七月の季節【短編】
春夏秋冬をイメージして色分けさせて頂いてみました。
どういう色分けなのかという事は細かく言及しませんが、お好きな季節を見つけて頂けると嬉しく思います。
《空の星を喰う住人》【春】
この世界の住人は知らない事が多い。
それは何故だろうか?
答えは一つ。
知ろうとしないから。
かつて、ガリレオ・ガリレイが唱えた真実を受け入れた人物は少なかった。当たり前の事だというのに――
――1人の少年は眩しそうに空を見上げる。
そこには満月がキラキラと輝き海を照らす。
小さな島の中心には大きな灯台があり、少年はその灯台のてっぺんに立つ。
この少年はまだ年端もいかないが、この世界の真実を良く知っている。
心地よく聞こえる波の音。
少年は理解している。自分がどれ程小さな存在かを。
鼻歌を歌っていると、すぐ後ろに気配を感じて振り返った。
「にいちゃん」
嬉しそうな笑みを浮かべ、少年は青年に抱きつく。
青年は片手に持っている丸くて黄色い球体を落とさない様にしながら、少年の頭を撫でる。
「出来たの?」
球体に片手を当てながら少年は尋ねた。
「うん。なんとか間に合ったらしい」
青年は目を細めて夜空を見上げる。
先程まで、明るく光っていた満月は次第に厚い雲に覆われ、辺りは段々と暗くなった。
月明りが無くなると、彼らの足元の灯台の明かりが異常に明るい。
「最近は月が無くなるの早いね」
「本当にな。これじゃあ徹夜で作っても間に合わないよ」
溜息交じりの青年の頭に少年は手を伸ばす。
頭を撫でようとしているらしい。それを、察した青年はその場にしゃがむ。
そんなやり取りをしている間にも、雲が流れてまた星空が現れる。
でも、その空に月は存在しなかった。
「今日もライオンさんが食べちゃったのかな?」
「たぶん、家に持って帰って溜め込んでいるのさ」
月のない空を見上げながら青年は再び溜息を吐く。
「さあ、仕事だよ」
青年はそう言うと少年にずっと手に持っていた球体を渡した。
球体を受け取った少年は大きく頷いて、球体をポンと空へ押し上げる。
普通ならこんな小さな少年の投げた球体などすぐに落下するはずなのに、その黄色の球体は初めはゆっくりと、だけど段々速度を増して空に登って行く。
大きな花火が爆発するように、一瞬だけ、ほん一瞬だけ空が眩しい程に閃光を放つ。
その眩しさに2人は顔を覆う。
閃光の光は気が付けば大きな満月に変わっていた。
それを見ると、少年は満足そうに笑みを浮かべる。青年は苦笑の笑みを浮かべながら立ち上がって、少年の頭に手を置く。
「今日はこれ以上食べられない事を願うよ」
その言葉は疲れ果てている少年の本気の願い事だった。
「あっ、にいちゃん。みてみて」
少年は夜空を指さす。
「オリオン座が一つ足りないよ」
服の裾を引っ張られ、青年はチラリとそちらを見たが「管轄外」と一言だけ残して大あくびをしながら、灯台の中に帰るのであった。
少年は少しつまらなそうに、口を尖らせ再び月を見上げる。
人類は認めたがらないけれど、この世界は湖の底にある様な世界。
星の周りには常に、地球を丸のみに出来るくらい大きな生き物が泳ぎ回り、月や星を食べ歩く。
もしかすると、すでにもっと巨大な生き物の胃の中なのかもしれない。
それでも、普通に生活できているから誰も困っていないだろう。
だけど、時々彼らの様に月や星を打ち上げて、人類が望む正しい世界にしている人達がいる事を覚えて置いてもいいかもしれないと昼間の月を眺めながらボクは思うのであった。
「あっ今、深海魚みたいなのが通らなかった?」
そんなボクの発言を人は馬鹿にするだろう。
《ボトルメッセージ》【秋】
世界中で太陽光発電だ風力だなどといったエコが当たり前になった時代の話。
ある、とても小さな島国の少女が瓶に自分の名前と住んでいる所と境遇を書いた紙を入れて海に流した。少女はネットにでも書き込めばいくらでも友達の作れる社会だというのに、ロマンなんて妄想の役にしか立たないシチュエーションの友達を求めてその瓶を流したのだった……
その瓶は何の気まぐれか、何かに引っかかる事もなく何万キロと離れた海岸に打ち上げられることとなったのだが、話はそれで終わらない。
少女が返事を楽しみにしていたある日少女に来客があった。
相手はあの瓶を拾った青年だという。
『こんな奇跡ってあるのね!』
少女はとても嬉しくなった。扉の向こうにいた青年は、確かに少女の書いた紙を持っているし、それなりにカッコの良い人物だ。
青年はその紙と瓶を少女に見せた。少女は目を輝かせながら青年を見つめる。
青年の連れてきていた通訳は『これは間違いなくあなたのものですか?』と尋ねた。
