宇宙人おもてなし課

 城島が住民票の転入出届を入力していると、市民課の課長から、ちょっと来てくれと電話があった。作業を中断し、城島は課長室に行った。
「何でしょうか?」
 眉間にタテジワを刻んで書類を睨んでいた課長が、顔を上げた。
「おお、呼び出してすまん。急な話だが、今朝、惑星エスパーニアの領事から、市内を視察したいとの依頼があったそうだ。宇宙課から、おまえを名指しで応援要請がきてる。今すぐ領事館に行き、ご希望の場所を聞いて、領事を案内してくれ」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください。確かに、今日はノーアポですが、管轄が」
「そんなことはわかっとる。だが、惑星サミットの準備で、夕方まで宇宙課の連中は全員出払っている。宇宙語がしゃべれる手すきの人間は、今おまえしかおらんのだ。頼む」
「でも、でも、おれの宇宙語なんて、聞き流しメソッドで覚えただけのカタコトで。あ、そうだ。エスパーニア人って全員超能力者らしいじゃないですか。宇宙語がしゃべれなくたって、テレパシーで通じるはずですよ」
 課長は苦い顔をした。
「それもわかっとる。しかし、仮にも相手は領事だ。言いたいことを考えていますから、どうぞテレパシーで頭の中を読み取ってください、なんて失礼なことが言えるか。グズグズ言わずに、さっさと行ってこい!」
「はあ」
 城島が駐車場に降りると、空いている公用車が災害時巡回用の軽しかなく、どうしたものか一瞬迷った。
(いくらなんでも、こりゃ失礼かな。かと言って、普通車がいつ戻って来るかわかんないし。ええい、ままよ、だな)
 エスパーニアの領事館まで10分もかからない。正門に近づくと、子供が立っているのが見えた。その子が手を振っている。城島は一旦車を止め、ウインドウを下げた。
「ぼく、どうしたの?」
 言ってしまってから、相手が地球人ではないことに気付いた。身長は子供ぐらいだが、顔が真っ白で、目が倍ぐらい大きく、鼻と口は極端に小さい。一瞬子供と錯覚したのは、小学生のような黄色の帽子をかぶっていたからだ。スーツも、この身長では子供服にしか見えない。
「城島さんですね。エスパーニア領事のキララです。今日は無理を言ってすみません」
「あ、これは、大変、失礼を」
 城島はあわてて飛び降り、後部座席のドアを開いた。
「どうぞどうぞ」
「ありがとうございます」
「えーっと、他にお付きの方は?」
「いません。今回は、いわゆる『お忍び』なので」
 自分でウケたらしく、キララはフフフと笑った。
 黄色の帽子は変装のつもりであろう。だが、遠目ならともかく、近づけばバレバレである。城島の頭に『バレバレは宇宙人だ』というダジャレが浮かんだが、心を読まれては大変だと思い、あせって運転席に戻った。
「なるほど、そうですか。で、どちらに行きましょう?」
「よろしければ、城島さんの家に」
「えっ」
 城島は急ブレーキを踏んだ。
「家って、自宅ってことですか?」
「別荘でもかまいませんよ」
 キララは、またフフフと笑った。
「あ、いや、別荘なんて、とても。っていうか、おれが住んでるのはボロアパートですよ。ひとり者なので、部屋もすごく散らかってますし」
「かまいません。と言うより、むしろ望むところです。ごく普通の地球人の生活が見たいので」
「はあ」
 生活を見られるこっちの身にもなってみろ、と思い、あ、心を読まれる、と思い、これじゃ運転に集中できない、と思っていると、キララが話しかけてきた。
「すみませんね。プライバシーは尊重しますので。もちろん、断りなく、城島さんの心を読んだりしませんから、どうぞご安心ください」
 ちっとも安心できない。城島はまた、ええい、ままよ、と開き直り、自宅に向けて車を走らせた。
 城島の住んでいるアパートは、今時珍しい木造モルタル二階建で、とても貴賓を招くような家ではない。予想以上にひどい有様を見れば、キララも中に入るのをあきらめるかもしれない。
 アパートの駐車場に車をとめ、城島は先に降りた。
「さあ、ここの二階です。階段気を付けてください。結構傷んでますから」
「そうですか。では」
 そう言った途端、キララの姿が消えた。
