フルーツバスケット版権小説「僕から、僕を(紫呉×はとり)」(全年齢対象BL・無料)

フルーツバスケット版権小説「僕から、僕を(紫呉×はとり)」(全年齢対象BL・無料)

【再掲時コメント】
 アニメ「フルーツバスケット」の前半+妄想設定で、2002年ごろに書いてWebサイトにUPしていた作品の再掲です。紫呉が変身した後っぽい犬を見て右往左往するはとり。
 たぶんはじめて書いたBLもの。執筆時コメントを見ると、同人系小説の作品っぽさを出そうと結構迷っていた模様。


【執筆時人物紹介】
(「フルーツバスケット」を知らない人が小説を読むのに必要だと思われる、設定の抜粋です。一部、著者なりに解釈したところがあります。)

草摩はとり(そうまはとり):草摩家の主治医として働いている。体が弱ったり、異性と抱きついたりした場合、タツノオトシゴに変身してしまう、という十二支の呪いにかかっている。いつも真面目で冷静で、感情の起伏が少ないのではないかと思われがちである。
草摩紫呉(そうましぐれ):結構売れっ子の小説家。はとりと同じく、体が弱ったり、異性と抱きついたりした場合、犬に変身してしまう、という十二支の呪いにかかっている。このため、犬の声が聞き分けられたり、ちょっとした会話ができたりする。人に「さざ波」「クラゲ」と称されるなど、ひょうひょうとしたつかみ所のない人物。
草摩綾女(そうまあやめ):はとり、紫呉とは、昔から良く一緒に過ごしていた。いわゆる、まぶだちである。
本田透(ほんだとおる):諸事情のため、家事手伝いとして、草摩紫呉の家で暮らしている。素直で可愛い女の子。
草摩慊人(そうまあきと):草摩家の当主として君臨する、謎の人物。草摩家の人は、誰も彼に逆らえない。暴力を振るうこともしばしばあるようだ。
草摩夾(そうまきょう):草摩紫呉の家で暮らしている。
草摩由希(そうまゆき):夾と同じく、草摩紫呉の家で暮らしている。
みっちゃん:紫呉の元に時々やってくる、担当編集者。いつも「担当いじめ」として紫呉にからかわれている。


1.

 その日も、良く晴れていた。はとりは一日の仕事を終え、大きくのびをする。日暮れの空を見ながら、一日が特に何事もなく終わったことを思う。
 ただ、今日は普段と同じ日ではない。誕生日、というありがたいのかありがたくないのかよく分からない名称が付けられている日である。
「別に、祝ってほしいわけではないが……」
 そう言えば綾女が、昼休みを見計らったようにやって来た。
「僕の入れた茶ではないが、まぁぐいっと飲みたまえ!」
 彼のすすめるままに、喫茶店へ行き、彼のおごりで昼食をとった。相変わらず彼は目立つ。整った顔、それより、長い銀髪に、その辺では明らかに見ない形の衣装。お昼時の混んだ店で彼と共に食事をするのは、ちょっと問題だった。明らかに奇異の視線が何本も突き刺さってくる。まぁ、当の本人は何も気にしていないのだろうが。
 紫呉は……。
 紫呉は、まだ来ない。
「ぐれさん? 誘おうとしたけど、留守だったよ」
 綾女は、彼に似合わない曖昧な笑顔を浮かべ、そんなことを言った。綾女は、三人のうち、自分を除く二人の関係が微妙に変わっていることを、実は気が付いているのかもしれない、とはとりに思わせるような笑みだった。
「まぁ、あいつもそんなに暇ではないだろう」
 はとりは何気ないふりで笑い返した。
 そしてそれから数時間。紫呉は、来ない。
 今日はただの誕生日だ。普段の日とどう違う?
 そんな自問自答が無意味に感じられるほど、寂しいという感情に心が揺れる。妙に胸が騒ぐ。去年の誕生日はどうだったか、と考えているが、良く思い出せない。そんな自分が、一番寂しいのかもしれない……。
 だが、自分の誕生日を忘れられていることを思って嘆くなんて、女々しいにもほどがある。そう思い直し、はとりは姿勢を正し、雑務に手をつけてみた。紫呉が来るのではないか、と思うと、ちっともはかどらない。
「はとり様、お客様です」
 女中に呼ばれ、はとりは玄関へ向かった。そこで待っていたのは、髪を細い二本のおさげにまとめた、見覚えのある女の子。本田透である。
「は、はとりさん、こんにちは」
「あぁ、こんにちは」
 彼女の口調は明らかにどこか焦っているようだが、とりあえず挨拶を返す。本家に一人で来るのはあまり好ましくないとは思われるのだが、彼女自身、それは分かっているはずだ。
「どうしたんだ、突然?」
 まさか、彼女が自分の誕生日を祝いに来た、と思うほど、自分もお人好しではない。
「あの、紫呉さんが……」
 透がそう言って後ろを向くと、彼女に呼ばれたかのように、門の陰から一匹の犬が出てきた。立った耳と、くるっとした目が印象的な、少し大きめの黒い犬。見覚えがある。紫呉か。
 犬はのそのそと歩いて、透を追い越し、はとりの足下まで歩いてきて、そのままうずくまる。心持ち疲れているようにも見受けられるが。
「紫呉か?」
「あ、いえ、何も聞かないでください。では、さよならなのです!」
 透は明らかに全力疾走だと分かる早さで、スカートの裾を気にすることもなく、門を走り抜けてしまった。つっかけで追いつける早さではないし、ここに紫呉がいるならば、彼から事情を聞けばいいだけの話だ。
 黒犬は、そんなはとりの意図を知ってか知らでか、のんびりと寝そべっている。
「紫呉? お前、本田くんに何か変なことでもしたのではないだろうな? 彼女おびえていたようだが?」
 犬はかすかに顔を上げ、ゆっくりとした動作で立ち上がり、はとりの周りを一周する。
「お前、何考えているんだ?」
 犬は一声、小さく吠えた。
 あいにくながら、はとりには犬の言葉を解す能力がない。
「とりあえず、変身がとけるまで待つか」



 そして二時間後。日はとっくに暮れてしまったが、紫呉はまだ犬のままだった。
 そのうち人間に戻るだろう、とはとりは自分の服を上下準備して、縁側に座って待っていた。だが、いっこうに白煙が上がる気配がない。普通ならば、変身してもせいぜい数分で、元の姿に戻るはずなのだが……。
「おい、紫呉?」
 呼びかけると、返事はする。目の前で足をぶらつかさせると、鬱陶しい、と言うかのように前足を上げる。考えてみると、紫呉が変身した姿をじっくりと眺めたことがない気がする。通常、異性に抱きつかないと変身はしないし、そんな現場にはとりが居合わせることはないだろう。ふせっているときは、とりあえず様態を見るのに必死だから、姿をのんびり眺めたりはしない。
 こうしてみると、可愛いものだ、とも思う。どこからどう見ても、ただの犬だ。首あたりの毛には、首輪の跡がない。飼い犬なら少し跡が残っているし、野良犬がこんなにのんびりしているはずがない。
「それにしても。お前、何で戻らないんだ?」
 軽く抱き上げ、縁側に乗せる。場所が変わってもあまり関心がないようで、犬はまたのんびりと寝そべった。はとりに警戒心を抱く様子はない。毛に手を乗せると、一瞬だけぴくっと震えたが、そのまま体をあずけてきた。
 実際問題、そんなにのんびり構えていられないのかもしれない。
 どう見ても病気には見えないが、実は病気なのだろうか。それ以外で、こんなに長い間犬のままで居続けるのは、おかしい。透は、紫呉が病気だから、自分の所に連れてきたのだろう。それにしても、なぜ彼女はあんなにも慌てて立ち去ったのだろうか。
 はとりは立ち上がり、紫呉の家に電話をかけた。
 電話に出たのは、夾だった。
「紫呉? いないぜ。透は買い物だ」
 どうやら、お目当ての人物はいないらしい。紫呉はここにいるから、まぁいいとして。
「あ、そういや、紫呉の書き置きがあった。しばらく留守にするから探さないでくれ、だとよ」
 例によって例のごとく、担当いじめでもするつもりだろう。
 もしかして、この犬は紫呉ではないかもしれない、と思ったのだが……。
 彼が家にいないのは事実だ。そしてここに、一匹の黒犬がいる。
 はとりは縁側に戻り、犬の隣に座り直した。すっかり日は落ちてしまった、この犬が縁側を離れると、きっとどこにいるのか分からないだろう、と思う。
「紫呉……」
 はとりがぼそっとつぶやくと、黒犬はそっと顔を上げて、はとりを見つめた。
「おまえ、一体……?」
 犬はのんびりと立ち上がり、はとりの膝に足をかけた。そして、はとりの頬をなめる。
 感触が何とも言えず、はとりは慌てて犬を引き剥がした。
「まったく。せめて、足くらい洗ってほしいところだが」
 スーツのズボンには、くっきりと足形がついてしまった。



