フルーツバスケット版権小説「一方向性(紫呉×透)」(全年齢対象・無料)

フルーツバスケット版権小説「一方向性(紫呉×透)」(全年齢対象・無料)

【再掲時コメント】
 アニメ「フルーツバスケット」の前半+妄想設定で、2002年ごろに書いてWebサイトにUPしていた作品の再掲です。夏の暑い夜、お茶を運んできた透にいけないことをする紫呉さん。
 思い返すと同人作品はフルーツバスケットがたぶんはじめて。紫呉さん、紫呉さんの声の置鮎龍太郎さんにはまって大分道を踏み外しかけたな……。



【再掲時人物紹介】
草摩紫呉(そうましぐれ):十二支の戌に取りつかれているため、異性に抱き着くと黒い大きな犬に変身してしまう。しばらくすると元に戻る。掴みどころがない、普段は和服を纏う小説家。
本田透(ほんだとおる):草摩紫呉、由希、夾とひょんなことから同居することになった。丁寧すぎる敬語が特徴。
草摩由希(そうまゆき)、草摩夾(そうまきょう):草摩紫呉と同じく異性に抱き着くと動物に変身する。本田透と同学年。

(人は、やはり誰かを求めずには生きていけないのだろうか。)

 古びたワープロの画面は、先ほどからちっとも変わらない。草摩紫呉は大きく伸びをしてから、ふとそんなことを思ってしまった自分を鼻で笑う。
(人なんて求めてなんになる?)
(人は、僕によって利用されるために存在するんだから。)
 それが、自分のある意味でのポリシーだったはず。だが、最近それが少しずつ崩れてきはじめているのに、彼は気がついていた。
 しとしとと絶え間ない雨が、夜の闇をぬって、自分の心まで這い寄ってくるような、そして自分が胸の底に隠した大切なものすべてをだめにしていくような、かすかな恐れ。外の雨はいつかはやむけれど、心の雨はいつになってもやもうとしない。普段の彼は「何を考えているのか分からない」と称されてしまうこともある笑みを顔に張り付け、何があっても動じずにただ笑うだけだったが、夜の静けさの中、部屋に一人こもっているのは、生まれたときから笑うことなんて知らないような暗い色だけを瞳に満たし、心がもう救われないほど深く、深く沈んでいる独りの男。
 草摩の「外」に出て生活してみても、そんな自分が変わるはずもない。由希や夾と同居を始めたのも、その寂しさから逃れ得るのではないかと一瞬でも思ったからなのかもしれない。そんなこと、口が裂けたって誰にも言うつもりはないし、はかない願いだったが。
 嫌な想いの中を漂っていると、キーボードの上にただ乗せてあるだけの指は、ぴくりとも動かない。こうして担当を泣かすのも、そろそろ飽きてきた。
 隣でからからと音を立てて回っている扇風機の風邪は心地いいのに、首筋に一筋の汗が伝った。
 