少女は大きく頷いて『はい!間違いありません!!』と答える。
青年は紙と瓶を通訳に渡すと少女の手首を強く握った。
「16時48分!!容疑者確保!不法投棄罪で少女を連行ます!!」
今ではエコロジー、環境問題に国境も国土も“情”もない。
《とある椅子の話》【春】
とある惑星に、砂に囲まれるように木製の椅子が置いてあった。
なんの変哲もない、むしろボロボロの椅子。
それでも、多くの人はその椅子に座ろうと必死になってお金を積む。
ある人は政治家。
ある人は貴族。
ある人は王様。
なんでもその椅子に座った人は『その星を独り占め』できるそうだ。
それでも、広大なその砂地でそんな夢の様な小さな椅子を見つけるのは至難の業で、まだ強欲な人達は座ることが出来ていないという。
そんな場所をある一人の旅人が訪れた。
居場所を決めることなく、放浪するのが彼のモットー。
しかし、彼も好奇心があったのだろう。その椅子を見てみたいと、遠い遠い空を飛び越えて椅子を探し当てたのだ。
彼は別に『椅子に座るつもりは無かった』と語る。
それでも、椅子を見つけたときに彼は欲望に負け、後にこう言った。
『あの椅子の噂は本当だった』
彼は座っている間、それも夜の間だけ、砂漠の真ん中で“月”を独占したという。
それでも、強欲な人達は未だに金を積み上げる。
地球を支配できると信じて――
《みんなの会》【冬】
私の通っていた高校は普通の県立高校ではありましたが、会社からの採用率が高いと評判でした。
採用率が高いのには勿論秘訣があります。それが“みんなの会”です。
みんなの会というのは学級会の様なものでホームルームの後に行われていました。
なにをするかといえば、討論です。
『一つの決められたら議題について話し合いをする』ただそれだけ。
時間制限はありません。終了のルールはただ一つ。
“全員の意見が一致すること”
ただそれだけです。
すぐに全員の意見が一致すれば、それで帰ることができる。
しかし、1人でも意見が違えば何時間経っても帰れない。
みんなの会はどんなに急いでいる人がいても行われました。
なので、急いでいる人は予め周囲の人に協力を求めたり、時には“物を渡してお願いする。”と、いうこともありました。
それでも基本的に毎回、多い方の意見に賛同し、少数派を潰していくのが基本的なスタイルです。
大抵の生徒は自分の意見などは持っておらず、周りに合わせていました。
そうしていれば、楽にみんなの会は終わるのです。
学生の時はみんなの会など意味がなく面倒な風習だと思っていましたが、社会に出たときにそのありがたみがよくわかりました。
私はとても上手く社会に適合しています。
《木蓮》【夏】
それは確かまだ私が小さな頃。
誰が言っていたのかも覚えてはいないが、強く記憶に残っている言葉がある。
その言葉というのが木蓮の花に関する事。
確かに、その人が木蓮の木を見上げながら話をしている記憶はある。それなのに今、その言葉だけが記憶から抜け落ち、特に大切であったと感じる言葉だけが思い出せない。
『木蓮の花が枯れる時は、まるで――――』
これは私が好きだった作家の話。作家と言ってもアマチュアでネット小説で読んだ話。
その作家は木蓮の花を電球の様だと例えていた。物語の中で木蓮の花は主人公達を明るく照らし、擬人化された姿は白く美しい女性。
私は少しそのキャラクターに心を惹かれていた。
それと同じ頃に、私には娘が産まれた。とても肌の白い可愛らしい娘。
妻と相談した私は娘の名前を“木蓮”と書いて“きれん”と名付けた。日を重ねる毎に自我に目覚めていく木蓮はとても明るく、私達を毎日笑顔にしてくれる。
とても幸せな毎日。
娘が3歳になる頃、好きだったあのネット小説が文庫本になる事になり、娘の世話に追われて読めなかった私は書店でその本を購入した。
書いてあったHPアドレスにアクセスした私は作者に、出版祝いの言葉と、娘の話を書いて、作者に感謝を込めてメッセージを送る。
小説は当時と変わらず面白い。もちろん木蓮の花のエピソードも入っていた。
それから、数日後の事。
本を読みながら帰っていた私には到底予想できない事態が起きていた。
自宅のあるマンションが火事になっていたのだ。
集まる野次馬の中で私は必死に妻と娘を探す。
丁度、木蓮の花が満開の季節。火事の炎に赤く染められた白い花を見て私の不安は頂点になる。
何度も、何度も妻と娘の名前を叫ぶ。
それでも、声が枯れても、妻の返事が聞こえる事も、娘の姿を見つける事も出来なかった。
全ての火が消えたのち、住んでいた家も、自分も木蓮の花も灰色に薄汚れて、醜い姿だ。
警察によって自分の家に近付く事も出来ない私はわずかな希望を込めながら、木蓮の木の下に座り込む。