 はとりが夕食をとる時間帯になっても、やはり黒犬は黒犬のままだった。
 今夜はわりと冷える。結局はとりは犬の体を濡れタオルで拭い、部屋に入れた。
 紫呉かもしれない犬を、外で一晩過ごさせるのはあまりにも酷だ。犬小屋もない。もしあったとしても、人間に戻ったとき、小屋を壊しかねない。壊すだけならまだましだが、壊す際に肌を傷つけかねない。元に戻った紫呉が、閉ざされた窓を裸で叩く姿など、想像して楽しいものではない。
 部屋に夕食を運ばせる際、ご飯とみそ汁は二杯分持ってこさせた。普段は食べる量が少なく、時には出されたものを半分も残すことがあるはとりがそんな注文をしたので、女中は少し不振げな顔をしたが、何も言わずに下がった。
「猫ではないというのに、猫まんまにしていいのだろうか……」
 ご飯単品では食べないようなので、結局汁茶碗にご飯を移し、簡単に箸で混ぜてやる。暖かいにおいにひかれたのか、犬は口先だけで器用に食べはじめた。汚すかと思い、換えのタオルを敷いていたのだが、その心配はなかったようだ。
 それにしても。変身をしたまま食事をする場合、どんな感じなのだろうか。人の姿のままで四つん這いになり、皿に口を突っ込んで猫まんまを食べる紫呉を想像し、似合わないな、とはとりは鼻で笑った。
「これも食べるか?」
 おかずの肉じゃがを、少し皿に移してやる。犬は一口だけ食べて、すぐにやめた。



「はとり様」
 こつこつ、というノックの音と共に、女中の自分を呼ぶ声が聞こえた。はとりは「黙ってろよ」と犬に目配せしてから立ち上がりドアを少しだけ開け、廊下に出るとすぐにドアを閉めた。
「どうかしたのか?」
「慊人様が、お呼びです」
 いつものことか、とはとりはかすかに肩を落とす。普段なら仕方ない、とそのまま足を向けるのだが、今日は尋常ではない様子の紫呉が部屋にいるのだ。
「なんとか、そちらでできないのか?」
 女中は首を振る。慊人の我が儘に逆らえる者は、この屋敷にはいない。
「分かった。すぐに向かう」
 はとりは女中を下がらせ、部屋に戻った。
 犬は食べおえて満足したように、また部屋の隅で寝そべっている。
「紫呉」
 犬はそっと顔を上げる。
「慊人の所へ行かねばならない。お前の処置は、その後だ。いいか?」
 はとりは扉を開けてもすぐには見えない場所へ、犬を移動させた。
「あまり動くな」
 分かった、と言うように、犬は小さく吠えた。
「行ってくる」
 顔を上げて自分を目だけで追う犬が愛おしくなり、はとりは立ち上がったもののまた座り直し、何度か犬の頭を撫でてやった。
「お前、ちょっとはげてるぞ」
 犬は言われたことを気にしないように、はとりの手に頭をあずけた。



「遅かったね、はとり」
 慊人は着物が乱れているのも気にしないように、布団の上に座っている。
「申し訳ありません」
「どうして僕が呼んだら、すぐに来られない?」
 慊人はゆっくりと立ち上がり、はとりの方に近づいてくる。はとりは正座したまま、動かなかった。少々殴られるくらい、もうとっくの昔に慣れた。
 慊人ははとりのすぐ前で足を止めた。
「動物のにおいがする!」
 嫌悪感を隠そうともせず、慊人は高い声を上げた。先ほどからずっと犬の紫呉がそばにいたし、最後に撫でてから手を洗っていない。自分では気が付かないうちに、においが移っていたのだろう。
 はとりは何も言わず、視線の位置も畳のすみから外さなかった。
「出ていけ。気分が悪い」
 はとりの膝を軽く蹴り、慊人は背を向けた。これくらい、大した痛みではない。はとりは何も言わず、立ち上がり、一礼した。
 においがついた言い訳として何か言っても気分を害させるだけだろうし、犬がいるなんて言うつもりは毛頭ない。慊人がこれ以上何も言わないのをいいことに、はとりは黙って部屋を出た。
 部屋に戻ると、犬ははとりが帰ってきたのが分かったように、すっと物陰から出てきて、はとりの足に体をすり寄せる。はとりはしゃがんで、犬の背中を軽く撫でた。
「お前のおかげで、慊人から逃れられたよ」
 はとりが喜んでいるのが分かったかのように、犬は頭をはとりの肩にすり寄せてきた。



 翌朝。はとりは、自分のものではないぬくもりをそばに感じ、目を開けた。何かやわらかいものに包まれているような、心地よい夢を見ていた気がした。まだ夢の世界なのかと思いつつ、はとりはまだ薄暗い部屋の天井を眺めてみた。やはり隣に、何かいる。ゆっくりとそちらに手をやると、温かいものに触れた。半覚醒状態のまま、それが動物の毛であることを認識する。
「……お前、か」
 黒犬は、夜のうちにはとりの布団の中に潜り込んだらしい。はとりが触れても、まだ目を覚まそうとはしなかった。小さな鼻息と共に、ゆっくりと背中が上下していた。
 昨日のうちに原因でも調べようか、と思っていたが、疲れていたので、結局何もしないうちに寝てしまった。朝になったら元に戻っているのではないかと期待したのだが、犬は犬のままだ。
「どうしたものか……」
 考えているうちに扉がノックされ、女中が朝食を運んできた。またご飯とみそ汁とは二杯目を持ってくるように頼んだが、彼女は何も言わずに引き下がった。
 焼き魚のにおいにはひかれないのか、犬はまだ布団の中である。先に自分のみそ汁茶碗にご飯を入れ、混ぜておく。あまり熱くない方がいいだろう。猫舌、とは良く聞く話だが、犬は熱い物は平気なのだろうか。
 女中が、二杯目のご飯と汁とを運んでくる。少し怒ったような顔つきで猫まんまを箸で混ぜているはとりを見て、また何も言わずに扉の近くに盆を置き、下がった。はとりは扉が閉まる音ではっと気が付き、まるで猫まんまを今から食べようとしているかのような自分の姿を見られたことを、かなり恥ずかしく思う。
 一度見られたら、これまでずっと、いや、これからもずっと、猫まんまを二杯も食べる男だ、と思われかねない。台所のいいうわさ話の一つを提供してしまった、と思うのは、気持ちがいいものではない。
「お前のせいだぞ、紫呉」
 女中の足音が去っていくのを確認してから、はとりは少し布団を持ち上げた。何事もなかったかのように寝ている姿が少し恨めしく想い、軽く頭を撫でてやる。犬はようやく目を開け、のんびりと動いた。
 混ぜ終わった猫まんまを、布団から少し離して置いた。犬はちらっと目をやったが、まだ眠そうに目をしばたかせている。
「そう言えばお前、結構低血圧気味だったか」
 返事の代わりに、あくびをするかのように、犬は軽く身を震わせた。