 こつ、こつ、と障子を叩く音がする。
 やさしく、すこし控えめなその音は、毎日、小さな足音の後にやってくる。最近、それがないと落ち着かないくらい、彼女がいる日常に慣れてしまった。
 こんな夜遅くに珍しい、と思いつつも、知らない間に掻きむしっていた髪の毛を手櫛でそっと直し、一瞬にして目にいつものほほえみを取り戻す。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
 すっと障子が開き、少し色素が薄い、長い髪の少女が入ってきた。本田透。由希、夾に続く、この家の同居人である。
「まだお部屋に明かりがついているのが見えましたので」
 彼女は、お盆に乗せて持ってきたウーロン茶のグラスを、そっとそばの机の上に置く。そろそろ秋の気配が感じられる今日この頃だが、今夜はなぜか蒸し暑い。氷がグラスとふれあって立てる音は、それだけで涼しさを運んできた。彼女の格好も涼しげな短いスカートと、下につけたキャミソールが十分透けて見える薄いシャツである。そろそろこの開放的な格好が見えなくなると思うと、近づいてくる秋が少し恨めしくもなる。
「ありがとう、ちょうどのどが渇いたところだったんだよ」
「それは良かったです」
 彼女はいつもやわらかく微笑む。自分が遙か遠い昔に忘れてしまったような、心からの笑顔。
「早速いただこうかな」
 グラスを口に近づけると、茶の香りに、ほんの少しだけ、別の匂いが混じっている。どこかでかいだことがあるような、少し懐かしい、青臭い匂い。「戌」である彼は、一般人より遙かに鼻が利く。
「ねぇ、透君。今日は不思議な匂いがするね」
「そうですか?」
 立ち上がって部屋を去ろうとしていた透は、振り返って不思議そうな顔をする。
「何か、草のような」
 彼女は一度小さく首を傾げてから、すぐ顔を明るくし、人差し指を立てた。
「あ、先ほどそら豆をむいていたところなのです」
「なるほどねぇ。透君の手の匂いか」
「明日の朝ご飯にと思いまして、今準備をしていました」
 彼女が家に来てから、夕食だけでなく、朝食も豪華になった。ただ数が多い豪華さではなく、心がこもった、人の手の味。
「それはいいねぇ。僕、そら豆大好きなんだよ」
「紫呉さんもですか? 私も、とても好きなのです」
「でも、いつもわざわざ皮付きのを買ってこなくてもいいんじゃないの?」
 彼女が皮をむいている姿を何度か見かけたことがあるが、少し不厚めの皮は、彼女の手に少し余るようだ。手が傷つくのではないかと心配になるが、彼女はいつも器用にむいている。
「えっと、その、私はそら豆の皮むきは豆以上に大好きなのです」
「へーえ。またどうして? 毎度毎度面倒くさくないの?」
「なんと言いましょうか、少し固くてごつごつした皮の家の中に、暖かい、白い毛のベッドがありまして、そこに皆さん仲良く並んで、成長していく姿が、思い浮かべるととても暖かい気持ちになれるのです」
「うーん」
 そんなものかな、と紫呉は首を傾げる。だが、彼女が両手を頬の下で可愛らしく組んで、笑顔で語っているのを聞いていると、何となく真実味を帯びてくるのが不思議だ。
「でも、さすがに今日のはちょっと量が多かったです。少し肩がこってしまいました」
「僕がもんであげようか?」
「え、でも、紫呉さんのほうがこう毎日お疲れですし、私はもう今から寝てしまいますから、大丈夫なのです」
 さりげない一言で、おもしろいように反応する。少し顔を赤らめて両手を振る彼女の肩を押し、「いいからいいから」と扇風機の前に座らせる。
「透君も毎日家事で疲れてるだろうからねぇ」
「そんな、私は家事は好きですし、全然問題ないのです」
「人はね、自分が考えているよりもずっと、疲れているんだよ」
 すまなそうな顔をして振り向く彼女の額を軽く前に戻し、両肩に軽く手を乗せる。肩は肉が少なく、薄く、手の中にすっぽり収まった。薄いシャツの上からでもぬくもりは十分伝わってくるが、少し物足りない。
「ねぇ、透君。上の一枚は脱いだ方が肩もみやすいと思うんだけど」
「あ、そうですか?」
 紫呉は透が手を伸ばすより先に、すっと後ろからシャツを引っ張り、腕を取って脱がしてしまう。
「あの、でも少し恥ずかしいのですが……」
「いいからいいから。腕をおろして力ぬいて」
 透はおとなしく従う。紫呉は透の長い髪をそっと体の中程でまとめ、改めて肩に手を置いた。ほんの少し汗でしめった素肌は、手に吸い付くようで、それでいてなめらかな感触が、手だけではなく脳を伝って体まで刺激しそうになる。少し力を入れれば折れてしまいそうな細い肩は、紫呉の大きな手が余るほどだ。
「透君、こんな感じでどうだい?」
「とっても気持ちがいいのです~。でも、本当にご無理はなさらないでください。もう大丈夫ですから、代わりましょうか?」
「大丈夫大丈夫。僕も楽しんでやってるんだから」
 肩を押すと、つられて長い髪が揺れて、親指の背を刺激する。シャンプーの柔らかな匂いが、わずかな汗の匂いと一緒になり、彼女独自の香りが鼻を満たす。
 白い肩に、薄桃色のキャミソールの紐が、似合いすぎるほど似合ってしまう。これほどまで薄桃色が似合う肌は、最近ではめっきり見なくなったと思う。
「ねぇ、肩ひも邪魔だからちょっとずらすよ」
「あの、でも……」
「前を押さえておけば大丈夫だよ。脱がせはしないから」
「はぁ」
