ただのティッシュ、されどティッシュ

 明日は保育園の運動会。けれど、降水確率は50%。
「うーん、微妙」
 そこで私は、てるてる坊主を作ることにした。
 子どもの頃は、運動会やら遠足やら、行事の度に作っていたけれど、大人になってからは、滅多に作ることがなくなっていた。
「・・・よし」
 数枚のティッシュを丸め、数枚のティッシュで覆い、輪ゴムで縛ってサインペンで顔を描く。最後に輪ゴムを頭のてっぺんにテープで留めて軒先に吊るすのが私流。首の紐を通すのは、なんだか首つりみたいで昔から嫌だった。なんだか、晴れるものも晴れなくなってしまうような気がするからだ。
「子ども達も運動会楽しみにしています。どうか、明日は晴れにして下さい」
 私はてるてる坊主に願掛けすると、アパートの軒先に引っかけるためにベランダに出た。外は、あいにく小雨が降っていた。
「・・・もっと大きいの作ればよかったかな」
 私が、自作のてるてる坊主に顔をしかめた時だった。
「大きさは関係ないっつーの」
 てるてる坊主が、不満そうに私に言った。
「でも、なんか大きい方が効き目ありそうじゃない?」
「自分で作っておいて、なんて言い草だオメー」
 私はてるてる坊主を軒先に吊るすと、月も見えない夜空を見上げた。
「知ってるわよ。アンタを作ったって、所詮は気休め。天気を覆すことなんてできないって」
「だったら作んなっつーの。俺様は本来、ティッシュとして生まれたんだっつーの。こんな風に外に吊るされる予定はないっつーの」
「何それ?じゃあ、てるてる坊主になるより、鼻をかまれて捨てられる方がいいっての?」
「そっちの方が真っ当だ」
「信じらんない。私がティッシュだったら、てるてる坊主にされた方が嬉しいけどな」
「そりゃオメーの勝手だ」
 てるてる坊主を吊るした途端、雨は止むどころか強さを増した気がした。
「ちょっと、雨強くなってきたじゃない。頑張りなさいよ」
「オメー、さっき何て言った?文句あるんなら、俺様を元のティッシュに戻して正しく使えっつーの」
「ティッシュの正しい使い方って何よ。そりゃあ鼻をかむのに使うことは多いかもしれないけど、何かを拭いたり、包んだり、あたしみたいにてるてる坊主作る人だって、絶対少なくないよ」
「俺様は無駄に遣われたくないんだっつーの」
「無駄になんか遣ってない」
「それは使ったお前らじゃなくて、遣われた俺様が決める事だっつーの。俺様には俺様なりの筋があるっつーの。それがわからん子どもに作られるならまだしもだ。オメーはもう大人だろう」
「だったら、私にだって通したい筋がある」
 私は雨音にも負けないように、声を大きくして言った。
「私は保育士として、明日はどうしても晴れてもらいたい。子ども達は明日のために毎日頑張って練習してきたんだから。天気を変えることはできないかもしれないけれど、祈ることならできる。てか、祈ることしかできないから、アンタの力を借りたいのよ」
「・・・だから、ただのティッシュの塊だっつーの。何の力もないっつーの」
 そう言うと、てるてる坊主はプイとそっぽを向いてしまった。
「明日、天気がどうなっても俺様に文句言うんじゃねーぞ」
「わかってるわよ。でもお願いね、子どもの頃から、アンタを吊るすと不思議とよく晴れたんだ」
「・・・知るかっつーの」
 私は、てるてる坊主にもう一度だけ願掛けをして、部屋に入った。

———そして翌日、空は見事に晴れ渡った

「先生見て!オレ昨日てるてる坊主作ったんだ!」
「あたしも!」
「ねぇ先生見て見て!」
 子ども達は、自分達が作ったてるてる坊主をリュックに引っかけて登園してきた。もちろん、昨日私が「そうしなさい」と言ったわけではない。みんな、自分の意志でてるてる坊主を作り、それを持ってきたのだった。
「良かったね。やっぱりてるてる坊主の力は凄いね!先生も昨日作ったんだよ。ほら」
 そして、私がてるてる坊主を持ってきたのも、私の意志。
「うわー!先生のてるてる坊主変な顔ー!」
「ブサイク―」
「そんなことないでしょー!?」
 子ども達はお互いのてるてる坊主を見せ合いながら、楽しそうに笑っていた。
「ねぇ、これでもてるてる坊主にされたことは、無駄だと思う?」
「当然だ。まさかあんなに同士達が無駄遣いされてるとは思わなかった」
「じゃあ、やっぱり今日が雨になっちゃって、運動会が中止になっちゃって、子ども達が泣いちゃって、その涙と鼻水拭くのに使われた方が良かったっての?」
「・・・嫌な言い方するよなオメー」
 私が笑うと、てるてる坊主は困ったような顔をした。
「アンタは、いや、アンタ達は今日の空と同じように、子ども達の顔も晴れにしてくれたんだよ」
「何もしてねーっつーの。ただのティッシュの塊だっつーの」
「でも、みんなアンタ達のおかげだって思ってる」
「それもお前らの勝手だっつーの」
「そうね。じゃあ、勝手にお礼言っておくね。晴れにしてくれて、どうもありがとう」
「・・・知るかっつーの」
 その日、晴天の空の下、はためく万国旗の隣には、無数のてるてる坊主が風に揺れていた。


お題【あいつと雨】にて

ただのティッシュ、されどティッシュ

ただのティッシュ、されどティッシュ

明日は保育園の運動会。けれど、降水確率は50%。 「うーん、微妙」 そこで私は、てるてる坊主を作ることにした。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-09

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