水色の革命

プロローグ

 通された応接間はこじんまりとしていたが、主人の誠実さを表すように無駄なものはなく、窮屈さは感じなかった。
 大きな窓の外には延々と畑が広がっている。ここまで送ってくれた馬車引きの人夫が「ここいらの畑は殆どが大豆なんだ」と教えてくれた。朝の真新しい光の中では、すべてがキラキラ輝いているようで思わず見とれてしまう。都会暮らしの私にはなかなか贅沢な風景だ。
 キイ…と床が小さな音を立てて、人が来た気配を伝える。目をやると、部屋の入り口に温和そうな初老の男が立っていた。
「きみが…そうか、よく来たね。」
 彼は私を少し眩しそうに見つめた。
「…カムイさんですね。」
「ああ、うん。はじめまして。」
 男はきわめて優しく笑うと、「どうぞ。」と私に座るよう勧めた。
「…さて、何を話せば良いやら。困ってしまうな…ワッツの姪御さんで、名前はコトニさん、だったよね?急にお手紙をもらった時はびっくりしたけれど。」
「…それは…ごめんなさい。いてもたってもいられなくて…。」
「いや、何だか古い友人が会いに来てくれたようで嬉しいよ。…ワッツのお葬式には出られなかったからね。叔父さんは、ぼくの事何か言っていたかい?」
「いえ、何も…。手紙に書いた通り、私があなたのことを知ったのは、これのおかげなんです。」
 そう言うと、私は一冊のノートを鞄から取り出した。そのノートは、叔父の遺品のチェストの奥に隠すように押し込められていたものである。その中には、25年前にこの国で起こったという「ある事件」について断片的であるが記されていた。誰も知らない、聞いたこともないような真実。最初は叔父の創作だと思った。しかし、のたうちまわるような字で殴り書きされたこれこそ、いつも豪快に笑っていた叔父が時折見せた悲しい顔の理由である気がしてしょうがなかった。
「ここには、私の知らない25年前の真実…少なくとも私は真実だと思っているものがあります。しかし、それを知っている人はいません、学校でも教えてくれませんでした。でも私は…」
「それは、」遮るように発せられた言葉に、思わず体を固くする。
カムイは真っ直ぐに私を見つめていた。
「君の好奇心かな。」
 射るような視線にドキリとする。カムイの言いたいことは分かっている。しかし、私だって半端な野次馬根性でここに来たわけではない。
「…そうかも知れません。けれど、私はこの真実を『無かったこと』にだけはしたくないんです。」
 カムイはやはり黙って私を見つめていた。試されているのだろうか。ならば、とそのまま話を続ける。
「腹が立ったんです。何も知らなかった私も。叔父やその仲間達の命が『無かったこと』にされたことも」
 これは私の率直な言葉だった。これは同情や憐憫とは明らかに違う、表現するとしたら「怒り」としか言いようのない感情。こうなればもう止まらない。腹の中から次々と言いたい言葉が湧き上がって、押し出されていく。
「我慢ならないんです!こんな不健康なこと、あっていいのかって!どうして誰も何も言わないんだって!だってそれってあまりにも…!」
「もういいよ。」
 ハッとして目の前の男の顔を見る。しまった。そう思ったが、彼の表情は驚くほど優しく、穏やかだった。
 カムイは何かを決心するように長いため息をつくと、先ほどと同じように真っ直ぐに私を見つめる。しかしその顔は心なしか晴れやかに見えた。
「…分かった。少し長い話になるから、覚悟して。」
 私はゆっくりと頷いた。窓の外ではチチチ…と鳥が鳴いている、こんな平穏な朝。カムイはすこし眩しそうに目を細めると、窓外に広がる空を見やりながら、ぽつりぽつりと話しはじめた―――

水色の革命

水色の革命

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-09-13

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