「かみつきっ!」「第三話:ノワール様が守るもの!!!」

「ねぇ~これで一緒にバス乗るのも最後ね~。
 ねね、最後にもう一つ都市伝説の話聞いてもいい?」
「え~また~。
 あなた本当に好きね~。この話~」
「だ~って、素敵じゃない?悪い悪魔を倒す正義の悪魔様なんて~。
 ねね、あたし思ったんだけど、その正義の悪魔様ってどうやって変わるんだろうね~」
「ん?変わる?」
「あ……えーと、あたしも聞いたのよ。都市伝説ってやつ。
 正義の悪魔様がダサい男から変身してイケメンの悪魔になるって」
「変神よ……。神に変わるって書いて変神」
「え……?」
「ねぇ……。その話……私どこで聞いたか知りたいわぁ」
「え、ど、どうしたの?急に色ぽくなっちゃって」
「ん~ん、あなたのことも~っと知りたくなっちゃったの……。
 次のバス停でゆっくりお話しない?」
「え、だって入学式始まっちゃうわ……ん……あっ……」
「ふふ、いい?バス停で降りてゆっくり……ね?」
「な……ん……あっ。逆らえ……ん、く……あっ……」
「いいわね?悪い悪魔さん?都市伝説を刻みましょう?」

 そう、これは都市伝説。
 悪い悪魔を退治する正義の悪魔のお話……。

 辺りは闇に包まれていた。青く入学式という晴れの日を祝っていたかのような空も、先ほどまで砂塵を巻き上げていたグラウンドも……。
 漂う気は禍々しく、その場にいるだけで吐き気を催してしまう。
 遠巻きに見学していた学校の教師たちには胃にあった食物を逆流させてしまった者もいた。
 空を飛んでいた鳥たちもまたパタパタと落ちてくる。まるで生気を吸われてしまったかのように弱々しい。
 ただただ何もない真っ暗闇の風景だ。まるでそこは闇の世界。闇しか存在しない世界。
 だが、確かにそこには動く人影があった。大きく禍々しい存在が。
『なあ、正義の王子様よ。俺の餌にならねえかい?』
 闇の塊はだんだんと実態を作っていく。その風景と同化していた闇はひとつの怪物を作り上げた。
 周りから響くような声も段々と一つの場所に収束されていく。そう、次第に目や口などのパーツが出来上がっていく。
「なあ!答えやがれよ!この俺様を覚醒させてくれたお礼だ。
 ありがたく、最初の餌になりやがれや!」
 実態となったその闇の塊は言葉を投げつける。真正面にいる一人の少年に。
 その少年、焔は細い目でその闇の物体を見つめる。そしてもう一つ……。焔の右手の目、ノワールもその物体を睨みつけていた。
 どちらも面倒くさそうな表情だが、焔はいつでも動けるように身構えている。
「あーあ、[覚醒]しちゃった。こうなると厄介だねー」
『ったく、しかもこりゃ[中級]以上かもしんねぇぞ?メンドクセぇ』
 二人とも本当にとても面倒くさそうな声色だ。焔に至っては頭をボリボリ掻きながら欠伸をかいている。
 そうとう面倒な相手なのだろう。目を凝らせばその闇の物体の大きさや存在がわかる。
 大きさは軽く5mは越すだろう。横幅もその高さに比例して巨大でゴツゴツした印象だ。
 大きすぎて顔はよくわからないが……獣のような二つの目がギラギラと周囲に向けられている。
 ノワールはその闇の物体に言葉を投げかけた。
『おい!デカブツ!覚醒したんだろ?名前ぐらいあんじゃねぇのか?』
 名前。そう、名前だ。ノワールはその大きな闇に名前を問いた。
 本来名前というのは記号に過ぎない。呼ばれることがなければ名前は無用だ。
 神憑きにしろ神砕きにしろその力の源である[羽の生えた天使]に名前はない。ないというよりも必要はないのだ。
 なぜなら力さえ発現できればその力の源に呼称というものは必要ないからだ。ただそこにあればいい。
 だが、ノワールは聞いた。その闇に名前があるという確信を持って。
「ほう、やはりお前は神砕きの知識はあるようだな。
 我が名は[セーベク]。あの世でその名前に泣き藻掻け!」
 セーベク。その大きな闇はそう答えた。なんの迷いもなしに。
 その名前を聞いてノワールは鼻があるかはわからないが、鼻で笑ってみせた。
『そうか。ここで覚醒したってのは本当だな。そしてそこまで強くねぇ。
 焔、やっぱり読み通り[中級]だな。それ以上は無ぇ』
 その言葉を聞き焔は薄く閉じた目をゆっくりと見開く。
 口もニヤリとさせセーベクに向かってせせら笑う。
「なら、[この状態]でも捻れるね。
 さっさと送って大きな宝石貰って帰りますか」
『いや、帰ったらダメだろ。入学式があるの忘れてるか』
 本当に忘れていたようなキョトンとした表情をする焔。その後、はっとした顔でノワールの目を見つめる。ノワールもやれやれと呆れた。
 そんな正面の巨大な敵など眼中に無いような態度だ。それを見て憤慨しない者はいないだろう。
 セーベクはその憤慨を拳に込め……焔に叩きつける。地面がへこみ、まるで隕石が落ちたような穴があく。
「さぁて、二回戦の始まりだよ~。楽しもうよ。ゆっくりとさ~」
 その拳の威力に興味を持ったのかまた焔の目は見開かれていた。三日月のような口はニヤリと微笑む。
 軽々とヒョイっと後ろに飛んでかわす焔。
 まるで楽しい遊びをはじめるような口ぶりで焔はピョンピョン跳ねてセーベクの攻撃をかわしていた……。



