つま先立ちの恋に慣れたら

つま先立ちの恋に慣れたら

手料理

「-----いたっ!」

 指先に走る痛み。わずかに赤い線が流れた。奈々は週末、怜治のために手料理をふるまおうとピリカで練習していたら、手が滑って包丁で人差し指を軽く切ってしまった。あわてて救急箱から絆創膏を取りだす。

 「あ~・・・やっちゃった・・・」

 怜治に会えるのは明日。料理の味は自信があるとは言えない。任せてくださいと言ってしまった手前、おいしいものを出したいのだ。

 「よし!もう一回!」

 手当てをした後、練習を再開する。こうして桜井奈々の夜はふけていった。

 ーーーAM10:00 当日ーーー

 ピピピピピーーー。せわしないアラーム音が部屋中に響きわたる。お、起きなきゃ・・・!と奈々はボタンを押して音を止め、ぼーっとしながら時間を確認したら、頭が真っ白になった。
 
「いそがなきゃーーーーーーーーー!!!!」

 徹夜で疲れきってまちがえて一時間おそくアラームをセットしてしまったのだ。あわてて準備をして、ばたばたとピリカのドアを開く。

 「あれ奈々、朝ごはんは?」
 「いらない!行ってきます!!」
 「・・・・・どうしたんだ?一体」
 「耕ちゃん、奈々もそういう年頃なのよ」
 「さくら、お前なにか知ってるのか?」
 「ひ・み・つ♡」

 楽しんできてね、奈々。帰ってきたら話聞かせてもらうから。極上スマイルを浮かべながら、さくらは今日も日々の業務をこなすのだった。

 ---AM10:15---

 バスに乗った後、奈々は急いでスマホを開くと、やはり怜治からの着信があった。もうすぐ着くことを連絡し、目的のバス停までに乱れた息をととのえる。
 久しぶりに会えるのに、私のばかーーーーーー!
 いつもはバスの時間は気にならないが、今日ばかりは長く感じられた。
 最寄りのバス停から降りたらすぐに怜治の家がある。事前に教えられたとおりの道を歩いていると、奈々は思わず声が出そうになるのを必死で抑えた。怜治がこちらに手を振っている。奈々はいそいで駆けより、できるだけ小声で謝る。
 
「遅れてごめんなさい!でも、なんでここに・・・」
 「ごめん、うちにいてもなんだか落ちつかなくて」
 「こんな大通りで、見つかったら大事ですよ・・・!!」

 一応サングラスにマスクと、バレないように気をつかっているみたいだ。そんなこんなで到着し、怜治は高層マンションの1階の豪華なロビーでカードキーを通し、エレベーターに乗り込む。

 「ひやひやしたね」
 「ひやひやしましたね」

 怜治はなんだか楽しそうだ。一方奈々は言葉どおり、本当にひやひやしていた。見つからなくてよかった・・・!とほっと胸をなでおろした。

 「さあ、入って」
 「おじゃまします」
 
 うわあ、緊張する・・・!奈々は怜治の部屋に入るのは初めてだ。モノトーンで配色された室内にセンスを感じる。360°見渡していたのがおもしろかったのか、怜治はくすくす笑っている。
 
 「男の部屋ってこんなもんじゃない?もしかして俺が初めて?」
 「はい!なんだかモデルルームみたいでびっくりしちゃいました!!」 
 「そんなこと言ってくれるなんて嬉しいな、ありがとう。ところで今日は何を作ってくれるの?」
 「出来上がるまで待っててください!」
 「わあ、すごく楽しみだよ、俺にできることがあったら言ってね」
 「大丈夫です!ありがとうございます」

 はりきる奈々がいつも以上に可愛くてずっと見ていたくなる。後ろから見ていると緊張するからと照れた彼女にキッチンから追い出されてしまった。しょうがない、しばらくリビングで待っていよう。


「お待たせしました!」

 奈々がテーブルに運んできたのは和食だった。魚の照り焼き、お味噌汁、厚焼き卵、ごはん・・・。どれもつやがあり、とてもおいしそうだ。

 「冷めないうちに食べちゃってください!」
 「うん・・・!おいしそうだね、いただきます」

 料理はどれも美味しかった。味付けはほどよく、野菜の切り方も均一で整っている。見た目もきれいでこげついていない。

 「こんなにおいしいなんて、奈々はいい奥さんになるね」
 「・・・そこまで言われると、照れちゃいます。でも、とっても嬉しいです!」
 「本当のことだよ。最近忙しくて、ロケ弁や出来合いのものばかりだったからさ。こういうちゃんとした食事をするのは久しぶりなんだ」
 「それなら何よりです・・・!!」

 すっかり怜治のペースに乗せられっぱなしの奈々は、照れと嬉しさとでうまく話せないでいた。うつむきながらも笑顔が隠せない彼女を見た怜治は、反応が初々しくて心が洗われたような気分になる。しばらく食べていると、ふと彼女の指先が目に入った。

 「それ、どうしたの?」

 怜治は箸を止めて奈々の手を取りよく見ると、人差し指の側面に軽く切った跡がある。もう治っているものの、少し痛々しくて思わず顔をしかめた。

 「こ、これは・・・その、ですね、手が滑っちゃって包丁でつい・・・」
 「・・・・・・・」
 「でも、全然大したことないです!ほら、傷もふさがってるしーーーーー」

 -----ちゅう。

 言い終わる前に怜治は奈々の指先に唇を寄せる。

 「怜治さんっ・・・・」

 彼女の顔が真っ赤になり、体が緊張でこわばるのが分かる。怜治は分かっててしばらくやめなかった。

 「料理、練習してくれたの?」
 「・・・はい」

 奈々の声はか細く消えそうだった。気づかれたくなかったのだろうか。

 「おいしいもの食べてほしかったから」
 「もしかして遅くなったのも、昨日までしてたから?」
 「ううっ・・・なんで分かるんですか~~」
 「俺は奈々のことなら大体分かるよ」

