ウィスパー寄稿文店主の憂鬱 Ⅲ

プロローグ


「あれ…?ネイマールはどこ行ったの……」

 机に突っ伏していたエマが重そうに顔をもたげて言った。

「とっくの昔に会社に行きましたよ……」

 床にうつ伏せに倒れていたヴェラが仰向けに寝相をかえながら唸るように言う。

「あぁ、もうそんな時間なの。レイチェルは……レイチェル?いないの……レイチェル?」

 手さぐりで眼鏡を見つけ、部屋を見てみると、床の上で寝苦しそうに表情を歪めるヴェラの隣。
レイチェルはソファの上で絶賛、爆睡中だった。

世間では華の金曜日の朝を迎え、動き出す街中は週末の休日へ向けて活気に満ちている。
そんな週末の朝。
同じ週末の朝だと言うのに、ウィスパー寄稿文店では地獄のような朝を迎えていた。
締め切りに間に合わせるために、夜通し原稿を仕上げていたことは言うまでもない。

「あれ……私って、何しにここに来たんでしたっけ……」

 背中の痛さに上体を起こしたヴェラは窓から差し込む陽光に「目が焼かれるー」とか言いながら、ふと原点に立ち返ってみたりしていた。

「そりゃ、原稿を手伝いに来てくれたんでしょー。いやー本当に助かったぁ。まさか、レイチェルがメモ紙破くとか思ってなくって、妄想力豊かなヴェラが来てくれて本当に助かりましたぁ~」

「いえ、そこは妄想ではなくて、創造力でしょう。喧嘩を売るなら買いますよ。あっ私、思い出しました。原稿手伝いに来たんじゃなくて、ネタを分けてもらおうと思って来たんですよ。何やってんだろ私……うがぁ……」

 ヴェラは首をコキコキ鳴らしてから、のっそりと寝息を立てているレイチェルの隣に潜り込んだ。  

「あ~開店準備しないと~その前に~シャワー浴びたい~朝ごはんもぉ~お母さん作ってくれないかなぁむにゃむにゃ……ZZzz」


ウィスパー寄稿文店の開店は遠い。

投書 Ⅲ ファイルタイトル 『そして誰かがいた』 PN:Red Herring


「もうっ!この子はなんなんですかっ!さっきから、器用に寝ながら私をソファから落としてっ!しかも、微睡みかけたタイミングで何度もっ!何度もっ!」

 いい加減、覚醒をしてしまったヴェラが幸せそうなレイチェルの寝顔に向けて激高している。

「はっ、開店!」

 エマはそんなヴェラの怒鳴り声でようやく目を覚まし、進めていた開店作業が夢の中での出来事である事実を知って戦慄した。
 咄嗟に置時計を見る……今朝、ぜんまいを巻いていない時計は朝の7時58分で止まってしまっていた。
 ますます焦ったエマは、急いで店のドアを開けた。

すると、

 リンゴーンッ リンゴーンッ


 教会の鐘が遠くで鳴っている音が聞こえて来た。

「正午の鐘です。いやはや、時間的には結構しっかり寝てるはずでも、全然睡眠をとった気分でないのはどういうことでしょうか?」

 大きく伸びをしながら、唖然とするエマの背中にヴェラが呑気に言った。

「完全に寝過ごしたぁぁぁ‼」 

「おわぁ、何するんですかっ!いきなり体当たりなんてっ、不意打ちなんて卑怯だっ!」
 
振り向きざまに立っていた居たヴェラをお構いなしに薙ぎ払って、エマは、受話器を取って電話を掛けた。
 その場でジタバタとしていたヴェラだったが、エマに完全無視を決め込まれ、ジタバタするのをやめた。
静かにその場に立ち上がると、スカートを何度か払い、とりあえずエマの方を見る。
「ネイマールあのねっ……」と言うフレーズが聞こえたので、どうやら本社の受付に電話しているらしい。

「むぅ」

 ところで、いつまでこの子は、ふっかふかなソファで幸せそうに眠りこけているつもりだろうか。
 確か、『ヴェラ、ここで一緒に寝ようっ!』と言ってきたのはこの子だったはず……なのに……気が付いたら、顔の前に床があって、その後、何度ソファに登っても落とされて……おかげで、全身が軋むように痛い。

「むぅ……」

 ヴェラはイラッとした。だから、近くにあったペンを手に取ると、その手をレイチェルの顔へ走らせた。

「ふぅ。良かったぁ」

 ペンを元に戻したとほぼ同時に、エマが安堵のため息を吐き。「首皮一枚繋がってたー」とそんな物騒なことを呟いた。

「とりあえず、生きてて良かったですね」

「えぇ、なんとか今回も生き抜けたわ」

 えっ、この人、こんな都会に居てそんなサバイバルな日常をす過ごしているの?とヴェラは軽く引いた。

「原稿、間に合ったんですね」

「うん。完成した原稿をまとめた所で私は寝落ちしちゃったんだけど、ネイマールが寄稿用の封筒に入れて、今朝、キャシーに渡してくれたんだって」


「わぁ、気が利きますね。女子の鏡です」

「本当にね。私、今日ほどネイマールをお嫁さんに欲しいと思ったことはないわ」

 多分、エマなりのネイマールへの賛辞なのだろうけれど……言えない…言えない……涎の後が残ってる顔でそんなこと言われても……海図みたいな涎の跡のある顔で言われても、ふざけているようにしか聞こえないとは……

「ありがとね、ヴェラ。あなたのおかげで入稿に間に合わせることができたわ。昨日、来たときはまた邪魔しに来たのかと思ったのよ、靴なんて投げてごめんね」

 だから、海図みたいな涎の跡が残ってる顔で言われても……あ、そう言えば、靴を投げられたっけ。

「それにしても、レイチェルはいつまで寝てるつもりなの⁉しかも、1人でソファ占領して!」

 げっ。想像以上に早く悪戯が露見してしまう。ヴェラはエマとすれ違い、そのままこそっと、掃除用具入れの中に隠れた。

 少しの間があって……

「あははっ、レイチェルなにそれぇ。瞼に眼なんてあったかしらんっ、いつから猫髭生えたの?額の『肉』って何よ。ちょっとお腹痛いんだけど……くくくっ」

 エマの捧腹絶倒が聞こえた。

「エマ、何を1人で笑ってるのさぁ~うるさいなぁもう」

 レイチェルが起きたようである。

「あははっ、ちょっと…くくくっ…待って、はい、鏡」

「うおぉーっ!いつの間にか私ってば、目が4つになってる‼猫髭まであるしっ!でも、このおでこの『肉』ってなに?」

「知らないわよ。私が書いたわけじゃないもの」

「ネイマールが書くわけないからぁ……ヴェラかっ!」

 そうなりますよねー。

 どうして、店から出て行かず、隠れてしまったのだろうと、ヴェラは後悔した。

「うへぇ、これ油性だぁ。こすっても落ちないよー」

 あ、油性だったのか。ヴェラは少し申し訳ない気持ちになった。 

「笑ってるけどさ、エマだって、海図みたいな涎の跡、堂々と残してさっ、私の事言えないと思うんだけどっ!」

「えっ、嘘っ⁉」

 慌てて、エマは手鏡で確認する。

「いやぁーーーーっ!」

 乙女の一大事。エマは、手鏡を放り投げて洗面所へ駆けて行ってしまった。

「エマは危ないなぁ」

 手鏡を空中でキャッチしてそう言いながら、再び自分の顔を見る。

「うーん。ヴェラもセンスないなぁ。どうせなら、おでこに眼書いてくれれば良いのに。猫髭って4本なのになぁ。3本しか書いてないし。ヴェラももしかしてアホな子なのかな。うん。アホな子だねっ!」

