並行世界で何やってんだ、俺 (3)  ミイ&ミキ編

未来の記憶

 未来人は俺の決心を確認すると「じゃ、時間を戻すわヨ」と言う。
 ――時間を戻す
 そんな空想科学のような出来事が今まさに起ころうとしている。
 彼が実行出来ると言うことは、未来では誰でも日常的にやっていることなのだろうか。
 現代ではそのような高度な技術はないので、もしこれが本当ならば、人類初の体験かも知れないのだ。
 そのような栄誉に浴するとは、なんと幸運(ラッキー)なことであるか!
 そう思うと、時間を戻している最中に目の前で何が起こるのか、ヒーローショーの舞台に(かじ)り付くように勇者を待つ子供よろしくワクワクしてくる。

 しかし、一向に何も起こらない。
(いや、まだ準備に時間がかかるのだろう)
 それにしても遅い。もう一度辺りを見渡したが、何も変化がない。
 ショーの開演が遅れて()れる子供の気持ちでいると、コトッと小さな音がした。
(そろそろか?)
 昔、SFのテレビ番組でタイムマシンを観た覚えがある。あの時は主人公が乗ったタイムマシンの窓の外で、光の筋が走っていたような気がした。かなり適当な演出だったのかも知れないが。
 そう言えば、こちらの並行世界に飛ばされた時、光に包まれた。
 また同じことが起こるかも知れない。あの時は光が眩しくて目を開けていられなかった。
 そこで、目を閉じてみた。
 しかし、光に包まれるのでもなく、逆に暗闇に投げ込まれるのでもなく、瞼の向こうには何も変化がない。
(騙されたか?)
 そう思ったところで、フッと意識が遠のいた。

 誰かに揺さぶられていることに気づいて目を開けた。
 目の前に妹の顔がある。
「お兄ちゃん、朝よ。もう学校行く時間だから、早く起きて」
 妹はいつまでも寝ている俺を揺さぶって起こしてくれたのである。
 布団に転がったまま、枕元の腕時計を見た。腕時計の日付は、学校に復帰してから8日目の日にちを表示していた。
 欠伸(あくび)をしながら上半身を起こした。
 もう少しゴロゴロしていたいのだが……。
「早く早く」
 起き抜けだから体を慣らしつつ徐々に活動したいマイペース派の俺。しかし、それに異を唱える妹は、容赦なく何度も()かす。
 仕方なく着替えを済ませ、食事もそこそこに鞄を小脇に抱える。
(そう言えば未来人、あれから音沙汰がないが……)
 数日前、いきなり電話を掛けてきた未来人が、自分の言いたいことだけ喋りまくり、あげくに『電池がない』と一方的に電話を切ってから、パッタリと連絡が途絶えたのだ。
(何手間取っているのだろう……)
「はい、行って行って」
 セーラー服に着替えた妹が俺の背中を押す。靴を履きかけていたので、前のめりになり蹌踉(よろ)めいた。

 俺達にとっては、いつもの通学風景。
 玄関を出る。快晴だった。
 何か良いことが起こりそうな気分。
 そろそろ未来人から連絡が来ても良さそうだ、と何の根拠もなく期待して学校に行った。

 学校へ行くと、朝礼の時に担任のカオル先生から、日直は職員室に行ってクラス全員分の音楽ノートを持ってくるように、と頼まれた。
 今日の日直は、俺ともう一人の女生徒だったが、いつの間にかそいつが教室から煙のように消えていたので、仕方なく俺一人で行くことにした。

 職員室で音楽の教師から音楽ノートを受け取り、一礼して職員室を出た。
 何か廊下が騒々しい。
 角を曲がると、向こうの方で取っ組み合いの喧嘩が始まっていた。そこで、いつもは通らないルートへ迂回することにした。

 職員室に戻って逆方向の廊下を渡り、突き当たりの階段を上る。
 ここは、初めての道なので新鮮だった。
 階段の下から見上げると、踊り場の上の窓から暖かな日差しが差し込んでいた。
 それを見ながら踊り場にたどり着き、右横に曲がって次の階段を上ろうとしたその瞬間、ギョッとした。
 階段の真ん中で膝を抱え、膝頭に額を置いて座っている女生徒がいる。
 ここで急に、遠い記憶が蘇ってきた。

(この光景……それを見て驚く俺……これを知っているぞ……経験したのか?……どこで?)

 目の前にある光景は、過去に実体験してはっきりと記憶に残ったものではないはずだ。
 でも、この見覚えのあるシチュエーションはなんだ?
 過去にこんな経験をしていないはずなのに、している気がする。

(これからこういうことが起こる、ということをあらかじめ知っていたのか。予知が現実になった時の感覚なのか。)

 初めて見ることが初めてに思えない感覚に襲われ混乱していると、彼女は俺に気づいて顔を上げた。
 彼女の顔がすぐ目の前だったので、俺は後ろに下がった。
 顔を見ると面長で西洋人のような顔立ちをしていて、黄色く染めた美しく長い髪が階段まで垂れている。
 蝋人形のように肌がすべすべしていて白いので、マネキンに見えた。
 女生徒のマネキンが階段の途中で膝を抱えてチョコンと座っているのである。

「あのー、そこに座られると困るんだけど」
 ぶっきらぼうに言うと、また遠い記憶が蘇ってきた。

(あれ? これを言ったような気がする……)

 俺の脳は、見覚えある光景と遠い記憶に合わせて、忠実に行動を再現しようとしているらしい。
 今見えていることと、それに対して起こす自分の行動が、遠い記憶と一致するのだ。
 言い換えると、遠い記憶と同じ行動を体が再現しようとしている。
 と思ったその時、心の奥から何かが湧き上がり、体の中を通って声として耳に到達した。

(話しかけてはいけない……彼女に話しかけてはいけない)

 これは記憶ではない。
 心の中にいる誰かが、この先どうなるかを知っていて、そうならないように導こうとしているようだ。
 体の動きに逆らえということか。

 彼女は悲しそうな目でこちらを見て、不思議なことを言い出した。
「紙、ない?」
(紙?)
 一瞬、彼女の座り込んだ姿勢からトイレットペーパーを連想した。
 またまた遠い記憶が蘇ってきた。

(これも知っている……彼女がそう言って、俺はこう連想することも……)
(話しかけてはいけない……彼女に話しかけてはいけない)

 既視感と警告の声。
 どうもここは、強引にでも次の行動を取ろうとする体の動きに逆らった方がよさそうに思えた。

『何の紙?』という疑問の言葉を飲み込んで、「悪い。急いでるから」と彼女の左横を取り過ぎる。
 それは体にとって想定外の行動だったはず。
 自分の意思で次なる行動をねじ曲げたため、動きがぎこちない。ギクシャクする身体が階段を足早に上っていく。
 耳に神経が集中し、彼女の音を拾おうと頭が後方に少し角度を変えた。
 彼女が、ふぅと溜息をついたのは聞こえたが、それ以上は何も聞こえてこなかった。