 自分のために料理の練習をする奈々の姿を想像し、怜治はますます彼女のことが愛おしくなった。

 「あんまり無茶しないで。ほら、手も荒れてる。俺のためにがんばったのはすごく嬉しいけどね」
 「あっ・・・もういいです・・十分です、は、はな、離してください・・・・・・!」
 「あと十分ね。分かった」
 「そっちの十分じゃないーーーーーーー!!!」

 指先に唇をあてたり、舌でなぞったりしていると、耐えられなくなったのか逃げ腰になる奈々を引きよせ、逃がさないようにした。

      甘くしびれる  かなしばり
                (ずっとされたら頭はたらかなくなります・・・!!)
                (たまにはいいんじゃない?)
                (良くないです!!)



お題元:確かに恋だった 様

水族館

 テレビの向こう側の人。
 違う世界の人。
 手の届くはずのない人。
 会えない時間が長くても、私のこと見てほしくて。
 もっとかわいいって思ってほしくて、こんなことしちゃうのかな。

 ---デート当日。奈々は自分の部屋の鏡で、全身を確認した。ちょっと恥ずかしいけど、怜治さんの好みかな?
 直接聞いたことはないが、自分の直感を信じて玄関を出た。
 街中を歩く間、他人の視線が気になった。見られているような、いないような。いいや、気のせいだと割り切って、奈々は怜治と落ちあう場所へと足を速めた。


 「水族館に行ってみない?」

 怜治が奈々を誘ったのはほんの一週間前だった。
 彼女はきょとんとしているので、小学校以来行ってないから久しぶりに行きたくなったことを伝えた。

 「ふふ、いきなりびっくりしました。いいですね、水族館!でも人気多いから心配です・・・」

 相変わらず君は俺のことばかり気にかけるよね。

 「大丈夫。室内は暗いからよく見えないし、みんな魚に夢中だと思うよ。それにバレても人ごみにうまいことまぎれるのは慣れてるんだ」
 「そういうことなら、ぜひ行きましょう!楽しみだなあ~~!!」


 当日、怜治は人目につかないところで奈々を待っていた。早く会いたい。ふと顔をあげると奈々の姿が見えた。満面の笑顔で駆けよってくる奈々を見たとたん、顔が引きつりそうになった。------うそだろう?
 白地に花柄、鎖骨の見える膝丈のワンピース、揺れるピアスに華奢なブレスレット。髪は下ろして少し巻いていて、よく見ると化粧もしている。長いまつ毛にほんのり色づいたチーク、ツヤのある唇・・・文字通り男受けそのものの奈々の姿を見て、怜治は戸惑いを隠せなかった。

 「・・いじさん、怜治さん!あの・・・私なにか変ですか?」
 「ごめん、雰囲気違うから、少しびっくりしただけだよ。行こうか」
 「はい!」

 彼女の手を取り、館内へ入っていく。そして、嫌な予感は的中した。


 他の男が奈々を見ている。どこへ行ってもそういう輩がいるから、まるでデートに集中できなかった。イルカショーを見ても、エサやり体験をしても、おみやげを買っても。考えるのはほかの男の視線と奈々にいったい何があったのかの2択。俺はこんなに心が狭かったかな?一通り回って帰る流れになり、水族館を出てから人気のない道を2人でこっそり通って帰ることにした。しばらくとりとめのない会話をしながら歩いていると、奈々は怜治の手を引っ張って足を止めた。

 「・・・どうしたの?」
 「今日、なにかありましたか?」
 「どうして?」
 「怜治さん、今日上の空な気がしたから。私の気のせいですか?」
 「・・・気のせいじゃないよ」

 奈々の顔が不安でいっぱいになる。だが何もわかっていない彼女には釘を刺す必要がありそうだ。唇に手を当てて、どうやら今日何があったのか思い出しているようだった。そんな彼女の空いているほうの手を引いて抱きよせ、耳元でそっとささやく。

 「わっ・・・れ、怜治さんっ・・・!」
 「今日、奈々いつもとなんだか違うよね?水族館でときどき見られてるの、気づかなかった?おかげでちょっとハラハラしてたんだ」
 「・・・・っ」
 「そんな可愛い格好して、化粧して。ほんと気が気じゃなかった」
 「・・・ううっ」
 「誰に教えられたのか知らないけど、そのままの奈々が十分可愛いよ?おしゃれもいいけど、2人きりで会うときだけにしてほしいな」
 「あ・・・は、はい・・・っ」
 「ここも。ここも・・・・ここだって」

 鎖骨、手首、耳と静かにキスを振らせていく。

 「全部俺の、だからね。誰にも見せたくない。だから」
 「ちょ・・っ」

 ワンピースを軽くずらして、鎖骨の少し下に自分の印をつける。

 「見えないところならいいよね?俺のってつけとくよ」
 「ぁ・・・れいじさん・・・・・っ・・・」
 「ん・・・・もうちょい・・・うん、できた」 
 「・・・はずかしいです・・・・・・」
 「消えないように定期的にしなきゃね」
 「!?」
 「・・・だめかな?」
 「~~~っ、怜治さん・・・!!」
 「ね?」
 「もう、知らないです・・・!でも可愛いって思ってくれたなら、満足です」
 「?」
 「少しでも気に入ってもらいたくて、雑誌とか見て調べたり、がんばりましたから。結果的にちょっと困らせちゃったみたいですけど」

 えへへ、と笑う彼女は小悪魔としか思えない。

 「----まいったな」
 「?」
 「離したくなくなったよ」
 「え、れ、怜治さん!?」
 「動いても無駄だよ。しばらくこのままだね」
 「今日、なんかいじわるです・・・」
 「それこそ気のせいじゃない?」
 「気のせいじゃないです!」



   俺を困らせたいとしか 思えないな
       (空回るところも かわいいけど)



 (耳元でささやき続けるの、やめてもらっていいですか?心臓いくつあっても足りません・・・!)
 (芸能人は見つかったらまずいから、外では静かにしなきゃって言ってなかった?)
 (いつもは気にしないのに・・・!)