 レイチェルはそんなことを言いながらケタケタと笑っている。
 ヴェラは言いたい。
咄嗟に思いついた落書きになんて、そんな根拠も正確性もあるはずがないし、そもそも悪戯にそのクオリティを求めるのは反則であると。
そして、我慢できなくなった。

「どうして私がアホな子なのか、説明してもらおうじゃないかっ‼」

 ヴェラは威勢よく掃除用具入れから箒や雑巾やと一緒に飛び出すと、両腕を大きく広げて高らかとそう言った。

「あっ、ヴェラ見っけっ!」

 さらにケタケタ笑いながら言うレイチェル。

 これにはヴェラも「へっ?」と首を傾げざる得なかった。

「ヴィェラあ~っ‼なんで、涎の跡のこと教えてくれなかったのよっ!海図みたいな涎の跡がついたまま外に出ちゃったじゃないっ!」

「いや、それは、悪気はなくってですね……言いづらかったと言いますか……どうして、フライパンなんて持ってるんですか?それは振りかざすものではないですよっ‼」

 それは本当である。エマに対して悪意はなかった。

 がっ、

「ヴェラって酷いよっ!私の顔に悪戯書きして、プップ~って笑って、エマの顔を見て、陰でプップ~クスクスッって笑ってたんだよ‼」

 悪意が捏造された。

「えぇえっ⁉なに、捏造してくれてるんですかっ!」

「捏造じゃないもん!私、しっかり見てたもんねっ‼」

「嘘つきっ!この子はどさくさに紛れてなんて嘘つくんですかっ‼ついさっきまで、爆睡ぶっこいてたでしょう!」

「許せない…許さない……折角、感謝したのに、ありがとう、って言ったのに!」

「どわぁ、だから、フライパンは振り回すものじゃありませんよっ!じゃなくて!悪気はなかったなんですってばっ!ちょっ!レイチェル、足に纏わりつかないでください。このままだと私が逃げられません!私の顔がスクランブルエッグになります!なってしまいます‼」

「今だよエマっ!」

「レイチェルでかしたわっ!」

 あー詰んだ。

 ヴェラは、迫りくる恐怖に戦慄しながら、短くそう思ったのだった。

エマと太腿


「それにして、もろくなのがないですね」

「まあ。ここに入ってるのは全部、没投書ばかりだからね」

「あぁ。そうでしたね。忘れてました」

「これなんてどう?『ロマン島での出来事』って言うんだけど」

 エマは投書ファイル入れから、小説のネタになりそうなファイルを選んで、ファイルの中味に目を通しているヴェラの前に並べていた。

「ほうっ!面白そうなタイトルですね。ふむ…ふむ………むっ!」

 手にしていてファイルを置いて、新しいファイルをパラパラと捲るヴェラ。
 序章の部分が終わったところで、ヴェラの表情が見る見る間に曇って行く。

「何ですかこれは⁉『名もない無人島に流れ着いた俺は、目を覚ますと、そこには……裸のお姉ちゃんたちが俺を介抱してくれていた。しかも全員がバインバインだった』これはアホな男の妄想話じゃないですかっ‼」

 ヴェラはそう言いながら、ファイルを床に投げつけた。

「もうっ!ヴェラったら、そんなに大きな声で言わないでよっ、その……卑猥な表現を……」

 なぜか、エマが顔を真っ赤にしている。

「えっ?卑猥な表現ってどの部分かにゃ?ほら行ってみエマ、ほれほれ」

 しめしめと喜色満面なレイチェルがすかさず、エマに言った。

「へっ!そそそそれは……」

 エマは手に持っているファイルで顔を隠してしまった。

「『バインバイン』ですか?これって卑猥ですかね?」

「あぁ、なんで言っちゃうかなぁ。恥ずかしがり屋さんのエマって可愛いのにぃ~」

 えっなにそれ、見たい。ヴェラは切実に思ったが決して口には出さなかった。

「レイチェルの意地悪っ!大体、この投書持って帰って来たのレイチェルでしょ‼」
 
 ほらね。

 手近にあったランプを振りかざしたエマを見ながら、ヴェラはついさっき学んだことを復習する意味で、深々と頷いた。

 口は災いの元。

 例えそれが、捏造された悪意に基づく冤罪であってもである。

「はい。そうでしたごめんなさい。元船乗りのおじさんが、良いネタがあるって言うから。しかも報酬が『太腿を触る』だけで良いって言うから……」

 変わり身の早さっ‼

 しかも、さりげなく、エマが喰いつきそうな話題まで織り込んで、話題まで逸らすとは……

 できる。

 さすが、エマと一緒に仕事をしているだけある。ヴェラはレイチェルのエマの扱い方の上手さに驚いた。

「えっ、それ初耳なんだけどっ!まっまさか、レイチェルってば、その…太腿を……太腿をっ‼」

 エマは声を裏返しながら、『太腿』を連呼したあと、真っ赤な顔をさらに真っ赤にして、ついに、その場に座り込んでしまった。

 漫画だったら両耳から煙がでるやつだ。ヴェラはエマの様を見てそんな事を考えながら「エマはこの手の話になると、想像力豊かだからねっ!」っと呑気に親指を立てているレイチェルに、

「っで、本当に触らせたんですか?」と聞いた。

 正直、レイチェルなら「うん。別に減るもんじゃないし~」とか平気で言いそうである。

が、

「通報したっ!聞き終わった後にねっ」と言ったので、ヴェラは少し安心した。

「当分、エマさんは使い物になりませんね」

 膝を抱えて座り込んだエマは、カチカチ歯を鳴らしながら「太腿…太腿…太腿」と『太腿』を連呼している。
 『太腿』にトラウマでもあるのだろうか?ヴェラは首を傾げながら、ファイル入れを覗き込むと面白そうなファイルタイトルを物色したのであった。

ふざけたペンネーム主


「ふむ。これはなかなか面白いですね」

「どれ?」

 冷蔵庫にあったもので作ったサンドウイッチを食べながら、復活したエマが聞いた。

「これです」

 ヴェラがエマに見せたファイルタイトルには、


『そして誰もいなくなった』PN:燻製にしん 初投書☆。 そう書かれてあった。


「あぁ、これね。最初の本物の投書だから覚えているわ。でもそれ、薄気味悪いし、娯楽欄向けじゃないから没にしたんだけど……」

『そして誰もいなくなった』そう書かれた封筒に入って、ウィスパー寄稿文店の店先に設置してある投書箱に入っていた。
 初の投書であるにも関わらず、蜘蛛の巣に塗れていたので、エマは『燻製にしんさん』にとても申し訳ない気持ちになった。