 後ろ髪を引かれる思いだった。
 困っている人を無視したという罪悪感が残ったからだ。
(でも、これでよかったんだ……これでよかったんだ……)
 自分を納得させながら教室へ急いだ。
 すると、ナゼだろう。
 目から何かが(あふ)れそうになり、視界がモヤモヤしてきた。
 (なみだ)
 そう、(なみだ)が止まらない。
 それが両頬を伝わり、顎を首を濡らしていく。
 声にならない嗚咽。
 男泣き。
『さよなら……さよなら……』
 何故、知らない彼女に対してこの言葉を口にしたのか、今も分からない。

初めて告白される

 それから2週間が過ぎた。正確には学校に復帰してから22日目だ。未来人からは何の連絡もない。
(ずっとこの並行世界で生きていくのかな?)
 装置が再起不能になるまで壊れていたら、本当にそうなるのだ。学校生活には慣れてきたが、元の世界に戻れない不安は募るばかりである。

 四時限目の授業中に居眠りをしていた俺は、教師に見つかり廊下に立たされることになった。
 この教師は本当に目のいい奴だ。前にも見つかって立たされたことがある。
 窓から(のぞ)くと教師はこちらを見ていないので、また逃げることにした。
 屋上に行くため足を踏み出した途端、向こうの角を曲がってこちらに来る二人が見えた。
 カオル先生が別の先生と話をしている。カオル先生のポニーテールがリズミカルに動いているのが面白かった。
 二人はお互いに顔を見合わせながら歩いているので、こちらには気づいていない。
 そこで二人に背を向けて、そそくさと反対側の階段へ逃げたが駄目だった。
「こら! マモル!」
 カオル先生の声だ。
(やばい!)
 急いで昇降口へ向かった。ダメ元で外へ逃げるのだ。

 誰もいない昇降口にたどり着いて下駄箱を開けると、中からヒラリと白い封筒らしい物が出てきて下に落ちた。
(何だろう?)
 足下に落ちた封筒を手にとって見ると、裏に<歪名画ミイ>と書かれている。
(なんて読むんだ?)
 読み方を考えていると、追いかけてくる先生の足音が近づいてきたので、慌てて靴を履き替えて外に出た。
 そしてひたすら逃げる。まさに脱兎の如く。
 すると、近くに臍ぐらいの高さで幅が10メートルくらいある植え込みが見えたので、その裏に隠れた。カオル先生ともう一人の先生は、俺に気づかなかったらしく、走りながら植え込みの前を通り過ぎていった。

 ヤレヤレと地面に腰を下ろし、手にしていた封筒を見た。
(これは朝の時は入ってなかったから、その後に入れたな)
 息を整えながら封筒を開けて中を(のぞ)く。
 可愛い絵柄の便箋が折り畳まれて入っていた。
 それを取り出しておもむろに開く。
(なになに……『あなたのことが前から好きでした。』)
 急に顔が熱くなり、周囲を見渡した。
 横から便箋を(のぞ)いて見ている奴などいないのに何を警戒しているのか、おかしな話である。
(えーと……『お話があります。17時に体育館の裏で待っています。』)
 この並行世界にいた偽の俺は、乱暴者だったはず。しかし、実は優しい一面もあり、誰かに好かれていたのかも知れない。
 どうしようか大いに悩んだ。告白か、実は裏をかいた果たし状で決闘の申し込みか。
(いやいや、この文面で決闘はないな)
 会うだけでも会ってみることにした。

 後でカオル先生にたっぷり絞られた俺は、放課後に反省文を書かされた。
 職員室に反省文を持って行くと、これじゃ駄目だとか注文をいくつもつけられた。言われたとおりに直して持って行くと、また駄目出しされた。
 どう書けばよいのか悩んでいるうちに、約束の時間が17時だったことを思い出し、時計を見た。
 17時直前である。
(やばい! こんなことしてられない!)
 修正中の反省文を机の上に放り投げ、教室を飛び出した。

 17時に体育館の裏と言われながらも、17時にまだ昇降口で靴の履き替えに手こずっていた。焦るとうまく靴が履けない。
 ようやく昇降口を出ると、3階の方から僅かにピアノの音と女声合唱の声が聞こえてきたので立ち止まった。
 上を見上げると、窓が開いている。聞こえてくるのはあそこからだ。
(合唱の練習、ご苦労さん)
 いつもはこういう音楽に対して聞こえないふりをするのだが、ちょっと立ち止まったのも不思議だと思いつつ、体育館の方向に足を向けた。

(じらすのもいいよな。……いや、やっぱり駄目だ。急がなきゃ)
 と指定の場所へ向かってスピードを上げて走っていると、目の前に130~140センチくらいの背の低い女生徒が、体の半分の大きさの人形を持って俺と同じ方角へ歩いているのが見えた。
 ミディアムのヘアスタイル。少し赤毛。
(ああ、廊下でよく見る小学生か)
 あの髪で人形を持っているのは一人しかいない。
 彼女はうちの学校の女生徒だが、背が低いので俺は<小学生>と名付けている。
 すると、その彼女のポケットから何かが落ちた。
 俺は彼女を追い越す際に、「落ちたぞ」と声をかけながらその場を走り去った。拾ったところまでは確認していないが、拾っただろう。

 少し行くと渡り廊下が見えてきた。そこに一人の女生徒と四、五人の男子生徒がいた。
 彼女には見覚えがある。ロングのツインテール。つやつやした黒髪。小さい顔に大きな丸い眼鏡。
(あ、あの子。廊下で本を読んでいる<本の虫>だ。男友達が一杯いるのか?)
 男子生徒達はニヤニヤしているが、彼女は深刻そうな顔をしている。
(仲いいのか知らないけど、うまくやれよ)
 そう思った時、一人の男子生徒が彼女に向かって何か言ったが、俺は無視してそこも通り過ぎ、体育館の裏に急いだ。

 指定の場所に着くと、20~30メートル先に女生徒がこちらを向いて立っているのが見えた。
 俺はドキドキした。
 それは走ったせいでもあるが、俺に好意を寄せている彼女と初めて会うからだ。
 呼吸を落ち着かせるため気づかれないように深呼吸をし、少し間合いを置いて俺の方から近づいて行った。徐々に顔がはっきりと見えてきた。
 ショートヘア。少し茶髪。髪の両側に太くて赤い髪留めをつけている。
(ああ、あの似ていない双子だ)
 髪型や髪飾りが全く同じで背格好も同じ二人が腕を組みながら廊下を歩いているのを何度か見たことがある。その一人、目の細い方だ。