 お題元:確かに恋だった 様、TOY 様

梅雨

 しとしと。足音を立てないように、雨が降っている。
 てくてく。水たまりを踏まないように、私は歩いている。

 ----------ひとりで。

 家までの道を、ぼんやり歩く。
 考えていたのは、怜治さんのことだった。もう2週間会っていない。電話したのは一週間前が最後で、メッセージは・・・忙しいと思って控えた。

 あいたい。

 最近ずっとこればっかりだ。でも我慢しなくちゃ。いつもこの繰り返しで頭がごちゃごちゃになってしまう。だから私はメッセージを送ることにした。文字にすると普段言えないこともうっかり書けたりするから不思議で、気づいたらあわてて文字を消していく。その後とりとめのない文になってしまわないように、読みやすい量に調節するのが一苦労だった。

『お元気ですか?私は元気です。最近忙しいですか?ちょっと心配になったので連絡してみました。
 こちらは相変わらず雨です。曇っているとなんだか気持ちもどんよりしますが、今日学校に行ってる途中に綺麗な蓮の花を見かけたら、心があったかくなりました。手入れも行き届いていて、その土地の人はきっとすごく大事に育てているんだろうなって思いました。梅雨もいいものですね。怜治さんとも今度見れたらいいな(#^.^#)

 今日はどんな日でしたか?
 なにか悩んでることはありませんか?
 あんまり無理をしないで、体に気を付けてくださいね』

 送信っと。
 ボタンを押した後は、少しだけドキドキした。
 怜治さん、これ見てどう思うかな?
 こういう理由で送るのって、ちょっと子どもっぽい?
 送った後なのにぐるぐる考えてしまうのは、きっと梅雨のせいだ。


  ずぶぬれの 恋心   
      (傘はちゃんと、さしてるのに)


お題元:確かに恋だった 様

風邪

 「怜治くん、今日も良かったよ!次回もよろしく頼むよ」
 「ありがとうございます。僕でよければ喜んで」
 「相変わらず謙虚だねえ、もうちょっと天狗になってもいいんじゃない?」
 「とんでもないです。お気持ちは嬉しいですが、僕なんてまだまだですから」
 「みんなに人気なのも分かるねえ。これからもっと楽しみだよ。じゃっ!おつかれ~」
 「おつかれさまです!」

 今日最後のスケジュールを終え、怜治はプロデューサーが見えなくなるまで頭を下げた。マネージャーの車に乗ると、一日の疲れがどっと出てきて体が一気にだるくなる。マネージャーに悟られないよう、いつもと同じ体勢でシートに座った。

 (・・・少し無理しすぎたかな?)

 日舞も芸能活動もストライドも出来るよう、体調管理は完璧しておきたいというのは怜治の持論だ。だが最近ソロでの仕事が多く、調整役の静馬とはあまり一緒にいない。体力には自信があるから少しくらい無理しても大丈夫だろうと思っていたが、やはり怜治も人間だった。日を追うごとに溜まっていく疲れに、体がついていかないようだ。

 (・・・こんなとき、奈々だったらなんて言うだろう)

 車のウインドウに映る高層ビル群をぼんやり見ながら、彼女のことを思い出す。自分がこんなコンディションでも他人のことを考えるなんて、完全に惚れた弱みだ。考えてから怜治は少し苦笑してしまった。立場も何もかも、自分は彼女と違いすぎるのに、こんなにも会いたがっている。今まで怜治は、他人にここまで強い感情をもったことがなかった。

 (あんまり無理しないで下さい!心配ですから今度また料理しにいきます!とか言いそうだな・・・)

 しばらく考えにふけっていると、まぶたが重くなってきた。寝てしまう前にとりあえずスマホを開けると、そこにはメッセージに桜井奈々の文字があった。なにかあったのだろうか。連絡を取るときはいつも電話だから、珍しいこともあるものだと思いながら、ボタンを押し開けてみた。
 そこに書いてあったのは今日の出来事と、花が綺麗でまた見に行きたいこと、そして予想通り自分を心配していることだった。花を手入れしている人のことも考えているのが、思いやりの豊かな奈々らしくて目を細めた。

 (今日はどんな日とか、悩んでることは、とか・・・かわいいな)

 自分が出来ることは全部してあげたいというけなげな気持ちが、文からにじみ出ている。でもそれが男のプライドを少し傷つけているのを分かっていない。そこがまたいじらしいのだけれど。

 「はい、着いたよ」
 「ありがとう山根さん、また明日ね」
 「ゆっくり休むんだよ、おつかれ」
 「うん、おつかれさまです」



 自宅まで送ってもらった後、一段落してから怜治は奈々に電話を入れた。声が聞きたくて、少しだけはやる気持ちを抑えつつ、着信ボタンを押す。

 「はいっ!桜井です」
 「うん、俺だけど、いま時間いいかな?」
 「大丈夫ですよ!えっと、スマホを持ってるってことは・・・」
 「うん、見たよ」
 「見ましたか・・・!」
 「見てほしくて送ったんじゃないの?」
 「っ・・・はい、見てほしかったです!」