 何となく朝からペースを狂わされたこともあるし、人の姿に戻らない紫呉を一人部屋に残しておくのもどうかと思われるので、今日は仕事を休むことにした。
 過去に何か、十二支が変身したまま戻らなくなった、といった事例を聞いたことがなかったか、などぼんやりと考えていると、また扉がノックされる。はとりは慌てて犬を物陰に押しやり、扉を開けた。
 女中が運んできたのは、一通の手紙。切手は貼っておらず、差出人の名前もなかったが、草摩はとり様、と確かに書いてある。不審に思ったが、筆跡には見覚えがあった。
 たぶん、差出人は紫呉だ。何を考えているのか、と思いつつ、はとりはすぐに封を切る。まだのりが乾ききっていないような手触りがあった。
 どこででも見かけるような長細い茶封筒の中には、半分に切られた原稿用紙が折り畳まれて入っていた。かすかな煙草のにおいが鼻をかすめる。
 これはどう考えても、紫呉に違いない。彼の部屋の机の上には、半分に切られた原稿用紙が積み重ねられている。普段は、メモ用紙代わりとして使われているようだが。
「もう、原稿用紙は使わなくなったけれどね。思いついたアイディアとかちょっと書き残すには、やっぱり原稿用紙なんだ」
 理由を聞いたところ、確かそんな答えが返ってきた。
「もう、戻らないことに決めました。今度こそ、僕のすべてをあげます」
 原稿用紙の中央には、ボールペンでそう一言書かれていた。
「莫迦(ばか)か!」
 はとりは手紙を力一杯床に投げつけた。
「一体、何を考えている?」
 はとりは大股で犬に歩み寄る。横たわっていた犬は、そっと顔を上げた。
「お前の存在が、どれほど俺を苦しめているのか、分かるか?」
 犬ははとりの剣幕に驚いたかのように、数歩下がった。その割にはまたのんびりとした調子で座り直し、相変わらずの何を考えているのか分からない目で、はとりを見つめる。その黒い瞳からは、何の感情も読みとれない。あいにくはとりは犬に関して全然詳しいほうではなく、犬の気持ちを読みとることなんてできはしない。だが、そのただ黒い、底が見えない瞳は、彼が良く知る人物と酷似しているように思えた。見つめれば見つめるほど、似ているような、いや、実際、今、紫呉自身とこうして向かい合っているような錯覚まで覚える。
「……分からないだろうな。お前は」
 いつもひょうひょうとして、誰の手からもすり抜けて出ていく。決して捕まらない存在。いつも背中ばかりを追いかけ、一挙一動に左右されてばかりだ。綾女はまだ見当がつけられるが、紫呉は分からない。
 分からないから、気になる。気になるから、いつまででも見続けていたい。
 いつしか、そこには単なる友情以上の何かが介在していることに、はとりは漠然と気が付いていた。
 ――「僕は、はーさんが好きだからさ」――
 いつのことだっだだろうか。紫呉がそんなことを言ったのは。
 一体彼は、どこまでが本当で、どこまでが嘘なのだろうか。つきあいが長く、一番彼を見てきたのが自分だろうに、未だにそれが分からない。ふたを開けたらすべて嘘なのか、と思うこともあるが、彼は逆に、誰よりも純粋で、誰よりも嘘がつけない、壊れそうな一部分を持っていることは否めない。
 ――「僕を、もらってよ」――
 紫呉がかつて言ったそんなことを、はとりは寸分違わず覚えている。だがあいにく、紫呉がそのときどんな顔でその台詞をはいたのか、まったく思い出せない。その理由は簡単。そのとき、はとりは紫呉の顔を見ていなかったからだ。見ていないものを思い出せはしない。
 その言葉が意味することに驚き、噛みしめ、そして問いただそう、とはとりが顔を上げたときには、もうその声が含む空気は、どこにもなかった。その、質問か呟きか、懇願か気まぐれか、の言葉に答えられるような雰囲気も、一切消えていた。
 その日、そのあと紫呉と何を話したか、さっぱり覚えていない。たぶん、日常にすぐに埋没してしまうような、くだらない世間話のたぐいだろう。
 あれ以来、紫呉がその話を蒸し返したことは一度もなく、はとりも聞き返したことはない。
 そしてただ、雪のように降り積もるのは、後悔の念。
 ……もしあの時、きちんと彼が言った意味を聞き返していれば、何か変わっていたのだろうか。
 ……自分の想いに紫呉が気が付いているのか、確かめる最後の瞬間だったのだろうか。
 ……気が付いているとすれば、(いや、そういう感情の動きには人一倍聡い紫呉のことだ、気が付いているのだろうが、)紫呉がそれを受け入れるつもりだ、というかすかなサインを、自分は見逃したことになるのだろうか。
「もう、何を言っても遅いのか?」
 犬は何も言わず、ただはとりの次の言葉を待っているかのように、じっと見つめ返してきた。


2.