「クローズド・サークルをテーマにしたもののようですが、7名も人命が奪われてしまうと言うのは、穏やかではありませんね」

「そうでしょう?殺され方とか詳しく書いてあったから、ひょっとしたら犯罪の告白投書なんじゃないかと思って、本社に問い合わせてみたんだけど……」

 自分で自分の罪を告白するようなそんなアホな犯人が居るはずがない。ヴェラはそう思ったが、

「まさか……」

 言葉に詰まったエマの様子を見ると、少し不安になった。

「……アイルランドの近くにある無人島で7人が殺害された事件が実際にあったのよ……でもっ、でも、それは30年も前の事件だからねっ!」

 慌てて取り繕うエマ。

「そっ、そうですっ!きっと、その事件を元ネタにした二次創作ですよ。それにしても、実際に起きた凄惨な事件を元ネタにするなんてどんな神経をしてるんでしょうか」

「そう思うよね!私もそう思ったもん。当時は何度も読み返して、警察に届けようかって真剣に考えたもの」

 投書には、とある無人島の洋館に招待された職業も面識もない7人が次々と殺害されて様が描かれていた。
 
1人目は食事に混ぜられた毒によって絶命。
2人目は薪を拾いに出かけ、頭を斧で割られた状態で発見。
3人目は脱出しようと、乗ったボートが沖で転覆。
4人目は森へ逃げ、狼に食い殺される。
5人目はベッドに潜り込んだ猛毒蜘蛛によって死亡。
6人目は燃料コンロが爆発し焼死。
そして、7人目は孤独に耐えられず、自ら命を絶った。

 登場人物には全て、名前がなく、無人島の名前も書かれていなかった。
一見すると、細かい設定が未決定のあらすじのようであった。

「稚拙で簡素な文章ですけど、要所、要所で随分、描写がリアルですね」

「そうそう、特に殺人の所とか、台詞とか。だから余計に薄気味悪いって思ったのよね」

「うーん。これをフィクションと仮定すると、ミステリー小説のネタには十分過ぎます。えぇ、とても良いインスピレーションをもらいましたっ!」

「えぇっ、ミステリー処女作で7人も殺すの⁉初回限定だからって暴れ過ぎじゃない?最初は、1人くらいにしといた方が……」

「何をとち狂ったことを言ってるんですか。私が目指すのは日常系ミステリーですから、誰も死にませんよ。精々、殺人未遂を犯した犯人が主人公達に寄ってたかって追いかけ回された挙句に、断崖絶壁に追いつめられるくらいです」

「なんだぁ」

 エマは、ほっと、胸をなでおろした。

「したがって、このファイルはもういりません」

 ヴェラは、手についたケチャップを床に擦ぐりつけると、ファイルをソファの上に放り出した。

「ちょっとっ!いくら没ファイルだからって、乱暴に扱わないでよねっ!」

 慌てて、エマがソファに置いてあった、鞄の中にファイルをしまい込んだ。

「鞄にしまってどうするんですか?」

「いえね、やっぱし怪しいから、もう一度調べてみようと思って……」

「そう言えばレイチェルさん遅いですね」

「レイチェルってば、つまらなくなったから逃げたのよ」

お茶菓子を買いに昼前に出て行ったレイチェルは昼を過ぎても帰ってくる気配がない。

「こういうのってミステリーの世界ではアンフェアなんだそうです」

「こういうのって?」

「作者の都合よく、登場人物が減ったり現れたりすることですよ。全然、喋ってないことに気がついた作者が『やっべぇーっ。出掛けたことにしちえっ』とか『うん。ずっと隠れてたことにしよう』とか。プロット切らないで書くと、後から複線思いついて、無理やり埋め込むと、ストーリー構成が破城するんです。それを回避するために、理不尽な登場人物の退場やポッと出のキャラが必要になってくるんですよ」

「へぇ……そうなんだ」

「ふっ、でも結局、ストーリーが薄っぺらくなるんですよねー。目の肥えたユーザーに叩かれるんですよねーそれはもうやり玉にあげられてー。プロットって大事だって激しく後悔するんですよー」

 ヴェラはどこか遠いところを見ながら、そんなことを呟いていた。

「ちょっと、なに言ってるかわからないんだけど……そうだっ!さっき言ってた、クローズド・サークル?ってなに?」

 日ごろフィクションを書かないエマには、プロットや複線、云々の話はよくわからなかったが、小説家も大変なんだなぁと、同じ文屋としての同情だけはした。

「クローズド・サークルって言うのは、平たく言えば『閉鎖的空間』のことです。無人島とか吹雪の中の山小屋とか、限られた空間とそこに居る限られた人物達だけで物語を構成する。ゲームで言うところの縛りプレイのようなものですよ」

「なんだ。なんか不思議系な感じじゃないんだ」

 露骨に落胆した仕草をして言うエマ。

「その態度はなんですか。エマはミステリー・サークルの親戚か何かだと思ってたんですか⁉」

「そっ、そんなことはないよっ!」

 みるみる顔が赤くなって行くエマ。
 それを見たヴェラは、相変わらずわかりやすなーと、目を細めたのであった。

 

アンリエッタ・ドアー登場‼


「こらこら、妹よ。お姉ちゃんの鞄を漁っては駄目だよぉ」

 ロンドン郊外にある屋敷にレイチェルが帰ると、リビングに入る前に、「お帰りなさーいっ!」と駆けて来た妹のアンリエッタが、レイチェルの腰回りに抱き着いた。
 肩の所で切り揃えられたレイチェルと同じ色の髪に深みのある瞳、つんとした鼻に小さな靨。レイチェルにそっくりとよく言われる妹のアンリエッタ・ドアー。
 忙しい両親が不在が当たり前のドアー家に居て、アンリエッタはすっかりお姉ちゃん子になってしまった。
 「お姉ちゃんっ!」と猫のようにくっついて離れないアンリエッタが可愛くて仕方がないレイチェルは、鞄をソファの上に放り投げた傍から、鞄の中味を漁るアンリエッタを見ても、怒る気すら起きない。
 今日は明るい青色の魔女服を着ている。
アンリエッタお気に入りの絵本『魔女っ子の大冒険』に出てくる主人公の魔女っ子が来ている魔女衣装である。絶対に似合うと踏んだ、レイチェルが特注で誂た物だ。

「天才の私のお姉ちゃん。今日はお菓子ないの?」

 加えて、アンリエッタはレイチェルのことを尊敬していた。毎夜、投書をもじった話をしてくれるレイチェルはアンリエッタには物知りな姉以外に映らない。

 そして、『天才』と言うと、レイチェルが気を良くして街に売っているお菓子をくれるので、味を占めたアンリエッタは事あるごとにレイチェルの事を『天才』と言うようになった。

 我が妹ながら、賢い。レイチェルはアンリエッタのあざとささえも、愛おしく思っていたのである。
 この全てを許し、受容してしまえる愛情さえあれば、世の中に争いなどは有り得ないのだろう。
レイチェルは悟りさえ開いてしまったほどである。

「お姉ちゃん。これ読んでも良い?」

「んー、どれ~?」
 
 レイチェルが、パンを齧りながら、覗くと、アンリエッタが鞄から取り出した、茶色い紙ファイルを見ていた。
 あれは、没ファイルだ。どうしてそんなものが鞄の中に入っているのだろうか……?
 レイチェルは、首を傾げたが、

「いいよぉ」と即答した。

 どうせ、没になった投書など笑い話しかありはしないのだから。

「アンはもうお風呂入った?」

「うん。さっき入っちゃった」

「そっか。じゃ、お姉ちゃん入ってくるねぇ~」 

「は~いっ!」

 レイチェルは、アンリエッタを残して、長い廊下を1人で浴室へと向かった。

「むぅ」

 とても静かな浴室で、湯船に浸かりながら、ソファに座り込んでファイルを覗き込む様にして読み耽っているアンリエッタの姿を思い出して、レイチェルは、一抹の寂しさを感じていた。
 それと言うのも、最近、読書に目覚めてしまったアンリエッタはレイチェルがいる時でも読書をしている時がしばしば見うけられるようになったからだ。
 
 「天才のお姉ちゃん、遊びましょ」と四六時中レイチェルの傍を離れなかったというのに。
お風呂だって、今までは必ずレイチェルの帰りを待って一緒に入っていたと言うのにっ! 

