歪な薔薇⑤
あたしの心にあるこの感情はなんだろう。
暗く深い水の底に沈んでいくような。
小学生の頃、母があたしにスカートをはかせてくれなかった時期がある。
ある朝、突然だった。
母があたしに冷たかったのはずっと前からだったけれど。
あたしがいつものスカート(赤い地にチェックの模様が入った、お気に入りのやつ)をはこうと手に取ったら、母があたしの手をぴしゃりと叩いて言った。
「似合わないからやめなさい」
と。
あたしはびっくりした。
似合わないという言葉にではなく、母がなぜあんなに恐い顔をしたのかわからなかったからただびっくりした。
あたしは母の言いつけも、父の言いつけも、ちゃんと守っていたのに。
今はわかる。母はあたしを、憎んでいるのだ。何よりも、誰よりも。わかってしまえば簡単なことだ。
「梓ちゃんって、くさいね」
その頃のあたしはお風呂にも入れてもらえなかった。
クラスメイトの好奇に満ちた顔をあたしは今でもはっきりと思い出せる。
苛められた。
くさいと、汚いと、誰もあたしの傍に近寄らなくなった。
目にかかる長い前髪も切ってもらえず、髪を櫛で梳くことも許されなかった。
しかし母のそんな仕打ちも長続きはしなかった。
あたしの体の匂いに気づいた父に咎められ、母は勝手にすればと捨て台詞を吐いた。
あの時の母の口から漏れたちいさな舌打ちを、あたしは忘れられない。
長かった前髪は暁仁が切ってくれ、洗った髪をきれいに梳いてくれた。
私はその手があんまりあたたかかったので悲しくなった。
涙は胸の奥に塞がって、出てこなかった。
スカートをはいてもいいんだよと父がいろんな服を買ってきてくれた。
あたしはスカートをはいたけれど、でももう、あの赤いチェックのスカートをはくことはできなかった。
歪な薔薇⑤