 二人の間が10メートルくらいに近づくと、彼女は頭を下げる。俺は3メートルほど距離を置いて足を止めた。
 彼女は頭を上げたが、すぐ下を向いて口を開いた。
「わ、歪名画(わいなが)ミイです」
「ワイナガ ミイさん?」
(そう読むんだ)
 彼女は下を向いたままだ。
「は、はい」
鬼棘(おにとげ)マモルです。初めまして、かな?」
 俺はこの並行世界で偽の俺の全てを知らないので、探りを入れてみた。
「い、いいえ。ま、前に助けていただいたことがありまして。そ、その時はお話しできず、こ、こうやってお話するのは、は、初めてです」
「そう。記憶喪失なので、覚えてなくてゴメン」
「い、いいえ。……あ、あのー」
 彼女はずっと下を向いたままだ。少し震えているようにも見える。
 気の毒なので、俺から声をかけた。
「手紙読んだよ」
 彼女は、俺の声でやっと顔を上げた。
「あ、あ、ありがとうございます。……わ、私の気持ち、う、受け取っていただけますでしょうか?」
 彼女は、ビクビクしている割には言うことはストレートだ。そこで聞いてみた。
「俺のどういうとこが好きなの?」
「か、格好良くて、つ、強くて。わ、私の憧れです」
「それほどでも」
「い、いいえ。ご、ご謙遜を。……わ、私と、お、お付き合いしていただけますでしょうか?」
 ここで考え込むのはイコールお断りだろう。そこで首を縦に振った。それが答えだった。
「み、ミイと呼んでください」
「俺は、マモルでいいよ」
「き、今日、お、お暇でしょうか?」
「そんなに緊張しなくていいよ。……この後は特に予定はないよ」
「お、お茶でも飲みに行きませんか?」
「分かった」

 彼女と俺はそれぞれ鞄を取りに教室へ戻り、門で待ち合わせることにした。
 カオル先生になんとか反省文を受け取ってもらい、彼女が待っている場所に行って街へ繰り出した。
 歩いていると、彼女が俺の左手を握ってから言う。
「て、手を握っていいでしょうか?」
(おいおい、事後承諾か)
「いいよ」
 ギュッと握ってきた彼女の手は温かかった。

 駅の近くにあるパーラーに入った。狭い店で、10人も入れば一杯だろう。
 パーラーと言っても古びた喫茶店の構えだった。テーブルも椅子も古ぼけている。相当年季の入った店なのだろう。
 ジャズっぽい音楽が流れているが、音楽のことはよく分からない。
 そばにいた女店員に案内されて、俺達は奥の席に座った。
 彼女はフルーツパフェと紅茶を、俺はショートケーキとコーヒーを頼んだ。

 自己紹介を兼ねて少し話をすると、彼女の緊張がほぐれていって、普通の話し方になった。
(何だ、普通に話せるじゃないか。相当あがり症なんだな)
 彼女がフルーツパフェを嬉しそうに頬張る姿が可愛い。
 紅茶も美味しそうに飲む。

 彼女の話は家族のこと、好きな食べ物のこと、学校のこと、今夢中になっていること等々。だいたい彼女が質問して、俺が答えるパターンが多かった。
 彼女は2年1組。家では母親と二人で暮らしているらしい。
 父親は戦死。母親は元志願兵で、大怪我をして退役したそうだ。
 一番困るのは、昔の話をされることである。
 俺というか偽の俺に憧れている理由として偽の俺の武勇伝を語ってくれるのだが、一応記憶喪失ということになっているので、「覚えていない」で誤魔化した。知らない昔の話はそれで逃げるしかなかった。

 帰り際に彼女が言う。
「私、習い事があるので、木土月しか空いていません」
「今日は木曜日。じゃ、ほぼ一日おきという感じだ」
「はい。……で、習い事のないときに、またこうしてお話しできますでしょうか?」
「いいよ」
 彼女は微笑んだ。
(と言うことは、ほぼ一日おきにデートを申し込まれたわけだ)

 パーラーの店の前で俺達は別れた。
(偽の俺がモテていたとはねぇ……)
 暴れん坊がモテるとは理解できない世界である。
 家に帰ると、帰りが遅い俺に対して妹がいろいろと詮索してきたが、サラリと交わした。
 妹は不満そうだった。

またもや告白される

 翌朝、下駄箱を開けると、中からヒラリと白い封筒らしい物が出てきて下に落ちた。
(何だろう? またミイか?)
 足下に落ちた封筒を手にとって見ると、裏に<品華野ミキ>と書かれている。
(今度は誰だ?)
 手紙を見ていると、横を通り過ぎる女生徒達がこちらをチラチラ見るので封筒をすぐに鞄の中へ隠し、後でトイレの個室の中で封筒を開けた。
 中には可愛い絵柄の便箋が折り畳まれて入っていた。
(ミイのと同じ便箋だ。流行か?)
 俺はそれを取り出して開いた。

(なになに……『あなたのことが前から好きでした』……またか。えーと……『お話があります。17時に体育館の裏で待っています。』……ミイと同じ文面だな)
 偽の俺が、実はこんなにモテていたなんて、意外である。
 ミイの時は会ったので、今回断る理由が思いつかない。俺は会うことにした。

 指定の場所に着くと、20~30メートル先に女生徒がこちらを向いて立っているのが見えた。
 俺は少しドキッとした。
(あれはミイじゃないのか?)
 背格好も髪型もそっくりだからだ。
 少し間合いを置いて、俺の方から近づいて行った。徐々に顔がはっきりと見えてきた。
 ショートヘア。少し茶髪。髪の両側に太くて赤い髪留めをつけている。
(ああ、あの似ていない双子、ミイじゃない方だ)
 腕を組みながら廊下を歩いている二人のうち、目のぱっちりした方だ。