これは由々しき事態である。

レイチェルは『お姉ちゃん離れ』と言う文字に日々怯えていたのであった。

「アン。やっぱり、読んだらめっ!」

 レイチェルはバスタオルを巻いたまま、浴室を駆けだすと、未だソファでファイルを読んでいるアンリエッタからファイルを引っ手繰った。

「なんで、なんで?どうしてそんな意地悪するの?一通り読んだからもういいけど」

「えっ!もう読んだの?」

 ファイルを見ると、それは、いつだったか、『見て見てレイチェル‼初投書が来たのっ!』とエマが小躍りをして喜んでいた投書だった。
確か、燻製にしん、とか言うふざけたペンネームだったな。どこか引っかかる感じがしたが、思い出せなかったのでほったらかしにしたファイルでもあった。

「うん。でもわからない言葉が一杯あった!」

 新しい発見でもあったかのように、アンリエッタはとても嬉しそうにニカニカと笑っている。

 それからが大変だった。

 アンリエッタが、『天才で何でも知っているお姉ちゃん』にわからなかった言葉の意味を聞いてきたからである。

「お姉ちゃん、『焼死』ってなぁに」

「えっと……それは『笑止』を書き間違えたんだよきっとっ!ウケなかったんだよ。渾身のギャグが、滑っちゃったんだねっ!」

「へぇ~じゃあ、このトリカブトってなぁに?」

「トリカブトはね……あれだよ。カブトムシトリを略してトリカブト!」

 苦しい…我ながら、苦しいこじ付けだと思った。だが、こんな幼気で可愛らしくて無垢なアンリエッタに本当の事を教える事など、慕われるお姉ちゃんとしてはできなかった。アンリエッタにはいつまでもネバーランドの住人で居てほしい。
 薄汚れないで欲しい。

「やっぱり姉ちゃんは天才だねっ!でもねっ、これアンも絵本で読んだのっ!」

 アンリエッタは無邪気な笑顔を輝せながら、7人の殺され方が羅列された箇所を指さした。

「えっ⁉どんな絵本?アンちょっとその絵本持っといで」

 こんな凄惨な殺害方法が記された絵本とはなんぞや。そんなものを製本した出版社と作者は、叔父の権力と財力を駆使して、駆逐しなければならない。
レイチェルは、3年ぶりくらいに本気になった。

「これっ‼」

「これ?これってマザーグースじゃんか。これのどこに書いてあるのかにゃ?」

「えっとねぇ。ここだにゃ‼」

 アンリエッタが見開いたページには『10人のインディアン』と言うタイトルがあった。

「アン。冷蔵庫にプリンがあるから、それ食べていいよ~」

「本当‼でも、アンもう歯磨きしちゃった……」

「寝る前にお姉ちゃんと一緒にすれば大丈夫!」

「うんっ!わーいっ」

スイーツ用に設置された冷蔵庫に駆けて行くアンリエッタの背中を「かぁいいなぁ」と、うっとりしながら見送ってから、レイチェルは『10人のインディアン』を読み始めた。
 
「うげぇ。なんじゃこりゃ……」
 
 マザーグースは元々は伝承童謡であるから、この絵本のように物語にしようとすると、作者によって多少の着色がなされるのだが……
 それにしたって、10人が10人共に死ぬなんて……

「むぅ」
 
 レイチェルは絵本を閉じると、眉間に皺を寄せた。確かに、このファイルにはこの童話との類似点が多数ある。主に、登場人物の死に方に……

f:食事に混ぜられた毒によって絶命。
m:食事を喉に詰まらせて絶命。
f:薪を拾いに出かけ、頭を斧で割られた状態で発見。
m:薪をしていて真っ二つ。
f:脱出しようと、乗ったボートが沖で転覆。
m:海でニシンに飲まれて絶命
f:森へ逃げ、狼に食い殺される。
m:動物園で熊に抱かれて絶命。
f:ベッドに潜り込んだ猛毒蜘蛛によって死亡。
m:蜂の巣で遊んで刺されて絶命。
f:燃料コンロが爆発し焼死。
m:日光浴をして熱で焦げて絶命。
f:孤独に耐えられず、自ら命を絶った。
m:1人ぽっちになって自分で首をくくって絶命。
 
 ファイルとマザーグースを比較してみてレイチェルは、もう一度「むぅ」と唸った。
 微妙だ。
 類似していると言えばしているが、こじ付けだと言えばそれで一蹴できてしまうレベルなのだから。
 そもそも、マザーグースの方は10人でファイルは7人なので人数からして合わない。

「うん。やめっ!」

 推理なんて珍しいことをしそうになったせいで、レイチェルは軽い発熱を感じた。レイチェル・ドアーはいつでもどこでもノリと勢い真っ向正面直球勝負なのである。頭の中でグルグル解けないパズルゲームをするのは性格的に合わない。
 ファイルを鞄の中に突っ込んだレイチェルは、自分のお気に入りのテーブルでプリンを頬張る天使の姿を観察することにした。

うがぁ夢中


「うへぇ」

レイチェルは、最悪な目覚めを迎えていた。
今日は大切なミッションがあると言うのに……永久ネバーランド居住権を有するアンリエッタに、あんな俗っぽい夢も希望もない絵本を買い与えた本人を駆逐すると言うミッションがっ‼
 昨日、歯磨きの時に「そういやマザーグースをくれたのは誰なの?お姉ちゃんアン買ってあげた記憶がないんだけど」と言うと、アンリエッタは「シェランおじさまがプレゼントしてくれたっ‼」と歯磨き粉満載の口元で元気に答えてくれた。

「(あんのタコオヤジっ‼なんて物をアンに与えてくれたんだっ‼)」

 むぅ。検閲を強化せねば。

 金と時間を持て余しているシェラン・・バーナードは、ひょっこり、遊びに来ては、持参した玩具やお菓子でアンリエッタに取り入ろうとする。いつも、レイチェルの分のお菓子を置いて行ってくれるので大目に見ていたが……どうしてくれようか……そうだ、バーナード叔母様に、叔父のあることないことを吹き込んでやろう。うむ。メイド辺りにでも吹聴して回れば叔母様の耳にはいるだろう。
レイチェルはそんなネバーランドから強制退去させられそうな悪だくみを巡らせてから、

「アン。シェラン叔父様からもらった、玩具と絵本は開けないでお姉ちゃんに見せてね。お礼言わないといけないから」と笑顔で言った。

「はーい。お姉ちゃん。お菓子は食べても良い?アンね、我慢できないと思うの」

 レイチェルに抱っこされる腕の中でアンリエッタは唇を尖らせて言う。上目遣いがたまらなく可愛い。

 あぁ、なんて愛らしいのだろう。このまま食べてしまいたい。

「うん。お菓子はいいよぉ。でも食べ過ぎちゃめよ。ご飯が食べられなくなっちゃうからぁ」

 レイチェルがなんとか一握りの理性でもって現実へ戻ってきて姉らしいことを言うと、

「うんっ!」とアンリエッタは眩いばかりの笑顔をレイチェルに向けたのであった。

 なのに、ベッドに入ってからいつも通り、今日の出来事を面白おかしくアンリエッタに聞かせていると、不意にアンリエッタが「お姉ちゃんが持って帰ってきたご本書いた人ってすごいね」と言い出して、「どうしてそう思うの?」と聞くと「だって、みんな死んじゃったのに、ご本に書いているのだものっ!」と言うのだ。
 レイチェルは、はっとなったがとりあえずは「あれは作り話だからねぇ。誰でも書こうと思えば書けるんだよ~」と誤魔化しておいた。

