御柳梅
夏だった。
18歳だった。
僕は恋をしていた。
彼の伸ばした左腕を覚えている。
半袖のシャツから覗いた柔らかな白に、僕は目を逸らした。
鉄板と化したアスファルトに、鳥が一羽、焼かれていた。事故のようだった。
不思議なことに、生き物というのは、死んだ時が一番生き生きとしている。
死んでからの姿が、最もそのものの生を鮮烈に物語っているように思う。
「きみ、あの赤い花をどう思う?」
彼は庭に咲く花を指差した。赤い花弁は、ひらひらと形の捉え難い、中世時代の西洋の女性が着るような、華やかに折り重なった布の服によく似ていた。しかしその中央は赤黒く濁ったような、毒々しい色だった。花は、1輪2輪3輪…数え切れぬほどの束で存在している。まるで一つ一つの愚かさが見つかってしまわぬように群れている、純粋さに欠けたような花だった。僕は、それがとても醜いと思った。
「きれいですね」
嘘をついた。彼をがっかりさせてしまうから。彼があの花をみる目は慈しみに満ちていたから。
「そう思うかい」
彼はひとりごとのようにそう云った。
「あの花はもうじき枯れるだろう。きみ、花は生きていても美しいが、死んでもなお美しいものなんだよ。」
僕は何故だかそのとき、彼がすごく気の毒に思えてしまって仕方がなかった。
冬だった。
19歳になっていた。
僕は変わらず恋をしていた。
夏の日に見た鳥の死骸は、その死の間際の表情をそのままにしていた。
生きることに、強く焦がれていたのがわかる。
この鳥はまだ生きていたかったのだ。
きっとそれこそが生の美しさだ。
あなたは生きることに焦がれていた、僕はそれを美しいと思った。
夏に咲いた醜い花は、真っ黒に俯いていた。
僕はそのとき、その花をきれいと思った。
御柳梅