「やぁ、はーさん。久しぶり」
 それから数日後。紫呉は普段と同じように、本家にやってきた。
「あぁ」
 紫呉はそろそろ来るだろう。はとりはその予感が現実になったことを、さほど驚きはしなかった。いつ来るか、いつ来るか、とじっと待っていたのだから、紫呉がいつやって来ても、「そろそろ来るだろう」という予感が当たったことになる。
「あれ、驚いてくれないの?」
「何を驚くことがある?」
 いたずらが成功した後の子供のように、やたらにやにやしていた紫呉だが、はとりが冷静な調子を崩さずに続けると、少し驚いたようにはとりの顔を下から眺めた。
「たとえば、慌てて庭に走ったり、とか、しない?」
「する必要がどこにある?」
「……はーさん、怒ってる?」
「全部、説明してもらおうか」
 あの黒犬が紫呉ではないことくらい、調べようとしてから数分と経たないうちに分かった。だが、自分が半日と一晩、そしてまた半日、紫呉のことで悩み、苦しんだのは、事実だ。なぜ突然こんなことをやらかしたのか、理由が知りたかった。理由を考えるのに、また数日悩んだ。悩んだ結果として、本人に問いただすのが一番早い、というあまりにもまっとうな結論にたどり着いただけだったが。
 はとりは、紫呉を自分の部屋の前にある庭に案内した。たくさんの杉の木と、低いさざんかの植え込みに囲まれ、外からは庭の様子が見えにくくなっている。
「あぁ、ひどい! 僕に首輪と鎖なんかつけちゃって!」
 庭の端にある木につながれた黒犬を見て、紫呉はそんな叫び声を上げる。その声には、からかう調子はあっても、決して非難するようなにおいは含まれていない。
「放し飼いにしておくわけにはいかないだろう」
 そうは言ってみたが、おとなしく、ほとんど寝てばかりの犬に鎖が必要だとは思われなかった。
 本当のところ、これは一種の見せしめのつもりだ。
 紫呉が、いつでも手の届くところにいる。朝、自分の足音で目を覚まし、自分の手から出されたものだけを食べ、自分が近づくと、そっと顔を上げる。
 生死までもきっと、自分の思いのままだ。
 そう思ってみるのが、はとりにはひどく楽しいことのように思われた。自分の中に普段は隠れて顔を出さない自虐的な面が、どこからともなくすっと現れ、まるでそこにいるのが当然だ、という顔をして、居座る。
 それは決して気持ちが悪いものではなく、このまま支配されていてもいいのではないか、と考えてしまうほど、魅惑的だった。
 決して自分には捕まえることができないだろう紫呉が、手の中にいる。
「一体、何を考えていたんだ?」
 黒犬の前にしゃがみ込み、頭を撫でてやっている紫呉の背中に、問いかける。本当はこの黒犬のことだけではなく、すべてが知りたい。「一体全体、お前はいつも何を考えている?」、と。それはきっと永遠に一緒にいても解けない謎だろう。
「俺は医者だ。この犬が、お前ではないことを調べる方法くらい、いくらでもある」
「……ちょっとしくじったかな」
 紫呉は振り向かずに言う。
「そもそも、こいつはメス犬だ」
「あは、ばれた?」
「変身して性別が変わる十二支の話など、聞いたことがない」
 実は他にもいろいろな検査をしたのだが、自分がそういったかいがいしい努力の結果、こうして冷静な顔を保ち続けている、なんてことを、紫呉に悟られたくはなかった。
「一応、どうしてこんなことをしようと思ったか、説明してもらおうか」
「あはは、語ってほしい?」
 紫呉はずっと背を向けたままで何をしているのか、と思えば、犬の首輪を外していた。
「これ、僕に似合うと思う?」
 外したばかりの首輪を自分の首のあたりにあてがって、紫呉は笑う。いっそ乱暴に押し倒し、首輪をつけてやれば、何か変わるのだろうか。
 紫呉の笑みに、はとりは一瞬でもそんな想像をしてしまった恥ずべき自分を見透かされているような、居心地悪さを感じた。
 いくら下で待っていても、熟れた果実はこの手に落ちてこない。強引にもぎ取れば、潰れてしまうかもしれない。ただ待っている目の前で、気まぐれな鳥がやってきて啄んでしまうかもしれない。
 自分には、ただ待つことしかできないのだろうか。
「お前がつけてどうする?」
 はとりは想いを振り払うかのように、紫呉から強引に首輪を奪った。


3.


 話は、はとりの誕生日に戻る。
 今日、という日にひっそりとそんなイベントが隠れていることなどつゆ知らず、紫呉と透は二人きりの昼食をとっていた。その日はちょうど日曜日。夾は朝から道場へ出かけ、由希はいつの間にか出かけていた。
「透くん、動物好きだよね?」
「えぇ、もちろんです」
 透が目を輝かせるのを見て、紫呉は満足そうに頷く。
「だと思った。ちょっと、ペットショップ、行かない?」
「ペットショップですか? 是非行きたいです!」
 突然の紫呉の申し出に、透は一も二もなく頷いた。
 二人が出向いたのは、駅を二つほど越したところにある、この地域ではわりと大きめのデパートである。今日の紫呉は、ラフなポロシャツに、ワンウォッシュのジーンズ。普段の着流し姿と比べ、随分と軽い格好である。デパートの中を埋め尽くしている人の中で、そう目立つことはない。
 二人はエスカレータで、ペットショップがあるという九階まで登ることにした。良く晴れた日だからなのか、ボーナスでも出たからなのか、周囲の人々の顔は明るく、あちこちで子供たちの歓声が聞こえていた。初めはエレベータで行こうとして扉の前に立ったのだが、二人の前で開いたエレベータの中は、重量オーバーのブザーが鳴りかねない状態だった。紫呉は曖昧な笑顔を浮かべつつ、手を振ってエレベータを見送った。エスカレータも、結構な人である。階段で上ることも考えたが、さすがに九階まではつらい。エスカレータならば、まぁ突然人に抱きつかれることもないだろう。
「こんなに人が多いとは思わなかった」
「ですねぇ。デパートって、もう少し空いているものだと思ってました……」
 紫呉はエスカレータから下を見つつ、小さくため息を付く。「人混みは嫌いじゃないんだけど、さすがに、ね」
 こんなところで変身なんてしてしまえば、とんでもないことになる。これだけの人間に見られたとしたら、少々の記憶隠蔽術では対処できないだろう。それに今、ここにはとりがいるわけではない。
 あ。はとり。
 紫呉の中で、はとりと今日の日付とが結びつく。
 そういえば今日、彼の誕生日だった。
 まぁ、今年は「僕をあげる」なんて台詞は、通用しないだろう。それを使ったのがいつだったか覚えていないが、さすがにそれでは芸がなさ過ぎる。せっかく思い出したのだから、何かしらプレゼントを贈らないと、申し訳ない。
「どうかいたしましたか?」
 突然黙り込み、考えにふけっている紫呉の顔を、透は下からのぞき込む。
「いや、何でもないよ。ただ、ちょっとプレゼントを、と思ってね」
「え? 誰のですか?」
 はーさんの、と言おうとして、紫呉は口をつぐむ。もし今日がはとりの誕生日だ、と教えたら、几帳面な透のことだ、何かしら考えるだろう。そうすると、自分が何かしようとした場合、どうしても影が薄くなってしまう。
「いや、ちょっと知り合いの、ね」
 知り合いには違いない。これで、透がはとりに何かを贈る機会は、しばらく遠のいたわけだ。
 これは、嫉妬だろうか?
 紫呉は、隣に立つ透の頭に、ふっと目をやる。エレベータの振動に乗って、長い髪がかすかに揺れている。
 彼女は、ひいき目に見なくても、可愛い。そして、はとりのことを少し意識している。はとりはいつも突然に現れるが、そのたびごとに透がかすかに頬を赤らめるのを、紫呉は気が付いていた。
 ライバル、か。
 自分は、男だ。そして昔、はとりが愛したのは、女だ。そして透は、女だ。
 こういうとき、人間に性別というものがあることに、いらだちを覚えてしまう。性という大きな壁がなければ、はとりはもっと、自分のことを見てくれるかもしれないのに。自分とはとりとは、もっと純粋になれるのに。自分だけのものにできるかもしれないのに。
 知らず知らず、自分の中に、何か黒いものが沸き上がってくるのを感じる。はとりの顔を見るたびに、かすかに浮かぶ、想い。自分が自分で、はとりがはとりである限り、越えられない壁がある。
 別に、自分が女になりたい、と思っているわけでは決してない。はとりが女だったら、と思っているわけでもない。
 ……もしどちらかが女だったら、同年代の十二支同士、という理由で結ばれていた可能性もなきにしもあらず、だが。
 ただ自分は、今のままのはとりが好きで、今のままの関係が好きだ。
 でもはとりはいつか、誰かのものになるだろう。誰か一人だけを、その瞳に映すだろう。かつて、はとりが人を愛した時のように。
 それがひどく、悔しい。
 だからせめて、今だけでも……。
 
