鋼鉄製のラブメイカー
無機的な構造物が土に埋もれている荒野。その中を重い荷物を背負いながら独りで歩く。
ときたま頬を撫でる風は乾いた砂を含んでいて、吸い込めば思わず咳き込みそうだ。
一際強い空の唸り声が聞こえたので、元々目深に被っていたカーキ色のフードの襟を持ち上げ、顔の下半分を覆う。直後、予想通り吹き荒れた風は纏った砂礫を僕の身体にぶち当てて、ばちばちと軽い痛みを感じさせた。
屋上だけ顔を出しているビルだったもの。その横を通り過ぎるとき、ふと昔のことを思い出した。
確かにここにはあったはずなのだ。コンクリートジャングル――とはいっても前時代的なコンクリート造りの建物はもはや僅かな数しか無かったが――の隙間にひしめく人々。空中に鮮明な映像を投影・操作できる超小型ウェアラブル携帯端末を利用してコミュニケーションをとる。もはや人間と比べても遜色ない出来のアンドロイドたちは自然に人並みに紛れ談笑をする、そんな世界が。
だが、それはもう過去の話。今のこの場所は「考古学者」の発掘作業場所なのだから。
土壌から突き出した電波塔の遺構。そこに着いたときには、既に風は凪いでいた。
荷物を下ろし、ファスナーを開ける。中に入っていた黒い円柱体を地面に移し、声を掛ける。
「探査開始。深度100、半径100、目標は最大長1.5メートル以上の金属構造物」
この黒い物体は僕の言った言葉を反復した後、小さな機械音を立てて稼働を始めた。
しばらく手持ち無沙汰になった僕は、探査機械に背中を預け、懐から読書用の端末を取り出して活字を文字で追うことにした。
僕にとって本というものは、つまらなくもないが面白くもなく、悲しくも楽しくもないものだ。というよりは、この世の全てに対してそういうふうに感じてしまう、と言った方がいいのかもしれない。
僕には感情というものが欠落している。
子供の頃はこうではなかった。けれど、いつどうして何故こうなったのか、全く覚えていなかった。
気づくのは簡単だった。ふと何気ない生活の中で感じる喜び、怒り、悲しみ。頭ではそれを理解していても、心の底から湧いてくる感情が無かったのだ。人生で1番幸せだと思える瞬間の頬の緩みも、理不尽な叱責を受けたときに湧き上がる震えも僕には存在しなかった。
僕が持っているのは喜怒哀楽の仮面だけ。いつもその仮面の下には、真顔の僕がいるだけなのだ。
相変わらず何の感情も想起させない電子書籍の文字列を追うばかりだったが、しばらくして後ろから探査終了の声がかかる。
「深度100、半径100の範囲内に、最大長1.5メートル以上の金属構造物が1つ発見されました。発掘を開始しますか」
「始めてくれ」
腰を上げながらそう言う。了解しましたという無機質な女性の声が聞こえると同時に、それは自走機能を用いてひとりでに動き出した。10mくらい動いたところで足を止める。そして、さっきよりもかなり大きな駆動音とともに土を巻き上げ始めた。
5分ほどすると、円柱体はその上に透明なカプセルを伴って戻ってきた。中に入っていた土に埋もれた何か。
「発掘完了しました」
「洗浄してカプセルを解放、稼働終了してくれ」
了承の意を伝える機械音声の後、透明な板の中からくぐもった水音が響く。十数秒待てば、プシュー、という音と共に透明な板が取り払われる。
中から出てきたのは僕と同じくらいの歳であろう女性型のアンドロイドだった。身体つきは実際の人間の女性と遜色ないが、少し欠損した脇腹からは金属が剥き出しになっていて、それが否応なしに彼女が機械であるということを教えている。
周囲の危険が取り払われたことを感知したのか、彼女は目を覚まして怠そうに起き上がった。痛覚機能を備えているのか、顔を露骨に顰めていた。
「おはよう」
そんな風に声をかけると、僕の存在に気づいていなかったのか、驚いたような顔をした。
「おはようございます、見知らぬ方……ところで、ここはどこなのでしょう」
彼女は困り顔でそう言った。それが、僕と彼女の出会いだった。
鋼鉄製のラブメイカー