やさしい恋 ☆ 3
ブラームスなふたり
これは中学2年の思いで
クラス替えが終わった。
新しい担任は背の高い体育の先生、彼の眼色は茶色で髪は栗色だ。
陸上部の顧問なので年中肌が日焼けしている。
まだ何処か、バブルの匂いが払拭されていなかった。
生徒数が学年で約290名ほどいた、7分の1という低い確率でクラス分けされる。
残念だけど蔵木くんとはクラスが、1組と5組に離れてしまった。
ついてないと思えば、今日はあいにくの雨だ。
季節外れの花散らしでなければと思うが、裏腹に雨足は次第に強まっている。
渡り廊下を歩いて移動すれば、そこだけが異次元のように、風向きが変わる。
膝下まである、半端丈のスカートの中が渦巻いてめくれそうになるのが煩わしい。
あーだめだ、だめ……。
躍起になって深く考えるのはよそう
友達を追いかけて、家庭科室へと急ぐ。
★
今日の授業は、またパジャマ作りの続き。
可愛いと思って選んだ生地は、作っていくうちに柄がクドく、派手だったと気付く。
ここから見える桜は 、我が校でいちばん樹齢が古く立派だ。
雨雫の重みで桜の木全体が下を向いてしまい
残念でならない。
「 雨ってキレイだけど、嫌いになりそう。」
ボタン着けの玉結びをしながら小声で呟く。
痛いっ…気がそれてしまい、糸切りバサミで少し指を切ってしまった。
血がにじんで細胞がじわりとのぞく。さらさらと流れ出るのをじっと見て、妙に落ち着いて生を実感していた。
★
元気な私には保健室なんて無縁のミステリーゾーン、背伸びして小窓を覗くが誰もいない。
入って待ってればいい、油を差したばかりなのか引き戸が滑らかに開く。
無機質な金属の棚が並ぶ。重厚なエメラルドグリーン色の磨りガラスがひときわ目立つ。
様々な薬品とアルコール綿の匂いが混じり、清潔な空間になぜか緊張してしまう。
この部屋は特別な場所なんだ。
よく見るとカーテンの向こうに、体操ズボンの足元が見える。
カーテンが開く音
「 あ、なんで河本おるん? 」
蔵木くんがそこにいた。
「 びっくりした、居ったんや。 」
久しぶりにあなたの声を聞いて私は、スポンジが水をたっぷり吸い上げていくみたいに、心が潤いを取り戻すのを感じる。
「 蔵木くんこそ、どうしたん? 」
「 肩にボール当たっただけ、なんともないし。」
相変わらず素っ気なく強がったような言い方…
ちょっと懐かしく久しぶりに声を聞いた。
どうやら授業中、蔵木くんがピッチャーで、打席から飛んできたボールが肩に当ったと
大したことはないのに、先生に保健室へ行けと言われ、渋々来たと話してくれた。
蔵木くんの声は居心地のよいクラシックを聴いてるみたいに、粘膜を伝い鼓膜にまでしなやかに馴染む。
「 当たったのどっちの肩? 」と聞くと
あの人は返事もせず、私の小指に直ぐさま気付く。
あちこち引き出しを開閉して探し出す。側にあるステンレス製の5段ボックス、2番目の引き出しがビンゴだ。
「 河本、 血出てる 手 貸して 」
あなたは簡単に私の腕をさらっていく。
二人の間に漂う空気が変わり、あなたの野球でうっすら日焼けした肌が近づく。
「 ほんま相変わらず いっつも、どんくさいよな。」
手が触れたらまた顔が赤くなってしまう。
私は、微笑がこぼれそうになるのを堪え、頑張って平静を装う。
互いに照れているのが隠しきれず、不器用なのが厄介だ。
左くすり指にあなたが貼ってくれたバンドエイドが、光って見えた
なのに私は 一言 ありがとうが言えない。
「 クラス分かれたな。一年とき一緒におって楽しかったのにな…。 」
あなたがそう言っても、鼓動が早く打つばかりで私はいくじなしだ。
「 うん…… 。」
私たちはそれ以上何も言えず、耐えきれずに窓越しの空を見上げる。
雨粒に反射した七色の虹が魔法のように現れていた。
暫くでいいからここに居て 。
水溜まりの水面に浮かんでは泡のように消えていく。
それがこの恋なら、導かれるようにきっとあなたの元へ行ける。
辺りが明るくなり、雨上がりの余韻がふたりを包みこむ。
ブラームスな初恋に。
#
やさしい恋 ☆ 3