「あ、あの、紫呉さん?」
 遠い目になったまま、エスカレータの切れ目に気が付かずつんのめりかけた紫呉の手を、透は慌てて引き戻す。
「あ、ごめんごめん」
 エスカレータは、考え事には向いていない。真後ろに人が居たら、ぶつかりかねないところだった。
「どこか、ごかげんでもお悪いのですか?」
「いや、そんなことはないよ」
 自分が病んでいるのは、心だ。思考は何度も同じ場所を巡り、決して逃れられない想いの中で、もだえ、苦しむ。いっそ、すべてを忘れたいと思うことがある。自分が描く物語の中に秘めた想いをすべて投げ入れても、決して尽きることなく、沸いてくる。
 どうして、現実には終わりがないのだろう。断ち切る点が、見分けられないのだろう。
 この歳になって、どうして、こんなにも自分の心が制御できないのだろう。
 なんでもない、といいつつ笑顔を張り付けることだけを覚えて、大人になってしまったのかもしれない。
「つきましたね。九階」
 エスカレータを抜け、反対側に回り込むと、そこはちょうど屋上のようになっていた。このデパートには新館と旧館とがあり、旧館の屋上九階には、小さな遊園地と、ペットショップとがあった。
 自動ドアを抜けると、さわやかな風と共に、動物が放つ独特なにおいが流れてきた。何種類ものにおいが混じると、少し耐え難いにおいに変わる。紫呉はその中に、自分に近い動物がわりとたくさんいることを、すぐに嗅ぎとった。
 ペットショップは、かなり大きめの温室のようにも見えた。屋上に敷き詰められた、少し濡れている古い人工芝の上を歩くと、入り口につく。
 屋上遊園地で遊ぶ子供たちの声に混じって、犬の吠え声などが聞こえてきた。どうも、このペットショップは、あまり環境が良くないらしい。結構いらだっているようだ。あまり同種族に囲まれるのは嬉しくないが、まぁ今日は仕方がないだろう。
「それにしても、どうしてペットショップなのですか?」
「ちょっとした取材だよ。新しい小説のための、ね」
 書きかけの小説で、ついうっかりペットショップの店員、など出してしまったのが、悪かった。彼をメインに据えるつもりはなかったが、連載小説でやたらと読者の人気が高く、編集部の意向で、流れが少々変わってしまったのだ。別に紫呉としても、彼を表舞台に出す案は考えていなかったわけでもないので、その案に反対するつもりはなかった。ただ問題として、紫呉はペットショップ、という場所で働く人の姿が、なかなか想像できずにいた。
 そこで今日、直接話を聞こうと思ってはるばるやって来たのだった。もちろん、話を聞く相手は、店員ではなく、売り物の犬から、である。男一人でペットショップで犬と戯れるより、可愛い女の子連れのほうが、怪しまれることは少ないだろう。「商品」として並べられた犬を見たくはなかったが、ほしい人にもらわれていくのなら、現代を野犬として生きるよりは、少しは安定した生活が得られるに違いない。しょせん、かごの中の鳥として、だが。
 それを言うのなら、自分も同じだ。草摩という名のおりに囚われて、食うのに困らない生活を送っている。もしおりから放たれたとき自分はどうなるのだろうか、とふと考えてしまうときがあるのは否めない。小説家として何とかやっていくことはできるだろうが、この身にしみついた束縛感は、どこにも捨てられない。
 透が店への入り口のドアを開けると、とんでもないにおいが体を包む。そして、紫呉の姿を見てとったのか、犬が一斉に騒ぎ出した。放し飼いのようにしていた子犬が、じゃれていた子供の手を噛まんばかりの勢いではじき飛ばし、紫呉の方に一目散に駆け寄ってくる。どうやら自由に動けるのはこの子犬だけらしく、紫呉は少し安心する。
 たとえ歓迎の意とは言え、一斉に隣でがなり立てられているのは、どうもいい気はしない。取材はみっちゃんにでも任せてしまえば良かった、と改めて思いつつ、紫呉は軽く声を上げ、犬たちを静かにさせた。
「……そういえば、十二支の方々って、憑かれた動物を引き寄せるのでしたっけ……?」
 透にはこの犬たちが何を言っているのか分からないのだろう。少しおびえた様子で足を止めた。
「その通りだよ。まぁ、犬なら大したことはないけど。犬の吠え声をまねできる人間は多いし」
 店員の一人が、ようやく事態に気が付き、駆け寄ってきた。
 あれほど騒いでいた犬たちも、今は一気におとなしくなっている。子犬だけが、紫呉の足下にじゃれつき、なかなか離れようとしない。
「すみませんねぇ、いつもはおとなしい犬たちなのですが……」
「ちょっと環境が悪いから、ストレスたまってるよ。例えばここは暑すぎるんじゃないかなぁ。餌は結構いいみたいだけどね」
「え、そうなんですか?」
 まだ若い女性店員は、驚いたようにあたりを見回す。
「あと、水が悪い。できるだけ新鮮な水を置いた方がいいね。ノミがつきすぎて困っているのもいる。……くらい、かな」
 紫呉は少し言い過ぎたことに気が付き、最後を濁す、周囲の犬たちによると、彼女はそれなりに良い飼育者ではあるらしい。
「すごいですねぇ、専門家なんですか?」
「まぁ、そんなところだね」
 言葉が分かるだけで専門家になれるかどうかは別だろうが、少なくとも彼女よりは専門家だ。
 目を輝かせて話の続きを聞きたがる彼女をどうあしらおうか、と考えていたが、ちょうど運良く、別の客が彼女を呼んだ。
「紫呉さん、専門家だったんですねぇ?」
 ここにも一人、目を輝かせているのが居た。
「透くん、細かいことは気にしないの」
 首を傾げている透に、とりあえず店内を回るよう、促す。
 犬のコーナーは、入り口から奥の方まで、随分と続いている。大きさも色もとりどりで、もし一匹買うとなると、かなり迷う羽目になるだろう。
「あ、紫呉さん! この犬、紫呉さんそっくりです!」
 透は突然立ち止まり、叫び声をあげる。あたりの人が注目するのを感じ、透ははっと口を押えてしゃがみ込んだ。
「ごめんなさい……」
「大丈夫だよ、誰も気にしていない。それにしても……」
 透が見つけたのは、黒い、少々大きめの、犬である。耳が立ち、目はどことなく穏やかそうで、のんびりと寝そべっている。
「確かに、僕に似ているかもしれない」
 あまり変身後の自分の姿を鏡などでじっくり見たことはないが、ちょうどまぁこんなところだろう。
「目元なんて、特に似ているのです」
 紫呉がおりの前にかがみ込むと、黒犬はのっそりと首をあげた。
「結構年とってるね。人間でいうと七十歳くらいだよ」
「え、そんなに、ですか?」
「結構ここに長い間いるみたい。かわいそうだけど、他の犬たちに比べると、ちょっと見劣りするか」
 人がおりに近づくたびにわんわんきゃんきゃんほえたり、ころがりまわったりしている子犬に比べて、じっとしている真っ黒の老犬は、関心をひかれなくても無理はないだろう。犬は特に、子犬から育てた方が飼い主になつきやすい。「くろ」と書かれたネームプレートは、日焼けて茶色くなっていた。
「犬、お探しなのですか?」
 先ほどの女性店員が、また紫呉たちの元に戻ってきた。
「黒い犬がお好みでしたら、もう少しあちらに、子犬もございますが……?」
「この犬は?」
「実は、あと数日後に、保健所に送られることになっているのです」
 店員は、少し声を落とす。本来こんなことを客に語るのは規則違反も甚だしいが、紫呉が犬に詳しいと知って、つい口を滑らせたのだろうか、と紫呉は思う。
 売れ残った動物の運命は、しょせんこんなものだ。店頭に置いておくだけでも経費がかかる。この犬がこの歳までここにいたこと自体、実は奇跡に近い。犬自身、自分の死期を半ば悟っているようだった。
 紫呉が顔をしかめたのを見てとった店員は、「すみません」、と言うように、小さく頭を下げる。
「かわいそうですねぇ……」
 確かにかわいそうだが、それも運命だ。自分がこの歳になったとき、自分もこうならないとは限らない。どこか山奥に引きこもり、独りぼっちで、誰も訪ねて来る人はいない。ただ、茶をすすり、小説など書きつつ、やがてきたるべき死を、ただ待つ。
 明日は我が身、か。
 せめて、はとりくらい、訪ねてくれるだろうか。お互い老けたな、なんて言いつつ、笑いあえるだろうか。
 自分の死を看取ってくれるだろうか。
「もしお買いになられるのなら、お安くしておきますが……?」
 店員の声で、紫呉は我に返る。今日はこればかりだ、しっかりせねば、と思い、思考を現実に戻す。
「買うのはちょっと……」
 今住んでいる家で飼えなくはないが、自分そっくりな犬を飼うなんて、どう考えても面白くはない。
 でも、あまりに不憫だ。
「そうだ。いいこと思いついた」
 紫呉は突然思いついた考えに、思わず手を叩く。
「買いますよ、この犬」
「え? 本当によろしいのですか?」
「この犬でなければだめ、だね」
「どうも、お買いあげありがとうございます……」
 店員は突然の紫呉の変容ぶりに不振な顔をしつつ、エプロンにぶら下げていた鍵の一つで、犬のおりを開けた。
「紫呉さんはやっぱりお優しい方なのです……」
「別に、僕は優しいわけじゃないけどねぇ、透くん」
 そうだ。僕は意地悪だ。
「透くん、あとでちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」



