漁村の民

主人公の・・・と漁村の民がおりなす軽快・痛快・愉快なひと時。

ストレス社会に住む現代人にとって息抜きは必要不可欠。この主人公の場合は・・・。

 「あれま、イワシだねゃ・・・。」
・・・いや、チカだと思う。
「小サバだべ・・・」
・・・いや、だからチカだって・・・。
「ん?イワシ居だが・・・」
だからチカが・・・などとやってたらおばちゃんに引き続きおじちゃんまで現れた。
「けっこう集まって来だな・・・イワシ」
だからチカだとさっきから・・・あ~もう、
「チカですよ、チカ。イワシでもサバでもアジでも海タナゴでもない!チカ!」
と、私はハッキリと言ってやった。
「ンだな・・・」
ようやく伝わった様である。ホッと胸を撫で下ろした。
「ンだな・・・。イワシならほれ、これよりもあそごの隅っごに沢山いるべ」
どうやら全く伝わっていなかったらしい。ホホホ、これだから田舎は楽しいのだ。自分の言葉が全然通じない、と言うより、皆様、自分の伝えたい事だけを喋っているだけ、といった解釈の方が正しいかも知れない。

 空は青いが風が強い。
ここ数ヶ月山背続きのせいか、自分の望むような釣果は得られずにいた。
そこで私はいつもの釣り場に見切りをつけ、違う港で釣りを楽しもうと考えた。そこは車で約一時間程度の場所にあった。
その築港に着くと、間違いなく爆釣の気配が感じられた。

 竿を垂らした場所から、丘のようなこじんまりとした山々が続いているのが臨める。
その山々のすぐ下には木造平屋建ての家屋が数件立ち並んでおり、その家屋になぞらえるようにくねっている、異常に細い車道が陸地と海を隔てている。
大海原の隅っこに作られたその築港はまさに漁を営む漁民の為の港に決まっている。
とは言え今は昼時。漁夫達の姿はどこにもない。
そこは、けっして芳しいとは言えない、むしろ鼻を突く様なく寂れた磯の香りがトロリとするだけだった。
 十隻程度の漁船達が小さな築港内で風に揺れている。
私の目の前にある漁船はエンジンがかかっている様であるがひと気は感じられなかった。
 その船体の陰からは小魚達が小編隊の群れを作り、私が垂れた竿先から真下に吊り下がっている糸の周りをチョロチョロする。
小魚達に、食い気は感じられなかった。そんなある時、
 「あ~、食わねえなぁ・・・」
と、後ろの方で声がした。
振り返るとそこには紺色のヤッケに身を包んだおじさんが立っていた。
どうやら地元の方らしい。
 「チカ、入ったんだな・・・」
と、私に声を掛けているらしかった。
うん、そうみたいですね、そろそろ釣れ始めますかね、と私は軽く受け答えた。
そのヤッケおじさんは私の方を見る事なく海を覗き込んだままこんな事を言った。
 「海っていいよな・・・」
 (はひ!?・・・)

 誰しもが、
 ”だからどうした!”
と叫ぶであろう。許されるのであれば私もそう叫びたかった。
だが考えてもみて欲しい。いくらなんでも初めてお遭いした方、しかも目上の人に対して、
 ”だからどうした!”
とは言えないであろう。それは違う。そんな事はよほど頭のお弱い小生でも理解 ”可” である。
でぇも、しかし、だからと言って、
 『ええ、全くその通りですよね!仰る通りです!実は私もその事が言いたかったのです!まさに真を突いております!言い得て妙です!お父さん!あなた様は只者ではないですね?もしや名のある方ではないですか?是非、御尊名を!』
などと大仰に答えてしまうのも恐らく間違っている事でしょう。だが仮に、その様な返答をしようものならおじ様は舞い上がり、
 「おっ?お兄ちゃんもそう思うか!そうか、気に入った!よし!じゃあ、ウチに来て一杯やらんか、んん?ん?」
と言うに決まっている。
と、なると成り行き上断れなくなるのは必定。流れによって一宿一飯&宴を一度遭遇しただけである人様の家で過ごしてしまう事になってしまふ。
 夕方ともなれば噂を聞きつけた村中の人々が手に手に山海の珍味を携え、ヤッケおじさんの家屋に集うのは間違いないであろう。宴会の内容は間違いなく演歌のアカペラに尽きるであろう。それをみんなで合唱するのだ。
そして次の日の朝、宴会場として利用した居間で目が覚めると自分の枕にしていたのが見ず知らずであるオヤジの毛むくじゃらのスネだったら、その後の人生を、死を迎えるその時まで苦しむ事になるのだ。
 ・・・とゆー訳で、めったな返答はしない事にした。
私はヤッケおじさんの良識を信じる事にした。
改めてヤッケおじさんに向き直りゴクリと唾を飲み込みハッキリと、そして冷静に次の様に伝えた。
 『お気持ちは誠に有り難いのですが、こんな私の為に宴までしていただく理由が全くありません。ですから今回は見送らさせて頂きたく願う所存で御座います。どうかお気を悪くしないで下さい』
と言い終え、深々とお辞儀をした。すると、
 「宴?な~に言ってんだオメ・・・」
と言うヤッケおじさんの姿はどこにも無かった。

 潮風がさっきよりも冷たくなった、そう感じた。

漁村の民

世の中は自分次第で愉しくなれるかもしれない、って心のどこかで想ったり、願ったりしてるもの。

漁村の民

田舎の漁村。そこには手強い人々が巣くう。それに負けない主人公の知恵とのバトル?

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-09

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