 驚いている城島の頭上から、「ここですよ」と声がした。見ると、階段の上にキララがいた。テレポートしたらしい。
「あ、今行きます」
 ギシギシ鳴る階段をのぼりながら、何だよテレポートできるなら車いらないじゃん、と考えそうになるのを、必死で打ち消した。二階に上がると、キララは城島の部屋の前で待っていた。心を読んでいるとしか思えない。
「少々お待ちください。カギはドアの上に置いてるんで」
「はい、どうぞ」
 ドアの上からカギが浮かび上がり、城島の手元まで空中を飛んできた。
「ひえっ。あ、ありがとうございます」
 失礼なことを考えないよう、城島は頭の中で古い流行歌のサビを繰り返した。
「散らかってますので、足元にお気をつけください。インスタントしかありませんが、コーヒーでもいれますので。あ、そうか、コーヒー飲めますか?」
「ええ。地球に来てから、好物になりました」
 城島はスプーンを出そうとして、一本曲がっていることを思い出した。以前、テレビの超能力番組を見て、自分も曲げてみようとして曲がらず、腹が立って力任せに捻じ曲げたものだ。
「そうだ。領事もスプーンを曲げたりするんですか?」
「はい?」
「あ、すみません。地球では、超能力、イコール、スプーン曲げ、みたいなところがありまして」
「では、そのスプーンは城島さんが超能力で」
「いやいや、これは手で曲げました」
「そうですか。わたしにちょっと貸してください。いえ、そっちの曲がっている方です」
 曲がったスプーンを受け取ると、キララは親指(?)と人差し指(?)で挟んで、スーッと伸ばした。すると、まるで曲がったことなどなかったように、真っ直ぐな状態に戻った。
「わあ、すごいですね。さすがに本物は違うなあ」
「それより、わたしがわからないのは、何故わざわざ超能力でスプーンを曲げるのか、ということです。それが何の役に立つのでしょう?」
「うーん、言われてみれば、そうですね。まあ、地球では超能力を持ってる人なんてめったにいませんから、役に立つ立たないというような考え方は、あまりしないですね」
「そういうものですか。わたしたちには、超能力とは生活に必要な能力である、という認識しかありませんので」
「うらやましい限りです」
 だが、キララは苦笑した。
「そんなことはありません。地球の文明の方が、もっとすばらしいですよ。例えば、城島さんが友だちを遊びに誘うときは、どうしますか?」
「うーん、まあ、いきなり電話じゃなんだし、まず、メールしますね。でも、エスパーニアの方はテレパシーがあるじないですか」
 キララはさらに苦笑した。
「今、いきなり電話じゃ、と言われましたね。でも、電話なら、忙しければ受話器を取らなければいいのです。でも、テレパシーは」
 突然、城島の頭の中に、キララの声が響き渡った。
《メッセージを拒否することができないのです!》
「わーっ!」
 城島は頭をかかえた。
「どうも失礼しました。どうですか、テレパシーというのは、案外不便なものでしょう。わたしたちは、メールがうらやましい。地球の文明がうらやましい。ですが、現在はあまりに文明の差がありすぎて、すぐにマネをすることは難しい。そこで、まず、地方都市の一般市民の生活から学ぼうと、ここに領事館を作りました。どうか、ご協力をお願いします」
 城島も、相手の事情が少しは理解できた。
「わかりました。できる限り、協力させていただきます」
「ありがとうございます。ところで」
 キララは、フフフと笑いながら城島に尋ねた。
「『ええい、ままよ』って、どういう意味ですか?」
(おわり)

宇宙人おもてなし課

宇宙人おもてなし課

城島が住民票の転入出届を入力していると、市民課の課長から、ちょっと来てくれと電話があった。作業を中断し、城島は課長室に行った。「何でしょうか?」眉間にタテジワを刻んで書類を睨んでいた課長が、顔を上げた。「おお、呼び出してすまん。急な話だが......

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-04

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted