いつつの鐘 Fury ②

細い山裾(やますそ)の道を進んで行く一行

まだ入ったばかりだが
先頭をゆく万智の歩みがピタリと止まる

『……うん、先に渡しておいた方が……』
なにやらブツブツと呟く万智

『早くしないといけないんじゃなかった!』
和美がシビレを切らせて
万智の様子を窺う

『ま、慌てないで』
万智が背嚢を外し
中からゴソゴソと何かを取り出す

ワンカップ清酒が三本
それに魚の干物だ

和美、コウには清酒を一本づつ
ツグミには干物を手渡す

『宴会でもするつもり?なんなの?』
和美が呆れている

『でも美味しそう!これ何の魚?』
ツグミが早くも
かじりつこうとしている

『食べんな!アホウ!』
万智がツグミの腕をガシッと掴む

『おフ酒ェは駄目ダヨ~…』

ヤレヤレ、といった感じで
万智が頭を振る

『それは【お供え物】、もう少し行くと
小さいけど祠があるから
そこで各々ソレを置いて、無事を祈るの!
あと、もう此処からはお互いの本名を
呼び合わないようにして。
簡単にコレでいいよ!わかった?』

そういうと
メモ用紙の切れ端を取ると
ササッと書き込み
【逆さま名前】と書かれたモノを
一同にコソリと見せる

【コウ】→【ウコ】
【ツグミ】→【ミグ】
【カズミ】→【ジミ】

と記してあるものだ。

『……逆さじゃないんですけど?』

顔を赤くして目をつり上げる和美に
訳はあとで話す、と取り合わない万智

『よくわからないけど面白いね!』
ツグミは興味津々の様子

そしてそれから5分ほど
歩いた所で万智の言っていた【件の祠】が
現れる

山の中だというのに
誰かが掃除しているのか
掃き清めたような跡が残っている
綺麗な祠だ。

まず万智が手本を見せるように
ワンカップを供え
無事を祈ると共に感謝の言葉を伝え
山と祠に一礼している

それに続けて
皆も同様の仕草を行っている

『ミグは虎魚(オコゼ)の干物、
特に念入りにお願いするように!』

そう、ツグミに真剣極まりない顔で
伝える万智

そして祠のすぐ先
山へと続く細く
此処からでは先の全く見えない
登りの山道に入る四人

入り口には
赤松の大木が少しだけ
間をあけて2本聳え立っている

遥か頭上で左右の枝が交差していて
まるで天然の鳥居のよう

そこを(くぐ)った瞬間

明らかに一瞬空気が変わる

大袈裟にいえば
まるで【異世界のゲート】を抜けたような…。

そんな不思議だが
けして不快なものではない
清烈な空気に包まれる

『…で、山頂に向かってるの?』
万智に質問する和美

『それは多分…初めてではムリ、
今回は景色の良い所でお弁当を食べます!
その途中で少し山菜も採れたら面白いかもね!』
そう答える万智

『【あフけび】有ィるかにゃあ~♪』
コウはとにかく【アケビ】が
欲しいみたいだ。

『絶対、とは言えないけど…。
あ!あんまりよそ見しながら
歩かないようにね、有ったら言うから』
そうコウに注意する万智

『熊は?それとツチノコとかは?』
ツグミも嬉しそうに
万智に問い掛けてくる

『それは…もし見掛けたら
ダッシュで近寄ると良いと思うよ!』
笑顔で、そう答える万智

ある日
森の中
熊さんに
出会った

鼻裂く
森の道

熊さんに出会った


『それとね、山の中では
動物の名前は呼ばないこと!
これは冗談ではなくて。』
いきなり顔つきが変わり
真剣な表情を見せツグミに警告する万智

『なんで?』
鼻歌を止め質問するツグミ

『なんでも!』
万智が面倒臭そうに答える

・・・・

それにしても、と万智は
感じていた。

いつもなら
探さずとも目に入ってくる
山菜や茸、アケビにしても
なにひとつとして見つからない

台風や大雨もなく
このところは適度な雨も降り
天候も安定しているのに…

何かがおかしい

・・・・・

そのまま目的地へと歩いていく一行

その途中、ふと見ると
いつもは閉ざされている
林業者専用の隘路の扉が開いている

普段は鎖を巻かれ
大きな南京錠でガッチリと
入れないようにしてある扉だ。

なぜか【立ち入り禁止】の
注意書も無くなっている


『こっち、凄そうだね!』
ツグミが目敏く
そちらの横路を窺う

『・・・そっちは駄目 』

万智にしても興味はあるのだが
入った事のない道だ
ましてや今日は山に慣れぬ友人連れでもある
自重すべきだろう

何よりも

横路の別れ道に
凄く小さい蛍のような【無数の光】が

一瞬ではあるが確かに見えた。

酸欠の時などにチカチカと見える

いわゆる【星が飛んでる】といわれる
あんな感じだ。

━━━━誘われ呼び込まれる

あれは善くないものだ!