 最後の1人が自殺をして生存者がいなくなった島での出来事。ファイルに書かれていることが全てであったとしたなら、自殺をした最後の1人が犯人であることは明白だ。なら、犯人であるはずの最後の一人が死んだ後の話がどうして綴られているのだろうか。
本来なら誰も記せるはずがない。
そうだ、この投書を初めて読んだ時感じた違和感……それは、大き過ぎる矛盾だったのだ。
あまりにも堂々と当然と書かれていたのですっかり、ピンポイントに迫れなかった。

「(燻製にしん)」

 これも、引っかかる……『燻製されたニシン』以外に別の意味があったような……

 気になってしまったレイチェルはすっかり眼が冴えてしまった。仕方がないので、寝室の窓側に据えてある本棚から辞書を取り出して、窓から差し込む月明かりの下で調べてみることにした。

「うへぁ。調べるんじゃなかった」

思わず、辞書を床に落としてしまった。絨毯が敷いてあるので、音はさほどしなかったが、そのかわり、舞い上がった埃が月明かりに照らされてキラキラと光って綺麗だった。 

 明らかにピースの足りないパズルは、はなから手を付けようと思わない。だが、足りるか足りないか不明な場合は、ついやり始めてしまう。
 レイチェルは、リビングに戻って、悶々とパズルに手を出してしまったことを激しく後悔した。
 元々強い好奇心がそれをさせるわけだが、レイチェル自身でもそれは時と場合を選んでほしいと思う。
 
「あっキャシー?やっぱり、まだいた~働き者だねぇ」

 時刻はすでに深夜に突入していたが、特集記事をいくつも抱えているキャシーならまだ残業しているだろう。レイチェルはそう思って、本社に電話を掛けた。

「嫌みの電話なら切るわよっ!」

「違う違う。実はちょっと頼みたいことがあってさ」

「あら、やけに素直ね。どうしたの?もしかして拾い食いでもした⁉」 

 深夜残業突入でキャシーも変なスイッチが入ってしまっているようだ。
 キャシーはリアクションが面白いから、いつもからかうのだが、今夜に関してはキャシーの機嫌を損ねると、ごねられて面倒くさいことになりそうだったので、素直に話を切り出した。
 レイチェルはその辺の聞き分けはある子なのである。

「あのさ、随分前にエマが投書のことで調べもの頼んだと思うんだけどさ」

「投書についての調べもの?色々と頼まれてるから、エマには随分と頼られてるから、もっと具体的に言ってくれないとわからないわ」

 エマの名前が出ると、親しいアピールが酷いなぁ。レイチェルは電話口で頬を掻いた。

「んーと。無人島で7人が殺されるやつ。これで思い出す?」

「あー30年前の事件ね。それなら、夕方頃にヴェラさんからも問い合わせがあったわよ」

「えっヴェラが?何聞いたの」

「事件の犯人は誰か。と被害者の殺害のされ方だけど……どうしたの?今頃になって……」

「えっとね。ヴェラがその事件を小説にネタにしたいって。ほじくり返した」

「なるほどねっ。でもこんな猟奇的で未解決事件には触れない方が良いと思うけどね、私は」

「えっ⁉未解決なの‼」

 レイチェルは、背筋に冷たい何かが走るのを感じた。

「なんだ知らなかったの?スコットランドヤードでもコールドケース案件扱いよ」

「うへぇ。てっきり解決してると思ってたよぉ」

「大体、無人島に居た7人中7人が死んでるんだから、犯人が捕まるわけないじゃないよ」

 受話器の向こうからキャシーの笑い声が聞こえている。

「でもさ、だったら、通報したのは誰なのさ」

 むぅ。レイチェルは、少し意地悪をすることにした。

「通報って?」 

「無人島で人が死んでるって警察に通報した人のこと」

「さぁ、そんなこと記事には書かれてなかったけど……んーちょっと待ってて、当時の取材記録、調べてみるから」

 なんだかんだ言って、付き合いが良いなぁ。忙しいだろうに、レイチェルはニヤニヤしていた。

「時間かかりそうだからまた掛けなおすわね」

 数分後にキャシーがそう言って電話を切ってしまった。

「あっ、いや、別に、」

 ツーツーツー

 しまった。ただの意地悪のつもりだったのに、悪戯半分だったのに……

「寝れないじゃないかーっ‼」

 ツーツーを繰り返す受話器に、そう大声で言ってから、乱暴に受話器を戻したレイチェルは、

「うん。寝よう」

 ベッドに戻ることにした。

レッド・ヘリング


「お姉ちゃん、起きて、お姉ちゃんに電話だよ」

「むにょ、どうしたのアン?トイレ?わかったよぉ一緒に行こう行こう」

寝とぼけ半分に目をこすりこすり、愛しいアンリエッタのためにベッドから起き出したレイチェルに、

「アンもう1人でおトイレい行けるもんっ!」

 とアンリエッタが頬を膨らまして言った。

「なっ、なんでっ⁉いつも間に行けるようになったの?一昨日まで一緒に行ってたじゃんか」

「おじさまが、1人でおトイレ行けるようになったら、またご本買ってあげるって言ったから、アンがんばったの」

 褒めて褒めて光線を全身から放ちながら言うアンリエッタ。

「そ、そう。うん、偉いね、頑張ったねアン。でも、お姉ちゃんに頼ったって良いんだよ、ほら、怖いお化けとかいるかもしれないから。うん、お姉ちゃんと一緒に行く方がいいと思うよ」

 背に腹はかえられない。ここは、天使アンリエッタを少々怖がらせても仕方がない。

「お化けを怖がるのは子供だけなんだもん。アンもう子供じゃないから怖くないもん」

「それは誰に言われたの?」

「おじさまぁ」 

「(絶対にロケットパンチだっ‼ロケットパンチをお見舞いしてやる‼)」

 日々深刻化する『お姉ちゃん離れ』の促進剤はやはり、叔父だった。お風呂に1人で入ると言い出したきっかけも叔父だったし、読書もそう。今回のトイレも得てして叔父の諧謔が原因だ。
 日々、レイチェルの癒しが失われてゆく。否っ‼これは略奪されていっている。戦争だっ‼こうなったら全面戦争だっ‼
 レイチェルは、腸を煮えくり返らせ、ドンドンと音を立てながら階段を下りると、リビングのドアを半ば蹴り開け、受話器に向かって「はい、もしもしっ‼」と激しく言った。

「こんな時間なのに、激しいわね……」

 電話口のキャシーは引いていた。

「なにさ、こんな時間に」

 時刻は午前3時。2時間ほどしか寝ていないことになる。

「ちょっ、まあ、こんな時間に電話したのは悪いと思うけど、その、さっき、掛けなおすって言ったから。調べるのはとっくに終わってたんだけど、タクシーもいなくなるから、家に帰ってから、電話しようと思ったのよ。すぐ電話しようと思ったんだけど、眠かったから先にシャワー浴びてて、こんな時間になっちゃったのよ」