 二人の間が10メートルくらいに近づくと、彼女は頭を下げる。俺はミイの時と同じく、3メートルほど距離を置いて足を止めた。
 彼女は頭を上げて口を開いた。
品華野(しなはなの)ミキです」
「シナハナノ ミキさん?」
(そう読むんだ)
「はい。ミキでいいです」
鬼棘(おにとげ)マモルです。初めまして、かな?」
 昨日と同じ探りを入れた。
「いえ、前に助けていただいたことがありました。その時はお話しできなくて。こうやってお話しするのは初めてです」
「そう。記憶喪失なので、覚えてなくてゴメン」
「いえいえ。来ていただいてすごく嬉しいです」
「そう」
「マモルさん、と呼んでいいですか?」
「いいよ」
 昨日のミイとは全然話し方が違う。やはり、似ていない双子だ。本当に双子かは知らないが。
「あのー、前から好きでした。お付き合いしていただけますか?」
 彼女も言い方は違うが、ストレートだ。そこで昨日と同じことを聞いてみた。
「俺のどういうとこが好きなの?」
「格好良くて、力が強くて。私の憧れです」
「それほどでも」
(同じことを言うなぁ)
「いいえ、これほど強い男子生徒はうちの学校にいません。……あのー、私とお付き合いしてもらえますでしょうか?」
 ここで考え込むのはイコールお断りだろうと、昨日の流れで俺はつい首を縦に振ってしまった。
(ちょっと待てよ。これじゃ二股じゃないか!)
 しかし、気づいたときは遅かった。
「ありがとうございます。嬉しいです。今日、お暇でしょうか?」
「あ、……ああ、この後は特に予定はないよ」
「お茶でも飲みに行きませんか?」
「わ、……分かった」
 言葉は違えど、昨日とそっくりな会話をしていることに気づき、変な気持ちになった。それから、<二股>の二文字が俺を動揺させた。
 彼女はそんな俺の動揺をつゆ知らず、ホッとした表情で立っていた。

 兄弟みたいな他人がたまにいるが、それは顔のパーツがどれもよく似ているから、他人でも兄弟に見えるのだ。しかし、目がぱっちりしているか細いか、かなり印象に左右するパーツが違うと、それ以外はそっくりでも他人に見える。
(双子なんだろうか? 他人なんだろうか?)
 彼女と俺はそれぞれ鞄を取りに教室へ戻り、門で待ち合わせて、街へ繰り出した。
 歩いていても彼女は手を握ってこない。
(ちょっと期待した俺がバカだった。……昨日は特別。これが普通だよな)

 駅の近くにあるパーラーに入った。昨日と同じ店である。
 中に入ると、女店員が昨日ミイと一緒に座った奥の席へ俺達を案内した。
 彼女は、昨日ミイが座った席にサッと座る。
 そこには座られないように俺が座るつもりでいたが、失敗した。
 同じ位置で別の女生徒と向かい合わせ。これは気まずかった。
 彼女はフルーツパフェと紅茶を、俺は昨日のことがあるのでタルトとコーヒーを頼んだ。
「ショートケーキはお好きじゃないの?」
 昨日注文した品をズバリ言われたので、ドギマギながら答える。
「い、いや、好きだけれど。今日はこっち」
 彼女は微笑んで言う。
「このお店、初めて?」
 もしここでコーヒーを口にしていたなら、確実に吹き出しただろう。
「ま、前にも来たことがある。友達と」
 咄嗟(とっさ)に嘘をついた。
 彼女は意地悪そうな目で言う。
「男友達と?」
 動揺して目が泳いだ。
「あ、ああ……」
 ここまで畳みかけられると、昨日ミイとデートしていたことが彼女に筒抜けなのではないかと思った。

 彼女がフルーツパフェを嬉しそうに頬張る姿が可愛い。
 紅茶の香りを楽しみながら美味しそうに飲む。
 俺は彼女の姿にミイの姿を重ねていた。
(仕草までそっくりだ)

 彼女が結構しゃべるのには驚いた。だいたいミイの時と似たような話をしたが、今の世の中のこととか、少し暗い話もした。
 彼女は2年2組。家では姉と母親と三人で暮らしているらしい。
 父親は戦死。母親は軍需工場で働いているそうだ。
 姉は同い年で2年3組。血がつながっていないという。
 詳しくは教えてくれなかったが、少々家庭環境が複雑なのだろう。俺はあまり詮索しなかった。
 不思議と彼女は、俺というか偽の俺の昔話をしなかった。
 彼女と楽しい話をしていると、心地よい。あっという間に時間が過ぎてしまった。

 帰り際に彼女が言う。
「私、習い事があるので、金日火しか空いていません」
「じゃ、ほぼ一日おきという感じだ」
「はい。……で、習い事のないときに、またこうしてお話しできますか?」
 これを聞いて動揺した。
(と言うことは、二人から交互にデートを申し込まれたわけだ)
 急に、顔が熱くなった。
(ここで断るのか? ここまで来たら断れないだろう?)
 そこで、動揺を隠しながら答えた。
「……い、いいよ」
 彼女は微笑んだ。

 パーラーの店の前で俺達は別れた。
(初対面で断るのも悪いと思ったが、これって完全に二股だよな)
 そう思うと、ひどく不安になってきた。
 家に帰ると、また帰りが遅い俺に対して妹が少し怒っていたが、先生に絞られたと出任せを言って謝るしかなかった。妹は不満そうだった。

 こうして俺は、ミイとミキと交互にデートすることになった。

日替わりデート

 ミイとの2回目のデートは、デパートでのショッピングだった。
 彼女は服の専門店に向かったので俺はついて行った。物資が不足しているし、派手な物が少ないが、それでも彼女は嬉しそうに服を選びながら、俺に一つ一つ見せて、どれが似合うか聞いてくる。
(ちょっと、はしゃぎすぎかな?)
 俺が周りを気にすると、急に彼女自身も恥ずかしくなったのか、はしゃぎすぎたと謝った。
 こちらはただ買い物に付き合っているだけなのだが、彼女は「そばにいてくれるだけで嬉しいです」という。気持ちが行動に出ているのだろう。
 彼女はお気に入りの服が見つかったらしく、5万円払っていた。

 この並行世界では物価が高騰していて、俺のいた世界と金銭の価値が10倍くらい違う。
 缶コーヒーが1千円。コンビニ弁当が4千円。昨日のパーラーのパフェは9千円もした。
 そんな具合なので、彼女の服が5万円といっても俺の元の世界では5千円の買い物だ。

 彼女の買い物袋は1つだが、俺が持ってあげた。
 ウインドウショッピングにも飽きてきたのでデパートを出ると、日も暮れてすっかり暗くなっていた。
「家まで送ろうか」と彼女に声をかけたが、彼女は俺から買い物袋を受け取り、「今日はここで」と言って分かれた。
(さて、次は妹対策だ)
 俺は家路についた。

 帰宅するとさすがに嘘は突き通せず、プンプン怒っている妹に「デートだ」と正直に答えた。妹はあきらめ顔で言った。
「ついに、始まったのね」
 俺にはその意味が分からなかった。