 教師たちはグラウンドで繰り広げられる光景に唖然としていた。
 巨大化した神砕き、その前に平然と立っている少年……焔。あまつさえその巨大化した神砕き、セーべクに罵声を浴びせている。
「神砕き……こんなにも恐ろしいものとは」
「はぁ……はぁ……。いんや、はぁ……。神砕き自体は恐ろしくないですよ。っく、へぇ…………」
 怯えきってしまった教師にそう告げたのはグラウンドから全速力で走ってきたドクターだった。
 グラウンドから先ほどまで神砕きとして敵対していた少年と少女二人を抱えて走ってきたのだ。
 何も身につけてないとはいえ、それ相応の体重のある二人を抱えて走るのは相当な苦労だったのだろう。体中汗まみれである。
 その少年と少女を見て当然驚く教師たち。遠目には、この二人がもうすでに神砕きではないということがわかるわけなかっただろう。
 中には殴りかかろうとする教師もいた。この二人に苦渋を舐させられた熱血教師だ。
 ドクターは熱血教師に背を向け二人をかばう。あやうくドクターの華奢な背中に大きな拳が当たるところであった。
「なぜです!目を覚まして襲ってきたら!」
「これを見てから物を言ってください」
 熱血教師に背中を向けたまま視線だけを鋭く向けたドクター。その視線と言葉にはこの二人をかばう意志がこもっていた。
 ドクターが懐から取り出したのは一つのメガネだった。[神の目]というそれを通せば神憑きの姿が見えるアイテムだ。
 昔、神憑きが見える能力を解明し、開発されたアイテム。なかなか市場に出回らないもので、かなり高価である。
 ドクターの取り出した物は本物ではなくレプリカのため、半径1m以内でなければ天使の姿が見えないのが難点だが……。
 熱血教師はそれを付け、神砕きだった少女を見つめた。四肢を下から舐めるように見つめていくと……。髪のところに小さな天使、[白い羽の天使]がいた。
「こ……これは……?」
「そう、彼女は元々神憑きなんです。もうすでに彼女たちを[ついばんで]いた[罪神(ついばみ)]はノワールによって噛み砕かれました。
 それにあなたにも見えたでしょう?神憑きである確固たる証明、[甘神(あまがみ)]が」
 甘神……。それは神憑きと呼ばれる人間に力を授けている天使だ。
 神憑きの能力者には白い羽の生えた天使が一緒にいる。その羽の種類はまちまちで虫のようだったり鳥のようだったりと様々だ。
 だが、確実に言えることがあった。神憑きに憑いている[甘神]は羽の白い天使だと。
 いつその[甘神]という名前になったのかは定かではないが一般的に広まっている名前だ。一般常識でも広がっている[甘神]という言葉、存在。
 そう、それが見えたのだ。これ以上彼女が神憑きであるということに否定など出来ない。
 さらにドクターは畳み掛ける。懐から携帯電話を取り出し操作して……とある画面を教師に見せた。
「これ、どう思います?」
 見せたのはニュースの記事、その画像だった。

‐もみ消される行方不明事件。訴える家族の声も届かず……。‐
‐訴えるのは天野 秋さん。彼女の娘、稔さん(10)が行方不明になったのは3年前……。‐
‐彼女は[神憑き]でありその能力は有望視されて……‐
‐このコラムも圧力がかけられているが私は屈しない。記者生命をかけて……。‐

 それは魂のこもった一枚の記事の切り抜きの画像であった。記事は2年前の記事だ。
 発行されてすぐに差し止められ、本来ならば誰にも行き渡らなかったはずの記事。この話を知っていた教師も数名いたようで口々で話している。
「え……あの都市伝説本当だったんだ」
 と……。そう、都市伝説ぐらいの広さで知れ渡っているこの話。だが……、その都市伝説とは言い切れない事実がそこにはあった。
 なぜならその記事の行方不明になっていた少女の顔は……すぐそばにあったのだから。
「あなたの名前、稔ちゃん?天野 稔ちゃんでいいのかな?」
「は、はい……。でもなんで私の名前を?
 というか……さっきから気になってたんだけど、ここはどこなの?
 ていうかこれって私の体……?胸こんな大きく……。え!?ふ、服は!?」
 緊張がほぐれ始めたのかドクターを質問責めにする稔。ドクターは自分の白衣をかけながら、一つ一つ答えられる範囲でゆっくり答えた。
 おそらく10歳からの2年間……いや、さらにこの記事にも3年と書いてるため現在では稔は15歳となる。
 10歳からの5年間ともなれば女の子は女性へと変わっていることだろう。自分の姿を信じられないといった風に見つめる稔。
 教師たちはさらに信じられないといった表情をしていた。そして……、予想通りといった教師たちも。
 そう、誘拐された稔という少女は先ほどまで軽武装型という神砕きだったこの少女。
 この学校でも、そして神憑きを管理する団体もなぜ神砕きが神憑きを誘拐するのかという疑問を持っていた。
 未だこの学校単位で見れば誘拐という被害は出ていない。そう、神砕きに拐われたということは無いのだ。
 だが……、この学校以外の神憑き誘拐事件はあるのだ、確実に。その誘拐された少年少女の行方を知る者は誰もいない。
 知りたくても知り得ることができないのだ。何者かによってもみ消されてしまうため……。
 疑問は持っていた者も数年前までいたが、現在ではその話はタブーとされている。その話をして生きていられた者はいないがために。
 だからこそのこの学校、現在では安全の名目で神憑き専用の小中一貫の学校もできている。現在では誘拐されたという声は聞こえない……。周りでは、だが……。
 この稔という少女にドクターはなんと声をかけていいのかわからなかった。
 この記事のネタを提供したせいで彼女の家族も、さらにはこの記者すら行方不明となってしまっているのだ。なんの能力も持っていない家族のことだ。きっとすでに……。
 暗い顔を稔に向けているドクターに神の目を返しながら熱血教師は一つ質問をした。
「なぜ……神砕きになってしまうんだ?いや、神砕きになってしまうにしろ……彼は一体何物なんだ?」
 彼……焔のことだ。熱血教師というが神憑きの学校にいる手前ほどほどの知能は持ち合わせているようだ。
 先ほどの神砕きとしての戦闘の様子、そして今の稔という少女の様子。それはまるで別人のようだった。
 容易に想像はつく。先ほどの戦闘は彼女の意志ではないということを。
 そうなると一つ合点がいかない者がいる。それは今、現在進行形で巨大な神砕き、セーベクと戦っている焔だ。
 焔はこちらの味方、だが神砕き。謎が熱血教師の頭を包んでいた。
「彼らは……少し特異な存在。でも、とりあえずは神砕きについて話しましょう。
 やっと現実に向き合ってくれたあなたたちの目を信じて、簡単に講義といきましょうか」
 教師たちは今まで現実を見ようとしなかった。ただ、この学校で神砕きが[敵]でただ追い払えばいいと思っていた。
 だが、神砕きが本来守らなければいけない少年少女だということに気づいたのだ。教師たちはその目に強い意思を写していた。
 ドクターは一人一人の目を見た。全員にその意思があることを確認する。そう、神砕きについて知り得た情報を悪用するものがいないか吟味する。
 ドクターはひと呼吸おいた。
 そして……、教師たちに神砕きというまだ彼らの知り得ないことを少し教えることにした。

