魔法少女俺 (第1章のみ)
「魔法少女俺」という同名の漫画があることを最近知りました。
私がこの作品を書いたのは、かれこれ6年前。
決してパクリではありません。
ある朝の珍事
目の前にそびえたつ、立派な赤レンガの校舎。
魔法学校の名門にふさわしい趣と威厳を兼ね備えたそのたたずまいを、俺は信じられない思いで、ただただ呆然と見つめた。
「おーのーれー! ひーかーる!!」
そもそもこんなことになった発端は、今朝のこと。
いつも無駄に元気な双子の妹ひかるが珍しく起きてこないので、母親に促されて俺が部屋まで起こしに行ったのだ。
「ひかる! 朝だ、起きろ!」
『ひかる』というタグの下がったドアを叩くが応答がない。ノブをひねるとあっさり開いた。
俺の部屋よりは片付いているが、モノトーンで統一された女の子らしくない部屋。
ひかるはベットで布団をかぶっていた。
「どうかしたのか?」
「おにいちゃん……私、学校行けない」
「は? 具合でも悪いのか?」
「……うん」
「その割には、昨夜、ケーキ5個と栗饅頭8個も食べてなかったか?」
「どうしても具合が悪いの! でも、今日学校いかないと単位落としちゃう!」
「ふーん」
「だから――お願いお兄ちゃん! 今日だけ代わりに、学校行って!」
「はあ?」
何を言い出すのだ。
いくら双子だからって。
いくら俺の髪が床屋にいくのが面倒で伸びきっていて、普段からショートカットのひかるとちょうど同じくらいだといっても。
「馬鹿言うな」
「だめ?」
「ダメに決まってるだろう」
「そう、わかった、じゃあ……これだけ聞いて」
「ん?」
不意に布団がまくれあがる、そして、そこから出てきたひかるが俺に抱きつき、なにか耳元でささやく。
……そこで、俺の記憶は飛んでいる。
気がつけば、妹の通う魔法学校「ガル・リーヴ学園」の前にいたというわけだ。多分、「喪心」系の呪文をかけられたんだと思う。
ひかるめぇー!
恵まれた魔法の才能をなんてことに使いやがる!
自分の着ている服を絶望的な気分で、ひっぱってみる。
青のブラウスにノースリーブの紺のワンピースを合わせたそれは、妹がいつも着ているから見慣れている。まさか、健全な男子である俺が自分で着る日がこようとは。
スカートってスースーして落ち着かないな。
――いや、そんな月並みな感想を抱いている場合ではない。
「誰かに見られないうちに帰ろう」
回れ右をしかけたそのとき。
「ひかるちゃん!! おっはよ!」
突然、制服姿の女の子が抱きついてきて、心臓が止まるかと思った。
ふんわりと柔らかい感触とシャンプーの匂い。
茶色い髪を肩の上で切りそろえたその子は、満面の笑みを向けてくる。
か、かわいい……。
むさくるしい男子校で、女の子に免疫のない俺は、思わずドギマギしてしまう。
「どうしたの、ひかるちゃん? 顔が赤いね? 風邪でもひいた?」
「えっと、その、なんというか……」
「風邪ひいたときは言ってね。愛流が、一生懸命看病するから」
女の子は体を離して、心配そうに顔をのぞきこんできた。
あいるちゃんっていうのか。
明るくて、かわいい子だな。
こんな子が彼女だったら……。
いや、そうじゃなくて!
こんなかわいい子に、男のくせにスカートを履いていることを知られるわけにいかない!
どうやら妹のひかると間違えているらしいから、その誤解をゆるがすことなく、すみやかに撤退せねば!
「あ、ありがとう! う、うん、お……私、ちょっと風邪ひいたみたいでね、やっぱ家に……」
「え、ひかるちゃん本当に風邪ひいたの!? 大変! 熱ある?」
そう叫ぶなり、愛流ちゃんは俺の肩をつかみ、いきなり顔を近づけてきた。
おでことおでこがごちんとぶつかる。
ち、近い! 息がかかるほどに! ええと、とにかくこの距離はまずい!
そのときだった。横からものすごい殺気を感じたのは。
「愛流! そこをどきなさい!」
突然、愛流ちゃんのやわらかいおでこのぬくもりが消えた。
と、同時に、地面が爆発した。
げ。
たった今まで愛流ちゃんが居た場所の地面から、どす黒い煙がのぼっている。
火の魔法か?