 そっと紐を肩から腕のほうにずらす。透は慌ててキャミソールの前を腕で押さえた。そんなことしなくても胸の当たりで止まりそうなものだとも思うが、見た目より案外ゆったりとした生地は、肩ひもをずらしただけで背中でかなりたわんだ。肩胛骨がほぼすべて見えるようになり、その奥に紐がないブラジャーの背が見えてしまう。
(無防備すぎるのは少々問題だな)
 白い肩でゆっくりと、絶え間なく動かしている手を、ついつい前のほうに滑らせたくなる。欲望を理性で押しとどめるのは、あまり慣れている方ではない。
 紫呉はそっと透の左肩に唇を這わせた。
 突然の肩に触れる柔らかな髪と、肩を滑る熱く湿った感触に、透の肩が大きく揺れる。
「あの、紫呉さん……?」
「透君の肩があまりにもきれいで、ちょっと食べたくなっちゃってね」
「そんな、私なんかを食べなくても、お腹がお空きになられたのなら今何かお作りしますが」
「いいから、じっとしてて」
 彼女の妙な反応が楽しい。
「でも、あの、その……」
「肩をもむより、こちらのほうが効くんだよ」
 紫呉は唇を一点で止め、強く吸い上げた。唇を離すと、赤い跡が残る。
(これまでこの肩に触れたのは僕だけなのだろうか……?)
 そんなことをふと思うと、突然どこかから暗い感情がわき上がってくるのを止められなくなりそうになる。
「あの、紫呉さん、少々痛いです」
「大丈夫だから、じっとしてて」
 振り向こうとする彼女の耳に、息を吹きかけるようにそっとささやく。体を、ふれるかふれないかのぎりぎりまで近づけて、そっと腕を彼女の首に回す。
「……あの……」
「少しだけ、このままでいさせてくれないか」
 いつものどこかふざけた調子を隠すことがない、少し高めの声とはうってかわった、どこか深い淵にでも沈みきった、暗くて低い声。煙草の香りと、少し骨張ったしまりのいい腕に包まれて、透は逆らいきれなかった。
 いつの間にか雨はやんでいたようで、静けさの中、扇風機の回る音だけが響く。良く耳を澄ますと、秋になると出てくる虫の声がする。
「そろそろ……秋なのですね」
「あぁ。そうだね」
「でも、まだまだ暑そうですよね」
 状況が居たたまれなくなった透は、何とか明るい会話の糸口を探そうとするが、どこか空回る。このまま、じっとしていれば、すぐ後ろに迫った得体の知れない闇の中に、引きずり込まれそうな気がして、怖かった。
「……透君、どうして人は誰かを求めずには生きていけないんだと思う?」
 紫呉が顔を上げたのが、背中に当たる彼の髪の毛の揺れで分かる。
「えっと、人が誰かを求めるわけ、なのですか?」
 突然の質問に、うまい答えが返せない。
「そう。こうして、ぬくもりが欲しくなるわけ」
 紫呉は無意識に腕の力を強くした。
「私は……もう少しお母さんと一緒に、生きていたかったです。お母さんのぬくもりが欲しかったのです」
「……お母さん、か」
 彼女と初めて出会った日の夜のことは、今でも良く覚えている。母が死んだ日のことを話しながら、泣き疲れて寝てしまった彼女の姿も。
「でも、もう今は大丈夫です。みなさまやさしくしてくださいますし」
 努めて明るく言おうとする彼女の言葉の裏には、まだまだ母の死から立ち直れない弱さが垣間見える。だが、それでも今の自分より、彼女はずっと、ずっと強いに違いない、と紫呉は思う。
「そうか……」
「し、紫呉さんは、どうして誰かを求めるのだと思います?」
「んー。僕がした質問を、そのまま返されても困るんだけどなぁ」
「あ、ごめんなさい……。でも、今日の紫呉さん、なんだかとってもおかしくて、少しお寂しそうで。私、どうすればいいのか分からなくて」
 透が腕の中でむずむずと動くのがこそばゆく、紫呉は少しだけ束縛の力を緩めた。透はすっと腕を回して、紫呉の首に抱きついてきた。
 体が密着する。あ、と言う間もなく、白い煙と爆音と共に、紫呉は自分が戌の姿になってしまったのが分かった。
 まだ変身の際に出る音や煙に慣れていない透はしばらく目をしばたかせていたが、すぐに紫呉に近寄ってきて、戌の姿の彼を抱きしめた。
「……本当に、どうして人は、人を求めるんだろうね」
 胸と背中が密着しないように気をつけて抱かなければならない人の姿と違って、戌だとこうして全身にぬくもりを感じることができる。呪われたこの身では、人からぬくもりを与えられても、好きなときに誰かをかき抱いてぬくもりを与えることはできない。それで寂しいのか、とふと感じた紫呉は、少し自嘲的な笑みを浮かべる。
(……この僕が、誰かにぬくもりを与えたいと思うなんてね)
「本当に、どうしてなんでしょうね……」
 紫呉はそっと彼女の腕から出て、流れる彼女の涙をすっとなめとった。感触に彼女が身を引く前に、すっと唇もなめる。
「あ、あの」
「透君の唇を奪うのが、人の姿だと申し訳なくてね」
「そんなことないです!」
 慌てて手を振る彼女の前で、二度目の白煙が上がった。透は慌てて紫呉に背を向ける。
「え、そんなことないって?」
 戌から人の姿に戻った紫呉は、服をとる前に、聞き返す。
「……できましたら、戌とではなく、人と……。あ、あの、別に決して戌がいやなわけではなく、あの……」
「あの?」
 真っ赤になってうつむいている彼女の腕をそっと取り、体がくっつかないぎりぎりまで引き寄せる。一糸まとわぬ姿の紫呉を見ないようにと顔を背ける彼女の顔を指先で上向かせ、瞳を見つめる。
「僕だと、いや?」
「あの、けっしてそうではなく、あの、できましたら、戌ではなく……」