 神砕き。それは神憑きに敵対し、攻撃してくるのものことを指す。
 それは至極一般的で、ありふれた意味合い。だが、彼らはその意味合いに何の疑問をもっていなかった。
 彼ら[神憑き]が自身の力を[甘神]のおかげと言っているにもかかわらず、神砕きの能力が[誰]から授かっているのかということを知ろうとしなかったのだ。
「神砕き。彼らの力を授ける[黒い羽の天使]。あれは[罪神]というんです。
 だけれども黒い羽の天使という姿そのものが[罪神]というわけじゃない。罪神も元々は「甘神」なの」
 ドクターが告げた事実。それに教師たちは驚愕した。自分の力の源[甘神]自体が変えられてしまうという事実に。
 ドクターは続けた。が、少し考えて今話すべき大事なことを話し始めた。
「何故罪神になるかは……また今度話しましょう。今はだらだら話せる状況じゃないですし。
 罪神となってしまった甘神は次に宿主を犯すわ。徐々に徐々に意識を侵食していく。
 そして気づかないうちに……[神憑き]は[神砕き]へと、先ほどのこの少女の状態のようになってしまうんです」
 ドクターは稔の頭を撫でならが悲しく語る。稔は事態をつかめず顔が疑問でいっぱいのようだった。
 どうやら稔は神砕きの時の記憶はないようだ。心底無垢な少女という雰囲気である。
 そうなのだ、この無垢な少女が本当に罪神に侵食されてしまうといった具合なのだろう。
 ますます恐怖に顔がひきつり自己嫌悪にも似た感情にとらわれる教師たち。そう、彼らは神憑きのエキスパートであるが、まるで神砕きのことを知らなかったのだ。
 大量に襲われていながら……。だが、神砕きの……罪神の恐ろしさをドクターは語るのをやめなかった。
「さらに侵食は続きます。徐々に徐々に進行具合には個体差がありますが……、その神砕きの中で罪神は成長します。
 徐々に徐々に……」
 ゴクリという生唾を飲む音が聞こえる。それは一番先頭にいる熱血教師のものだった。
 冷や汗をかきながら、この周りの真っ黒な雰囲気と同様黒い話がこの場を巣食っていた。
 ドクターは人呼吸置いたあと教師に鋭い目をしながら語りかけた。
「そして、その身が成熟したあと……罪神は神砕きの肉体を乗っ取り、真の神砕きへと[覚醒]するのです。
 あの大声でセーベクと名乗った化け物のように」
 化け物。そう言うのが正しいだろう。神憑きにしろ神砕きにしろ人の姿は保ったままだった。
 だが、グラウンドで暴れているセーベクはまるで化け物。見たこともない異形の生物になってしまっていた。
 未だにグラウンドの戦いは続いている。遠目での判断だが焔はどうやら様子を伺っているようだ。
 セーベクの周りをつかず離れずの間合いで回避に専念している。
 真の神砕き。その響きに教師の顔がひきつる。なぜなら彼らはその[真の]と呼ばれる神砕きではなく成長途中の神砕きにすら勝てなかったのだ。
 その様子を見てやっとわかってくれたかとドクターはほっと胸をなでおろす。とても優しい表情もなる。
「実際見たほうが早いと思いましてね。本当を実物を……。見たほうが早いでしょう……。
 あなたたちに[アレ]と戦う戦力がありますか?勝てる力がありますか?」
 アレ。ドクターはセーベクを顎で指す。教師たちは全員下をむいた。明らかに勝てる相手ではないことは彼らもわかるだろう。
 セーベクの叩きつけた拳には大きな穴があいている。深く深く、容易にトラックが埋もれてしまうほどの深さの穴が。
 熱血教師がドクターにもう一度問いた。
「神砕きについての概要はわかった。だが、あの焔という子について聞いていない。
 彼もまた……、その[真の神砕き]というものな……いや……」
 熱血教師は首をひねった。先の話では罪神が神砕きを食って[真の神砕き]となるはず。あのセーべクを見ても、もう一つ気配があるとは思えない。
 罪神がノワールで神砕きが焔だとしたらまだ発展途上のはず。だが、戦っている様子を見る限り……覚醒した神砕きに引けを取らない。
 熱血教師の疑問顔にドクターは少し悩んだ顔をする。そして、少し考えたのちに言葉を紡いだ。
「言うなれば……真の神砕きは[ノワール]ですかね。んー、なかなか説明が難しい存在ですよ。彼らは」
 真の神砕きはノワール……。熱血教師の頭はますます混乱しているようだ。
 そう、ノワール……名前を持った神砕き。彼は真の神砕きなのだ。だが……宿主は……焔という宿主は乗っ取られずにそこにいる。
 さらにはセーベクのように宿主を完全に乗っ取ってはおらずノワールは右手に目玉として存在するだけだ。
 熱血教師は思わず座り込んで眉間を揉みほぐす。悩んでも考えがまとまらないようだ。
 静まり返り、質問もすっかり途絶えてしまう。
 だが……ふと熱血教師は単純な疑問を口にした。
「ドクター……。彼らは勝てるんですか?あんな化け物に」
 その言葉を聞いたドクターはやけに嬉しそうな顔をした。まるで待ってましたと言わんばかりに。
 自信たっぷりにこう告げる。
「そうですね……ここで勝てなかったら彼らは即神砕きとして牢屋送りです」
 そんな回答に口を大きく開け唖然とする熱血教師。だが、ドクターはこう続けた。
「ま、牢屋に入れるためにも……彼らにはここでアイツを倒してもらわなければならなんですけどね」
 そう、セーベクを倒ささなければその契約を破られた際の行動も取れないのだ。
 契約にもなっていない契約。だが、学校を守るという契約を守るため、そして自分の目的を遂行するために焔はセーベクと戦っている。
 かれこれ第2回戦が始まってから10分ちょい。未だ焔は防戦一方であった。