 あぁ、そう言えば調べもの頼んでたんだった。それを思い出すと同時に、拗ねたような声色で言うキャシーを可愛いとも思った。

「いんにゃ。怒ってない怒ってない。それで、どうでしたかにゃ?」

「本当?レイチェルって結構、根に持つタイプでしょ?また、エマがいないのに、居るとかって嘘つくつもりでしょ⁉そうなんでしょっ!」

 むー。エマ好きもここまでくると面倒くさいな。そう持ったレイチェルは、さらっと「そんな嘘つかないって」と答えた。

「ほんとかなぁ」

 むぅ。ちょっとイラッとした。

「早く教えてくれないと、キャシーがエマの悪口言ってたって言うからね」

「えぇ、なんでそうなるのよっ!わ、私がエマの悪口なんて言うはずないじゃない!ねぇ、聞いてるの?なんでそんな意地悪するのよ!」

 さすがに言い過ぎた。受話器の先から聞こえてくるキャシーの涙声に、レイチェルはちょっとだけ反省した。

「言わないよ。言わないから、早く教えてよぉ」

「本当だからね!約束だからねっ。通報は匿名だったそうよ。その時、通報者は『レッド・ヘリング』って名乗ったみたい」

「レッド・ヘリングって言ったよね、今……」

「ええ、なんのつもりか知らないけど、燻製ニシンだなんて、ふざけてるわよね」

 レイチェルは喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。

「どうしたの?レイチェル、なんとか言いなさいよ」

「投書に書かれてるペンネームも『燻製にしん』なんだよね……ははは……偶然ってあるもんだねー」

 おどけて見せたものの、冷や汗が止まらなかった。
 無人島での惨劇を発見して警察に通報した人物と迷宮入りした事件の真相を投書した人物が同じ名を名乗っている。こんな偶然が起こりうるのだろうか……しかも、『燻製にしん』だなんて、到底偶然だとは思えない。
 電話を終え、ベッドに戻った後もレイチェルは誰かの視線を感じて一睡もできなかった。
 だから、空が白々と明るくなって来た時、心の底から安心したし、大きく安堵のため息を吐いた。
日の出と言う安らぎを得て、安心したレイチェルが微睡んだのも束の間、酷い悪夢にうなされ、すぐに跳ね起きることになってしまったのだった。

そして誰かがいた

「いやー、まさか未解決のしかも、迷宮入り事件だったとは思いもしませんでしたよ」

 朝一番からヴェラがウィスパー寄稿文店を訪れていた。

「迷宮入りだったなんて知らなかったわよ。7人も殺した犯人がまだその辺をうろついてるかもしれないと思うと、薄気味悪いわよねぇ」

 紅茶をカップに注ぎながら呑気に言うエマ。

「薄気味悪いなんてもんじゃありませんよ。もしも、投書した人物が犯人だったら、すでに店の前まで来てるってことになるんですよっ‼恐怖ですよ、ホラーですよっ‼」

「え……ヴ、ヴェラったらそんな怖いこと言わないでよ。それに昨日、二次創作だって言ったのヴェラじゃない!」

 引きつった笑顔で誤魔化すように言うエマだったが、携えたポットは小刻みに震えていた。

「まあ。投書者が犯人だったら、投書を没にした腹いせに、エマもレイチェルも血祭でしょうから、大丈夫ですよ」

「血祭って……そうだよ。『燻製にしん』なんてふざけたペンネームつける人だしぃ~」

 「はいどうぞ」そう言って紅茶をヴェラに差し出すエマ。

「あ、どうも。でも知っていますか? 『燻製にしん』って言うのはそのままの名詞としての意味と『惑わすもの』と言う慣用表現的な意味も含んでいるんですよ。そもそもの語源はですね、わっ、ちょっと!エマ何すんですかっ‼アヂヂヂヂッーッ1着しかない余所行きの服に紅茶がっ、白が茶色に浸食されて行きますよ!この場所に染みが残ると勘違いされかねませんっ!助けてください‼わわわっパンツまで浸みて来てます、一大事ですっ‼」

『燻製にしん』に隠されたもう一つの意味を知ったエマは、顔面蒼白でカップを絨毯の上に落としてしまった。
テーブルの上に広がった紅茶は、ヴェラの股の所へ流れて行き、純白のワンピースの股の所がみるみる茶色に染まって行く、慌てて股の所を持ち上げて立ち上がったヴェラだったが、色々と手遅れだったようだ。

「わっ、あっ、ごっごめんね。今、タオル持ってくるからっ」

 我に返ったエマが、洗面所へ駆けて行った。

 カラン カラン

 そのタイミングで来客者を知らせるドアベルが鳴った。

「あ」

 紺色のスーツ姿の女性は、足元を水浸しにして、スカートを持ち上げて立ち上がったまま固まっているヴェラの姿を見て、口を開けたまま立ち尽くしてしまった。
 
「あ…えっと、勘違いしないでくださいね。これは、事故なんです。紅茶がこぼれてですね。運悪く、股のところにかかってですね……」

 ヴェラは泣きそうになりながら必死に釈明をした。必死にもなる、だって……

 柔らかそうなふんわりとしたロングのブロンドを一括りに後ろにまとめた女性は、大きな瞳を細め、大きなの口の端を引きつらせている。何より、スーツから伸びた長い手足が、なぜか構えたポーズをとっているのだ……
ヴェラは直感した。そして、叫んだ、

「エマぁっ‼早く帰って来て下さい!今、私の人しての尊厳と沽券が音を立てて崩れています‼お嫁にも行けなくなります‼そしたら、責任とってもらいますからねっ」と。

「えっ‼どうしたの⁉なんでお嫁さんに行けなくなるの?責任って、女子の同士じゃ結婚なんて……あ、いらっしゃいませっ!」

 タオルを大量に抱えて来たエマが、女性の姿に気が付くと、タオルをヴェラの方に放り投げて、会釈をした。

「えっと、取り込み中に申し訳ないのだが。ご店主はおられるだろうか」

 女性は出で立ちからは想像もできないような凛とした声でそう言った。

「店主は私ですけど……どちら様ですか?」

「すまない。入店直後の痴態に名乗るのを忘れてしまった。私はエイミー・クラットマンと言う」 

そう言いながら、エイミーはエマに名刺を差し出し、上着の裾を持ち上げベルトに下げているロンドン警視庁のバッチを見せた。

「コールドケース課……の刑事さんがなんの御用でしょうか?」

 レイチェルがまた何かやらかしたのだろうか……それが一番に頭に浮かんだ。

「誰が変態だ!その話、最後まで聞いてやろうじゃなかっ‼」

 エイミーの『痴態』と言うところに反応したヴェラがタオルで股間のところ拭きながらエイミーに詰め寄った。

「あっ、ヴェラはシャワー浴びといでよ。私のだけど着替えも置いといたから」

 無言でヴェラを見下ろすエイミーにくってかかるヴェラにエマが急いで駆け寄ると、間髪入れずに、洗面所へ連行していった。

「なにをするんですかエマっ!私の尊厳をとり返すチャンスなんですよっ、聖戦なんです!離して下さい!離せぇ!離せぇこのやろぉ!」

 抗議をし続けたヴェラだったが、さすがに裸にされると渋々、風呂場へ入って行った。

「ふぅ。お待たせしました。どうぞお掛けになって下さい……あー」

 促したエマは、ソファの上が紅茶まみれであることを思い出して、視線をそらした。

「いや、長居をするつもりはないから、気遣いは無用だ。今日来たのはほかでもない、30年前の事件について、こちらに手がかりがあるという情報提供があったからなのだが、心当たりはないだろうか?」