 怜治は会話のやり取りがおかしくて少し笑ってしまった。ジト目でにらむ奈々が目に浮かぶ。

 「俺に会いたかった?」
 「・・・あいたかった、デス」
 「俺もすごく会いたかった」
 「!!・・・怜治さん、そういうことさらっと言えますよね」
 「それ、奈々に言われたくないな」
 「どういう意味ですか~!?」
 「ふふ。なんだろう?ねえ、メッセージも電話もしたら、もっと会いたくなったんだけど、いまから会えない?」
 「え!?」
 「だめなら全然いいんだけど」
 「いや・・その、大丈夫です!」
 「よかった。こんな時間だし暗いから見つからないし、そっちの家の近くの、噴水のある公園でいいかな?ゆっくりきてね」
 「わ、分かりました、行きます!」
 「またあとで」
 「はい、またあとで、ですね」

 電話を切った後、怜治はすぐに家を出て公園へ向かい、奈々を待った。思い返してみると、ここ2週間奈々と全く連絡してなかったことに気づいた。だるい体を押してでも奈々に会いたいなんて、自分の気持ちの大きさにただ驚くばかりだ。自分に会えなくて、どんな思いで過ごしていたんだろうか。全然彼女の気持ちを考えてないじゃないかーーーー。疲れているからか、考えが悪い方へと向かってしまう。

 「怜治さん!」

 振り返ると、髪を下ろしたジャージ姿の奈々がそこにいた。息が少しだけ浅い。走ってきてくれたのだろうか、ゆっくりでいいって言ったのに。

 「・・・息、切れてる?」
 「早く行きたかった、ですから・・・・」

 語尾が小さくなったかと思ったら、奈々は両手で口を押さえてうつむき、しまったという顔をしている。ああ、こんな仕草ですら可愛い。顔を見たら疲れているはずの体が軽くなるのを感じ、自分の気持ちを止められなかった。

 「ごめんね、それに、こんな遅くに」
 「わわっ・・・」

 奈々の華奢な背中を抱きしめると、お風呂上がりの匂いがした。自分のせいで走らせて、またシャワーを浴びる手間をかけさせてしまった。彼女に迷惑をかけるなんてダメな彼氏だ。奈々にとって誰よりも自分を頼りにしてほしいのに。

 「最近ちょっと、がんばっちゃいましたか?」
 「・・・そうだね」
 「へへ、おつかれさまです」
 「うん、ありがと」

 しばらく無言が続いていると、こらえきれなくなったように、奈々がくすくす笑った。意味が分からなくて腕を離し、直接顔を見て尋ねた。

 「なにがおかしいの?」
 「おかしいんじゃなくて、嬉しいんです。私ばっかり頼ってたからいつも悔しいなって思ってて。でも、こうやって頼ってくれてるから、よかったって。私にも出来ることあるんだって、そう思いました」
 「・・・・」
 「それに完璧超人だと思ってましたけど、こういうところもあるんだって。新たな一面を発見できて、もっと好きになっちゃいました。・・・・あっ・・・」

 奈々はまた口を滑らせてしまいました、と控えめに照れ笑いした。そんなことない、自分が奈々にどれだけ助けられてるのか、分かってない。こんな急に呼び出しても嫌な顔一つせずに来て、いつも心配してくれて。
 アイドルにストライドに日舞に・・・いつのまにか息を抜く時間を取るのを忘れてしまっていた。全部自分の好きなことだから、大丈夫だと思っていた。でも、こういうことになってしまっている。ほっとできるところを見つけてしまった今では、もう手放せそうにない。

 「またこういう日もあるかもしれないけど」
 「はい、どんとこいです!」
 「変わらずそばにいてくれる?」
 「もちろんです!」
 「よかった」
 「任せてください!」

 こうやって弱みを見せれるのも、顔を見て安心できるのも、心からいとおしいと思えるのも、君だけ。
 人の気持ちに寄りそえる、優しい君だから、君が他人に向けるそれ以上に、俺は、君をもっと大切にしたい。

 「好きだよ、奈々」

 ゆっくりと顔を近づけて、唇を重ねた。


 

 また きみのあたたかさを 知る
          (もう何度も触れているはず、なのに)




 お題元:確かに恋だった 様
 
 

 「--------はっ!」
 「・・・・ん?どうしたの、奈々」

 週末のある日。奈々は怜治の家に泊まりに来ていた。二人で寝ていたところ、怜治の部屋着の裾をつかんで彼女は涙目でおびえていた。

 「怜治さん・・・怖かったです・・・!!」
 「悪い夢でも見た?」
 「鬼が!!たくさんでてきて、こうなってこうなって、私全速力で逃げたんですけど、あっという間に追いつかれてもうだめだって思った瞬間に目が覚めました~~~~」

 詳しい状況を身振り手振りで教えてくれたが、いまいちよくわからない。とにかく鬼に追いかけられたらしく、なんだか疲れているようだった。その後も青ざめた様子で心臓飛び出そうとか、生きた心地しなかったとか、思い出したように玄関を振り返ったりしていて、怜治は鬼だけでここまで騒げる奈々がおもしろくて、ついに吹き出してしまった。

 「あーーーーっ!笑いましたね!?」
 「ご、ごめん。いや、だって・・・ぷっあはははははは!!!夢だし、そこまで気にしなくてもいいのに、大げさでおもしろくて」
 「・・・・」

 彼女はふてくされてそっぽを向いて体育座りをしてしまった。どうやらいじけてしまったようだ。笑いすぎたよね、悪かったって。

 「馬鹿にしてるわけじゃないよ」
 「・・・・・・・」
 「そういうところも可愛いなって」
 「はい、ストレートでました」
 「ひどいなあ、ほめてるのに。照れてる?」
 「照れてないです!」

 座ったままうつむいて丸くなり、しばらく黙りこくってしまった。こっちを向かない奈々に焦れた怜治は、彼女のさらさらの髪の毛を一束すくって、くるくると自分の指でもて遊んで気を引こうとしたが、反応はない。

