BLUEDAYS

人は見た目がすべてではないことを、私は彼に教えてもらった-

うららかなって言葉がぴったりの小春日和の桜の下瀬崎結衣葉は思った。
「今は飲んでる薬で60キロなんだからしょうがないよ」
つないでいる左手の持ち主である香川誠也が持っているたい焼きにかぶりつきながら
そう言う。たい焼きの口から生クリームが出ているそれは、
見た目もさることながらおそろしく甘いもので私は途中でリタイアしてしまった。
私の残りを、今彼に食べてもらっているところだ。

川沿いはとても幸せな空気に包まれていて、
すれ違う人皆同じような顔をして上を向きながらしかし前もちゃんと確認しつつ
ゆっくり、ゆっくり歩いている。
2歳くらいのよちよち歩きの女の子が前からお父さんと一緒に歩いてくる。
思わず目がほころぶ。

かわいい。

全力でかわいい。


子どもが言葉を覚えたその瞬間、言葉を発してみてそれがはじめて通じた時、
子どもは嬉しいんだろうか。それともなにも考えていないんだろうか。
なにも覚えていないところから言葉を覚えて(最初はママが圧倒的だろう)
それを発してまた成長していく。
周りにいる大人は寝起きを共にして子どもを守りながら生活していく。
子どもはまだなにも知らないから目の前にあるものがなんなのかわからず
本能のままに行動していき、それが規律を覚えるようになり、
学び、学び、育っていく。
長い間沈黙している時は私が考え事をしている時だと誠也は知っているので、
ただ黙って時折手をぎゅっとしたり緩めたりまたぎゅってしたりといった
ゲームのようなことをして私の考え事に付き合ってくれている。
「子育てって大変そうだね」ぽつりとそう呟く。
「人からしてみたらなんだって大変だよ。働いてる人も大変だし、老人も大変、
僕らみたいな学生も、大変」
「結構暇だけどね」
ふっと笑ってそう言うと誠也もつられて
ふっと笑い、
「そうだね」
とつぶやく。


今飲んでいる薬は心療内科のお医者様にすすめられて飲んでいるものだ。先生曰く「鬱にならないようにするため」
のものだそうで、黙っておとなしく飲んでいたら(だってあんな思いをするのは2度とごめんだから)
あれよあれよという間に14キロも太ってしまった。
50キロをマークした時はさすがに落ち込んだ。
55キロを突破し57キロになった時、
私は誠也に別れ話をもちかけた。
一緒に歩くのが恥ずかしい醜い体になってごめんと。
もう会わないでおこうと。
「お勉強はよくできるのにそういうところは全然なんだね、結衣葉ちゃんって」
間髪おかずそう言われた。
「僕はもちろん46キロの結衣葉ちゃんがかわいかったから最初は付き合ってたけど、
結衣葉ちゃんの心の方が今は好きだから、何キロになったって心は変わらないよ」
涙が出そうだった。
それから丸1年別れることなく、しかし私の体重は増加を続け、
日々は回転し続け、今日という日になった。
ふいに誠也が手を離す。
スマホを取り出して誰かと話はじめる。
謝る動作をしながらベンチを指さすのでそこに座って私はまた考え事をはじめる。
人の美醜って、人の価値観ってなんなんだろう。
かっこいい、かわいい人がすべて善人でないことは姉を見ていたらわかる。
かっこいい、かわいいの基準も人それぞれだ。
それぞれが持っている価値観もそう。
それがその人にとって正しいかどうかは、その人が決めるんだ。
間違っていることや法に触れることはもちろんやっちゃいけない。
でも人間だから間違えてしまうこともある。
踏みちがえてしまうこともある。
そんな時はこれからダイエットをする私みたいに取り戻せばいいのだ。
日常を、友達を、恋人を、仕事を、家庭を。
考えが定まらないが結衣葉は放っておくことにする。
でも世の中悪いこと考える人はたくさんいるし
人を殺す人だっているんだしなぁ・・・
なんなんだろう。人類皆兄弟なんてやっぱり嘘だ。
ベビーカーを押した40代の夫婦が前を通りすぎる。
孫?いやでも・・・やっと巡り会えた命なのかもしれない。
初老の男性の集団が通り過ぎる。
いいなぁ。私もみんなとおばあちゃんになっても仲良くああやって
桜とかみたい。
コツコツヒールで歩く女の子とヤンキーの男の子を遠目にみる。
私ももう1度あんなヒールが履いてみたい。
「ごめんごめん。なんか佐伯が今カラオケいるからこないかって」
「行く!」
「そういうと思ってオッケーしといた。あと1時間しかいないけど
って言ってたから結衣葉ちゃん走ってね?」
「わかった!」
手をつなぎながら桜並木の下を全速力で走る。
皆が驚いたような顔をしてこちらを見ているのがわかる。
そぐわない。
桜の持つスピードと私たちのスピードがずれ始める。
「結衣葉ちゃんが石川さゆりで90点以上とったら
2時間延長して2人で歌おう」
「っしゃあ!」

ま、自分は自分、他人は他人でいいんだよね、結局。
自分に起こって嫌なことがあっても他人がそうなっていても
人は好奇の視線を向けるだけ。
明日自分に起こらないとも限らないのに・・・
そんなことを考えながら私は誠也に手を引かれながら走り続ける。
ひたすら足を右、左、右、左、ひたすら前を見て、私達は全速力で走る。
好きよ

心の中で誠也の背中に向かってそう叫んでみる。
点滅信号が赤になったけど強引に渡って行く。

大好きよ

また心の中でそう叫ぶ。
握られた手が偶然にも強くなる。

私はなんだかとても嬉しくなってそしてなぜか泣きたくなって、
走ったまま思わず青い春の空を仰ぐ。




BLUEDAYS

読みやすく文章を短くしてましたが
長いものに敢えて挑戦。
今読んでる本の作家さんの影響出まくり。
日々修行ですね。

あともう少し後日修正すると思います。
読んでくださってありがとうございました。

BLUEDAYS

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-12

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