『つまり……こいつはさっきの強襲型の筋力強化、重力制御の力をもたらした罪神が覚醒した姿ってわけだ』
 ドクターと同じようなことを戦いながらノワールは焔に話していた。これまで何度話したかということを。
 焔は縦横無尽にピョンピョン跳ね周りセーベクの拳をよけていく。
 セーベクがたまに放ってくる重力を押し固めたようなビーム。それも着地した瞬間紙一重で交わす。防戦でもギリギリといった具合だ。
 焔は無気力にノワールの勉強会に耳を傾けているが……。
「ふーん」
 と聞いているのか聞いていないのか、ノワールの話を適当に流していた。ノワールもそんな反応にも慣れている様子だ。
 そのまま大事な話を続けた。
『つまり、だ。この……なんだっけ?このデカブツ』
「セーベク」
『そ、セーべク……っておま、俺の話は聞かねぇでなんでこいつの名前は覚えてんだよ』
 怒ったような声を出すノワール。焔は舌を少し出し小首を傾けてみた。可愛らしいがこの殺伐とした戦場には似合わない。
 そう、ここは戦場。セーベクが拳を振り下ろすたびにその拳の先は大穴が開いた。
 大きな大きな穴が。器用にそれを避け。穴と穴の間に立つ焔。まるで猫のようなバランス感覚である。
 焔はノワールに単刀直入に聞いた。
「はぁ。で、何が言いたいの?」
 ため息混じりに気だるげに言葉を発した焔。一刀両断である。
 さきほどまでの長いノワールの話を縦一直線で割るように冷たい目でノワールに問いかけた。
 自分の話が長いことに自覚があるのか、ノワールも大事なことを短くまとめた。
『えーと、言いたいことは二つ。一つ目は濃度が最近戦った中級よりも高ぇ。って最後に戦ったのいつだっけ?』
「確か半年前」
 中級。覚醒したあとの神砕きのランクだ。先ほどからノワールたちが話すところを見るとセーベクのランクは中級。
 簡単に覚醒した真の神砕きには三段階あり、下級・中級・上級とある。だが、ただのピラミッドのような分布ではなく中級から上級は異様に狭まったピラミッドだ。
 しかし、焔がその最後に戦った話を聞くに中級でも珍しいらしい。そして……濃度。
 半年前と聞いてノワールも思い出したらしい。少しその時の戦いを思い出しているのか感慨深げな目になる。そのんな目の形のまま話を続けた。
『そうだったな。けどもわかるだろう?』
「ああ、このセーベクっての……実体がある」
 実体、姿かたちだ。罪神が覚醒したとしても姿形を持った真の神砕きとなることは珍しい。
 たとえ覚醒しても自分の力を凝縮できず霧散し、無形になることが多い。
 たとえばセーべくの場合ならば重力制御の性質があるためここ一体の重力が増すだけといった具合に。今まで出会ったほとんどの中級がそんな存在であった。
 だが、セーベクは巨大な実体を持ち、その能力を地震に凝縮させている。グラウンド一帯を包んでいる強烈な禍々しい気は、セーベクのその凝縮された姿が発しているものである。
 これほどまで濃く覚醒した神砕きを見たのは焔たちでも久しぶりだった。
 セーベクの攻撃を右に左に避けながら焔は考える。攻撃手段を探っていた。
「ノワール……[噛み砕ける]?」
『いや、無理だ。それが二つ目。こうなると濃すぎて敵自身を[噛み砕]かなけりゃ無理だな』
 そう、ノワールは神砕きだ。能力を発現するには噛み砕かなければいけない。
 未だに何を噛み砕かなければいけないのか見せていないが……今は敵を噛み砕けば能力の発現は無理のようだ。
 焔はため息をつきながらブツブツと考えていた。
 敵を見ているようで見ていない半開きの不気味な目がそこにあった。
「覚醒したからには制限時間はない……か。ならば消耗戦はこちらが負ける……。
 ならば仕掛ける……?いや、攻撃手段があるにはあるが……ん?」
 ふと焔は自分の足元を見て……見事な不気味な顔になった。
「にーっひっひっひっひ♪」
『オーライ。また制服が血まみれなるな……』
 その顔と不気味な笑い声を聞いてノワールも了解したらしい。渋々といった様子で目で表情を作った。
「お~い。セーベクさん。おれそろそろ疲れちゃったんだけど~」
 なんともわざとらしい声で焔はセーベクに向かって叫んだ。真正面でニヤリとした顔で語りかける。
 セーベクは笑いながら……その獣のような目で焔に返す。
「ガッハッハッハッハ。ならば……そろそろ食われろや!!」