 状況と言葉とであわてふためいている彼女の唇に、すっと自分の唇をかすめる。一瞬だが、ふわっとした暖かさが、全身に広がるような気がした。
「僕とキスしたいのならば、先にそう言ってくれたら良かったのに」
「あの、そうではなく……」
「そうではなく? あ、やっぱり透君、僕のこと嫌いなんだ~。寂しいなぁ」
「あ、違います、紫呉さんのことは、私大好きです」
 慌てつつ、赤面しつつも、重要なことさらりと言ってくれるじゃない、と紫呉は知らず知らず、透に満面の笑みを向ける。
「そうか、それは良かった。僕も透君のこと大好きなんだよね。もうめろめろってほどに」
 透は一瞬驚いた顔を見せたが、赤面したまま複雑な顔で紫呉を見つめ、首を傾げる。
「あ、今、冗談だって思ったでしょう?」
「いえいえ、そんなこと……。ただ、いつもの紫呉さんに戻ってくださったことがうれしくって」
「あれ? ってことは、僕っていつもこんな感じだってこと?」
「……えー、あの……」
 言えば言うだけ言葉の波に流されていくだけかといい加減気がついたらしい透は、言葉を濁す。
「ところで透君、先ほどから少し気になっていたんだけどね」
「え?」
「キャミソール、ずいぶんずれてるよ」
「あ!」
 透は小さく悲鳴を上げる。ずいぶん前に紫呉に肩ひもをずらされた薄いキャミソールは、腹の辺りまでずれ、今では何とか肘あたりに引っかかっているだけになっている。若草色の紐なしブラジャーは、もうすっかり紫呉の目にさらされていた。
「いやぁ、いつ気がつくかと待ってたんだけどね、なかなか気がつかないから。別に、僕はそのままがいいんだけどね」
「見ないでください……」
 透は慌ててキャミソールを引き上げ、元に戻した。
「そういう紫呉さんこそ、何か着ていただけませんか?」
 変身の際に脱げてしまった着物は、そのままの形で投げ出されている。
「僕は気にしないよ。透君に見られるなら本望だね」
「あの、私は気にするのですが……」
「じゃぁ、僕の顔だけ見ていればいいよ。そこならいつも裸だし」
 そういう問題ではない、といった顔でうつむく透の腰をそっと引き寄せる。
「来て」
 足を半ば延ばして座った紫呉は、自分の左太股を指し示す。
「あの、でも」
 紫呉のほうをちらっとみると、嫌でも太股の間にある男性自身が目に入る。
「いいから」
「せめて服を着てくださいませんか……?」
「僕が気にしていないのに、そこまで恥ずかしがられるのは困るな」
 紫呉はすっと立ち上がり、部屋の電気を消した。机の前に置いた電気スタンドと、障子を越えて入ってくる月の明かりだけが、薄暗く部屋を照らし出す。
「ほら、これで大丈夫」
「ですが……」
「僕のことが、そんなに不安?」
「いえいえ、そんなことはないです」
 紫呉の侘びしさが漂うような口調に、透は慌てて否定する。
「じゃぁ、来て」
 透は、おそるおそる、と足を投げ出して座っている紫呉に近づく。一瞬とまどい、紫呉の足に触れるか触れないかの畳に正座した。
「もどかしさがまたそそる、とか、まだ透くんは知らないのかな?」
 紫呉は透の腰を両手でひょいっと持ち上げ、彼女が悲鳴を上げる間もなく自分の太股に乗せた。透の左肩が、紫呉の胸と密着する。そのまま紫呉は両腕を彼女の首に回した。
「大丈夫。もう少し体を預けても僕は変身しないから。このあたりがぎりぎり、かな」
 一体どこで誰と調べたのだろうか、と一瞬浮かんだ疑問を、透はすぐにうち消す。彼は大人だ。透には計り知れないくらい、大人なんだ、と思い、それで納得する。
 それに、ちゃんと抱かれている、と思えるのは、非常にうれしいことだった。抱きつけば変身する十二支相手に、それよりも、今一番好きな、男に。
「……重くないですか?」
「全然。とっても気持ちがいいよ」
 透は支呉の瞳をそっと見ると、二人の視線が触れ合わんばかりの距離で絡み合う。暗闇の中で、わずかに光る瞳は、透を見ていながらも、彼女の表面を軽く通り越し、ずっと奥を見られているような気がしてくる。
 瞳が近づいてくるのを見るのは、半ば夢心地だった。唇が触れて、初めてその距離の近さに気づくほどに。
 熱い唇が、重なる。目を瞑ると、その熱さが唇を越えて、全身を満たしていくのが分かる。すっと離れていくのがひどく物足りない。追いかけようとして腰が動くほどに。
「好きだよ」
 耳元でそっとささやかれた一言で、全身が泡立つ。「本当に?」なんて聞き返さなくても、触れ合った肌の暖かさが、雄弁に真実を伝えてくれているような気が透にはしていた。
(柔肌の想いに流されて、口を滑らせてしまったかもしれない)
 紫呉は、ぼぉっとしたままの透の瞳を見つめ、そんなことを考える。
(彼女がのぞむなら、)
(彼女がのぞむから、与える、なんて、らしくないか。)
(人は、自分に利用されるためだけに存在するのだから。)
 そんなことはどうでもいい。
 今だけは、心底透が欲しいと思う。
 欲望に理由なんて要らない。言葉も要らない。
(それでいいのか?)
 一瞬浮かんだのは、罪悪感か。
(彼女も、自分を求めているのだから。構わない。)
 二度目のキスは、唇と、舌を這わせる。
 拒否しない彼女に、少し苛立ちを覚える。
「もう止められないよ。いいの?」
 愛と欲望がすべて双方向性ならば、一切の悩みから解放されるのに。
 彼女の唇が動く前に、もう一度、愛の言葉をささやき、吐息を奪う。
 答えなんて聞く気はなかった。

