ヤマとヒコの未来までの物語

背景

父は真面目な人間だった。
人望厚き人間だった。
口数は少なかったが、4人の子供を黙々と養ってくれた。
飲む打つ買うの時代、酒を飲むだけがささやかな楽しみの人間だった。
学業で頑張ると、人に自慢して悦に入る人間だった。
また、そのことが嬉しくて頑張る私だった。

私が21歳の時、父53歳で亡くなる。
亡くなる数年前 畑仕事をしている時、私も例によって手伝っていたが、父が、竹の切り株を踏みつけた。地下足袋を履いていたが、
地下足袋もろとも土ふまずにグサっと竹が突き刺さった。
その日より、あの剛毅な父の頑張りが少しずつ劣化していった。


父は私が小さい時から、男は人前で泣くなと厳しく言った。
小学校に入る前、兄に怒られて泣いていた時、急に父が、何か忘れ物か何かで帰宅。思わず私は涙を洗いに洗面所に駆け込んだ。
小学校に入学する時、母は病弱で入院中。
父が散髪してくれた。
まるまるトラ刈りだった。無理もない。
入学したことを報告しに、入院中の母のところに行った。母は私の頭を見て泣いた。

そんな父母に育ててもらった。
母は退院後 ぐんぐん元気になっていった。

私は小学校2年の時 音楽の授業で歌を歌った。先生が「あんた 音痴や」と言った。
皆が笑った。帰って母にこんなん言われたと言った。
母は負けん気が誰よりも強かった。
その日から山の段々畑でミカン狩りの仕事しながら、母が歌の個人レッスンをしてくれた。母は歌がうまかった。母が審査委員長だった。
「ヒノ、今の80点やで」
とうまいこと、ほめてくれて、歌が好きになっていった。

そんな両親への恩返し、そして若くして逝った父への、真面目人間でありながら、何も悪いことしていないのに若死にした父の目に見えない敵への仇討ち。
これが背景にある。

思い出の原点4月2日をスタートとする。

ヤマとヒコの未来までの物語

ヤマとヒコの未来までの物語

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-05

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