 そう言うと大きく拳を大きく正面に向かって繰り出すセーベク。とたんに焔のいた位置が大穴へと変わる。
 へこむ……いや圧縮され拳型にへこんだその大穴。おそらくその場所に立ってただけでその穴の一部になってしまうことだろう。
 セーベクにとっては今の一撃は手応えがあった様子。高笑いを浮かべていた。
 ……だがそこに焔の残骸はなかった。真正面に飛びかかった焔はセーベクの足元にいる。
「お~にさんこ~ちら」
「フザケンじゃねぇ!」
 ふざけた口調でセーベクの足元で手を振っている焔。その顔はなんとも小憎たらしい人を挑発している顔だ。
 セーベクは足元の焔を踏みつぶそうと足を振り上げ……一気に下ろす。
 地面に足型のようにへこむ。拳同様の力が働いているようだ。
 今度こそとゆっくりと足を上げるセーベク。だが、焔の残骸はなかった。
 焔はというと、反対側の足元に移動していた。手を叩きながらセーベクを茶化す。
「て~のなるほ~へ」
「てめぇ!」
 手を足を使い焔を追うセーベク。だが、その巨体では象が猫を相手するようなものでなかなか捕まらない。
 ちょこまかと逃げ回る焔。その姿はまるで大人の足元で遊ぶ子供のようだった。実に楽しそうに人を茶化している。
‐ドスンッドスンッ‐
 地響きが鳴るグラウンド。それもそうだ、セーベクが加減なく地面を鳴らしているのだ。
 その響きは教師たちのいる遠くにも聞こえていた。校舎にヒビが入りそうな勢いである。
「この……待ちやがれ……!」
「お~にさ~ん、こっちだよ~」
 グルグルと八の字に、時にはうさぎのようにピョンピョンと足元を逃げる焔。その度に足や拳で潰そうとするセーベク。
‐グラリ……‐
 と……ふと二人のいる地面がぐらりと揺らいだ。
 地震か……とセーベクも思ったのだろう。足に力を込め踏ん張っている。だが……それは地震ではなかった。
 だが、その場にいた焔はセーベクに分からない位置でニヤリと微笑んだ。口が三日月に曲がっている。
 突然、セーベクに向かい合う焔。チワワのようにプルプルと震えながら拳を構えている。
「このやろー」
 あまり感情のこもってない言い方で焔がセーベクに飛びかかる。あまりにも迫力のない拳。
 その姿に思わずセーベクも笑ってしまう。
「がっはっはっは!馬鹿めが!」
 おそらくセーベクも気づいただろう……、そのわざとらしさに。だが、たとえわざとらしくてもここは攻撃に打っていただろう。
 それほどまでに焔は無防備に攻撃に打って出ていた。弱々しく助走をつける焔。
 ついに決着がつくと、セーベクは思いっきり拳を突き出しだ。
‐ドゴン!‐
 砂埃の舞い上がるグラウンド。周囲の観衆はその拳にハエのように潰れた焔がいることだろうと思った。
 だが……そこには誰もいなかった。いや、セーベクのいたはずの後方に焔は立っていた。
 そして……セーベクはというと。
「ク……ガハッ」
 のびていた……。自身の立っていた位置にできた深い大穴の下でのびていたのだ。
 焔は微笑を浮かべていた。こんな簡単な仕掛けに引っかかってくれるとは思っていなかったのだろう。
 焔が最初跳ね回りながらよけていたためにセーベクの周りは大穴だらけだった。
 結果、セーベク自身の足元だけが土が積み上がって状態だ。足元で大暴れしているうちに無理が来て……大きな穴があくという寸法だ。
 だがこの焔という男。まったくもって抜かりがない。敵の行動を察し、最後の仕上げに取り掛かる。
「あー、セーベクさん。待ち構えてんの悪いんだけどさ~」
 焔は腰から何かを取り出した。それは茶色い筒状のもの。そこから細い糸が一本伸びていた。
 そう、セーベクは待ち構えていた。落とし穴に落ちたあと、追い打ちに来るであろう焔を。伸びた[ふり]をして。
 焔はその糸に火をつける。
‐ジジジジジジジジジジジジジジ‐
 火花をあげながら筒に近づいていく火種。
「トンネル工事に大活躍♪これな~んだ」
 そう……、誰もが一度は聞いたことのある代物を焔は常備していた。腰に身に付け、いつでも神砕きを滅せる戦力になるように。
 ノワールもやれやれといった表情で焔を見上げている。その表情からこの手段が割と上等手段で使われていることがわかる。
 焔が火をつけた筒……。それはいわゆる[ダイナマイト]と呼ばれる爆弾である。
 落とし穴にヒョイと投げる焔。
「ま、待てぇぇぇぇぇえええ!」
「あ、もう遅い♪」
 ダイナマイトが大穴のそこに落ちた瞬間。