 ミキとの2回目のデートも、同じデパートでのショッピングだった。しかも彼女が向かった先は昨日と同じ店。
 彼女はジックリと時間をかけて服を選んでいる。
 昨日も見かけた女店員がジロジロと俺の方を見るので気が気でない。
 彼女は昨日ミイが買った服を手にして、「これ似合う?」と聞いてくる。
 俺は慌てて、「こっちがいいんじゃないかな?」と違う服を薦めた。しかし、彼女は「ううん」と首を横に振って、手にした服を離さない。
 結局、彼女はミイと同じ服を持ってレジへ向かった。
 女店員がニヤニヤと俺に何か言いたそうな顔をしていたので、目をそらした。
(なんか、気まずい)
 早くこの店から出たかった。
 彼女は会計を終えて俺のそばに来て「こうして、そばにいてくれるだけで嬉しい」と言う。俺は顔を赤らめた。

 彼女の買い物袋は1つだが、俺が持ってあげた。
(また同じことをしている)
 昨日の出来事を繰り返しているように思えてきた。
 ウインドウショッピングにも飽きてきたのでデパートを出ると、日も暮れてすっかり暗くなっていた。
 家まで送ろうかと声をかけようとしたが、慌てて言葉を飲み込んだ。
 彼女は俺から買い物袋を受け取り、「じゃ、今日はここで」とアッサリと分かれた。
 俺は重い足取りで家路についた。

 帰宅すると昨日と同じく、またプンプン怒っている妹に「デートだ」と正直に答えた。
 妹が「同じ人と続けて?」と問うので「違う人」とこれも正直に答えた。妹は、今度は呆れ顔で言った。
「記憶喪失で忘れているみたいだけど、前も同じことしたのよ。反省しないわね」
 俺というか偽の俺の二股は経験済みのようだ。
 仕方なく弁解した。
「もう二人に約束してしまったので、明日も明後日もデートする。二人にはそれぞれ後1回だけにする」
 妹は呆れ顔のまま、「また二人とも泣かせるのよ」と言った。
 妹が心配している意味がようやく分かった。
「泣かせないよ」とは言ったものの、実のところ二人を泣かせない自信などなかった。

 ジュリ以外の女生徒と付き合うことがなかった俺が、付き合い方を知らないまま並行世界で二股かけて悩んでいる。
 しかも日替わりデートときた。
 絵になるくらい馬鹿げた笑い話であるが、当人はいたって深刻な話なのだ。

 ミイとの3回目のデートは、公園だった。
 学校の校庭と比べて半分くらいの広さで、たくさんの花が植えてある花壇が中心にある。そこをぐるりと一周する道の所々にベンチがある。
 綺麗な花がちょうど前に見える位置のベンチに来ると、彼女が「こ、ここがいい」と言って腰掛ける。俺は彼女の左に並んで腰掛ける。
 彼女は足をブラブラさせながら、下を見てしばらく何か考えていた。
 俺は声がかかるまで向かいの花を見つめていた。
 やがて、視界の中で彼女が動いたように思えたので彼女の方を見る。彼女が顔を上げて俺に視線を注いでいる。
「あ、あのー……」
「何?」
「ほ、他に好きな人います?」
 俺は固まってしまい、やっとの思いで声が出た。
「いや……これと言って好きな人はまだ」
 彼女は目をさらに細めて微笑む。
「マ、マモルさん、ハンサムだから。い、いろんな人に告白されますよね」
 図星だったので、さらに固まって声も出なかった。
「そ、それでも私はマモルさんのことが好きです」
「ありがとう……」

 それから二人で世間話をした。彼女は緊張がほぐれて普通の話し方になった。
(デートでこんな話はしないよな。お互いのこともっと話してもいいはず。何か言いたくないことでもあるのだろうか?)
 話も尽きた頃に、彼女が腰を上げた。
「遅くまで、ありがとうございました。これで帰ります」
「ああ、今日はありがとう」
 彼女は一礼して去って行った。
 少々名残惜しそうな様子にも見えたが、早く帰らなければという雰囲気が会話の中に漂っていたので、俺は彼女の後ろ姿を見送り、後は追わなかった。
 だんだん、彼女は引き留めて欲しかったのではないか、と思えてきた。
(俺って、鈍いのかな?)
 ただただ後ろ姿を見送った自分が情けなかった。

 ミキとの3回目のデートは、昨日と同じ公園だった。
 彼女が「あのベンチがいい」というベンチは、昨日ミイと座ったベンチだ。
 気まずくなって躊躇したが、結局二人で腰掛けた。
 並んだ位置関係も昨日と同じだ。
 彼女は足をブラブラさせながら、下を見てしばらく何か考えていた。
(昨日のミイを見ているようだ)
 声がかかるまで向かいにある昨日見飽きた花を見つめていた。
 やがて、視界の中で彼女が動いたように思えたので彼女の方を見る。彼女が顔を上げて俺に視線を注いでいる。
「聞いていい?」
「何?」
「他に好きな人いる?」
 昨日と同じく固まってしまい、やっとの思いで声が出た。
「いや……これと言って好きな人はまだ」
 彼女はパッチリした目を細めて微笑む。
「マモルさん、ハンサムだから。たくさんの人に告白されるかな」
 これにはさらに固まって声も出なかった。
「それでも私はマモルさんのことが好き」
 冷や汗が出ていたが、なんとか声に出して言った。
「あ、ありがとう……」

 それから二人で世間話をした。
(あれ? 昨日のデートと同じだ。似たような世間話。なぜだろう? お互いのこともっと話してもいいはずなのに、彼女も何か言いたくないことでもあるのだろうか?)
 話も尽きた頃に、彼女が腰を上げた。
「お話に付き合ってくれて、ありがとう。じゃ、帰ります」
「ああ、今日はありがとう」
 彼女は一礼して去って行った。
 少々名残惜しそうな様子にも見えたが、ミイの時と同じく彼女の後ろ姿を見送り、後は追わなかった。
 だんだん、彼女は引き留めて欲しかったのではないか、と思えてきた。
(俺って、どうしてこうも鈍いのかな?)
 昨日の反省を役立てていない自分に苛立(いらだ)った。

究極の選択

 翌朝、妹の鼻を明かそうと、いつも起こしに来る時間に学ランを着て布団の上に座っていた。
 妹が俺の部屋に入ってきたので「どうだい?」と自慢してやった。
 驚き顔を期待したが、妹は「布団上げてね」と言って去って行った。肩すかしであった。

 こうして俺はいつもと違い、時間に余裕を持って登校した。
 鼻歌交じりに下駄箱を開けると、中からヒラリヒラリと白い封筒らしい物が2つも出てきて下に落ちた。
(何だろう?)
 足下に落ちた2通の封筒を手にとって見ると、1つは裏に<歪名画ミイ>と書かれていて、もう1つは裏に<品華野ミキ>と書かれている。
 心臓が飛び出るほど驚いた。
 後から下駄箱に封筒を入れた方は、先に入っている封筒を見たはずだ。そしておそらく、封筒の裏の名前を確認したはず。
(これは二股がばれたな……)
 封筒をすぐに鞄の中へ隠し、トイレの個室へ駆け込んだ。
 先にミイの封筒から便箋を取り出して、恐る恐る開いた。