 「奈々」
 「・・・・」
 「いいかげん、こっち向いてくれない?」

 耳元でささやくと、髪の間から見える耳が真っ赤になるのが分かった。帯びる熱が少し伝わってきて、今すぐ甘噛みしたい衝動を抑える。頑なに結んでいる腕同士をほどいて後ろから体全体で包むように抱きしめると、彼女の鼓動が速まるのが聞こえてくる。

 「・・・・近い、です・・・!!」
 「泊まっといて、今さらでしょ。奈々は天然で可愛いな」
 「~~~~~~っ、そんなの知りません・・・!」
 「怖かったね、笑って悪かったよ」
 「分かってくれたなら、いいです」
 「うん」
 「泊まりに来てよかったです」
 「?」
 「悪夢で怖いって理由で誰かを起こして話すなんて、とてもできません」

 奈々は血のつながった家族と一緒に住んでいないことは怜治も知っていた。そして親戚と住んでいるものの、心から甘えることが出来ずにいることも。自分が家族に近い存在になりつつあると思ってもいいのだろうか。もしそうだとしたら、すごく嬉しくなった。心から甘えられる唯一の居場所が、自分だなんて。

 「好きなだけ甘えて。色んな奈々を、俺に見せてよ」
 「・・・・・・」
 「まだ恥ずかしいの?」
 「怜治さんの感覚がちょっと変わってるんじゃないですか?」
 「そうかな?少しずつ慣れていったらいいよ」
 「そうですか・・・・」

 前はこれでもかってくらい真っ赤になっていたのに、少し慣れたのかほんのり赤くなる程度だ。これを言うと調子に乗りそうなのであえて言わないが、反応が薄くなっていくのは少し残念だ。その反面、自分色に染まってきている証だから、嬉しくもあるが。 

 「・・・・落ちついた?」
 「はい。やっと寝れそうです。ありがとうございました」
 「ふふ。よかった」
 「・・・怜治さん?」

 奈々が寝ようと思い、動こうと思ったが怜治の腕の力が強くて動けない。怜治は相変わらずにこにこしている。

 「寝ないんですか?」
 「明日の朝には帰っちゃうでしょ?今度いつ会えるか分からないから、いま充電しときたいんだ」
 「ちょ、れいじさ・・・・んっ・・・・・・あ」

 怜治は後頭部に手を添えて、強引に唇を奪った。いきなりで目を見開く奈々の唇をなぞって口を開かせ、舌を絡ませていく。

 「ん・・・むぅっ・・・・や、んんっ・・・・ふ・・・・・・」

 呼吸がうまくできないのだろうか。次第に頬を染め、目尻にはうっすらと涙が浮かぶ。でも、ごめん。今日も久しぶりに会ったから、正直足りてないんだ、奈々が。
 散々キスを深めた後、首筋を吸い付いて、前につけたのとは違う場所に赤い印を散らした。

 「・・・あっ、ま、またそれ・・・・・もう・・・!!」
 「消えそうだったからね」
 「・・・・・いたっ・・・・・・あぁっ」 
 「ふう」
 「もう・・・・!ちょっどこ触ってるんですか!!」

 怜治の手が服の下をもぐってお腹あたりをなでたかと思ったら、だんだん上の方に上がってくる。思いっきりにらみつけられ、おもしろくなさそうに眉尻を下げた。

 「・・・だめ?」
 「だめです!」
 「冷たいなあ」
 「十分です!そういうのはちゃんと大人になってからです!!」
 「しかたない。今日はこのくらいにしておくよ」

 けっこう充電できたしね。やっと奈々を開放し、横になった。隣で眠ろうとする奈々の頬に手を当てると熱を持っている。

 「また落ちつくまで寝れないね?」
 「誰のせいですか・・・!はぁ・・・明日遅刻しちゃうかも」
 「・・明日も泊まってく?」
 「けっこうです!!!」




  手をつないで おやすみ
     (君が怖い夢を 見ないように)




お題元:確かに恋だった 様
 

つま先立ちの、

 「奈々、おつかれ!また明日ね~」
 「おつかれ莉子、また明日ね!」

 奈々は莉子と学校からの帰り道、家が離れているので途中で別れて一人で家路についた。
 今日は部活がないから日が沈む前に帰れる。いつもの通学路がなんだか違って見えた。
 久しぶりに時間が取れるから、奈々は歩いている間、何をしようか考えていた。この前買った雑誌を読んで今年の冬はどんな服を買うかあれこれ考えるのもいいし、新しく始めた編み物の続きもしたい。パソコンで好きな歌手の音楽を聴くのも捨てがたいし、耕ちゃんのお菓子をゆったり食べるのもときめく。・・・・でも、それ以上に。

 (・・・・今日A町で撮影って言ってたけど、どんな感じなのかな)

 浮かんだのは怜治のことだった。最近会っていなくて、奈々は寂しい気持ちが募りに募っていた。普通の女子高生と、芸能界で活動するアイドル。まるでドラマの設定ような話で、高校も違えば住んでいる世界も違う。ただでさえきれいな人が周りにいくらでもいるはずなのに、なんで自分を選んでくれたんだろうというコンプレックスはいつも感じていた。胸にずっと引っかかっているが、こんなこと聞くのは失礼だと思ってとても口に出せそうにない。

 (・・・私、怜治さんのこと、なんにも知らないや)

 なんだか情けなくなってきた。いつも助けられてばっかりで、怜治がどんなことをしているのか、どういう風にがんばっているのか、知る機会が全くと言っていいほどなく、奈々には想像がつかなかった。怜治は多忙で、正直時間を切りつめて奈々に会っている。前は会いたいと軽く彼にこぼしていたが、自分の気持ちを何度も言うのは少し子どもっぽくわがままな気がした。

 (・・・ただでさえ大人っぽいのに、考えが幼いって思われたくないもん。でも、ちょっとだけ遠くから顔見るくらいならいいよね・・?)

