フルーツバスケット版権小説「準備ばんたん?(はとり×透)」(全年齢対象・無料)
【再掲時コメント】
アニメ「フルーツバスケット」の中盤+妄想設定で、2002年ごろに書いてWebサイトにUPしていた作品の再掲です。草摩はとりと本田透がかなり親しくなった後の、草摩家の団欒。なんとなくほほえましいものが書きたかった気がするが、読み直すと透のキャラがちょっと違うなぁ……。
【再掲時人物紹介】
草摩はとり(そうまはとり):十二支の辰に取りつかれているため、異性に抱き着くと小さなタツノオトシゴになってしまう。医者。人の記憶を消すことができる。とある事件により片目が見えず、髪で隠している。
草摩紫呉(そうましぐれ):はとりと同年代で仲が良い。十二支の戌に取りつかれているため、異性に抱き着くと黒い大きな犬に変身してしまう。しばらくすると元に戻る。掴みどころがない、普段は和服を纏う小説家。
本田透(ほんだとおる):草摩紫呉、由希、夾とひょんなことから同居することになった。丁寧すぎる敬語が特徴。
草摩由希(そうまゆき)、草摩夾(そうまきょう):草摩紫呉と同じく異性に抱き着くと動物に変身する。本田透と同学年。大抵夾が突っかかっていく感じでよく二人でけんかをしている。
「あの、皆さま、突然なのですが、お魚、飼ってもよろしいでしょうか?」
いつも通りのメンバー、由希、夾、紫呉がそろう、ある日の夕食中、透は突然切り出した。
「魚?」
ちょうど、その日の夕食は、カレイの煮付けである。程良く薄味のカレイをつつきつつ、三人は不振な顔をして透を見つめた。
「魚なら、何でも好きなの買ってきていいよ。鯛でもヒラメでも。透くんの手料理は最高だからねぇ~」
紫呉は、ほぐした身を口に運びつつ、いつもの笑みを浮かべる。
「あの、そうではなく……。熱帯魚とか、そういうものです」
「お前、食べるのか、それ?」
夾の問いに透は赤面して首を振る。
「……良かった。バカ猫なら食べかねないから注意しないと」
「なんだとぉ! 誰がバカ猫だ!」
由希がぼそっと呟いた一言に、夾はすぐに耳を立て、机を叩く。
「あの、お二人とも……」
透の静止の声は、もう夾には聞こえない。
「今日こそお前をぶっつぶす!」
「ちょうど最近体がなまっていたんだよ。退屈させないでくれよな」
由希は立ち上がり、庭に降りる。鼻息を荒くしつつも、夾もそれに続いた。
「まったく、あの二人は食事くらいゆっくりできないものかねぇ」
紫呉はため息をつきつつ、みそ汁をぐぐっと飲みほす。
「ごめんなさい、私が変なことを言ったせいで……」
「大丈夫だよ。いつものことだからね。ところで、ねぇ」
「はい?」
「どうして、熱帯魚なんだい?」
「え、あの、お魚さんを育ててみたいと思いまして……。できましたら、大きな水槽を買いたいのですが……」
「水槽?」
ははーん、とにやにやしつつ、紫呉は腕を組む。
「さては、はーさんのために、だね」
透は一気に顔を赤らめる。
「気づいてらしたのですか!?」
「僕が気づかないと思った? はーさんとはマブダチなんだし、一応この家の主だからね」
「……ごめんなさい。黙っているつもりはなかったのですが」
「あーあ、はーさんが最近この家に良く来る目的が、僕に毎日でも会いたいからだ、なんて思っていたのに、残念だなぁ」
紫呉の茶化したような言葉に、透は少し安心する。
「魚でも、タツノオトシゴでも、何でも買ってきたらいいよ。本当なら居間にでも飾りたいところだけれど、そういうことなら透くんの部屋がいいね」
「どうも、ありがとうございます!」
「……はーさんの驚く顔が目に浮かぶなぁ」
はとりの一見怒っているかのようにも見える驚いた顔を想像し、紫呉はこっそりと笑った。
にこにこと最後のお茶を飲む透を見て、紫呉は軽い嫉妬を覚える。
「やっぱり先に僕が手を出しておくべきだったな」
「え?」
「いや、何でもないよ」
はとりは幸せになるべき人間だ。少なくとも、自分よりは。その相手が透だ、ということがしゃくだったが、幸せを壊す気も権利もない。せいぜい、二人をからかって遊ぶくらいだ。
「では、明日にでも買いに行ってきます」
「明日? そういえば日曜日か。僕もついていったほうがいいかなぁ? 水槽って結構重いしね」
「いいのですか? 是非お願いします!」
「ふふーん~。透君とデート~。楽しみだなぁ~」
「あ、あの……」
「紫呉、本田さんに変なことしないでよね」
にやつく紫呉の後ろに、いつの間にか戻ってきた由希が拳を構えつつ立っている。
「あれ、由希くん、早かったね」
透が庭のほうを見ると、夾はいつもの通り芝生の上でのびていた。
「やぁ、はーさん。今日も元気?」
「別にお前に会いに来たわけではないが」
紫呉の家を訪ねたはとりを、一家の主である紫呉が当然、といった顔で出迎える。夾や由希に出てこられてもあまりいい気分ではないが、とはとりは思う。
「あれ? 透くんに出迎えてほしかった?」
「……」
この男は、と思いつつ、はとりは口を閉ざす。
「透くんなら、部屋で待ってるよ。早く行ってあげた方がい……」
紫呉は、言葉の途中で堰を切ったように腹を抱えて笑い出す。
「……何がおかしい?」
「いや、ね。な、なんでもない」
涙まで浮かべてはとりの顔を眺めては笑い、うつむき、また眺めてはこらえきれず、という醜態を繰り広げている紫呉からは何も聞き出せそうになかったので、はとりはあきらめて透の部屋へと続く階段を登った。
「なんだ、あれは……?」
はとりは、透の部屋に入ってすぐに部屋のベッドの横に突然降って沸いたように置かれている大きな水槽を目にし、絶句した。
「あの、あったら便利かな、とか思いまして……」
「……もしかして、俺のために、か?」
「えぇ。喜んでくださるとうれしいのですが……」
はとりは頭を押さえ、座り込む。
「どうかなされたのですか? 御気分でも……」
透はすぐにはとりのそばに駆け寄ってきて、膝立ちになり、そっとはとりの額に手を添える。
「いや、そう言う問題ではなく……」
水槽には、タツノオトシゴが3体、藻の間をのんたらのんたら浮いている。
「紫呉が笑っていた理由は、これか」
「紫呉さんは、タツノオトシゴについてかなりお詳しいらしいので、いろいろと選んでもらいましたが……。お嫌ですか?」
よく見ると、水槽の近くに、ご丁寧にも餌が二種類ほど、置いてある。あと、タツノオトシゴ飼育方法、と書かれた手の平サイズの小冊子が、隣に立てかけてあった。彼女は、いい飼育者になるだろう、とはとりは思う。この家に同居している3人の健康状態を見れば、それがよく分かる。だが……。
「こんなものを育てなくても」
「だめですか? 私、もっとはとりさんのことが、たくさん知りたいのです」
明らかに気を悪くしているらしいはとりの顔を直視できず、透は顔を真っ赤にしながら、うつむき加減で言う、
「じゃぁ、紫呉にではなく、俺に聞け」
「え? いいのですか?」
「当たり前だ」
紫呉がもしやる気になれば、自分から彼女を奪ってしまうのなんて簡単なことだろう。紫呉との友情を壊す気はないが、透との関係を壊す気はそれ以上にない。
はとりは透の顎をすっと持ち上げ、ゆっくりとキスをする。
何か視線を感じ、はとりは顔を上げた。ちょうど自分の視線の先には水槽があり、タツノオトシゴたちはそろって好奇の目で自分を見ているような、嫌な感覚に襲われる。
「次は、どこか外で会うか」
「いいのですか?」
「あぁ。紫呉にからかわれ続けるのはあまり嬉しくない」
紫呉も困るが、このタツノオトシゴたちも何とかしたいものだ。とは言え、捨てろとは言えない。だが、こんな目で見られていると、やることもやりにくい。
「あ。あと、俺がもし変身したとしても、水槽には入れるなよ」
「え? どうしてですか?」
やはり、気がついていなかったか、とはとりは苦笑しつつ、透の頭を撫でた。
「元に戻ったときに、水槽が割れる」
「あ!」
「あと、あのタツノオトシゴは、3体ともメスだ」
紫呉の奴、知ってて選んだに違いない。タツノオトシゴが自分に向かって襲いくる姿を想像し、はとりはげんなりする。
「下手したら、子供ができるぞ」
「大丈夫なのです! はとりさんの子供でしたら、がんばって育てます」
「……お前が産んだ子供でないと、俺は育てる気はないけど、な」
耳元でそんなことを言ってしまった照れを隠すかのように、はとりは透を思い切り抱きしめた。白煙が上がった後の透のあわてふためく姿を見るのはさほど悪くはないかもな、と一瞬のぬくもりを感じながら、はとりは思う。
フルーツバスケット版権小説「準備ばんたん?(はとり×透)」(全年齢対象・無料)
(2002.12.2)
【執筆当時のコメント】
フルーツバスケット版権物小説としては二本目。今回ははとり×透。前回の紫呉×透からずいぶんと間が空いだけど……。本当は紫呉さんが水槽を選ぶシーンを書こうとしていたのに、かなり長くなりそうだったので、一気に切ってしまう。
カップリングでは絶対紫呉×透派だけど、何となくタツノオトシゴネタが書きたくて。紫呉さんの次にははとりさんが好きだし。原作漫画のはとりさんのデザインは少し怖いけど、アニメの長髪版はとりさんにはどきどき。まさか、タツノオトシゴとは、ねぇ。
十二支の変身について、気になることはたくさんある。
アニメで、紫呉さんが犬に変身した後、犬用の皿でミルクを飲んでいるシーンがあったと思うけれど、紫呉さんとしてはどういう体勢で食べているつもりなのだろう? あと、はとりさんがタツノオトシゴになった場合、タツノオトシゴの餌って、やっぱりおいしいと思うものなのだろうか……?
そのあたりの変身後の生体、かなり気になるところ。
せいぜい数分でもとの姿に戻るからいいようなものの、もし一日くらい戻らなかったり、らんま1/2のように何かしないと戻らなかったりするのだったら、かなり大変そう……。