『明日19時に十三反田(じゅうさんたんだ)公園前駅の北口に来てください。大切なお話があります』

 次にミキの封筒から便箋を取り出し、こちらも恐る恐る開いた。

『明日19時に十三反田(じゅうさんたんだ)公園前駅の南口に来てください。大切なお話があります』

 俺は2通の便箋を何度も見返す。
 北と南の違いのみで、文章は全く一緒。
 昨日までの二人の行動を思い返すと、何から何まで同じ行動をしていることに改めて気づいた。
(二人で示し合わせたのか? 偶然か?)
 ちょうどその時、俺が入っている個室のドアがノックされた。いつまでもドアが開かないので不審に思われたのかも知れない。
 とりあえず水を流してトイレを出て、眉を(ひそ)める男子生徒を無視し、廊下へ出た。
(ゆっくり考えるか)
 俺は一時限目をサボり、屋上へ行ってゴロリと仰向けになった。

 何処までも青い空。雲はほとんどない。たまに流れる雲に目をやると、そっちばかり気を取られて考えがまとまらない。
(誰が後から入れたのだろう。封筒に気づいたら、当然、名前を見ただろうな。まずい……まずい……)
 隠し事がバレているからどう取り繕おうかと考えたが、なかなかよい案が浮かばない。頭の中で考えがループしてばかりだった。
 下手な考え休むに似たり、だ。
(ええい、どっちに行くかを決める。それが出来なければ、どっちにも行かない)
 後者はそれまでデートしてきた二人に失礼だから、案としてはあり得ない。
 だとすると、北口か南口かを決めることになる。

 つまり、ミイを取るかミキを取るか。
 究極の選択である。

 幸いなことに、その日一日ミイにもミキにも会わなかった。妹は、俺が悩んでいるのを薄々気づいている様子だったが、何も言わなかった。相談したところで、結論を出すのは俺自身なのだ。

 ついに約束の日の朝になった。
 情けない話だが、まだ結論が出ていない。未練がどうしても残る。
(こんなことではいけない)
 奮い立つも考えがまとまらず、決めかねて意気消沈する。この繰り返し。
 今日は一時限目からずっと、授業どころではなかった。

 時は誰に対しても公平に刻まれていくはずが、俺にだけは無情に駆け抜けていくとしか思えなかった。
 ずるずると考えを引きずったまま、十三反田(じゅうさんたんだ)公園前駅の改札口に行った。
 時計を見ると18時30分。この改札口は、北口と南口の中間にある。
(さすがにこの時間には来ていないだろう。でも早めに来たミイかミキに今から見つかるとまずいかも)
 そう思うと気になるので、改札口から20メートルくらい離れたところにあるモニュメントの後ろに隠れた。
 本当は、そういう自分が情けなかったのだが。

 その時、駅のアナウンスが聞こえてきた。
「ただいま、踏切事故が発生した影響で、電車の運転を見合わせています」
 改札口付近の乗降客がざわめきだした。ミイもミキも学校まで徒歩で通っていることを知っていたので、学校の近くにある十三反田(じゅうさんたんだ)公園前駅には徒歩で来るはずと考えた。
(関係ないな)
 そうして19時までモニュメントの後ろに隠れていた。

 19時になった。時が決断を迫った。
 俺は<彼女>に決めた。
(後悔はしない)
 決めあぐねたのは事実であるけれど、だからといって『どちらにしようかな』的ないい加減なやり方ではなく、よく考えた結果、導き出した結論だ。多少は時間に背中を押されたのも否定はできないが。
 出会った場面を思い描き、どう話しかけるかを頭の中で練習しながら指定の場所に向かった。

 しかし、<彼女>がいない。

 辺りを見渡した。
 運転見合わせの混乱もあり、電車に乗れないたくさんの客がうろついていたが、<彼女>を見つけられないほどの混乱ではない。
 5分待った。10分待った。
 何度も周囲を見渡したが、<彼女>は見つからない。
 手を振りながら近づいてくる女性客が全員<彼女>に見える。
 俺は焦った。
(場所を間違えたか? 記憶違いか?)
 15分立っても来ないので、場所を間違えたと思い、反対側の指定の場所に向かう。
(待てよ。そっちに<もう一人の彼女>がいたら……いや、絶対俺の記憶違いだからそっちに<彼女>がいるはず)
 反対側の指定の場所でも<彼女>を探した。こちらも電車に乗れないたくさんの客がうろついていたが、<彼女>はいなかった。

 20時まで待った。時々反対側に行ってみたが、<彼女>は北口にも南口にも現れなかった。もちろん、<もう一人の彼女>も現れなかった。
 運転を再開したという駅のアナウンスを聞きながら、トボトボと帰宅した。

二人の真実

 翌朝寝坊したので急いで登校し、慌てて下駄箱を開けると、中からヒラリと白い封筒らしい物が出てきて下に落ちた。
 俺はドキッとした。
(どっちのだろう?)
 足下に落ちた封筒を手にとって見ると、裏に何も書かれていなかった。
 気になってしょうがない俺は、周りの女生徒達の視線にかまわず、その場で封筒を開けた。そして、中から便箋を取り出して開いた。

『今日の壮行会の後、二時限目までの休み時間に体育館の裏に来てください。真実をお話します。そして、あなたに伺いたいことがあります』

 見たこともない筆跡で書かれた文章だったが、二人のどちらかが慌てて書いたからこのような字になったのだろう。
(それにしても壮行会って何だっけ?)
 何のことかサッパリ分からなかった。

 教室に行くとすでにカオル先生がいて、生徒達に対して「壮行会をやるから講堂に行きなさい。一時限目は壮行会でお休みよ」と言っていた。
(壮行会? 講堂? なんか面倒だな……)
 俺は屋上へ逃げることにした。
 一時限目がお休みということは一時限目まで屋上にいて、それから体育館の裏に行けばいいのだ。
 講堂へ行く振りをして途中から皆の列と離れ、忍びの者のように周囲の様子を窺いつつ屋上へ逃げた。

 一時限目が終わるチャイムが聞こえたので、体育館の裏へ急いだ。
 指定の場所に着くと、20~30メートル先に女生徒がこちらを向いて立っているのが見えた。
 俺はギョッとした。
(誰だ?)
 黒髪が恐ろしいほど長く、顔も面長で、ミイでもミキでもない女生徒が立っている。
 少し間合いを置いて、俺の方から近づいて行った。
 徐々に顔がはっきりと見えてきて、今まで廊下でも教室でも見かけたことがない女生徒だと確信した。
 頬はこけて、ひどく痩せている。足も棒のようだ。

