泡沫 ~夕空のキセキ~ #2
放課後の探し物 ①
放課後。……と言ったって、窓から見上げるあの空に大した変化はないのだけど。
もう三十分くらい前には、この教室から人の声は消えていた。入学式からまだ一週間しか経過していない今日はどこの部活も活動を再開していないらしく、通常より早く設定されている最終下校時刻までは、あとおおよそ一時間となっている。
生徒の大半は既に家路についた頃だろう――それを分かっていながら、もう出来ることはないはずなのに、僕は席についたままだった。
――思い違い……だったのかな。
おぼろげながら、今から丁度一日前のことをもう一度思い出してみる。けれど、相変わらず彼女が同学年であると判断できるような何かは見つけられなかった。うちの学校は履いているスリッパの色で学年が分かるようになっているのだけど、それは当然室内にいる時でしか判断材料にならない。勘とはいえ、何故だか妙に確信のあったその情報が間違いだったとすると、いよいよ彼女を探すことは難しくなってくる。昼休みに一年生のクラス全部を見て回っても見つけられなかったのに、全学年となればそれは明らかだった。
うっすらとでも特徴は覚えているから、見落としの可能性は低いと思う。もしすれ違っているだけなら、多分何日も続くことはないだろうから、また明日もう一度回ってみればいいのだろう。……それでも駄目なら、もう最悪の展開を考えるしかない。
なるべく早く会っておきたい。個人的に気になることも少しはあるのだけど、それよりもまず、ちゃんと謝っておきたかった。
「……何を、焦ってたんだろ」
昨日の今頃。少しだけおかしな出会いをした、初対面の女の子。
その瞳は、ただこちらを心配するように、優しげな色を浮かべていたと思う。
敵意なんてまるでない……そもそも、あの人たちではなかったのに。
――その場を離れてっ!
心の奥底で、それまでは知らなかった何かが、そう警告を出していた。
……混乱していて、冷静な判断が出来なかったのだろうか。
体は何の躊躇も無くそれに従い、急な動きに驚いた彼女の隙をつくように。
僕は、その場を逃げ出してしまったのだった。
「……」
いずれ謝ることが出来たなら、それからいくつか確かめたいことがある。
――まず、どうして彼女はあそこに駆けつけたのか。
僕がいたのは校舎裏……それもその隅っこにある、何もないただの小さな空間だ。何の用もなく、放課後にわざわざ立ち入るような場所には思えない。
――そして、もう一つ。あの子は……僕のことを知っていたのか。
僕の方は、相変わらず初対面としか思えていないのだけど。
「ソラタくん……か」
水上 空汰(みなかみ そらた)。確かにそれは僕の名前で間違いなかった。加えて、名字ならともかく下の名前で呼ばれたということは、もしかしたらただの知り合いではなかったのかもしれない。
――友達? ……いや、そこまで親しい女の子の友達なんていたかな。
「……」
――まあ、今日はもうこれ以上考えていても仕方無いし。
「帰ろう」
そう独り言ちてから、机の脇に置いてあった鞄を提げて席を立った。引きずられた椅子の脚が静まり返った教室に鈍い音を響かせる。改めて周囲に他人の気配がないことを確認して、僕はゆっくりと教室を出て行く。左右に伸びる人一人いない廊下はやや不気味に思えて、少し耳を澄ませば、遠くから謎の足音が聞こえるような気がした。
タッタッタ……
「……ん?」
――気のせい、じゃない?
タタタタタッ
――これ、明らかに近づいて……。
「……!」
気付くのが遅かった。振り返ると、そこには階段へと続く曲がり角があって。
音の主は、もうすぐそこまで駆け下りてきていた。
「わわわっ!?」
「っ……!」
ドンッ
……この距離で衝突を回避できる術は、果たしてあったのだろうか。
泡沫 ~夕空のキセキ~ #2
皆様お久しぶりです、天色です。
前話の投稿からかなり日が空いてしまい、また夏休みを挟んだにも関わらず、大変短い文章で本当に申し訳ありませんでした。
次回からはもう少し小まめに投稿できるように頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。