すご。詠唱なしでこんな強い威力の魔法が出せるのがすごいことなのは、魔法に詳しくない俺にもわかる。
顔を上げると、そこには長い金色の髪をなびかせ、白いワンピースの腰に手をあてて立っている美少女がいた。
さっきの愛流ちゃんの普通っぽい可愛さと違い、気品あふれるお嬢様って感じだ。
――目つきがきつくて、いかにも気が強そうだけど。
ちょっと離れた位置から、愛流ちゃんがその子に手を振った。
「おっはよ! 玲菜ちゃん!」
このお嬢様(推定)は、れいなちゃんと言うらしい。
それにしても、そのお嬢様(多分)の攻撃を察知して避けたらしい愛流ちゃん。君ももしかしてすごいんじゃ?
「おはようじゃないわよ! 抜け駆けは許しませんわ、愛流!」
「やだっ! ひかるちゃんは私のだもん」
「いいえ、私のものです!」
「私だもん!」
「私よ! お父様に頼めば、女同士の結婚だってわけありませんわ!」
「ずっるい! ところで、玲菜ちゃん、制服着なさい!」
「今日はこれが衣装だからいいのですわ! とにかくひかるは私のものですから!」
「やだ、私の!」
「私!」
「私!」
2人はじりじり近づいて、ついに至近距離で火花を飛ばし始めた。
そのままキスするんじゃないかってくらいの距離。
見とれている場合でなく!
美少女2人に取り合いをされるなんて、男の夢だが、今の俺は男であって男ではない。
我が妹が女2人にモテていることは、それはそれで大問題だが、とりあえず置いておいて、今は2人が喧嘩している隙に逃げるべきだろう。
こそ……。
さっきの爆発のショックで落としたひかるの鞄をひろいあげ、こっそり立ち去ろうとしたそのとき。
キーンコンカーンコン。
校舎からのんきな鐘の音が響いた。
同時にけたたましい言い合いがピタリと止まり、2人は全く同時に俺の方を見る。
忍び足で逃げる体勢だった俺の背中に冷たい汗が伝う。
「大変、こんなことをしている場合ではありません! 遅れてしまいますわ!」
「いくよ、ひかるちゃん! 早く早く!」
2人は、両脇から俺を腕をつかむと、そのまま校門の中に俺をひきずっていった。
「ち、違うんだ!! お……私は、違うんだ!!」
連れて行かれたのは、体育館だった。
いや、このバカでかい円柱状の建物は、体育館というよりほとんどドームである。
なんで高校の施設にこんなものがあるんだ?さすがは、エリート中のエリートが通う魔法の名門校ということか。
しかし、それ以上に俺が驚いたのは、その建物に掲げられた大弾幕にでかでかと書かれた文字だった。
【 第13回 ガル・リーヴ学園戦闘技術発表会 】
はい?
戦闘技術発表会って、つまり武道会みたいなものか?
え? ええ?
右の腕を掴んだ、愛流ちゃんがのんびりと言った。
「3人とも予選受かってよかったねえ」
嬉しいのか、ますます体を近づけてくる。
――あの、ちょっと胸、あたってますが……。
左の腕を掴んだ、玲菜ちゃんがクールに答える。
「当然よ。私がAブロック、ひかるがBブロック、愛流がCブロック……見事に分かれましたわね。では愛流、決勝で決着をつけましょう」
「わかった、勝った方がひかるちゃんをもらえるんだね?」
玲菜ちゃん、恐ろしいことを言わないでください。そして、愛流ちゃん、にこにこと了承しないでください。俺、じゃなくてひかるの人権とか意思とかは、なかったことになってませんか? もしもし?
「控え室ここだね、じゃまたあとでね」
「途中で負けたら許しませんわ」
それぞれの札の下がった控え室に、2人は消えて行った。
ふう、やっと帰れる。
安堵に肩を落としたそのとき、カバンが振動した。
開けてみると、なぜか俺の携帯電話が入っていた。ひかるが入れておいたに違いない。
しかたなく、開いて通話ボタンを押し、耳にあてる。
「もしもし?」
「あ、お兄ちゃん? 学校着いた?」
「着いたじゃないだろう! お前にそういう趣味があったなんて聞いてないぞ!」
「え?」
「いや、それは家に帰ってからじっくり話し合うとして、なんてことしてくれてんだお前は! スカートとか武道会とか……」
「あ、そうそうそれ言おうと思って。鞄の中に、便箋が入れてあってね。それに勝つための呪文とか書いてあるからよろしく。大丈夫、その通りにすれば勝てるから」
「はあ!? 出るわけないだろう! 今すぐ帰るぞ!」
「へえ、そんなこと言っちゃうんだ? じゃあ、しょうがないね。そんなこと言うと――」
ひかるは、『呪文』を唱えた。
「たった今から、お兄ちゃんの部屋に行って、ベットの下をあさるけど?」
という呪文を。
「……出るだけだぞ」
そして、その呪文は見事に効いたのである。
(二章へ続く)
魔法少女俺 (第1章のみ)