「30年前……もしかして無人島で7人が殺害されたって言う事件ですか?」

「ああ、その通りだ。その事件を思わせる不可解な投書があったと」

「あっ、はい。そのファイルなら……えっと、どこにやったっけ……」

 エマは、ファイル入れを探し始めた。

カラン カラン

「いらっしゃい……ってレイチェル‼また正面から入って来て!」

バンッ‼

 レイチェルは無言で入ってくると、ファイルをエマの前の机に叩きつけた。

「エマが私の鞄の中に入れたんだよねっ‼なんでそんなことするのさっ‼おかげで私は昨日、一睡もできなかっただから‼」と啖呵を切った。

「えっ⁉鞄に?私が?嘘……そうだったっけ?」

ファイルに目を通して、首を傾げたエマは、憮然と腕組みをしたまま仁王立ちになったままのレイチェルの顔見つめていたが、やがて、昨日、そう言えば自分の鞄に入れたつもりでレイチェルの鞄に間違えて入れてしまったことに気が付くと、視線をはずしてしまった。

「やっぱりエマだっ‼バレた時、視線を外すのはエマの癖だもん‼」

 詰め寄るレイチェル。

「はぁ、揉め事は後にしてくれないだろうか。私はファイルを受け取りに来ただけなんだ」

 呆れたエイミーが言う。

「ちょっと、エイミーさんっ、刑事だったら目の前の揉め事に無関心ってちょっとあれだと思うんですどっ‼」

「殺人事件になりそうになったら通報してくれたらいい」

 笑みを浮かべながらさらっとエイミーは言うのであった。

 その時、ドンッと洗面所のドアが開き、中から、ブカブカの服を着て眉間に皺を作ったヴェラが現れた。

「エマっ。これは私に対する宣戦布告ですかっ‼上着もスカートもぶっかぶかっ。果てはパンツも、ブラジャーもぶっかぶかじゃないですかっ‼なんです?ゴムの切れたパンツなんですか?私に自分との発育差を見せつける為のブラジャーですかっ!」

「えぇ~」

 2人に、追いつめられ。視線を右往左往させるエマ。しまいには、助けを視線に託し、エイミーに向けてくる。

「まったく。それで、例のファイルはどこにあるんだ。それを渡せばなんとかしてやらなくもない」

「本当ですかっ!これです、これがそのファイルです‼」

 エマは、目の前に置かれたファイルを滑らせるように、エイミーのところへ飛ばした。

「ふむ……なるほど、確かに差出人は『燻製にしん』だな。それでは、これは捜査資料として預からせてもらう。それでは、ご協力に感謝する」

 ファイルをパタパタとやりながらそう言ったエイミーは未だにエマに牙を剝く、レイチェルとヴェラの姿を見て「やれやれ」とつぶやき、店を出て行ってしまった。

「エイミーさん⁉どうにかしてくれるって言ったのに‼嘘つき‼警察が嘘ついたら駄目でしょお~」

 その後、エマの断末魔の叫び声が店内に響き渡ったことは言うまでもない。

正義の鉄槌と書いてロケットパンチと読む‼


「はぁはぁ、もう許してよ。充分でしょ……」

 髪の毛を振り乱して、床に突っ伏したままエマが言った。

「ひぃ、まだ第一ラウンドだからねっ!」

 とか言いつつ、レイチェルも疲れて果て、尻餅をついたまま両腕を後ろに放りだして、仰ぎ仰ぎ呼吸をしていた。

「もう許してあげて下さいよ。エマだって悪気があったわけじゃないんですから」

 勇んで襲い掛かって、エマのブラウスの袖を破いてしまったヴェラは静観しつつ、ばつが悪そうに、ややエマ側の立ち位置にいる。

「まだまだ、夜はこれからだかんねっ」

 寝不足の峠を越えたレイチェルは変なテンションだった。瞳がいつも以上にギラギラしている。
 確かに、エマのせいで昨晩は寝不足だったが、それは半分だけ。したがってそれはもう発散した。
もう半分は、愛おしいアンリエッタを篭絡しようとたくらむ叔父へのうっぷんなのである。叔父へ直接、制裁を加えられたなら、最上なのだが、多忙な叔父を捕まえるのはなかなかどうして難しい。
 それに、エマのわき腹を抓んだり、揉んだりするのは気持ちがいいのである。

カラン カラン

 閉店時間近く、ドアベルが鳴り、ドア口には初老の男性が立っていた。

「おやおや、これはどういった状況なのだろうね?」

 シェラン・バーナードがドーナツをお土産にウィスパー寄稿文店を訪れたのは、宵の口前のことであった。
 整えられた口ひげを、黒い皮手袋をした手で撫でながら、とてもにこやかに「お土産を持ってきたよ」と言った。
 店先から、賑やかなかしましい乙女たちの声が漏れ聞こえていたので、丁度良かったとドアを開けたのだが……

 床に突っ伏してプルプル震えている店主。ブカブカで衣服がずれ落ちないように押さえるのに必死な少女。そして、肩で息をしながら肉食獣のような目をギラつかせたレイチェル。
 新しい遊びなのかな?
 とも思ってみたが、それは、やや苦しいようである。

「バーナードさんっ‼いいところにっ‼」

 懇願するように、エマが潤んだ瞳で見つめてくる。

「あ、どうも、はじめまして、物書きをしておりますヴェラ・クリスティと申します」

滑り落ちそうになったスカートを慌てて押さえながら、ヴェラは会釈をする。

「これはご丁寧に、私は、シェラン・バーナードと言う。この店の前店主だった者だよ」

 シェラン氏が、物腰柔らかく落ち着いた物言いで、話すと、なんだか、部屋の中に立ち込めていた殺気が浄化されて行くようであった。

「カモがネギしょって来たよ。うん。日頃の行いだね」

 レイチェルは、ひひひひっと不敵な笑みを浮かべながら立ち上がると、右指の関節を鳴らしながら、シェラン氏に向きなおり、右拳を突き出した。

「どうしたんだいレイチェル?お前の好きな、ハーニーモンブラン味も買って来たよ」

 横長のドーナツの箱を顔の高さまで持ち上げながら言うシェラン氏。

「うおおおおぉぉっ、くらえぇぇぇっ‼正義の鉄槌と書いて、ロケットパァァァンチッッ‼」

 突然、レイチェルは咆哮を上げながら、シェラン氏に向かって突進した。

「なっ、えっと、これは…」

 苦笑を浮かべるシェラン氏。

「逃げて下さいっ‼」

 悲鳴のように叫ぶエマ。 

 レイチェルは、拳の間合いに入る直前に大きく腰を捻って振りかぶると、ダンッと力強く左足を踏み込み、

「ドッカァーーーーンっ‼」と哮けって全体重を乗せた拳をシェラン氏の鳩尾にを炸裂させた。

 店内に響く鈍い音と舞い上がる埃……
シェラン氏は勢いを殺せずそのまま、ドアを突き破って外に倒れ込み、レイチェルは壁に顔から突っ込んで、その場にうずくまってしまっていた。

