守リビト

守リビト

守りたい人がいた
出来れば一生 守っていたかった

守れない自分がいた
今でも悔やむ自分がいる
もう一度戻りたいくらいに



中島大輝 24歳 保険会社 JSP勤務。

入社して3年目 早々に地方転勤を告げられた。
営業成績が優秀な社員は 3年目からすぐに地方に異動され そこで数年転勤し その後 都内に戻るか 別の地方の支店長になる事が多いと聞いた。
所謂それが 大輝 の勤める会社の 出世コース というもので、それが本当であればどうやら大輝 もその 出世コース に乗ったという事らしい。

入社して1年目、友達が多く 人当たりも良い 大輝 はどんどん保険の契約を取った。
2年目こそ そこからの落ち込みもあり多少苦戦したが、その後は 個人向けも法人向けも 月間目標をクリアし続けて来ている。

多少 反りの合わない先輩社員もいるにはいるが、仕事に関して大きな問題はなく 恵まれた環境にいる。
同期社員の仲も良く 中坪正 とはサッカー部出身という共通点もあり 特に話が合った。

今回 出た社告で 地方転勤を命じられた社員は、同期では 大輝 と 正の2人。


《社告》
相沢唯 関東地区 東京第一 練馬支店
金子マキ 関東地区 東京第二 府中支店

中坪正 九州地区 福岡支店
中島大輝 北海道地区 札幌支店


「中坪、社告みた?」
昼休みに 大輝 は思わず電話をかける。
「俺 午前中からずっと営業周りで 会社戻れてない」
「俺たち2人とも 地方転勤だった」
「マジか…え、どこ」
「中坪が福岡、俺は札幌」
「福岡かぁ…これは…俺、遂に結婚かな」
「まゆみちゃん、仕事キツイって言ってたよね。給料も上がるだろうから いい機会じゃない?結婚して 守ってやれよ」
「大輝 はどうするんだ?有里ちゃん、言えばついてくるんじゃない?」
「俺はちょっと…もう無理かな。有里にはすぐ いい奴見つかるよ。てか、もう見つけてるかもしれないけどね。俺はしばらく彼女はいいわ」

付き合って2年になる 高木有里 とは 最近顔を合わせては喧嘩になる事が多く そろそろ潮時だとは思っていた。
休みの日でも仕事関連で外出する事の多い 大輝に対して、恋愛第一主義の 有里 は不満が絶えなかったようだ。
有里 は寂しさを 浮気で補うタイプで、この2年の間に 2回の浮気があった。
大輝 が気付いたのが2回で、実際にはもっと多いのかもしれない。

次の休み、大輝 は別れ話を 正 はプロポーズをする。
「俺たち 転勤箇所も真逆で 恋愛も真逆の結果になったな」
そう 正 が笑う。
「札幌も福岡も メシがうまいって聞くから、お互い太り過ぎないように気をつけよう」
そう 約束をして それぞれに旅立ちの日を迎えた。



いつも 飛行機の機内では音楽を聴いたり 本を読んだりして過ごす 大輝だが、この日は物思いにふけった。
「そういえば…」
入社1年目の11月、北海道に出張した時に見た 夢の中の事を思い出す。
その時は 行きの飛行機で 珍しくすぐに眠ってしまったのだ。



ふわふわとした心地よい夢の中。
大輝 の手には 眠りに落ちる前と同じように 中島敦 の小説があった。

隣には 林ゆき がいる。
高校時代から 4年近く付き合っていた女性だ。
「大ちゃん、私 飛行機ってちょっと苦手。落ちたらどうしよう、って考えちゃうから」
そう ゆき が言う。
「それならどんな乗り物にも乗れないじゃん」
笑いながら 大輝 は答える。
「もし 私に何かあった時、大ちゃんは私の事 見つけられる?私は大ちゃんに何かあったとしても きっと見つけられるよ」
「俺はちょっと鈍い所もあるって自覚してるけど…きっと ゆき の事なら見つけられると思う。俺に何か伝えたい時はさ、サイン出してよ。辛い時とかでも、サインを送って」
「サインかぁ…考えておく」

別れてからこの日まで、ゆき の夢を見る事は無かった。
実際に 2人で旅行に行った時にした会話と ほとんど変わらない 不思議な夢…
違う所と言えば 夢の中での 大輝 は大学2年生ではなく 22歳の 大輝 だ。
ゆき は多分、21歳の ゆき なんだろう。
色白で 美しい ゆき の横顔は、大輝 の記憶の中より 少し大人びて見えた。

「ゆき に何かあったのかな」
新千歳に着いて 大輝 はふと そう思った。



「結局、あの後も 連絡出来なかったな…」
今更ながら そんな事を考える。
当時は 有里 と付き合い始めて間もない頃で、北海道土産を選ぶのに随分 動き回るうちに ゆき の事は頭から抜けていた。