 こうして奈々は一人で怜治の様子を見に行くことにした。都合のいいことにA町はピリカの近くだった。話せないのは残念だが、怜治にやっと会える。それだけで奈々の心は弾むように軽くなった。


 私服に着替えた後、さっそくA町へと家を出た。11月の風は冷たく、鼻と頬がひりついて思わず身震いし、首に巻いたマフラーにさらに顔をうずめる。早く会いたい奈々はただ足を速めた。
 A町のどこかにいる怜治をしばらく探していると、見つけた。おしゃれなカフェを貸し切って、テラスで女性と二人で話している。どうやらインタビューらしく、真剣な様子が伝わってくる。周りにはカメラマンやアシスタントがいて、現場はかなり華やかだ。

 (うわあ・・・!!芸能人の顔だ)

 そこには普段奈々と会うときの怜治はなかった。完全にアイドルとしてのプロになっている怜治の姿を見て、奈々は少し感動した。

 (こんな怜治さん、見たことない)

 かっこいい。こんな人が自分の彼氏なんて。奈々は今までよりもっと誇らしい気持ちになった。それと同時にストライドも日舞も芸能活動もこなす怜治はやっぱりすごいと尊敬する。自分も隣にいて恥ずかしくない人でいたい。自分磨きをしなきゃ・・・!
 撮影の間しばらく見ていたが、結局気づかれることはなく、カメラマンたちが後片付けをしだしたので、満足な気分のまま私も帰ろうと、奈々もピリカに引き返そうとした。
 しかし秋ということもあって日が短く、あたりはすっかり暗くなっていた。あまり夜の道は得意ではない。これは急がなきゃ・・・・!と早歩きで歩いていた途中、後ろから男性の声がした。

 「ね、きみ!ちょっとちょっと!今から俺たちと遊ばない?」

 振り返ると背の高い、ノリが軽そうな派手な男の人たちがいた。せっかくだが遊ぶには時間が遅く、怜治がいるのにそれはどうかと思い、やんわり断ろうとした。

 「ごめんなさい、実家に戻らなきゃいけないので・・・」
 「えーいいじゃん、そんなこと言わないでさ!」

 何度言っても相手は折れてくれず、どうしようかと頭をひねっていると、男性たちは焦れたのか奈々の腕をつかんで引っ張ろうとしてきた。

 「大丈夫だから!なんにも怖くないから!」
 「ちょっと、困ります!離してください・・・!!」

 力の差がありすぎて、抵抗しても男の側に引っ張られる。掴んでいる手に力がこめられ、腕にきりきりと鈍い痛みが走る。これはさすがにやばい、と身の危険を感じたときだった。


 「・・・奈々?」

 透きとおった聞き覚えのある声。奈々は涙が出そうになった。

 「れいじ、さん」
 「え?なに、もしかして彼氏いたの?」
 「ええ、その子の彼氏です。奈々、どうして手をつないでるの?」

 怜治は男たちに会釈をし、奈々に問いかける。彼らは諏訪怜治だとまだ気づいていないようだ。無理もないと彼女は思った。なんせ帽子を目深にかぶり、大きなサングラスをしていたのだから。

 「帰ろうと思ったら遊ぼうって誘われて、断ってもなかなか離してくれなくて・・・」
 「それは困ったな。失礼ですけど、嫌がっている女の子を無理やり連れていくんですか?」
 「・・・・っ、別にちょっと誘っただけだよ!あーくそ、気分悪りぃ」
 「じゃあ、いいかげん離してもらいましょうか。・・・俺の彼女だし」

 軽くサングラスを傾けて目だけ男たちの方に見せると、彼らは一気に青ざめて叫んだ。

 「「諏訪怜治かよ!?」」
 「すみません、大声は控えてもらっても・・・見つかったら騒ぎになるんで、ね?」

 にこにこと満面の笑みで彼らに語り掛ける口調は柔らかかったが、奈々は恐怖を覚えた。----完全に怒っている。怜治が発する言葉には何とも言えない怒気がこめられていて、男たちもそれを感じたようだった。

 「す、すみませんでした・・・!!」
 「おい、もう行くぞ、やばいって!」
 「あ、ちょっと待って。ここにいたことは絶対言わないで下さいね。・・・じゃないと俺の彼女に手を出そうとしたことも含めて、そちらがどうなるかはご想像にお任せしますけど」

 アイドルスマイルを浮かべたまま、最後は刺々しい言葉を放つ怜治に、男たちは顔が青ざめ引きつり、一目散にどこかへ逃げていった。


 「・・・・・・・ふう」
 「・・・・・・・れ、れいじさん、ごめんなさい」
 「なんであやまるの?奈々は悪くないよ」

 相変わらず満面の笑みだが、目は笑っていない。

 「でも・・・」
 「悪いのは、あっち」
 「れいじさん・・・・」
 「というか、なんでここにいるの?たまたま?」
 「・・・撮影って聞いて、どうしても、顔、見たかったんです」

 申し訳なくて、奈々は怜治の顔が見れなかった。これじゃ彼女失格だ。思わず下唇をかみしめる。

 「俺に会いに来てくれたの?」
 「・・・・・もう、会いたいって、言いたくなかったから」
 「・・・」
 「・・・そんなの幼稚に思われそうで。怜治さんの隣にいるには、もっと自立してなきゃだめだって思って、だから・・・だから・・・・でも、結果的に助けられて。これじゃやっぱり子どもみたいですね・・・」