 二人の間が10メートルくらいに近づくと、彼女は頭を下げる。俺は、5メートルほど距離を置いて足を止めた。
 彼女は頭を上げて口を開いた。
品華野(しなはなの)ミルです」
「シナハナノ ミルさん? 鬼棘(おにとげ)マモルです」
(ミキの上の名前と一緒だ)
「マモルさんとお呼びしていいですか?」
「え、ええ」
「マモルさん、私の上の名前と同じ女生徒が学校にいるのはご存じですよね」
 答えに窮した。もちろん、知っているのだが。
「言い換えます。品華野(しなはなの)ミキはご存じですよね」
 さすがに黙秘を続けられず、白状した。
「え、ええ……」
 何を言われるのか、だんだん分かってきた。
 彼女は無表情で話す。
「私はミキの姉です。ミキに同い年の姉がいるのはご存じかと思いますが、私です。姉ですから、ミキとマモルさんが最近お付き合いを始めたことくらいは知っています」
 彼女は一呼吸置いていった。
「ところで、歪名画(わいなが)ミイはご存じですよね?」
「!!」
 俺は絶体絶命の気分になった。
歪名画(わいなが)ミイとも最近お付き合いしていましたよね?」
 握っている拳の中で汗をかいていた。少し震えてもいた。
 彼女は初めてニヤッとした。その笑いは不気味だった。
「黙っていても分かっていますよ。お付き合いしていましたよね?」
 こうなると白状せざるを得なかった。
「あ、ああ……」

「ところであの二人、実は双子の姉妹って知っていました?」
「え!?」
 俺は<似てない双子>と命名していたが、本当に双子だったのだ。
「ご存じない? ああ、二人とも黙っていたのですね。あの二人が生まれてすぐ両親が戦争で亡くなったので、歪名画(わいなが)家と品華野(しなはなの)家にそれぞれ引き取られたのです。」
「そ、そうだったんですか」
「顔はあまり似ていませんから、上の名前が違うと、他人に見えますよね。実は双子で、あの二人はとても仲がよいのです」
「仲いいのは知っています」
 そう言って、二人が手を組みながら歩いている光景を思い浮かべていた。

「ほほう、そうでしたか。……その二人が、同時にマモルさんを好きになってしまった。そうして二人で別々の日に告白した。どちらかが選ばれるはずが、マモルさんは二人とも選んでしまった。その結果、日替わりデートになってしまいましたよね」
 ここまでバレていると、恥ずかしくて穴があったら入りたい気持ちになった。
 さらに、今までのデートの現場をビデオカメラで撮影され、三人で鑑賞していたのかとも疑った。
「昨日ミイとミキがそれぞれ北口と南口を指定したのは、どっちが選ばれるかを決めるためでした。そして、マモルさんが待ち合わせ場所に来なかった方が身を引く約束になっていたのです」
 彼女はキッとした顔でこちらを見る。
「ところが二人は待っていたのにマモルさんは来なかった。昨日はどちらの場所に行ったのですか? それとも来なかったのですか?」
 これには弁解した。
「え? 俺の方こそ時間通りに行って逢えなかったのに。逢えなかったから俺がフラれたのかと」
「いいえ、ミイもミキも行きました。二人は所用で隣町に行っていて、電車で駅へ向かったのですが、踏切事故で立ち往生してしまい、1時間以上遅れて到着したのですが、二人ともマモルさんと逢えなかったと言っています」
 俺は激しく後悔した。
 もっと我慢していれば逢えたのだ。
「すみません、1時間で諦めて帰りました」
 彼女は、ふぅと溜息をつく。
「マモルさんは1時間以上待てないのですか? 大切なお話があると言う彼女たちが来ないことを心配しなかったのですか?」
 何も言い返せなかった。彼女は俺を睨む。
「……マモルさんはそういう方ですか。……もう一度聞きます。どちらの場所に行ったのですか? 誰を選んだのですか?」
「……す、すみません! もう少しお付き合いしてから決めさせてください!」
 必死に頭を下げた。彼女は、冷たく言う。
「もう少しお付き合いですって? 何を言っているんです? マモルさんは壮行会に誰がいたかご存じでしょう?」
「すみません、遅刻してそれには出席していません」
 彼女は深いため息をつく。
「なら言いますが、ミイとミキと私ともう一人の四名がこれから1ヶ月間、後方支援部隊に協力するため赴任するのです。そんな状況で、一体どこでお付き合いをするのですか?」「……」
 俺は言葉を失った。彼女は追い打ちをかける。
「ミイとミキは赴任のことも言ってなかったかも知れませんが、しばらくマモルさんに逢えないので少しの時間でも惜しんでデートをし、気持ちを確かめたかったのですよ!」
 これを聞いて涙が出そうになった。彼女はまた深いため息をついた。
「では、保留ということですね」
 涙を悟られないように、下を向きながら言った。
「…………はい」

 彼女は俺に背を向けた。
「二人に伝えます。それから私たちは、もう来ている軍の車両に乗っていきますから、ミイにもミキにも逢えませんので」
 そう言うと、彼女はスタスタと去って行った。
 取り残された俺は、呆然とそこに立っていた。
(もう少しお付き合いしてからって、何だよ! 本当は決めていたじゃないか! 何言ってんだ! 何言ってんだ!)
 土壇場で結論をぼかした自分の情けなさに腹が立って、心の中で叫んでいた。

繰り返す後悔

 壮行会の翌々日、学校に訃報が入った。
 学校から後方支援部隊に赴任した四名の女生徒、つまり壮行会の主役だった四名が、駐屯地の敷地内で遺体で発見されたという。全員が何者かにおびき出されて刺されたらしい。

 泣きながら近所の花屋へ花を買いに行く女生徒達。
 亡くなった彼女達の机の上に置かれた花束を見て大声を上げて泣く生徒達。
 すすり泣く生徒達。
 肩を落とす教師達。

 俺も泣いた。
 心から泣いた。
 ついこの間まで一緒に話した彼女達、ミイ、ミキ、ミルはもうこの世にいないのだ。
 運命はなんて残酷なのだろう。

 放課後に昇降口へ行くと、壮行会の告知ポスターがまだ張られていることに気づいた。
 今まで俺に関係ないからと無視していたのだが、今初めてポスターを見た。
 そこには四名の生徒の名前が書かれていた。

  歪名画ミイ
  品華野ミキ
  品華野ミル
  身賀西イヨ

 何度もその名前を読んだ。その時、彼女達の名前の下の一文字を拾うと「生きるよ」に読めることに気づいた。それが彼女達の何かのメッセージに思えて、急に涙が(あふ)れ出てきた。

