属とも
少し違う。
目を凝らして姿を確認すると、
影の主は
青緑系の斑模様の毛色に
手足に長く鋭い爪を生やした、
私も初めてお目にかかる種族だった。
見慣れぬ種族の彼は
木陰からじっとこちらを見ていた。
よく見ると、気のせいだろうか…。
彼の右目に北の七つ星が
浮かんで見えた。
「私に何か用かい?」
問いかけても返事はなかった。
ただ、木の枝で傷ついたの
だろうか?
彼が右腕を
怪我をしている事はわかった。
私はさっき買い求めたばかりの
星屑診療所の傷薬を彼の傷口にぬり、
包帯を巻いてやった。
「これで大丈夫だろう。」
語りかけても、やはり返事は無かった。
しかし、その場を離れようとした
私の腕を掴み離そうとしない。
そして、私が行こうとした方向とは
間逆を、無言で指し示すのだった。
「そちらに行けと?
駄目だよ、そちらは森の出口とは間逆だ。」
彼は寂しそうに私を見たが
どうにか引き止める腕を払い、
私は森の出口向かい歩き出した。
彼の右目には
やはり北の七つ星が光って見えた。
「ああ、やっと出口だ。」
森の木々が開け、広い場所に出た。
確か、ここは小さな村の入り口に
繋がっていたはずだが…。
「花畑?」
目の前には、一面の
薄紫の花畑が広がっていた。
そして、其処には
体全体と、右の瞳に
花の模様が浮かんだ、
不思議な少女が佇んでいた。
花守りの魔女
明らかに普通とは違う
彼女をみた途端、
フォーマルハウト氏の言葉が
頭をよぎった。
悪い予感しかしないが、
先ずは確認しなければ
ならない。
「此処はどこですか?
確か、村の入り口に出る筈だと
思っていたのだが…。」
私はその少女に訪ねた。
「深緑の姫君と
水底の若君の婚礼の宴なら、
森の泉へ行けばいいわ。
私は姫君と若君の為に
この薄紫色の花畑から
青い薔薇と白い薔薇を
探さなくてはいけないの。」
そう言いのこし
彼女は花畑の奥へ去って行った。
森の泉があると彼女が
指差した先には、
小さくも美しい泉と
大きな一本の木があった。
そしてその木の下では
一見、同族の猫族の少女に
見えるが、明らかに私とは異質の…。
先ほどのあの少女と同じく
不思議な模様を体に浮かばせた
2人の少女が立っていた。
紺碧の魔女と月読みの魔女
彼女達に声をかけようとした時、
2人の体はふわりと
木の上まで舞い上がった。
そして
青い毛並みの少女が言った。
「蝶よ、幸福を運ぶ青い蝶々よ、
姿を現しておくれ、
新緑の姫君と、水底の若君のために。」
すると、森に住む青い蝶々たちが
一斉に夜空に舞い上がった。
次に
銀の毛並みの少女が言った。
「今夜は星月夜で
月の光が弱いけれど、大丈夫。
意外とこういう夜の方が、良い月の糸が
紡げるのよ。」
そう彼女がいうと、夜空から黒い蝶々が
銀の糸を引きながら降りてきた。
そして青い蝶々と黒い蝶々は
混ざり合い、そして空中で二手に分かれ
それぞれの方向に飛んで言った。
蝶々たちが飛んで行った
一方には…。
星空を映した小さな泉の上には
1人の若者が立っていた。
水底の花婿
星空を映した小さな泉の上には、
1人の若者が立っていた。
背高帽子には、白い薔薇と青い蝶、
右手には銀の月の様に煌めく
薔薇の杖を持っている。
そして彼の右目には、
小さな魚が泳いでいた。
彼がこの泉の主、
「水底の若君」なのだろうか?
「婚礼の準備は整ったわ。」
「薔薇と蝶と銀の月に
祝福された花婿と花嫁。」
「さあ、宴を始めましょう。」
私の背後で
先程出会った3人の少女が言った。
そして、3人の視線の先、
蝶々たちが飛んで行った
もう一方の方向…。
先ほどの花畑の方から
青白く光る行列がやってきた。
「花嫁行列?」
先頭を行くのは、
青い蝶と、銀の糸で紡いだ髪飾りに
青い薔薇の花束を持った、美しい少女だった。
右目には、白い野の花が浮かんでみえる
深緑の花嫁
行列は音も無く泉の上を歩いて行き
花婿の前に到着すると
彼は花嫁の手を取り、
静かに泉の中に入って行った。
行列もそれに続き、
どんどん泉の中に入って行く。
「お客人、このめでたき夜に
よく外の世界より参られた。」
「さあ、貴方も行列に続きなさい。」
「水底で、永遠にお二人にお仕え
しましょう。」
3人の少女がそう言うと、
私の足は、自分の意思とは関係なく
泉に向かい歩きだした。
「もう二度と戻れないというのは、
こういう事だったのか…。」
私は、森の主の花嫁行列に巻き込まれたのだ。
片足を泉に踏み入れ、
抗えない力に諦めかけたとき、
誰かが私の腕を掴み
力強く泉から引き上げた。
驚いて自分の右腕を見ると、
鋭く長い爪の、包帯を巻いた
毛むくじゃらの手が見えた。
ーそして、そこで私の意識は途切れた。
空中庭園管理人 ミスリリィ
次に目を覚ました時、
目に映った景色は
花畑の中の
青白く光る泉ではなく、
そこにいたのは
空中庭園管理人のミス リリィだった。
見覚えのあるこの景色は
ソラノスキマの浮き島、
空中庭園だ。
「大丈夫?あなたここで倒れていたのよ。
この薬瓶を持って…。中に鉱石が入っている
ようだけど…。」
起き上がって自分の手を見ると、
鉱石ではなく…星の欠片が入った
「星屑診療所」の空の薬瓶を
握りしめていた。
「ひょっとして、彼が助けてくれたのか?」
星降る森で出会った、
瞳に北の七つ星が輝く、
毛むくじゃらで鋭い爪の、
物言わぬ彼。
森の出口へ向かった私を引き止めたのも、
異界へ迷い込みそうな私を
助けようとしてくれたのだ。
北の七つ星は
旅人の道しるべの星。
道に迷わぬよう、北の夜空で
輝き続ける。
「あの時の恩返しに
道に迷った私を導いてくれたのか。」
…この星の欠片は、換金せずに
旅のお守りしよう。
何より、旅人の護りの星が
与えてくれたのだから。
ミスリリィの用意してくれた
暖かいハーブティーを飲みながら
瓶の中で輝く、赤い星の欠片を眺め、
ぼんやりとそう思った。
星降る森の物語