 デパートを出たところで、紫呉は首につけられていたひもを外した。犬は何も言われなくても、紫呉の隣を付いてくる。
 やはり、自分にひもがついているのは、どうもいたたまれない。店員には首輪もつけて帰るようにすすめられたが、丁重に断った。
「おとなしいですねぇ……」
 透はちょっと犬の頭を撫でてみると、犬は軽く視線をあげたが、何ごともなかったかのように、また視線を戻す。
「そう言えば紫呉さん、お手伝いって、なんですか?」
「この犬を、はーさんの元に、届けてほしいんだ」
「はとりさんのところへ、ですか?」
「あぁ。僕からの手紙を添えて、ね。でも、この犬について何か聞かれても、絶対言っちゃだめ。ただ、僕からの贈り物だって。いいかな?」
「えぇ、もちろんです」
「あ、手紙は後で出そうか。その方が面白いかな?」
 紫呉は、ついくっくっと声を出して笑う。
 驚くはとりの顔が楽しみだ。
「分かった? ただ、僕から、とだけ言って、あとは何を聞かれても、知らぬ、存ぜぬ、だよ。この犬を買ったことは、僕と透くんとだけの秘密なんだから、ね。当然、夾くんと由希くんにも内緒だよ」
「わかりました。はとりさんに育ててもらうってことですね?」
「まぁ、平たく言えばそういうこと。僕が飼うのはおかしいからねぇ」
「でも、どうして紫呉さんが届けないのですか?」
「それじゃぁ、面白くないから」
 どうも状況が良く飲み込めていないような透の両肩を、紫呉はぐっと掴む。
「じゃぁ、ほんとに頼むよ。僕からの重要なお願いだから。渡したら、できれば何も言わず、すぐ逃げてきてね。そう、逃げて。できれば、はーさんと喋っちゃだめ」
 いつになく真剣な紫呉の顔を見て、透はただ頷く。
「ただ、紫呉さんから、と渡して、逃げてくればいいんですね?」
「そう。何か聞かれる前に、逃げて。猛ダッシュで」
 少しからかい具合が混じる真剣な口調でそう言いつつも、紫呉は突然思いついた計画に鼓動が早くなるのを押さえることはできずにいた。
 はとりは、自分を育ててくれるのだろうか。いつになったら元に戻るのだろうか、と心配してくれるだろうか。自分のことが気になって、夜も眠れずにいてくれたりするだろうか。
 透の口から計画が漏れるのは避けたい。だから、透にも何も言わない。たくらみが成功するかは、透の黙秘と、犬の演技にかかっているといっても過言ではない。
 紫呉は足を止めて、歩道の端にしゃがんだ。犬も、紫呉の顔を見つつ、座る。紫呉が何をやっているのかよく分からずにいる透が首を傾げている間に、一人と一匹とは打ち合わせを終わらせた。犬はすべてを聞き終えて、まるでこれが人生最大で、かつ最後の使命であるかのように、完璧にやり遂げてみせることを誓った。
「じゃぁ、よろしくね。何を聞かれても、話しちゃだめだよ」
 紫呉は、透と犬とをはとりの住む本家近くまで送っていき、念を押した。
 それから紫呉は一人家に戻り、手紙を二通書いた。一通は、この家に住んでいる三人へ。もう一通は、はとりへ。
 そして簡単な旅支度をして、はとり宛の手紙を持って、紫呉はひっそりと家を出た。


4.


「……と。こういうわけなんだよ」
 紫呉は、事実をかなり適当にかいつまんで話した。はとりは「さっぱり分からない」と言いたげな顔で首を振る。
「で、結局どこへ行っていたんだ?」
「ちょっと落ち着いて仕上げたい原稿が一つあったから、ね」
「お前も年貢の納めどきだったのか?」
「当然みっちゃんには内緒だったけど。おかげですっかりお肌がつやつや」
 紫呉は、落ち着いた市松柄の紙で包まれた箱をはとりに渡した。
「……温泉饅頭、か?」
 はとりは箱を軽く振り、差し障りのない答えを出す。
「まぁ、そんなところ。結構いいところだったよ。朝日が見えるので有名で。鯛の塩竃とか、生きた海老とか出てきて。もう大満足」
「それで少し太ったのか?」
「あ、嫌み? それとも、はーさんも行きたかった?」
 実は、宿泊している間、朝日を見るのに一番適していると言われる露天風呂に毎朝足を運んだというのに、一度も朝日を見ることはできなかったのだ。女将曰く、こんなに曇りが続くとは、その地方ではかなり珍しいことらしい。日頃の行いが良くないからなのか、それよりやはり、はとりをからかおうとなんて思ったから、罰が当たったのだろうか。
 どのみち、結構広い旅館の部屋で一人、生きたまま焼かれる伊勢海老をつついてみても、楽しくはなかった。執筆速度も、予測を遙かに下回った。
「あぁ、時にはゆっくりしたいものだな」
「今度は一緒に行こうか?」
 はとりは何も言わなかった。答えを促そうかと思ったが、ちょうど悪いタイミングで、女中が部屋に茶を運んできた。
 縁側に腰を落ち着け、二人は何も言わずに、茶をすすった。まるで何もなかったかのように湯飲みを傾けるはとりを見ているのが少ししゃくで、紫呉は立ち上がって黒犬の所へ行った。
 紫呉が近づくと、犬はそっと立ち上がり、寄ってくる。
 はとりが何も言わないのなら、彼女に聞けばいい。
 紫呉は犬の前に軽くしゃがむ。はとりが土産の箱を開けている間に、犬ははとりのやさしさを、紫呉にそっと、だが、はとりより雄弁に、語った。
「ちゃんと、心配してくれたんだ」
「何をやらかすか、と考えると、心配で見ていられないが、な」
 紫呉ははとりに聞こえないくらいの大きさで呟いたつもりだったが、はとりはすぐ後ろに立っていた。突然降ってきた声に少し驚きながらも、はとりが返した言葉に満足感を覚える。
「はーさん、このまま、彼女を飼ってやってよ。もうあまり、長くはないみたいなんだ……」
 犬の歳は、見た目よりずっと分かりにくいものだといわれている。彼女は、歩くときにはまだしゃんとしているのだが、すぐに疲れ果てたように眠ってしまう。今も、ひとしきり紫呉にじゃれついて疲れたのか、日の当たる芝生の上で、まったりと横たわっていた。このまま目を開けなくても、不思議ではないのだろう、と紫呉は思う。
「お前は、俺に見取ってほしい、のか?」
「うん。他の誰でもなく、はーさんだけに、見取られたい。はーさんのこと、好きだって」
 見取ってほしい、ではなく、見取られたい、と言ってみる。当然、主語には「僕」も加わる。はとりは気が付いてくれるだろうか。
「だから、長生きしてね」
 そっと犬の頭を撫でつつ、視線も犬に向けたままで、はとりに対してつぶやく。
「医者の不養生、なんてまっぴらごめんだから」
「そう言うお前こそ、体に気をつけろ。いや、心に、か」
「え、どうして?」
「文学者には、早死にが多い」
「ふっふっふ。僕はまだ死なないよ。そのために、少女小説とかに手を出しているんだもの。文学の濃度を少しは薄められるかな、なんてね」
 また、莫迦か、と言いたげなはとりの視線を感じた。それは決して嫌ではない。むしろ逆だ。どこまでも、莫迦でありたい。自分の手から離すと、どこに行くか心配で見ていられないほど。目の届くところに置いておかないと、何をやらかすか気が気でないほど。莫迦な奴だと思われていたい。
 それが、自分なりの、はとりからの愛を感じる手段だから。
 ……こんな想いは、ただの心の歪みに過ぎないのだろうか。
「ところで、はーさん。この犬がはーさんを苦しめるって、どういうこと? 彼女、ニュアンスがよく分からなかったみたいなんだ」
 その台詞を言った後のはとりの顔は、なかなか見応えがあるものだった。そんな表情を見ることができただけでも、紫呉はこのたくらみが成功したのだ、という確かな実感を持った。
「ほら、改めて挨拶しておいで」
 ぷいっと後ろを向いたはとりに向かうよう、紫呉は犬を促した。犬はゆっくりと、だが確実にはとりを追い、そっと足に体をすり寄せる。紫呉はその姿を、何とも言い難い気持ちで見送った。
「幸せになって、ね」