‐ドゴォォォォォォオオオオオオンッッッッッッッ‐

 爆発。肉塊が周囲に散らばる……。ベチャベチャと……。四方八方に散らばる肉塊。遠く教師たちの居る場所にも落ちてきた様子だ。
 教師たちは悲鳴を上げている。ドクターだけは呆れた声で乾いた笑いを焔に向けていた。
 その肉塊からは禍々しい気が溢れている。見た目の生なましさも相まってかなりグロテスクである。
 起爆のタイミングの良さから焔はこの爆薬を使い慣れている様子だ。なんとも嬉しそうな焔である。
 ノワールもやれやれと言った様子で目をあらぬ方向に抜けている。

 さてと、と焔はセーベクが[あった]場所に目を凝らす。中心にノワールが[噛み砕くべき]ものがあることを確認して。
 だが……そこに目を絞った時だった。
 大穴から何かが飛び出す。
 焔も一気に教師のいる方向に走った。同時にノワールが叫ぶ。
『ドクター!逃げろ!!』
 だが、もう遅かった。大穴から一気に飛び上がった[モノ]は教師たちが居た場所に降ってきた。
 そう、それはもう化け物と形容するには足りない物体だった。
 左腕はもげ、他の表面部分も筋肉組織が見えてしまっている。まるで巨大な人体模型である。
 その姿はセーベクであった。どうやら自身の体に反重力をかけ飛び跳ねてきたのだろう。
 セーベクは唸り声をあげなから教師たちに迫る……。ドクターを守る近くにいた熱血教師……。
 いや、きっとこの熱血教師は分かっていたのだろう。この化け物が何を狙っているのか。
「させねぇ……。守るとわかった以上、この子供たちをまた渡すわけにはいかねぇ!」
 強い意志で必死に腕を広げドクターの盾になる熱血教師。ドクターは逃げるように促したが逃げることをしなかった。
 熱血教師が能力を発現しようと腕に噛み付こうとした時だった。
「ドク……ぐえっ……」
 その強い意志も虚しく……簡単に押しつぶされてしまった。まるでカエルのような鳴き声で潰されてしまった。
 セーベクはドクターに執拗に的を絞る。否、やはりドクターが庇っている背後の二人、焔とノワールが助けた稔ともう一人の少年だ。
「カ……エセ……。マタ……戦力……ニ……」
 片言に言葉を紡ぐセーベク。ここまでの姿になってしまったのだから撤退はやむを得ないだろう。
 だが、撤退するならばせめて、元に戻された神憑きの二人を持ち帰ろうという考えか。おそらく野生の必死の思考だろう。
 その神砕きへと変貌させようという執念がいまのセーベクを瀕死のセーべクを動かしていた。
 焔は走っていた。その顔には焦りの表情がある。今まで見せてきた余裕の顔とは全く違う。焔もノワールの力の源を知っている身だ。
「っち!バカノワ!奴の能力噛み砕けねぇのか!」
『さっきも言ったように凝縮されてて噛み砕けねぇ!走れ!アホムラ!』
 そう、ノワールの能力の発現には[他者の罪神の噛み砕く]という特殊な条件が必要だ。
 他の神砕き、その体の一部でも噛み砕ければ能力を発現できる。さらに付け加えればノワールの場合は他の神砕きから溢れる気配でもいい。
 最初の戦いで瞬時にジャミング型の正面を取れたのは、軽武装型のステルス能力、その気配をあの場で噛み砕いたから。
 ある一定の空間、ある一定の濃度であればノワールに噛み砕けないものはない。だが……。
 そう、セーベクは自分の体内にその能力を凝縮しているため噛み砕くことができないのだ。
 ノワールはその周辺に散らばっている肉片を拾って噛み砕いてみる。だが全くと言っていいほど手応えがない。
 やはり本体を噛み砕かない限り能力を奪うことは出来ないようだ。
 今の焔はただの人間と同等。だが……このままではドクターも、他の教師もあの奮闘した熱血教師の二の舞だ。
 焔は焦っていた。どうするか精一杯意識を集中している。意識を……。
‐キーン・・・・・・キーン・・・・・・……‐
 ポケットに入れた宝石の音がする。綺麗な音だ。風鈴の音のよう……。焔は決心した。
「ノワール……、おれは正直どっちでもいいんだけど」
『あ゛?なにが?』
 焔はどこか今まで以上に無気力に話す。だが、確実に足は走らせる。不安定な穴ぼこだらけの足場をくぐり抜けて。
 走りながら、焔はノワールに問いかけた。
「もう一度聞く。どうやってもお前は[全て]を守るのか?」
『ったりめぇだ!!今更なんだ!!』
 当然のこととノワールはも必死に次の策を練っていた。考えることが苦手なノワールだが必死に考えていた。
 だが……焔もノワールもどちらも同じことに思い当たったようだ。
「おれは[神砕き]を救って、この学校で[アタリ]を見つけられればいい。
 正直……この学校自体は、いやおれはまだ……」
『へっ、うだうだ言うな。らしくねぇ。いつもどおりじゃねぇか!』
 何をいまさらといった具合でノワールは笑う。笑いかけながら決意を促した。
『お前の守る物はなんだっていい。俺は何でも守るだけさ。
 [昔から]な……。いや、[お前と出会ったあの日]からな!』
 焔は、その言葉を聞くと少しはにかんだ。ポケットからジャミング型の小さな方の宝石を取り出す。直径は2cmくらいの小さな水晶のような宝石だ。
 息を切らせながら焔はつぶやく。
「15分くらいかな?これだと」
『っか。多過ぎるよ!』
 焔は微笑んだ。ニヤリとした顔ではなく、普通の少年のように。
 ノワールも高々と叫ぶ。獣のように雄々しく叫んだ。
「任せた……」
『あぁ』
 そう焔がつぶやくとノワールはその宝石を頭に見立てた右手にもち……牙を立てる。
 守るもの。焔の決意はどうやら神憑きを守るという部分では揺らいでいる。
 だが、ノワールは言った。[全て]を守ると。傲慢に自分の力を信じてそうつぶやいた。
 全てを守るため、[ノワール]が守るために……焔とノワールは二人でつぶやく。