鞄の中にしまっていた本を取り出し、溜息を吐く。きっと、木蓮なら大丈夫だ。白い肌を煤だらけにしても、明るく笑ってまた「パパ」と笑いかけてくれるに違いない。
暗示をかける様に本を握りしめる。
不意に顔を上げると、消防士や警官達が不可解な顔をして、何かを話し合っていた。
「どうか、したんですか?」
堪らずに話しかけた僕に若い消防士がこんな事について口を滑らせたのだ。
『おかしな死体が見つかったんですよ……母親は一酸化炭素中毒で無くなっていたのに娘さんが――――』
消防士の言葉を聞き終える前に私は警官に呼ばれた。
「――さんですね? 確認して頂きたい事が」
嫌な予感以外に何があるだろうか。
青いビニールシートが捲られるとそこにはただ眠っているだけに見える妻と白かった肌だけが黒く焼け焦げた様な娘の遺体が横たえられていた。
警官の言葉など耳に届かず、ただその場に崩れ落ちる。不思議と涙は出ず、目の前の現実が受け入れられない。
そんな時に携帯の着信音が鳴り響く。私の物だ。
現実から逃避する様に画面を確認する。
こんな時でなければ嬉しい事だっただろう。先日送った作者へのメッセージの返事だ。
《その様に作品を気にっていただいて本当に嬉しく思います。自分の作品から娘さんの名前が決まってしまったのもとても驚きです。ただ――》
その後の文章に私は戦慄した。
《ただ、木蓮の花が枯れる時はまるで焼かれた様ですから、是非気を付けてあげて下さいね》
これはきっとただの偶然だろう。それでも、私の脳裏に消えていた記憶が蘇る。あの、幼いころの記憶。木蓮の花を見上げていた時の言葉。そこに居た人は下を向きながらこう言ったのだ。
『木蓮の花が枯れる時は、まるで――まるで誰かに燃やされたみたいだと思わないかい?』
この何人もの死人を出した火事は、放火だった。
しかし、犯人は未だに捕まっていない。
もしも、娘に違う名前を付けていたら、何かが違ったのだろうか?
《スピーカー》【冬】
高い、高いフェンスに囲まれた向こう側には住み心地の良さそうな平地が広がっている。
けれど、仕事を失い、家を無くした私達は金網のこちら側の狭く汚い路地裏で暮らすしかない。
『温かいベッドで眠りたい』ここでは、そんな些細な願いも叶わない。だから、日当たりの良い、広大な土地を見て夢を見るのだ。
「あの土地にマイホームを取り戻せたら」と――
「ジョン、あの話聞いたか?」
路地裏暮らしをする仲間が話してきたのは、あの土地に大きなスピーカーが立った事だった。
タワーの様に高いスピーカー。丁度、フェンスで囲まれた土地の真ん中辺りに立っている。
きっと、どの方向から見ても見えるだろう。
それから数日が経つと、違う仲間が『スピーカーを中心にして町が作られ始めた』という話を持ってきた。
確かに、家が運ばれ、電気が引かれている。
また数週間経った頃にはこんな立て札が立てらた。
《ここに町を作りたいと思います。入居者募集。資格、無制限》
しかも、立て札にはご丁寧に政府のマークが押されている。
そして、翌日になるといつの間にかフェンスがなくなっていた。たった一晩でだ。
フェンスがなくなって最初の数日は誰もが『政府のいいなりになるものか!!』と言ったが、数日経つと、1人、2人と用意された町に住む人間が現れ、一ヶ月後には路地裏に住む人間はいなくなった。政府の作戦は成功したのだろう。
一ヶ月もするとここの暮らしに誰もが慣れた。私も昔と同じような暮らしにとても満足している。
近いうちに手紙でも書こうかという気持ちになるほどだ。
「ところで、マーク。何故、あのスピーカーを中心に町を作ったのだろうか?」
平和に、幸せに、暮らす中で友人にそんな疑問を投げかけた。
「そんな事知る訳ないだろ?」
友人はそう返事をする。
しかし、私はどうにもあのスピーカーに違和感と恐怖を覚えるのだ。
この町に住み始めて一年が経とうとしている時だった。
初めてあのスピーカーが利用された。スピーカーから流れたメッセージはたったの一回だけ。
『ただいまより、実験を開始します。関係者はお逃げ下さい』
それから5分後、この町は消滅した。
「おい、デビッド。あの巨大なスピーカーがある土地に町が作られて、入居者を募集するらしいぞ」
路地裏仲間のクリプトンがそんな話を持ってきた。
僕はそこに住んでみようと思う。だって……
「ふかふかのベッドで眠りたいんだもん」
僕の些細な願いを聞いた母さんは「お父さんとと同じ事を言うのね」と涙を流した。
七月の季節【短編】
お好きな季節は見つかりましたでしょうか。
少々偏りがあったかとは思いますがその辺りはご了承下されば嬉しく思います。
それでは――