5.


 そして数日後、紫呉の家の前に突然、一つの水槽が置かれていた。その中に居たのは、一匹のタツノオトシゴ。それから数日の間、紫呉は一切はとりに連絡を取ることができなかった。はとりの家に何度も足を運んだが、留守だった。
 紫呉はちょうど一週間後、土産のチョコレートが送られてきたことで、はとりが医師会慰安旅行で留守にしていたことを知った。血相を変えて家を飛び出した紫呉の顔は、同居している三人がその一件を思い出すたび、そろいもそろって吹きだしてしまうほどだったという。
「先にからかったのは、お前の方だろう?」
 飛び込むようにやってきた紫呉を、はとりは声の調子も変えずに、行為の理由を一言で説明する。
「ひどいよ。はーさんの場合、念入れすぎ。悪意がこもってる」
「完璧だと言ってほしいが」
「……今日だけは、はーさんが悪魔に見える」
「そうか?」
 一体どこの誰が、タツノオトシゴの性別を見分けたり、それぞれの特徴を掴んだりできるというのだろう。餌は何をやればいいのかすら見当もつかず、先日行ったデパートのペットショップに三度も足を運ぶ羽目になったのだ。
「で、どうするの、あのタツノオトシゴ」
「お前が飼うしかなかろう」
 はとりはあっけらかんとして言う。
「ちょっと、待ってよ! 僕にはーさんを飼えって言うの?」
「あれは俺じゃない」
「それは分かってるけど!」
「じゃぁおまえ、そいつのこと、どう始末つけるつもりだったのだ?」
 ふっと気配を感じて振り返れば、先日紫呉が飼った、あの黒犬がいた。自分に気配を気づかせずに近づいてくるは彼女は、早くも自分よりはとりに似てきたな、と紫呉は思う。
「あはは……はーさんに飼ってもらおうかと……」
 はとりを驚かせることしか考えていなかったことくらい、見通されているらしい。
「じゃぁ、おあいこだ。タツノオトシゴくらい、飼おうと思えば簡単に飼える」
 紫呉の苦笑いを見て、はとりは軽く結論を出す。
「……じゃぁ、はーさんが教えてよ。住みやすい環境とか、おいしい餌の種類とか」
「別に、俺は直接知っているわけではない。あくまで、彼らに聞いて、お前に伝えてやることくらいだな。……どちらかと言えば、お前より本田くんに世話をしてもらった方がいいか……」
「僕が信頼できない?」
「当たり前だ」
 分かった、と返事をしようとしたが、その前に笑いがこみ上げてきた。はとりが、真面目な顔つきで、水槽の前に座る。その隣に、透がかしこまる。はとりの言うとおり、透はおそるおそる餌をやるためのスポイドを手に取り、水槽に向かう。
 ――「は、はとりさん、これでよろしいのでしょうか?」
 ――「違う。一口に食べられる量はそれほど多くはない。もう少しゆっくりと、ほら」
 焦る透。それをもどかしげに見つめるはとり。そんな二人の光景が、容易に想像できた。
 その間に、自分の入る余地はあるだろうか。
「……何がおかしい?」
「いや、なんでも。はーさん、可愛いかもしれないな、なんて思って」
 はとりはむっつりとした表情でしゃがみ、手招きして黒犬を呼んだ。犬はとてとてと歩いて、はとりの元へやって来る。
「鬱憤は、こいつで晴らせ、ということか」
 犬は、はとりの手をぺろっとなめる。吐いた言葉はあまり良いものではないが、それとは裏腹に、はとりの表情がかすかに和らいだことに紫呉は気が付く。その一人と一匹の姿は、もうまるで何年も連れ添った飼い主と飼い犬のようにも思えた。
「そう言えば、はーさん」
「何だ?」
「誕生日、おめでとう。随分と遅れたけど」
 誕生日当日に犬を運ばせてから、随分と時が経ってしまった。今更かとは思ったが、言うべき言葉を忘れたままにしておくのはいけない。
「プレゼントとして受け取って」
「分かりやすくリボンでもつけろ」
「あは」
 確かに、一応メス犬だから、リボンくらいつけてやっても良かったかもしれない。そのほうが、もっとはとりを驚かすことができただろうか。
「……もし、彼女に飽きたら、僕をもらいに来てね。おまけとしていつでも準備してあるから」
 紫呉は小さく付け加える。
「きちんと首輪と鎖とをつけてくるのなら、もらってやってもいいぞ」
 ……はーさんが冗談言うなんて、めずらしいね。
 そう言ってはとりの言葉を軽く流そうか、と思ったが、やめた。
「うん。はーさんになら、縛られててもいいから」
 ……もし、それが愛という名の鎖ならば。喜んで縛られるから。
 そんな台詞を付け加えるにはまだ時期が早すぎるか、と紫呉は思った。
 もう自分は、とっくの昔に、はとりに縛られているのだろうが。

