やさしい恋 ☆ 3

ブラームスなふたり

これは中学2年の思いで


クラス替えが終わった。
新しい担任は背の高い体育の先生、彼の眼色は茶色で髪は栗色だ。

陸上部の顧問なので年中肌が日焼けしている。
まだ何処か、バブルの匂いが払拭されていなかった。

生徒数が学年で約290名ほどいた、7分の1という低い確率でクラス分けされる。

残念だけど蔵木くんとはクラスが、1組と5組に離れてしまった。



ついてないと思えば、今日はあいにくの雨だ。


季節外れの花散らしでなければと思うが、裏腹に雨足は次第に強まっている。

渡り廊下を歩いて移動すれば、そこだけが異次元のように、(かざ)向きが変わる。

膝下まである、半端丈のスカートの中が渦巻いてめくれそうになるのが煩わしい。

あーだめだ、だめ……。

躍起(やっき)になって深く考えるのはよそう
友達を追いかけて、家庭科室へと急ぐ。





今日の授業は、またパジャマ作りの続き。

可愛いと思って選んだ生地は、作っていくうちに柄がクドく、派手だったと気付く。


ここから見える桜は 、我が校でいちばん樹齢が古く立派だ。

雨雫の重みで桜の木全体が下を向いてしまい
残念でならない。


「 雨ってキレイだけど、嫌いになりそう。」


ボタン着けの玉結びをしながら小声で呟く。

痛いっ…気がそれてしまい、糸切りバサミで少し指を切ってしまった。

血がにじんで細胞がじわりとのぞく。さらさらと流れ出るのをじっと見て、妙に落ち着いて(いきる)を実感していた。



元気な私には保健室なんて無縁のミステリーゾーン、背伸びして小窓を覗くが誰もいない。

入って待ってればいい、油を差したばかりなのか引き戸が滑らかに開く。

無機質な金属の棚が並ぶ。重厚なエメラルドグリーン色の()りガラスがひときわ目立つ。

様々な薬品とアルコール綿の匂いが混じり、清潔な空間になぜか緊張してしまう。


この部屋は特別な場所なんだ。


よく見るとカーテンの向こうに、体操ズボンの足元が見える。


カーテンが開く音


「 あ、なんで河本(かわもと)おるん? 」


蔵木(くらき)くんがそこにいた。


「 びっくりした、()ったんや。 」


久しぶりにあなたの声を聞いて私は、スポンジが水をたっぷり吸い上げていくみたいに、心が潤いを取り戻すのを感じる。



「 蔵木くんこそ、どうしたん? 」

「 肩にボール当たっただけ、なんともないし。」


相変わらず素っ気なく強がったような言い方…
ちょっと懐かしく久しぶりに声を聞いた。


どうやら授業中、蔵木くんがピッチャーで、打席から飛んできたボールが肩に当ったと

大したことはないのに、先生に保健室へ行けと言われ、渋々来たと話してくれた。


蔵木くんの声は居心地のよいクラシックを聴いてるみたいに、粘膜を伝い鼓膜にまでしなやかに馴染む。


「 当たったのどっちの肩? 」と聞くと


あの人は返事もせず、私の小指に直ぐさま気付く。

あちこち引き出しを開閉して探し出す。側にあるステンレス製の5段ボックス、2番目の引き出しがビンゴだ。


「 河本、 血出てる 手 貸して 」


あなたは簡単に私の腕をさらっていく。

二人の間に漂う空気が変わり、あなたの野球でうっすら日焼けした肌が近づく。


「 ほんま相変わらず いっつも、どんくさいよな。」


手が触れたらまた顔が赤くなってしまう。

私は、微笑がこぼれそうになるのを(こら)え、頑張って平静を装う。

互いに照れているのが隠しきれず、不器用なのが厄介だ。

左くすり指にあなたが貼ってくれたバンドエイドが、光って見えた

なのに私は 一言 ありがとうが言えない。



「 クラス分かれたな。一年とき一緒におって楽しかったのにな…。 」


あなたがそう言っても、鼓動が早く打つばかりで私はいくじなしだ。


「 うん…… 。」



私たちはそれ以上何も言えず、耐えきれずに窓越しの空を見上げる。



雨粒に反射した七色の虹が魔法のように現れていた。



暫くでいいからここに居て 。


水溜まりの水面(みなも)に浮かんでは泡のように消えていく。


それがこの恋なら、導かれるようにきっとあなたの元へ行ける。


辺りが明るくなり、雨上がりの余韻がふたりを包みこむ。



ブラームスな初恋に。






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やさしい恋 ☆ 3

やさしい恋 ☆ 3

ブラームスなふたり

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-17

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