「さて、今日から北海道民かー!頑張るぞ!」
気合いを入れ直して 札幌へ向かうJRに乗る。

札幌に着くと 営業所の先輩が出迎えてくれた。
少し肌寒い春の風が 心地よかった。

先逝く人

「え?嘘だろ?まさか…慎吾 に限って…」
高校時代のクラスメイトからの電話で、大輝 は 香川慎吾 の死を知る。
自殺だった。



大輝 と 慎吾 はクラスも部活動も同じで、大学生になってからも よく一緒につるんでいた仲間だ。

大輝 の異動が決まる1年前から北海道で仕事をしていた 慎吾は、札幌とほど近い 江別 という場所に住んでいた。
大学時代に知り合った 歳上の彼女と同棲していると聞いた。

4月から 異動先の札幌で仕事をしていた 大輝 だが、札幌への異動が決まった報告を入れた折
「美味い店とか教えるよ」
そんな会話をしたのだが、それからまだ 1か月も経っていない。
歓迎会や 取引先への挨拶などに忙しく、北海道で 慎吾 と会うことは無かった。



何か様子がおかしい所は無かったか?
落ち込んでいるような素振りは見せていたか?
困った事があると 漏らしていなかったか?

思い当たる節が無い。

「俺は本当に…誰の事も守れないんだな…」
思わず口にする。



「すいません、戻りました」
一つ上の先輩と外回りをしていた時にかかって来た電話だった為、一度 気分を落ち着かせてから車に戻る。
「ん?中島、なんか 目 赤くないか?」
「あ、すいません。ちょっと一服してきちゃって タバコが目にしみたかもしれません」
つかなくてもよい嘘をつく。



翌日から2日間、休みを貰い 葬儀に出た。
自殺者の葬儀というのに始めて参列したが、静かな…実に静かな 密葬だった。
江別斎場 という所で行われた葬儀には、東京から駆けつけた 慎吾の両親と姉。
親族以外では 大輝のみの参列だった。
慎吾 が同棲していた 美雪さん は臨月で、今回の件で体調を崩し入院してしまい 葬儀に出る事が叶わなかった。

いつも皆のムードメーカーだった 慎吾 の遺影は、向日葵みたいな笑顔をしている。
あの頃と何も変わらない、明るい笑顔だった。

サッカー部で 大輝 と並ぶ背の高さだった 慎吾 が、小さな 白い骨になった。



高校3年の時にはサッカー部のキャプテンも任されるような 頼り甲斐のある男だった。
大輝 が高校2年の冬から付き合っていた彼女との事でも、まるで自分の事のように親身になって 応援してくれたのが 慎吾 だ。



大輝 の彼女、林ゆき は1学年下の後輩だった。
人見知りがちで クラスの中でいつの間にか”高嶺の花”扱いされていたらしい。
大輝 にとって 出会いのきっかけは 一冊の本であったが、サッカー部のメンバーやクラスメイトからは「大輝 はメンクイだ」と まるで顔で選んだかのような言い方をされたものだ。
ゆき は他人を簡単には寄せ付けないオーラを持っていて、それが サッカー部のマネージャーを始めとする女子生徒の癇に障った。
付き合い始めて1か月が経つ頃、慎吾 から ゆき がマネージャー達からの嫌がらせに合っているかもしれない と話を聞いた。
当時 副キャプテンだった 慎吾 は、放課後 顧問の先生の所に向かう際に マネージャーが ゆき の上履きを捨てようとしている所を目撃したらしい。
ゆき にその話をした時に、大輝 や 慎吾 からは 彼女達に何も言わないで欲しいと頼まれた。

嫌がらせという行為に走る女子生徒への怒り
悲しみ 傷付いていた ゆき に更に我慢をさせる事への苛立ち
先に ゆき の苦しみに気付いた慎吾 への嫉妬

自分の無力さに 涙が出た。
もっと強くなって もっと優しく包み込んで ゆき を守ろう と思った。

それでも 大輝 1人では対処しきれない時、いつも 慎吾 が助け船を出してくれた。



卒業式に撮った写真を、引っ越しの際 大輝 は札幌に持って来ていた。
ゆき を中心にして 3人がアップで写っている、慎吾 が腕を伸ばして撮った写真だ。
ゆき と2人で撮った写真は、なかなか見る気分になれなくて 実家に置いてきたままだった。



江別斎場を出る時に、慎吾 の姉が
「あの子、大輝くん にメールをしようとしてたみたい」
と 携帯電話を見せてくれた。
そこには 下書きに保存されたままの2通のメールがあった。

『俺は 罪を背負って生きて行く自信がない。でも 美雪と 産まれてくる子供を残しては行けないよな。』
『ごめん、先に行く』

作成されたメールは 亡くなる1週間前と 2日前の日付だった。



初七日が過ぎた頃、慎吾 の勤務先だった金融会社が破綻した。
詐欺まがいの融資が多くあり、現在 警察の調べが入っている。
詳細が出るのはもう少し先のようだが、どんな結果が出た所で 慎吾 はもう帰らない。

「取り返しのつかない事なんて無いよ、生きてさえいれば…」
慎吾 の姉の言葉が、大輝 の胸に刺さった。

守リビト

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  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-11

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  1. 守リビト
  2. 先逝く人