やさしい恋 ☆ 2

無邪気な美術室


これは中学1年の思いで


私は数学が大嫌いだった。

何事も答えを一つに導き出すことが苦手で、全てのアンサーはたった一つではないと、ずっと腑に落ちなかったからかも知れない。

でも美術の時間は違った、絵を()くことに答も方程式も必要なかった。

私はいつも美術室で自由をまとい、自分らしい贅沢な時間を過ごせた。



太い木の机に各5・6人が座る、皆真剣な面持ちで取り組んでいるのがこのクラスらしい。


私は初めて真剣に自画像を描くため鏡に向かう。

真っ白なキャンバスにHBの鉛筆をとがらせて下書きを描く、摩擦で粒子が散らかるのを時々フゥーと吹き飛ばす。

そして一重(ひとえ)にも二重(ふたえ)にも淡い色を重ねる。


ブルー、レッド、イエロー、ブラウン。


どのアクリル絵の具にも白をたくさん混ぜる。私は何色にも染まる自身の本質をシャンとさせてくれる、あの白色が好きだ。

重ねる(たび)に深くふかく愛着が沸く
(にじ)んだ色は、また格別に(はえ)る。


忘れる時間(とき)は、あっという間に終わる。


「 そろそろ片付けて… 。 」


フランシスコ・ザビエルに似た濃いめの先生が言う。社会の教科書に必ず挿絵が載っている、あのザビエルさんだ。

おそらく無宗教の、()まじめで穏やかな先生、目立つ水色の外車に乗って通勤している。


私は描くことに集中していて、片付けの合図に気付くのが遅かった。慌てて筆やらすべてを洗いに行こうとするが………

あれ、水いれがない…… あちこち眼をやり探すと
首筋から離れブランコのようにみつ編が揺れる。


「 はい、これで終わります。」
起立(きりいっつ)、礼。 」


皆、絵の具セットを持ち口々に話しながら流れるように教室を出ていく。

やだ、私だけ遅れをとっている
なんで、ないんやろ… 。

机の正面にいる、桑山(くわやま)くんが私の様子に気付く。


河本(かわもと)さん、なに探しとん?」


桑山くんはこの頃にしては珍しく、時々おねえっぽくて、都合により男らしさと女らしさを使い分けている。

冗談がブラックユーモアで面白く、どこかシュールで謎めいている人だ。

大袈裟だが今でいう『ちぇるちぇるランド』に住んでいるらしい青年のようだ。



桑山くんも探してくれたけど なかなか見つからない。

少し焦ってまさかと机の下にしゃがみ込み覗くと
その先に、黄色い水いれがぶら下がっているのが見える。



蔵木くんだ。



知らん顔したあなたが、右手に私の水いれを忍ばせ机の下に隠していた。

左斜め前から私が、慌てふためき探す様子を見て
しめしめとほくそ笑んでいたのだ。

鈍感な私でも明らかにからかわれていると分かる。


「 もう、ほんま子どもみたい。 」


呆れて私が言うと


「 全然、気づかへん、河本……… 。 」


またバカにしたようにフッと鼻で笑う。それにつられ、私も笑みがこぼれる。

蔵木くんって意味わかんない、アホちゃうか…
時々小学生みたいな意地悪をするのが、子憎たらしい。



雑音がほのかに聴こえリコーダーの音に混じる。

ひとつの水いれを巡って取り合い、じゃれ合う



自然体の2人。



友達があなたを探す声、美術室から出ていくあの人。



やっと奪い返した水いれに目をやる。


私よりずっとずっと丁寧で几帳面に洗ってくれていたんだ。




風が舞い込みカーテンが大きく踊るように広がる。

ドクドクと湧水があふれるように、胸の辺りが鳴る音に気付く。

何者かわからない、肝心な塊というべき偽装だろうか。


そしてその何者かは
私の心の中に永遠に煌めいている。




休み時間はもうすぐ終わる
私はこの風にいつまでも抱かれていたかった。





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やさしい恋 ☆ 2

やさしい恋 ☆ 2

無邪気な美術室

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-15

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