-‐変神……‐-

 そうつぶやくとノワールは綺麗な宝石を……噛み砕いた。
 宝石は綺麗な結晶を散らばせながらその姿をあらわにしていく。
 その宝石の中は想像とはかけ離れた中身だった。禍々しく、真珠ぐらいの小さな小さな黒い玉がそこにあった。
 いや……それは玉ではなかった。
 それはまるで目のようなであった。
 ひとつの目玉にいくつもの瞳が描かれている目玉。
 それはまるで人のようであった。
 手や足、数十本生えた異形の玉のような形になった人。
、はたまた一つの惑星のようでもあった。
 美しく、だが禍々しい、吸い込まれそうな惑星。
 人の目では形容できないそれをノワールは躊躇なく飲み込んだ……。
 瞬間、焔の体は黒い風に、まるで墨で塗りたくられたかのように真っ黒くなった。その隅の塊は一瞬にして教師たちのいる場所へ飛んでいった。

「ドクター逃げ……げぇ……」
 また一人潰される。まるでアリでも潰すかの要領で簡単に人を殺めていくセーベク。
 まるでいままでは躊躇っていたかのように簡単に人を殺めていく。ドクターを守ろうと立ちふさがった人を次々と潰していく。
 ドクターも動けずにいた。すっかり怯え、縮んでしまっている稔。彼女を抱えることができないでいたからだ。
「カエセ……ソイツラ……」
 まるでゾンビだ。その手がドクターに振り下ろされる。
 ドクターも覚悟を決めたようで稔と少年を精一杯の力で後方に押し出した。
 瞬間……。
‐ドゴンッ……‐
 ハンマーで地面を叩いたような音。振り下ろされた拳、その下で綺麗な四肢が潰されたのを周りにいた誰もが想像した。
 だが……拳が降りおろされた瞬間、不思議な風が吹いた。
 それは筆で書いたような真っ黒な色だった。だが……爽やかな心地よい風だった。
 その筆のような黒が晴れるとそこには真っ黒い長身の男が立っていた。
 腰まで伸びた髪、浅黒い肌、着ている物も黒い革の上下で統一されていた。だが……なにより。
「おー、間に合ったみてぇだな!ドクター[ちゃん]よ!」
 筆で書かれたような黒い羽が、その長身に見合うほど大きな羽が広がっていた。
 だが、驚くのはそこではない。先ほどまで大穴を開け人を簡単にカエルのように虫のように潰す拳を、その男はたった左手一本で止めていたのだ。
「ダレ……ダ?オマエ……ハ」
「がっはっはっは!そりゃわからねぇか。もう一回自己紹介してやるかねぇ」
 その男はこれまた真っ黒な目をセーベクに向け、大きく口を開け答えた。
 その真っ黒な目はまるで……焔の右手を巣食っていた目にそっくりであった。
「もう一度言おう。ノワール・ルシフェリア様だよ!よーく覚えておきな!」
 そう、彼はノワール。焔の右手に巣食っていた真の神砕きと呼ばれた者。
 神砕きから得た結晶の宝石。それを噛み砕き、異様な結晶を飲み込んだ時にみ取れる姿。
 彼の真の姿こそ、この真っ黒な天使……いや悪魔の姿なのである。
『どーでもいいけど時間ないんだよ~。
 この姿嫌なんだから早く片付けてねー』
 どこからともなく、焔の声が聞こえた。焔の声は……ノワールの[左手]から聞こえていた。
 そこにはひとつの目、焔のようなやる気のない、だが濁った赤い目がそこにあった。
「わーったわーった。15分だっけ?だーけーど、カップ麺程度に片付けるかね」
 そんな軽口に怒るのはセーべク。その怒りをぶつけようと受け止められた右手を引き、殴りつけようとするが……右手が抜けない。
 ノワールはセーベクに語りかける。
「なんでてめぇが中級かって言ったの、わかるかー?
 それはな、てめぇが[羽ぇ開ききってない]からだぁ」
 羽。確かにノワールとセーベクでは大きな違いが一つある。それは羽だ。
 体の大きさは違えど、羽という大きな外見的特徴はまったく違う。セーベクは続けて左足で潰そうとする。だが今度はその左足を右手、それも指一本で止められた。
「名前ねー。散々名前バカにしてくれたけど名前は対した違いじゃねぇんだよ。
 ま、ファミリーネームがありゃ羽なしでもやばいんだがな。それは置いといて……」
 ノワールはため息を一つつきセーべクを睨み一言。
「お前、やっぱ弱いわ」
 瞬間セーベクはよろめいた。右手を押し返されたのだ。5mもの巨体がドシンと音を立てて尻餅をつく。
 次にセーベクは腹部に衝撃を覚える。だが……それは衝撃にとどまらなかった。状況を確認するために目線を下に落としたが……。
 見た瞬間、腹部が無かった。
 腹部に丸く穴が開いていた。それを確認するやいなや、血のような墨のような真っ黒い液体を吐き出すセーベク。
 だが、次の瞬間には右腕に違和感を感じた。感じた瞬間……。
 腕はもうすでに無かった。
「がっはっは、何がなんだかわからないって顔だな~」
 ヘラヘラした口調でノワールは語り始める。
 セーベクからもいだ巨大な腕を肩に背負い空中にいた。どうやら羽はただの飾りではないようだ。羽ばたきながら滞空している。
「なんの能力かって考えてるんだろ?答え、教えてやるよ」
 背負った腕を振りかぶるノワール。セーベクに向かって投げつけ……大声で宣言した。
「ただ、俺が強ぇだけだ」
『答えなってないし』
 そう、ただ先ほどからノワールはなんの能力も使ってはいない。
 素早く動き、物理的に腹部をえぐり、右腕を文字通りもぎ取った。
 二人の教師の命を奪った右腕はセーベクの胸に突き刺さっていた。吹き上がる血、滴り落ちる血。
 もう絶命してもいいダメージだがどうやら覚醒したあとの神砕きの生命力は半端ではないようだ。
 まだ立ち向かってくるセーベク。
「セメテ……セメテ、ブッ殺……ス!」
 場の重力が増す。どうやらヤケになったセーベクが辺りの重力を増したようだ。
 だが……それが教師や学校にたどり着くまでには至らなかった。そう……ノワールがすぐさま決着をつけに行ったのだ。
「悪ぃがもうこれ以上被害は出せねぇんだわ。俺の[取り分]が減る」
 増した重力の中を平気な顔をして歩くノワール。口を関節が外れそうなだけ大きく開ける……。いや関節等あるのだろうか。
 それは人の口ではなかった。まるで口が裂けたように、犬や猫の獣のような口を大きく開け……セーベクの腿に向けた。そして……。
‐ゴキリッ‐
 腿を噛み砕いた。悲鳴を上げるセーベク。そこで重力の範囲の拡大は収まった。だが、範囲内にいるノワールだけでもとセーベクは重力を強める。
 少し苦しそうな素振りをするノワールだが……。
「なぁんてな。ごちそうさまでした」
 先ほどの腿の礼だろうか。礼儀正しく味わった感謝の意をセーベクに伝える。と、軽く跳躍……。ノワールがセーベクの頭まで到着した瞬間決着は付いた。

