天罰覿面

悪いことをすれば悪いこと、良いことすれば良いことが返ってくるもの。

この世の真理である。

「この世には、仁、義、礼、智、信という言葉があって、昔の戦国武将なんかが、その言葉を守って生きてたんだ」
中学生の頃、三國無双で遊んでいると、上杉謙信と武田信玄の敵に塩を送った話などして、父はこんなことを教えてくれた。

「この言葉は今の世の中にも十分言えて、父さんなんかが仕事をする際は、必ずこれを守ってる。今の子たちはこれを全く忘れて言いたい放題して暮らしてるけど、人の嫌がることをする奴には、必ず嫌ーな末路が待ってるもんさ」

私はかつての友達が中学に上がった途端、餓鬼大将よろしく普通に虐めを行うようになり、彼氏も作って万々歳なのを思い出し、「そうかなー」と不満を口にした。

「まあ上手いこと世の中渡っていく奴もいるが、そういう人は恩を売る相手を選んでるんだな。でも見てろ、必ず父さんが金持ちになって、見返してやれるようにしてやるから」

だから、堅実に生きなさい。優しく生きなさい。
そう教わって、かれこれ十年。私は意地悪な人たちに翻弄されながらも、どうにかこうにか持ち前のこだわりの強さでこの父の持論を守り、今日まで生きてきた。

今ではそれが、大変大切なことだと知り、地元にいたころの不義理を嘆く。

しかしね、言い訳するなら、私の世代は最悪世代と呼ばれ、友達が友達でなく、それぞれ結婚するまで利用する相手と言う立場でしかなく、本当の友情などどこを見回してもなかった。

私はプリクラで「いつまでも仲良し」などと書かれたキラキラした字を読むたびに吐き気がし、「んな訳あるかい」と、その土地の薄情さを思った。

思うに、娯楽が少ないのがいけないんだな。
都会みたいに、発散するところがないから、たまに読む地方の田舎を描いた最悪な結末のミステリー小説のような現実ばかり。
兄は早々見切りを付け、都会に出て大人しい人柄だというのに仲間とつるんで面白おかしく生きている。
私は田舎特有のご近所さんとの心温まる会合を楽しみながらも、「このままでは潰れてしまう」と、自分の存在のはかなさに嘆いていた。

私もどっか、上手いことやらなくては。

でも、一人暮らしでやっていく自信がない。
私の家族はいつもギャグを飛ばして仲が良く、親戚や身内もみんなこっちで、都会に出れば便りが無くなる。
それに、私には音楽の趣味もないし、せいぜい小説を読む程度。しかし銀幕のスターに詳しかったりとコアなところもあり、無意識だったがなんとか文学やらお金を使うばかりでなく、中古でも名著を読むということを行っており、周りの「好きな漫画?もちろんワンピースでしょ!」という、進撃の巨人もNARUTOもバガボンドも読んでるだろ、やめてそのオタクへのネガティブ意識、という突っ込みを入れたくなる一辺倒の返答に飽き飽きしていた。

もちろん、イケてる姉ちゃんなどがたまにコンビニで堂々とジャンプを買って行ったりすることもあり、そう言う人にこそ私は好感を持ったのだが、この頃はまだど田舎の阿保たれにしかすぎず、たまに流行りの漫画を買うと、顔見知りの店員が「あー、こんなん読んでるんだ」と割と親しみを持って言ってくれたのに、私もまた「いや弟が読んでて」とか苦しい言い訳をする程度にネガティブ思考の持ち主だったし、相手もそれを汲んでくれていた。

私はひたすら周りに優しくされていた。それでも埋没することへの恐怖。
職業訓練で出会った訳の分からない変なおっさんが馴れ馴れしく名前を呼んできたりするのが耐えられず、ある日引っ越すことになり、私はそれはそれはほっとした。

さて、父の教えの五徳を欠いていた私がどんな目に遭ったか。

まず、この五年間で、お金のない我が家は周りから徹底していじめられ、私はそこで自分に人間性が欠落していたことを思い知った。
始めて暮らす都会特有の音が丸聞こえなほど近い家屋で、私は静かな田舎で培われた体質から、ノイローゼになってしまったのである。
やれ、家の前のおじさんが気に食わない。子供が生意気に喧嘩を売ってくる、その上勉強のし過ぎでとち狂った弟からの嫌がらせ。

私は最初の三年間、祖母の下で禅修行をし、名医の元での治療も得て、ようやくこれを押しとどめた。
人とは酷くすれば酷く返し、優しくすれば優しくなるものだと思い知った。

だから目覚めたその日から、私は安くて丈夫な服を着て、とにかくあがいた。
寝ても覚めてもご近所への挨拶を怠らず、明るく元気でいるということがどれだけ大切であるかを悟り、それを売りにした。
街へ出れば、関西のノリで美人で快活な母と比べられてぶっさいくやなーと冗談が飛んでくる。
私は吉本新喜劇を見て学習し、「これは感情の反復練習と同じだ、反射神経が大事なんだ」とメモこそしないが、弄られることに慣れた。
そして、自らをガラッと変えた。
家族の会話に常に冗談を飛ばし、周りからは「面白がり!」とイキリであるということを言われ、しかし「お互いさまやろ」と気にしなかった。
こうなりゃ邁進するしかない。

そうこうしている内、年月が経ち、私はそれなりに年も取って、イラつくクソガキのからかいだとかが両津勘吉のアニメに出てくるギャグみたいなもんだな、と取れるくらいには成長した。

五徳の教えの効果である。
私は優しくなった。鷹揚になった。心が広くなった。
病院でもらう薬が大きいと言われるが、なかなか悟るところもあったおかげだと自分では思っている。

だから、今の若い世代の人に言いたい事。
世の中なかなか腐るに値する出来事も人もある。そんな時こそ、元気を出すんだ。絞りだして笑って挨拶してやれ。それが勝ちってもんなんだ。
そしたら全部変わる。世界がぐるっと好転する。
私はまだまだどうなるかわからない人生で、調子に乗ればガラガラと崖下に転がり落ちるだろう。
だから手を抜かないことにした。

だから、五徳が大事、いいか、五徳が大事なんだ。
たまには歴史小説も読みなさいな、いいもんだよ。
今日はそれだけ言っておく。

では。

天罰覿面

私には恩師がいました。だから良かったのかな。

天罰覿面

恩師から教わった五徳の教え。私はそれを、守ろうと思う。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-02

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