口には出さないが
悪寒もする

フラフラとそちらに向かうツグミの腕を
グイッ、と引き寄せる万智

『ほら、こっちこっち!』

ツグミは不満そうだが
いつも事故はこうした
何気ない考えから起こるもの、

万智はそうした事例を
幼い頃から幾つも見てきたのだ

それに
ツグミやコウの母親に
手渡してきた
計画予定表のルートからも外れる

本来の道を選択し進んで行く万智

そして
40分ほど歩いただろうか

・・・

・・・・・・・!

━━━━何処、ここ?!

おかしい!

いつもならとっくに見えている筈の
景色が全く見えない

『ちょっと休憩しよっか』
落ち着け、落ち着け、と
自らに言い聞かせ
深呼吸する万智

『それにしても、・・・凄い所だねぇ♪』
和美が呑気に周りを笑顔で
見渡している

『あゥっ!上ン見フて!上にゃあ~♪』
コウのその言葉に
つられ頭上を見上げる一同

そこには
おびただしい程の鈴生りに実った【アケビ】

万智にしても
これ程のアケビの群生は
かつて見たことが無い

━━━なんだコレは!

無邪気に喜ぶ三人とは逆に
万智を襲う強烈な寒気

そして背後に異常な気配を感じ
思わず振り返ると
ひときわと、たわわに実る
枝の下にこれまで一度も見た事がない
小さな祠が目に入る

━━━━━これはマズイ!

思わず上着の袖をめくり腕を見て見ると
鳥肌がビッシリと立っている

そして
ある事に気づく

『・・これ、木通(アケビ)じゃない、
全部・・・郁子(ムベ)だ・・』

【 ムベ 】はアケビによく似ているが
別の植物だ。
不老長寿の妙薬として
皇室に献上されているという話も
聞いた事がある

その昔、たまたま通りかかった山郷の田舎で
異常に歳より若く見える翁を見掛けた
時の天皇がその秘密を訊ねたところ
この翁はムベを常食していた事から
そうした慣習が出来た、というような事を
聞いた覚えがある

今迄にも
ムベは見た事があるし
味わった事もあるが
これ程の数は見た事がない


『これ、残念だけど食べない方…が……』

目線を戻し
そう言いかけた
万智の目に映ったのは
口いっぱいに
ムベを頬張っているコウの姿

『あフんまァり甘ゥくないにゃ~…』

━━━━━?!

我が目を疑う万智

ツグミなら解るが
普段から食の細いコウが
次々とムベをむしっている

コウの足元に転がる幾つかのムベの皮
もう5、6個分は食べているだろうか

その様子に
呆気にとられる
和美とツグミ

この二人は幸い、と言うべきか
まだひとつも食べていない

『もう、やめな!』

万智が少し声を張り上げると
我にかえった様に
ようやくムベを離すコウ

『なんともない?』
味見をさせたかのような
感じで興味津々のツグミ

和美にしてもやはり
その味に興味があるようだ。

『いや、食べない方が良いよ!
もうここは離れよう!』

名残惜しそうな三人の背中を押すと
とりあえず
引き返す決心を固める万智

そして10分も歩かないうちに

気がつけば
もとの道に戻っていた

あり得ない事だが
元に戻れたと、気がついた場所は
先刻に見たあの横路に別れる場所であった

とりあえず
今日はこのまま山を降りよう

そう決意し、
なにか天候が荒れそうだから
…と、渋る三人を強引に
下山させる万智

『今の季節は【ミズの実】とか
凄く美味しいんだけどね♪また今度かな』

そう無理矢理
明るい話題を振る万智

すると
コウが山道のすぐ側を流れる沢を指差し

『ミズならあそこにあるぞ…』

そう万智に促してくる

『・・え!?』
聞き違いか、と思わずコウを見直す万智

コウはニヤニヤと
沢を指差したままだ

そして沢に近づき下を覗き込むと

其処には


あの角度からは

けして見えない筈の

たっぷりと

【ミズの実】がついた

蟒蛇草(ウワバミソウ)の群生があった・・・。


③へ続く

いつつの鐘 Fury ②

いつつの鐘 Fury ②

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-09

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