うんこ大王とおしっこ王子(大王街に行く編)(5)
五 家族で街ぶら
「さあ、これからどこへ行く?」
喫茶から出ると、パパが後ろを振り返った。
「そうね。久しぶりに商店街を歩きましょうか」
「街ぶらか。商店街を歩くなんて久しぶりだな」
「そうね。買い物は家の近くのスーパーで済ませるので、商店街にわざわざ来る必要がないものね」
「昔、子どもの頃は、街へ行くなんていったら、とても嬉しかったけどなあ」
「あたしもそうですよ」
パパとママが子どもの頃に戻ったかのように、二人で盛り上がっている。僕にしてみれば、近くに巨大なショッピングセンターがあるので、商店街に行くことは少ない。たしかに、商店街はアーケードがあって、道の両側にいろんな店があって楽しいけれど、僕が欲しいものはない。それに、行ったら帰って来ないといけない。それに比べてショッピングセンターでは、うろうろしていると、知らない間に元の場所に戻っているから、不思議だ。
僕たちは散歩がてらに商店街を歩いて、時間をつぶした。
「さあ、うどんでも食べるか」
時計を見る。十二時だ。さっき、モーニングを食べたけれど、街をうろうろしている間に、お腹が空いてきた。食パンとオレンジジュースでは三時間しかもたない。
パパがうどん店の行列にならんだ。お店の外には、早くも十人ほど並んでいる。
「昔は、商店街と言えば、ファッション関係ばかりだったのに、今ではうどん店があるなんてなあ。うどんじゃ儲からないだろう」
「バブルがはじけて、地価が下がり、賃貸料が安くなったからじゃないの。高いままだと、誰も借りないからよ。それに、折からのうどんブームで、県外からもたくさんの観光客がやってくるから商売になるんじゃないの」
「そうかもなあ。なんにしろ、こちらにとって、街中でうどんが安く食べられるのはいいことだ」
パパとママが待っている間にうどん談義をしている。昔は、商店街にうどん屋がなかったなんて信じられない。商店街だからいろんな店があった方が楽しいはずだ。
「でも、うどん屋の前には何の店があったのか覚えていないなあ。店が変わると街の雰囲気も変わるんだ」
「そうね。人の記憶とともに、街の記憶も変わっていくのね」
確かにその通りだ。家の近所でも、新しいビルが立つと、昔、何があったのか思い出せなくなる。不思議なものだ。
「そうだ。人間の記憶なんてそんなものだ。今朝、出した、うんこの量やおしっこの色も覚えていないだろう」
うんこ大王がしみじみと呟く。うーん。確かにそうだ。うんこやおしっこだけじゃない。今朝、朝食で、何を食べたのかさえ思い出せない時がある。
「それでいて、健康でいようだなんて、おこがましいな」
大王がもっともらしい顔をする。確かに大王の言う通りだ。
「さあ、入るぞ」
僕たちの前の行列はなくなった。代わりに、僕たちの後ろに、行列ができた。この街の人は、よほどうどんが好きらしい。もちろん、僕もその仲間だけど。
店の中は席がいっぱいだった。ここはセルフ店。みんな、トレイを持って並んでいる。うどん店の人がこちらを見た。相手が声を掛けるのよりも先に、かけ大、とパパが注文した。あたしは、ざる小でいいわ。ママも注文する。注文もセルフだ。うーん。僕はメニューを見ながら考える。「何にしましょ」店の人が声を掛けてきた。「ぶっかけの小」僕が言い終わると同時に、うどんの入ったどんぶりが前に出された。そのまま、前に進む。
「それだけかい。野菜が足りないぞ」大王の声だ。確かに、うどんだけで、おかずがない。「朝の約束を忘れたのか」大王がしつこく言うので、僕は野菜のかきあげを皿に取った。パパはちくわの天ぷらを、ママはレンコンの天ぷらをうどんにのせている。トレイを滑らせていく。「勘定は一緒で」先頭のパパが財布を取りだした。すばやく、レジの人が計算し、千円です。と言った。何もかもが早い。
お金を払い、トレイを持ったまま立っていると、あれだけ込んでいたのに、ちょうど目の前のテーブル席が空いた。「ここにしよう」パパが座った。僕たちも座る。
「いただきます」パパが割り箸を持ったまま手を合わす。何もかもがセルフだ。
ズズズズズ。ズズズズズ。パパの口の中にうどんが吸い込まれていく。いや、吸いこまれると言うよりも、うどんが自分から滝に昇っていくように見える。これもセルフか。
ママも続く。ズズズズズ。ズズズズズ。
僕も続く。ズズズズズ。ズズズズズ。
「おい、おい。そんなに急いで食べなくてもいいだろう。それに、わしにも少し食べさせろ」大王が僕のほほをつつく。
「えっ。大王も食べられるの」
「当たり前だ。わしだって生き物だ。普段はお前のお腹の中で栄養素を吸収しているが、今は違う。朝から何も食べていない。腹が減った。少し食べさせろ」
「いいけど」
僕は箸でうどんを細かく切ると大王の口(?)に運んだ。
「うん。うまいじゃないか。もちもちでこしがあって。でも、うどんを噛まずに飲み込んでいるのか。それは消化に悪いだろう。それに、ひょっとしたら、お腹の中で、大変なことになっているかもしれんぞ」
大王の目がぎょろりと大きくなった。
「大変なことって」ずるずるずる。大王の忠告にも関わらず、僕は相変わらず、うどんを飲み込む。
「うどん竜があらわれているかもしれん」
「うどん竜?さっき、話をした奴?そんな馬鹿な」僕は笑った。でも、大王の目を見ると真剣そのものだった
うんこ大王とおしっこ王子(大王街に行く編)(5)