「レイチェルはなんてことをするんですか……」

 ヴェラが恐る恐るドアのところへ歩いてゆくと、ドアを背に眼を回しているシェラン氏が見えた。
 足元には、ぐちゃぐちゃになったドーナツの箱が無残に落ちている。箱がこれでは中のドーナツはもはや期待できまい。

「ドーナツには罪がないのに……」

 ヴェラは泣きそうになりながら、ぐちゃぐちゃになったドーナツの箱を持ち上げた。

「あ」

「ヴェラっ‼なんで真っ先にドーナツの介抱なの⁉バーナードさんが一番でしょ‼って、なにしてんのよ、なんでパンツ丸見せにしてるの⁉お尻も半分見えてるから、早くスカートあげなさい‼」

 慌てて起き上がり声を張るエマはイの一番に猛ダッシュでヴェラの元へ駆けつけると、ずり落ちたスカートに手を掛けた……

「あの……エマちゃんこれは……一体何がどうしたのかしら……」

 ドア枠の端から覗くようにネイマールの顔が現れた。

 なんて最悪なタイミングなのだろう。これでは、私はヴェラのスカートをずらした以外に他はない。

「ちっ、違うのよネイマールっ‼ヴェラが自分でずり落としたんだからねっ。ほら、両手がふさがってるから、私がスカートを上げようと……」

 助け舟を出すように見上げた先にはニヤニヤととても悪い顔をしたヴェラがいた。

「ネイマールさん助けて下さい。私がドーナツの箱を拾い上げたら、『全部、私のよっ!こうなったらパンツ丸見せにしてやるっ‼』と、私のスカートを無理やり力ずくで剥ぎ取ったんです」

 と言った。

「なんでよっ‼なんでそんな誤解を生むような言い方するのよっ‼それじゃまるで私が変態みたいじゃない!」

「エマも道ずれです!私はエイミーさんに変態だと思われたままなんですよっ‼今頃、スコットランドヤード中で、私の変態っぷりが噂になってますよ‼それを考えたら、ネイマールさんに痴態を晒すくらいなんだって言うんです‼」
 
「やっぱり、根に持ってるんじゃないっ!そんなこと言うんだったら、そのブラウス弁償してもらうもん‼バーゲンで買ったやつだからいいかなって思ってたけど、弁償してもらう‼」

「なっ、バーゲンって、スーパーのですか?」

「違うわよ、デパートのバーゲン」

「うっ……つい出来心でした。すみません。悪気はなかったんですよ、本当です。」

 破いてしまったブラウスがデパートのバーゲン品だと知って、急にしおらしくなるヴェラ。

「ダメっ。もう謝ったって許してあげないんだからっ」

 スカートを上げてから、手を腰にやって言うエマ。お姉ちゃんみたいだなぁとネイマールは思った。

「あの、エマちゃん。そんなことよりも、バーナードさんを介抱してあげないと……」

「あぁ、そうだったっ‼大丈夫ですかバーナードさんっ⁉」

 駆け寄ったエマは、ネイマールと一緒にシェラン氏の介抱をはじめた。

 手前には、頭を抱えて唸っているレイチェルが居て、足元には割れたガラスやら、砕けた木片やらが散乱している。

「んー」

 ヴェラは少し考えてから、ドーナツの箱を開けると原型を留めていないドーナツの欠片を掴みあげて口へと運ぶ。

「あ」

 その際、またスカートがずれ落ちたが、今度はドーナツの箱で隠したので事なきを得た。
 シェラン氏が気が付くまで、ドーナツを食べていよう。

 そう決めたヴェラであった。

エピローグ

 人生万事塞翁が馬と言う言葉があるが、ヴェラはその言葉の意味を感度も咀嚼しては吐き出しているそんな面持ちであった。

 ウィスパー寄稿文店で読ませてもらった『そして誰もいなくなった』と言う投書を題材にした新連載作品『そして誰かがいた』が、どうも人気があるらしく。
 昨日編集さんが原稿を取りに来たとき、

「ヴェラ先生。これ差し入れです。ここ置いときますね。それから、『そしいた』なんですけど、来週から原稿を今の倍でお願いしますねっ」
 
 と軽く死刑宣告のようなことをさらっと言い残して帰って行った。

「へぇー『そしいた』なんて呼ばれてるんだ」

 自分の作品が『そしいた』とか言うヘンテコな略し方をされていることを知った。

 いつもは差し入れなんて持って来ないと言うのに、キッチンのテーブルの上には、ビンに入った生クリームのせプリンが4つ。
 ヴェラは自身の新連載が人気になっていると言う噂が、本当なんだと確信した。

 そのうち、原稿催促の電話がひっきりなしに掛って来るようになった。
 編集さんの声が本気だなーと思いつつ、いつも通り、受け流していると、翌週の月曜日。

「ヴェラ先生‼ついに、『そしいた』が書籍化されることになりましたよっ‼それで、初本は書きおろしでお願いします‼」

 うわぁ。また死刑宣告だ。話を聞いた直後は信じられなくてそう思った。

 けど、じわじわと実感が沸いてきて、どうにもこの喜びを押さえられなくて、気が付いたら、部屋の中で踊っていた。
 下の階の人に怒られて、我に返ったヴェラは、常軌を逸した歓喜に包まれると、人は本当に踊ってしまうのだと言うことを体験した。

 夢に見続けた、書籍化。子供の頃に小説家になりたいと思って、幾星霜。何度も挫折をして諦めて、書けなくなって、それを繰り返して……それでも書きたくて。
 
「続けてきて良かった……」

 ヴェラは嬉しくなりすぎて涙が出てきてしまった。
そして、空っぽの冷蔵庫を開けると、

「これで冷蔵庫が空っぽになることはなくなる」

 鼻をすすりながら、呟く様に言ったのだった。 

 そうだ。

 ヴェラはウィスパー寄稿文店に行こう。そう思った。

 『そして誰かがいた』を連載開始してから、忙しくて、ウィスパー寄稿文店にはとんと顔を見せていない。
エマやレイチェルは元気でやってるだろうか。
ヴェラは少し考えてから、プリンを一つ冷蔵庫に入れると、残りを携えて、家を出ることにした。
締め切りは差し迫っていたが、この喜ばしい報告を2人にしたかったし、今から行けば、正午頃には到着できる。
 土産も持って行っているのだ。昼ごはんくらいご馳走してくれるだろう。ヴェラは置時計の時刻をもう一度見ると、思い鉄製のドアを開けたのだった。

ウィスパー寄稿文店主の憂鬱 Ⅲ

ウィスパー寄稿文店主の憂鬱 Ⅲ

最初に投稿された正真正銘の投書。没投書ファイルとして、保管されていたのだが、ひょんな切っ掛けから日の目を見ることになった。 それは、とある無人島で起こった殺人事件が記されていた。 フィクションか事実なのか。 物語はやがて、ロンドン警視庁のコールドケース課を巻き込んだ事態へと発展する。 ウィスパー寄稿文店主シリーズ、第3弾‼

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. プロローグ
  2. 投書 Ⅲ ファイルタイトル 『そして誰かがいた』 PN:Red Herring
  3. エマと太腿
  4. ふざけたペンネーム主
  5. アンリエッタ・ドアー登場‼
  6. うがぁ夢中
  7. レッド・ヘリング
  8. そして誰かがいた
  9. 正義の鉄槌と書いてロケットパンチと読む‼
  10. エピローグ