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【執筆当時のコメント】
フルバで好きなカップリングと言えば、まず「紫呉×透」って答えるほど、この組が好きなのです。小説を書こうとしたとき、まずこの二人で。

<紫呉×透 推奨理由>
1。紫呉→透:アニメ第一話で、倒れて横になっている透くんの話を聞いている紫呉さんの表情。これで、私の中ではこのカップリングが決まった。
2。紫呉←透:草摩家に近づく理由となったのが、紫呉さんと、彼が作っていた置物だった。(そう言えばあの置物たちって、あれからどうなったんだろう。他のものとか作ってるのだろうか?)
3。紫呉←透:アニメで、透くんの額の手当をする紫呉さんと、ちょっと照れる透くん。(顔、近い……。)
4。紫呉←→透:原作3巻バレンタインデーチョコはとりさんに持っていく回。透くんは紫呉さんを心配してるし、紫呉さんは透くんがかなり気になってる様子。
5。紫呉→透:紫呉は遠慮が少なく、障害も少ない。他のキャラは、精神的に恋愛に対する障害がありそう。
6。紫呉→透:家に一旦帰った透くんが帰ってきたとき、家の前で待っていた。家の前で待つのって、かなり大変。夾くんたちは迷って時間がかかったらしいし、かなりうろうろそわそわしつつ長時間待っていたのではなかろうか。
7。紫呉←透:透くんは父不在で長い間過ごしてきた。同世代男に対して以上に、年上男に対して免疫がなさそう。何か暖かいものを感じ、それが恋に発展する。

フルーツバスケット版権小説「一方向性(紫呉×透)」(全年齢対象・無料)

花とゆめ、高屋奈月著の漫画がアニメ化されたアニメ版「フルーツバスケット」の前半+妄想設定で、2002年ごろに書いてWebサイトにUPしていた作品の再掲です。夏の暑い夜、お茶を運んできた本田透にいけないことをする草摩紫呉の話。 原作未読、アニメ途中で書いたので、キャラやカップリングはねつ造です。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-03

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work