二羽の鳥

 鳩の虎雄は言った。
「君は、一体誰なんだい?」
「僕は、蛇助さ」
 蛇助も鳩だった。蛇助は、この変てこな彼の質問に、答えなくて良かったのかもしれない。なんせ、彼と虎雄は三十年来の友達だったのだ。
「じゃあ、君は一体何なんだい?」
「うん?」蛇助は、質問の意図を理解しようと努めた。「鳩だね」
「はあ。君は、何故嘘をつくのだね?」
「嘘も、何もないじゃないか」蛇助は、せっかくの回答を等閑にされて、憤慨した。「君、僕をからかっているのかい?」
「いやいや、私は至って真剣で、健全さ」
 虎雄は蛇助を宥めるように言った。
「では、論点を変えてみようじゃないか。君は僕を鳩ではなく、何だと思っていたんだい?」
「そりゃあ、鳩さ」
「では、もう議論は終わりだね。解決の目処が立った」
 蛇助は勝ち誇って、今晩の居酒屋の勘定は、虎雄に払わせることを目論んだ。
「いや、それがそうでもないんだ」虎雄は、嘲りと悲哀を含んだ顔をした。「つい、先日知ったことなんだがね、いや、やめておこうか」
「もったいぶらずに、言いたまえよ」
 蛇助は虎雄の対応に、少し苛立った。
「見てしまったんだ、『鳩の定義』の本を」
 蛇助はギクっとした。
「その本には、こう書かれていたんだ」虎雄は蛇助の表情の変容を悟って、少し柔らかな口調になった。「鳩とは、誕生して六年ほどで死せる鳥のことである、とね」
「君、そんなに短絡的だったかね。現に僕たちは生きているじゃないか!」
 蛇助は、少し馬鹿々々しくなって、風で毛並みの悪くなった首のあたりの毛をくちばしでといた。
「おいおい、むきになるんじゃない」虎雄は少し笑って、「君も、鳩なんだろ?」
「ああ、もちろんさ」蛇助は表情を緩めて、少し思案した。「しかし、僕たちが鳩ではない、と不平を溢す輩も出てくるとは考えられないかね?」
「そいつらは、もちろん鳩などではないさ。鳩という名前を与えられた、表面的な鳩に過ぎない。本質的には、全く違う鳥だ」
 虎雄は当たり前のことように、蛇助の一抹の徒労を蔑んだ。
「まあ、そうか」
 蛇助は、不安を払拭しきれずにいた。
「私は、今からこの定義をした者たちに、不服申し立てをしに行こうと思うんだ。私と君を証人としてね」虎雄は、やる気で、鼻息が荒くなっていた。「我々が真の鳩であり、我々が定義なのだ!」
「いや、これから仕事があるんだ」蛇助の声は小さくなった。「もう、失礼したいのだが」
「君、そんなことしなくて良いのだ。なんせ、この定義をひっくり返せば、報酬として五百万円も、もらえるのだから」
 虎雄はさらに鼻息を強めた。
「ああ、そうなのかい」
 蛇助はもう逃れられないことを知った。
「一緒に来てくれるだろう?」
 虎雄は懇ろに言った。
「僕は一緒に行けない」蛇助は悲しそうに言った。「僕は「鳩」ではないから」
「なんだって、君が「鳩」ではないとすると、私も「鳩」ではないということなのか」
「そうだね」
 音が二回鳴った。鳴ったと同時に、虎雄と蛇助はひらひらと地面に落ちた。
 虎雄は、三十三年と四ヶ月を生きた。蛇助は、三十二年と八ヶ月を生きた。
 鳩にしては、頗る長生きだったと言える。

二羽の鳥

楽しんでいただけたのなら、本望です。

二羽の鳥

曖昧さを小説にできたらなと思いました。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-17

CC BY-NC-ND
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