 はは、と力なく笑う私に、怜治さんは驚きを隠せない様子だった。その後彼はいつくしむようにふんわりと笑った。

 「奈々を子どもっぽいと思ったことなんて、一度もないよ」
 「・・・・っ」
 「いつも人の気持ちになって考えれる奈々は十分成熟した大人の女性だよ。俺はそういう目で見てたんだけど、気づかなかった?」
 「え・・・」
 「それに、俺がしばらく時間が作れなかったのも悪かった。あと、会いたいときは言って?溜めこまれても、逆に俺が嫌なんだ」

 奈々がいやな気持ちになるのが、嫌なんだ。怜治は小さく呟いた。
 
 「不釣り合いとか、ふさわしいとか、余計なこと考えないで、とにかく俺の隣にいてくれたらいいから」
 
 怜治さんの言葉が胸にじんわり温かく染み込んでくる。そのままの私でいいんだ。今まで自信がなくてあれこれ考えて張りつめていた糸がぷつんと切れた途端、こみ上げてくる熱い何かで、怜治さんの顔がぼやける。

 「・・・・生理食塩水ですから」
 「うん、生理食塩水だね」
 「強がってません!」
 「分かってるって、ときどき意地っ張りさんだね、奈々は」

 からかわれる前に言っとこうと先手を打ったが、やっぱり空回りしてしまった。くすくす笑いながら怜治さんの大きな手のひらが、ぽんぽんと私の頭に乗った。やっぱり大人だ。追いつきたい、追い越してやる。近い将来見返してやるんだから。


  きっと夢中にさせるから
     (今はつま先立ちの、恋だけど)




お題元:確かに恋だった 様

【怜治(大学生)×奈々(大学生)です】

 蝉が鳴き始め、じわじわと汗をかく季節になるころ。奈々は午前中の講義を受けるために大講義室へ入り席に着くと、大きくため息をついて机へ突っ伏した。

 「おつかれ!・・・どうしたの?奈々~元気ないじゃん」
 「お、おつかれえりちゃん!はは、なんでもない!気にしないで~」

 奈々はなんとか笑顔を取りつくろってその場をごまかす。友人はなんとも不思議そうな顔をして、それ以上は何も言わず、隣の席について、その日は同じ講義を受けて、何事もなく帰宅した。
適当に通学かばんを置いて部屋着に着替えた後、そしてまた机に突っ伏す。そう、奈々はある悩みを抱えていた。

 (また今日も見てしまった・・・・おかげで寝不足だよ~~)

 ここ最近、毎日怜治とキスをする夢を見るのだ。いつも真夜中に目が覚め、その後は緊張して目が冴えてしまい、結局眠れない。こんなこと友人にも話せないし、ましてや怜治に話したら絶対にからかわれる。夢ばっかりは自分でもどうにもできない。しかも内容が毎回違い、刺激どころの話ではない。

 (会いたいけど、まともに顔みれないかも・・・!)

 こうして奈々は、一人悶々と悩むのであった。

 「いらっしゃい、奈々」
 「お、おじゃまします」
 「・・・?」

 怜治の休みの日に合わせ、2人は彼の家で過ごすことにした夕方のこと。奈々は玄関で会ったものの、やはり彼の目を見ることができずにいた。怜治は奈々の様子がおかしいことにすぐに気づく。

 「あっ、これ差し入れです。すごくおいしかったから、一緒に食べたいと思って買ってきました!」
 「ほんとう?ありがとう、冷蔵庫に入れておくから、あとで持ってくるよ」
 「はい!」

 怜治は奈々から差し入れを受け取り、冷蔵庫に入れる間、自分に思い当たる節がなく、疑問に思った。その後も一緒にご飯を食べ、適当に会話をしながらテレビを見たりしてくつろいでいるときも、やはり奈々はどこかぎこちなかった。ますますあやしくなり、お酒を飲んでいる途中、怜治は隣にいる彼女に問いただすことにした。

 「最近、なにかあった?」
 「へ!?べ、べつに、なにもないです。ふつうの日常です!」
 「ふうん・・・」
 「どうして?」
 「目、合わせてくれないから」
 「!」

 あからさまにおどろき、奈々は下を向いた。お酒も入っていることもあってか、動揺が隠しきれてない。自分には話せないようなことがあるのかと怜治はもやもやし、少し苛立ちを覚える。

 「俺には、話せない?」
 「・・・・・・・・」

 奈々はカクテルの入ったグラスを傾けた後、ゆっくりと怜治と顔を合わせた。彼女の頬はほんのりと赤く染まり、瞳は潤んで揺れている。すこし見つめ合った後、彼女はおもむろに口を開いた。



 「毎日怜治さんにキス、されます。夢で」
 「・・・え?」
 「おかげで寝不足です」

 彼女は吹っ切れたのか、今度はしっかりと目を合わせてきた。どうしてくれるのかと言いたげな顔である。色っぽい表情に、怜治は一瞬気を取られてしまう。

 「・・・れいじさん?」
 「夢って自分の願望をうつす鏡っていうよね」
 「・・・・・・!」
 「つまり、そういうことなのかな?」
 「~~~~っ」
 「ねえ、俺にどんな風にキスされるの?」

 顔を近づけて尋ねてみると、口をへの字に曲げて、一向に口を割らない。奈々が話せるはずもない答えをあえて質問するのだから、我ながらいい性格をしていると怜治は思った。彼女から甘ったるい酒の香りがして、まるで煽られているようだ。自分も酔っているからなのか、いつもより自分の気持ちに我慢がきかない。

 「・・・・・・・・」
 「話せないようなこと、されたんだね」
 「からかわないでくださいっ・・・・」
 「・・・・じゃあ、現実の俺は、どんな風にキスすると思う?」
 「・・・・・・知りません!」
 「つれないなあ」

