やさしい恋 ☆ 4

日の当たらない場所



これは中学三年の思いで


四時間目はベテラン数学の先生。

顔も声もまとわりついたオーラも、時々飢えた黒豹に見え緊張感があった。

生徒達を(にら)みつけるようなギラギラした眼が好きになれない。

先生が黒板から振り返ると

( こんな問題も分からんのか!)

心の声が聞こえた…のではなく真逆の言葉が飛んできた。


河本(かわもと)しんどいんか?熱あるんとちゃうか。 」


矢継早に


「 顔、真っ赤っかやぞ 保健室行くか? 」


一斉にクラスの目が、私の頬一点に集中して突き刺さる。 冷えのぼせした顔がますます赤くなるのが分かり、これが相乗効果なんだと思う。

先生の心配は私には全く伝わらない。


「 いえっ…大丈夫です… 。」


照れくさいと恥ずかしいが、代わるがわるに荒波のごとく押し寄せる。

クラスのお調子者、斧山(おのやま)くんが


「 河本、リンゴ病やぁ~。 」


すぐさま(はや)し立てる。

穴があったら入りたいと思いうつむくと、黒渕の眼鏡が少しずれてしまう。



あなたとは三年で再び同じクラスになれた。


また一年の頃みたいに、変わらぬ毎日が始まると疑わなかった。

でも時間(とき)は多感に過ぎていたのだ。

今のあなたはすっかり変わっている。無邪気な笑顔も、憎らしい意地悪も忘れ去ったかのようだ。

いや、たぶん違う…きっと、あなただけが成長したのかも知れない。

私は前へ進むことなく進歩せず、たった一人置いてけぼりだったんだ。

変わることがごく自然で、当たり前なんだと思っても、寂しさだけが募る。



この教室には以前の、楽しかったあの頃の二人は何処にもいなかった。


何気ない日常の中、あの人に年下の彼女が出来たとウワサが流れる。

相手は私と同じ部活に所属しているかわいい後輩だった。

体が華奢で声もか細い彼女は、私でも守ってあげたくなる娘だ。

よくよく考えてみたら、なんの保証もなかったし始まりも終わりもなかった。


蔵木くんと私は確かなモノなんてなく、ただ気持ちが通いあっているかのような幻想を抱いていただけだった。



私は悲しみの川へと泳ぐことも、渡ろうともせず拒んでいた。

対岸への思いを繋ぎ留め、迷子のようにいつまでも中洲を醒迷っていたんだ。







河本(かわもと)(なぎ)さんに15票でした。 」

中学の最後となる三月期、私はなぜかクラスの副委員長になる。

今まで頭の良い人ばかりが選ばれていたので、学級委員など、私には全くの無縁だと思っていた。

一、二年で経験した委員長が、丁寧に仕事内容を教えてくれる。

頭の良い色白の理系男子、そういえばいつも率先してクラスをまとめていたっけ。

放課後の教室に学級委員の二人、左腕には水色の腕章がくるりと巻かれている。

学級委員とは、授業ごとの始まりと終わりの号令、学活の司会、意見をまとめて報告業務

行事での重要な役割、生徒会の集まりへの参加等、幅広く活動している。

知らなかったが、いわゆるクラスのために自分を犠牲にしても尽くす、雑用や便利係みたいなものだ。

こんなこと陰ながら毎年やってる理系くんの器の大きさに、偉いんだと頭が下がる。



「 河本さん、数学苦手やったな。よかったらこの説明終わったら、解らない所教えるよ 」


理系くんは優しく面倒見がいい。感覚では実直で、ゆったりとした内陸の海のような人だ。

比べなくていいのに、あの人とは真逆のタイプだと頭をよぎる。

もうすぐ受験だし教えてもらおっか…気兼ねせずお願いした。

理系くんは勉強が出来るだけじゃなく、教え方も上手くて解りやすい。

私は、知らない事を知ると嬉しくなる、まるで
一つの風穴が通るみたいで気分がいい。



「 河本さんが今期、副委員長になったの、なんでか分かる? 」

また、問題定義される。

「 なんでやろ、面倒くさいから押し付けられたんかも、皆に担がれたんちゃうかな。 」


理系くんは違うと言う。


「 この前、原田さんが机、落書きされてたやん、酷い文字書かれて。あの時、皆何も言えんかったやろ、そしたら河本さんが急にみんなの前で注意して、落書き消そうとしたやん… 。あれ、僕らびっくりしたんやで… 。 」


私はあれはと返す。


「 あの時、原田さん泣いてたから。しかも男やのに寄って(たか)ってあんなことするの最低やん。あの男子グループってなんか露骨に楽しんでさ、前からイヤやなと思っとったんよ。 」


私のこういう所は、父に似ている、頑固で筋の通らないことは何事も納得出来ない。

相手が誰であろうと構わず意見してしまう。

どうせなら、父の良いところが似て欲しいのに
似なくていい所ばかり似てしまう。


「 だから、学級委員に選ばれたんやと思う。僕は、河本さんの正義の味方じゃないけど、強くて優しい所、スゴいと思うで。 」


そう言いながら、理系くんの色白の顔が、次第に赤々と染まる。

褒められるのは慣れてなくて気恥ずかしい。

理系くんにスゴいと言わしめた私は、すごいのかなと呑気に勘違いしてしまいそうだ。


ふわり頭をポンポンされ、理系くんの手の温もりが伝う。急に距離感が掴めなく戸惑う。


話題を変えよう

「 ここの数式は、これで合ってるよね。 」

聞き終わらないうちに、黙って理系くんが後ろからぎこちなく抱きしめてくる。

「 ごめん、ずっと河本さんのこと好きやった。一緒に委員やれて嬉しいねん。僕と付き合ってくれへんかな…。 」

理系くんの純粋な気持ちがグッと迫る。

急展開に頭がクラクラして、全くついていけない。こういう時、身体がお地蔵さまのように硬直して動かなくなるんだ。


背中が熱く、目前の窓からはグレーな空が雲を蹴散らし存在する。


その空をもう一人の自分が冷静に見ていた。



ガラガラ…………



教室に入って来たのは、よりによって蔵木くんだった。ばつが悪い顔で一瞬驚くあなた。

理系くんはサッと腕を離すがもう時はすでに遅し
はっきり見られてしまった。

ちがうちがうちがう、頭の中が完全にパニックで言葉も出ない。


そんな事、全く気に留めないかのように忘れ物を手にすると、あの人は冷たい()で出ていく。



あなたの視線の先にも、薄雲のかかった荒んだ空が広がっていたんだ。




何も見たくないと目を背ける、聞きたくないと耳を塞ぐ。

お互いが欠片(かけら)もなく忘れ、苦しみから逃れる為に蓋をしてしまったんだ。


二人は一つの教室で、対角線上に離ればなれだ。


向き合わず避けるように、違う方向を向いている。



私は暖を取ろうとも心は底冷えするばかりで
叶うなら



無邪気な あの頃の二人に 戻りたかった。





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やさしい恋 ☆ 4

やさしい恋 ☆ 4

日の当たらない場所

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-14

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