‐黒ノ重蹴‐

 ノワールは素早く回し蹴りをセーベクに繰り出した。
 頭が潰れ首が一回転するセーベク。重力を足一点に集中させた蹴りだ。頭が粉々に割れただろう。
 さらに身体強化の能力も合わさったはずだ。重蹴、その名の通り重力をそして筋力を乗せた重い蹴りの威力がセーベクの頭を蹂躙した。
 さすがのセーベクも頭を潰されたら行動不能になるようだ。一気に後ろに倒れ込む。
 それを確認したノワールはすかさずセーベクの首元に歩み寄る。
「いただきます」
 そう言うとノワールはセーベクの首元を噛み砕いた。
‐ゴキリ‐
 鈍い音が鳴る。瞬間、辺に散らばったセーべクの肉塊が集まってくる。ノワールの口元に……。
‐ズルズル……ズルズル……‐
 引きずられ、一つにまとまる肉塊。それは元のセーベクの形になり……それは一気に霧散した。
 また禍々しい雰囲気があたりを包む……。そしてそれは一つの宝石に、サッカーボール大の大きな宝石になった。
 綺麗な宝石だ。中心にはノワールが変神した時に飲み込んだ黒い謎の物体。それを大切に包み込むように綺麗な水晶体が包んでいた。
 ノワールの足元には……セーベクの元になった神砕き、否、神憑きの少年がいた。ただのまっさらな産まれたままの少年が。
 すやうしゃと寝息を立てて寝ている。安らかな寝顔だ。
「一件落着……とは……いかねぇよな」
『この惨状じゃあね~』
 自体は一件落着したように……見えた。そう、事件が解決したというのにノワールの表情は浮かないままでいた。
 犠牲が出てしまったのだ。二人の教師の犠牲が……。
「ねぇ……ノワール……さん?」
 恐る恐る声をかけてきたのは一人の女教師。
 潰された教師二人を目を伏せながら指さし言った。
「ねぇ!二人を蘇らせられないの!あの二人来月……来月……」
 禍々しい気が取り払われた青空が二人を照らしていた。
 二人の薬指には砂埃で汚れてしまってはいるが銀色の綺麗な指輪が光っている。そうか、とノワールは納得する。
「俺は攻撃しか能のねぇ神砕きさ」
 その言葉を聞くと泣き出す女教師。その周りの教師たちも泣いている。一部には何故かノワールを睨む教師もいる。
 まったく、人というのは単純なものだ。
 すぐに責任をどこかに押し付けることができる。
 だが、ノワールはそんな視線すらヘラヘラと流し、ドクターに問いかけた。
「ドクター。もしかしなくても、サソリ女呼んでるんだろ?」
 サソリ女。その言葉にドクターはハッとした。そう、この緊急事態ですっかり忘れていたのだ。
「そうよ!彼女も呼んだはず!君らの後ろの席に、監視しやすいように!」
 慌てすぎて本音も建前もなくなってしまっているドクター。思わず口を隠す。
 ゲラゲラと下品に笑うノワール。焔も鼻で笑ったかののうな声でせせら笑う。ドクターの顔は真っ赤だ。
 そんな三人の場違いなやりとりに不信感を露わにする教師たち。それはそうだろう。この犠牲者の出た惨状でどうして笑っていられるのか不思議でならなかったのだ。
「しっかし、後ろの席ってか。来てなかったよなー。まったく、あの色情魔。どこほっつき歩いて」

「あらぁ?もしかして私が来る前にパーティあったの~?」

 猫のような可愛い声が真上から聞こえた。間延びした、色っぽい女性の声だ。
 そこにはこの学校の真っ白い制服を着た[黒い羽を生やした]女性が居た。
「サソリ女に色情魔ね~。今夜の代償は[何発]にしようか・し・ら♪」
 その言葉にたじろぐノワール。一緒になぜか頬のように左右を赤くする左手の焔。
 彼女はすでにその中身が丸見えのスカートをヒラヒラと揺らしながらゆっくりと降りてきた……。
「あらぁ、いい男と女が寝ちゃってるじゃない……。ふふ♪」
 彼女は色っぽく、だがその黒い羽と同等の黒い笑みを浮かべこう言った。
 その[二人のぐちゃぐちゃになった死体を見つめて……。]
「おいしそう♪」
 彼女はそう言うと既に事切れている二人の方向に降り立った……。

「かみつきっ!」「第三話:ノワール様が守るもの!!!」

「かみつきっ!」「第三話:ノワール様が守るもの!!!」

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-06-23

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