 いつもよりからかい甲斐のある奈々の反応を見るのが楽しい。最初はゆっくりと唇を重ねるだけだったが、徐々に深いものへと変えていく。だんだんと息苦しくなったのか、背中にしがみついてくる奈々の手が愛おしくてたまらなくなる。普段ならここでやめるが、今日は気持ちが盛り上がってしまい、そのままソファへ押し倒してしまった。

 「んん・・・・ちょ、はなして、れいじさ・・・・・やっ」
 「今日はいつもよりキスしたい気分なんだ。誰のおかげだろうね?」
 「っ・・・・・・ばか」
 「なにか言った?」
 「なんでもないです」
 「俺も奈々に夢で会いたいよ」
 「これ以上いじらないでください・・・・・!」

 限界ですと言ったきり、奈々は疲れたのか、あきらめて抵抗しなくなった。頬にキスした後、その小さな体を抱きしめる。

 「夢に出てこれなくなるのは残念だけど」
 「いい加減寝させてくださいっ・・・・!」
 「まだしたほうがいい?」
 「いつ頼みましたか!?」


  本気で嫌がらないと やめてあげない
         (嬉しいの、顔に出てるよ。言わないけど)



お題元:確かに恋だった 様

誰にでも

【怜治(高校生)×奈々(高校生)、公認で付き合っています】
 タイム計測会で全国各地から代表校が集まったときのこと。陸は奈々に話しかけようとして、近づいたが、よく見たら彼女の頬になにかついていることに気がつく。

 「桜井さん、ここ、なにかついてるよ?」
 「え、ありがと!」
 
自分のほほを指さすと、奈々もそれにならい同じところを取ろうとする。しかし取れていない。

 「うーん・・・取れてないなあ」
 「取っていいよ!」
 「!わかった、ちょっと目つぶってて」
 「はい!」

 まじか・・ラッキー!でもちょっと緊張するなあと思いつつ、陸は奈々の頬についているものを取った。

 「ん!取れたよ」
 「ありがと!今日鏡もってくるの忘れちゃったんだ~助かった!」
 「どういたしまして!」

 計測会会場に西星学園も来ており、怜治も他校の選手の走りを見て闘争心がを燃やしていたところ、ふと目を違う方にやると、奈々と陸が何か話している。すると、陸が奈々に近づきすぎているではないか。奈々の後ろ姿しか分からないのではっきりしないが、まるでキスしているような2人の姿に、怜治は少し不機嫌になった。

 「・・・怜治様?」
 「ちょっと外すよ」

 不思議そうな静馬を横目に、奈々が一人になったのを見計らって、彼女の方へ向かうと、こちらに気づいて大きく手を振り、満面の笑みで迎える。

 「怜治さん、お疲れさまです!」
 「うん、おつかれさま。ちょっといいかな?」

 にこにことしながら、こっち、と手を招いて、人目のつかない裏側へと連れていく途中、陸たちと目が合った。さっきのおかげで気が立っていた怜治は、陸に黒い微笑をおくった。それを見ていた方南一行は背筋が凍り、陸はひざが震えた。

 「怖!なんだあの笑顔、お前見たよな?」
 「・・・なにかやらかしたんじゃないのか」
 「なんもしてないって!」
 「自分ではそう思ってなくても、他人は違う受け取り方をするときがあるから、人間とは全く怖いものですなあ、小日向氏」
 「門脇氏、拙者もそう思うでござるよ」
 「同情するぜ・・・桜井」
 「・・・・・だからなにもしてないですってば!」

 方南メンバーの白い目を一身に受け、陸は居心地が悪くなったが、とりあえず心の中で奈々に謝った。

(何か分かんないけど・・桜井さん、ごめん!)


 「怜治さん、どうしたんですか?」

使われていない個室のドアの鍵を閉めて、奈々の方へ向き直る。奈々は怜治の黒いオーラに気づかず、状況をよくわかっていないようだ。

 「さっきの、見ちゃったんだ」
 「さっき?」
 「八神と何かしていたよね?」
 「八神くん・・・・?」

 一体何のことだろうと、奈々は首をひねる。心当たりがないので話しようがなく黙っていたら、怜治が目の前に来て、顔を覗き込まれた。

 「れ、怜治さん、近いです・・・!」
 「この距離で、彼とキスしてなかった?」
 「キ、キス!?してません!!なにかついていたので取ってもらったんです」
 「え?・・・・・・なんだ、そうだったの」

 怜治は拍子抜けしてしまった。角度の問題でそう見えていただけだったのか。よかった、確かによく考えてみると、公衆の面前でキスする男女はなかなかいない。彼女のこととなると常識うんぬんを考えるのを忘れてしまうらしい。彼は安心して、誰にも見られないところで奈々を抱きしめる。

 「はあ、よかった。他の男にされたのかと思って気が気じゃなかったんだ」
 「そんなこと、怜治さんじゃなかったら全速力で逃げてます」
 「・・・でも、君がとっていいって、言ったの?」
 「はい、自分で取れなかったので」
 「・・・・奈々は異性の顔に触れてもドキドキしないの?」
 「・・・・・!」

 ようやく自分のしたことに気づいたようで、大きく目を見開いた。半開きになった口元を、人差し指の先でそっと抑えてから優しく微笑む。

 「他の男に勘違いさせるようなこと、もうしちゃだめだよ?」
 「あ・・・・はいぃ・・・・」
 「俺からのお願い、ね?」
 「分かりましたっ・・・」



  誰にでも 隙だらけ
       (しばらく気を抜けそうにないな)




お題元:確かに恋だった 様

つま先立ちの恋に慣れたら

つま先立ちの恋に慣れたら

プリンス・オブ・ストライドの二次創作短編集【怜治×奈々】になります。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-05

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 手料理
  2. 水族館
  3. 梅雨
  4. 風邪
  5. つま先立ちの、
  6. 誰にでも