 俺は最後まで想いを伝えなかった。伝えなかったから、想いが届かなかった。届かなかったから、悲しませた。

 それから後悔の日々が始まった。
 毎晩のように<彼女>の夢を見た。
 笑顔の後、いつも俺に背を向けて去って行く<彼女>。
 あの最後のデートの時に見た光景が繰り返し夢の中に現れる。
 俺は<彼女>に向かって「待ってくれ!」と叫ぶ。
 そんな夢を見るたびに飛び起きた。

 ある日、またいつもの別れの夢を見て飛び起きた時、突然、左手中指の指輪がブルブルと震えだしたので、さらにギョッとした。
「もしもし」
 少し涙声だった。
「あら、もしかしてまた泣いているノ~? 今度はどうしたノ?」
 未来人は優しく声をかけてくれた。
 俺は指輪の電話を通してミイとミキの顛末をかいつまんで説明した。

 彼はしばらく黙っていた。
「もしもし」
 俺は交信が途絶えて不安になった。
「もしもし」
 彼はまだ黙っている。
(おいおい、まさか電話を切ったとか!?)
 困ったことに無言のままで、向こうで何が起きているのか分からない。

 諦めかけた時、彼の「う~ん」という声が聞こえてきた。
 だが、また黙ってしまった。
(顔が見えないんだから、言葉で表してくれ……)
 こうなると、顔が見えない電話は不便である。
 やがて彼は「困ったわネ」とポツリと漏らす。
「何が?」
「イヨちゃん以外は歴史に名を残さないから、情報が足りないノ」
 長い沈黙は、人捜しに時間をかけていたからと思われる。
「歴史に名前を残さない人でも助かる方法はない?」
 俺には、知らないイヨという人物は、正直どうでもよかった。
 彼はまた黙ってしまった。
「もしもし」
 交信が途絶えてまたまた不安になった。
「おーい。電話だとそっちの様子が分からない。沈黙は不安になるから勘弁」
 すると、彼は「ちょっとこのまま待っててネ」と言う。
 こう言ってくれれば助かる。

 しばらく無音が続いた。
 その長いこと、長いこと。
 重苦しい沈黙は「調べたわヨ!」の彼の一言で破られた。
 彼は飛び上がらんばかりに喜んでいる様子だった。
「やっと見つけたノ! 四人全員が助かる方法!」
「マジで!?」
 指輪をさらに耳元へ近づけた。
「こっちから時間を戻すから、あんたはそのままで待っていればいいわヨ。……でもネ、問題が二つあるノ」
「問題って?」

 彼は一呼吸置いて言った。
「一つは、あんたがラブレターを読んだ後、イヨちゃんと出会うように行動出来るか、なのヨ。あんたが知らないイヨちゃんに。もう一つは、あんたが体を張って大活躍してミイちゃん達を救出することになるんだけど、それが出来るか、なのヨ」
「後者はなんとかするが、前者は無理」と答えると、彼は反論する。
「いいえ、前者だってやれば出来るはずヨ。イヨちゃんってたくさん小説を書く有名な作家さんになるノ。あんたの学校にそういう作家さんの卵いない?」

 そう言われて記憶を辿ってみた。
(作家の卵……小説を書く……小説は本……本は読むもの……本が好き……いた!)
 俺は叫んだ。
「ものすごく本に熱中している女生徒なら一人います!」
 そう言うと彼が喜ぶかなと思ったが、意に反して、「それって単なる本オタクじゃないノ? 読者じゃなくて書き手。……う~ん」と言ってしばらく考え込んだ。
 俺は自信を失った。
 彼はそんな俺を元気づけようと思ったのか、明るく言った。
「ま、その子、もしかしてもしかすると作家さんの卵かもネ。調べたら、イヨちゃんってあんたの学校の出身なんだけど、在校中からペンネームで小説を出版していて、無類の本好きだったらしいから。可能性ありありネ」

 未来人はここで、ちょっと間合いを取ってから言う。
「それはそうと、今回はあんたの<運>に賭けるしかないわネ。ミイちゃん達に対しては強烈な体験があるから、時間を戻しても微妙に記憶が残るので、未来の記憶で過去の行動を変えることが可能なノ。でも、イヨちゃんに対して強烈な体験がないから、時間を戻しても記憶に残らない。あんた、その、ものすご~く本が好きな子に強烈な思い出とかないノ?」
「ちょっと待って。時間を戻しても微妙に記憶が残るってどういうこと? 記憶はずっと残るんじゃないの?」
「あんた何言ってんノ? ……って、そっか。時間が戻って覚えてないのネ」
「何を?」
「面倒だけどもう一度言うわネ」
 彼は咳払いをする。
「あのネ。そっちの世界であんたの時間を戻すと、あんたの記憶もその時点に戻るノ。紙で書き置きを残しても、時間が戻ると紙に書いてあることは消えるノ。と言うことは、何かしないともう一度同じことを繰り返すのヨ」

 理解した。

 時間が戻ると記憶がリセットされる。
 しかし、記憶がリセットされても、強烈な体験は未来の記憶として僅かに残るらしい。
 未来の次に過去が来る。
 ということは未来の記憶は前世の記憶と言っていいのだろうか?
 それを何とか思い出して行動を変える。
 僅かな記憶を頼りにイヨという人物に逢うのだ。

 そうは言われても、未来の記憶として残るほどの強烈な思い出がないので黙っていた。
 彼にはその沈黙が俺の答えになった。
「ないのネ。まあ、とにかく失敗したら同じ歴史を繰り返すことになるワ。さあ、どうする? 今回は諦める?」
 俺は閃いた。
「今ここで、あの<本の虫>がイヨだイヨだ、と念じればなんとかなるんじゃないか?」
 彼は冷たく言う。
「保証はしないわヨ。もう一度聞くけど、どうする? 今回は諦める?」

(ミイもミキも助かるなら絶対にあきらめない! 運を信じて、まずは<本の虫>を探し出せ!)
 俺は決心した。
「俺、<運>に賭けてみます!」

--(4) 第四章 イヨ編に続く

並行世界で何やってんだ、俺 (3)  ミイ&ミキ編

並行世界で何やってんだ、俺 (3)  ミイ&ミキ編

俺はミカの運命の歯車を元に戻すと、次にミイとミキから告白された。しかし、並行世界は甘くなかった。究極の選択、二人の真実、衝撃的な事件に俺は翻弄されていく。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-09-11

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 未来の記憶
  2. 初めて告白される
  3. またもや告白される
  4. 日替わりデート
  5. 究極の選択
  6. 二人の真実
  7. 繰り返す後悔