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【執筆時コメント(一部抜粋)】


 思いついた話としては非常に短く、せいぜい5000字くらいで書き終わるものかと思っていたが、書き終わってカウントかけると、なんと2万字。自分が書いた中でも比較的長い部類に入ってしまうことになった。自分でもびっくりである。書き始めたのが、2003年1月15日、書き終わって校正が一通り完成したのは、2003年1月29日。つい先日仕上げた「きっと最後のふれあい」に負けないほどの猛スピードで。書こうと思ったら小説くらいすぐ書けるのね……(面白いか面白くないかは別として。人の感想が聞きたいです)。キャラクターがちゃんと決まっているから、版権物は書きやすいのかなぁ……。
 まぁ、私が書くオリジナル小説、「キャラクターにはまれない」とよく言われた。未だに、キャラクターをきちんと作り、そのキャラクターにキャラクターならではの行動をさせるのって、ほんとに難しいことだと思う。ただしゃべり方を変えただけじゃだめ。同じ物を見て、違う風に考える。同じ事件に出会って、違う推理をする。そういうきちんとしたキャラクターのかき分けができるようになりたい。
 版権物を書き、人が作ったイメージでちょっと遊んでみることで、少しはそんな勉強ができるようになるかもしれない、なんて思う、今日この頃。
 まぁ、キャラクターも大事だけど、人を楽しませ、引き込むストーリー展開、他の版権物小説に埋もれてしまわない、その人ならではのネタ、新しい着目点、など、勉強しなければならない要素は多い。
 つい先日見ていた「いつもふたりで」の女主人公が「神の目」と言われる、売れる小説を見抜ける人に、小説を書く才能がない、とずばっと言われてしまう、なんてシーンが出てくる。小説を書くのはやはり才能の問題で、努力ではどうにもならないのだろうか。
 いや、もしも、仮に、才能が埋もれていたとしたら、やはり努力でしか芽が出ないはず。……なぁんて。もし本当に光る才能があるのなら、もっと早くに発掘されてるよね。
 それでもめげずに、今日も小説を書く私。
 ……ちゃんとやることはやってますって。大丈夫ですって。


 以下、書きつつ思ったこと、終わって出てきたこと、など、一覧。


・はとり×透小説「準備ばんたん?」の時も思ったことだけど、「はとり」って名前、文章にするときに苦労する。下手に入れるとひらがなの中で埋没しちゃうもん。たとえば、「紫呉ははとりとりんごを食べた」なんて、読みにくいことこの上ない。「紫呉は、はとりと、りんごを食べた」とすると、句点つけすぎって気がするし。羽鳥など、漢字やカタカナだと、わりと楽なんだけど……。
・はじめての「はとり×紫呉」(イメージとしては紫呉攻めだけど、最後ははとりにあしらわれてるから、やっぱりはとり攻めになるのかなぁ。どちらかと言えば私はやおいではショタ攻め好き派)を目指した小説。とあるサイト様の小説に影響を受けてこのCPにはまり、先日イラストを書いたけど、せっかくだから小説が書きたい。フルバのCPでなければ書けない、やおい小説を書きたい。ということで、ネタを考えた。小説のコンセプトは、ふたりの「からみシーン」は書かず、できたらギャグとシリアスとのぎりぎりの線をたどりながら、愛の深さを表すこと。あと、紫呉が犬と会話する、なんてのも一度はやってみたかった。フルバ第一話で、オオカミの声を聞き分けられるなんてのが出ていたから、普通の犬の声が聞けたり、ほえ声出したり、できるよね?
・両思いの小説にするつもりが、結局、両方とも片思い。完全に三人称だが、前半ははとり視点で、はとりが紫呉に片思いだってことを明らかにして、後半では、紫呉視点で、しぐれがはとりに片思いだってことを明らかにしてみる。二人とも、両思いになるきっかけ、というのに気が付いているし、自分でもそうなりたい、というシグナルを相手に向けて発しているのに、もう一歩踏み込む勇気がない。そのあたりが結構自分の中では上手く行ったと思っている。……はとりが、紫呉のどこが好きか、は明確にしてあるけど、紫呉が、はとりのどこを好きか、はきちんと書いていない。言葉の裏に隠されたやさしさを知っている、どんなにおかしなことをしても、はとりだけはちゃんと見ていてくれる。理由としてはそんなところ。
 版権物以外を含め、主人公が両方片思いの小説、まだ書いたことがなかったし。動物がでばっているのも、たぶん初めて。
・ラストのあたり、はとりがどういう気持ちでこんな台詞を吐いているのかも本当ならば入れたかったのだが、そうすると小説に「視点のゆがみ」が生じるので、あきらめる。
・紫呉と透がペットショップに向かうシーンから小説を書き出したが、時系列で書くより、後で入れて、はじめは黒犬の正体が分からないまま話を続けた方がいいかな、と思い、少し順序を変える。
・ほんとは「紫呉と透、ペットショップに行きました」ネタ、以前書いた「はとり×透」小説、「準備ばんたん?」で使うつもりだったけど、ここで持ってきた。しかもラストの「水槽タツノオトシゴ」、その小説とかぶってるし……。タツノオトシゴをギャグとして使うとなると、どうしても水槽、いるんだよね。水槽がないところで変身するのも問題。かといって、「準備ばんたん?」の時に書いたが、水槽に入れたとしても、元に戻ったときに水槽を壊しかねない。
「準備ばんたん?」では、紫呉はタツノオトシゴにも詳しいと書いたが、この話の紫呉は、まったくの無知。雄と雌との見分け方も、餌のやり方も、知らない。一日たってもタツノオトシゴはタツノオトシゴなので、大慌てでペットショップに走り、飼育方法を調べる羽目に……と。
 本当は先に紫呉一人でデパートに行って犬を見つけ、それから透を連れて行くつもりだったが、表現などが重複するし、長くなるので、途中で思いつくことにした。そのため、分量の割に、デパートシーンが長くなってしまった。透のお相手は紫呉派だけど、ここでの透は、はとり好き。
・タイトルは、「僕から、僕を」。コードネームは「プレゼントは僕」で書き始めたけど、どうもタイトルが軽いので、最後に変えた。本当は、紫呉さんに首輪つけようかと思ったんだけどなぁ……。機会がなかった。
・はとりの誕生日が不明(設定などで登場しているか知らない)なので、季節感を極力省いている。イメージとしては、秋の終わり。外で裸でいるのはきつすぎるし、犬が人肌を求めて布団に潜り込んでくるくらいの気温。でも、時期的には、原作の「別荘事件(10巻)」より少し前、といったところを設定。(……それを優先させると、夏の初めになってしまうけど。)
・「自分の手から離すと、どこに行くか心配で見ていられないほど。目の届くところに置いておかないと、何をやらかすか気が気でないほど。莫迦な奴だと思われていたい。」あたりは、結構自分の恋愛願望でもある。私が、誰かにそう思われていたい。捕まえられない人。読めない人。
・紫呉は、原作漫画では「馬鹿」という言葉をちょこちょこ使っているようだが、そこには親しみの意味での「莫迦」のニュアンスはほとんどないと思う。「莫迦と思われていたい」も、あくまで相手はただ一人。原作漫画10巻で、しかってくれないはとりに対して焦る紫呉が出てくるが、まぁそんな感じで。
 ちなみに、「莫迦」を使うのは、新井素子の影響。「星へ行く船」シリーズの中のあとがきだったかで、親しみを込めて、可愛いというニュアンスを含む、「莫迦」について書かれている。このシリーズは、私が新井素子にはまったきっかけであり、小説を書きたいな、と思ったきっかけでもある。この「莫迦」が上手く使えるようなシチュエーションやキャラクターを作りたい、というのが、未だに心の底にある。
・紫呉が行った「朝日が見える温泉」は、偶然テレビをつけてやっていた温泉特集の番組より。鯛の塩竃も、生きたイセエビの丸焼きも、同番組からである。朝日見るためわざわざ朝早く起きて温泉入るなんて、ちょっと紫呉さんのキャラクターだと面倒くさがると思うけれど……。

フルーツバスケット版権小説「僕から、僕を(紫呉×はとり)」(全年齢対象BL・無料)

花とゆめ、高屋奈月著の漫画がアニメ化されたアニメ版「フルーツバスケット」の前半+妄想設定で、2002年ごろに書いてWebサイトにUPしていた作品の再掲です。草摩紫呉と草摩はとりが、マブダチ以上、恋人未満の設定。誕生日を一人過ごすはとりの家に、透が大きな黒い犬を連れてやってくる。 BL(ボーイズラブ)ものなので、苦手な人はご注意ください。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-03

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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