エキゾチックなアニマルたち

 最初にハリネズミの異変に気付いたのは、父親の高田の方だった。
「おーい、祐美、ちょっと来てくれ」
 パタパタと階段を上がって来た大学生の祐美は、口をとがらせた。
「もう、パパったら、勝手にあたしの部屋に入らないでよ」
「掃除のついでさ。それより、バジルくんのエサ入れを見てくれ」
「何よ」
 不満げに覗き込んだ祐美の顔が曇った。
「あれ、また食べてないのか」
 今度は高田が不安そうな顔になった。
「またって、いつ頃からだ?」
「うーん、二三日前かな。たぶん、夏バテだよ。でも、念のため、病院に連れてく?」
 二人の会話が聞こえたのか、布製の袋からトゲトゲの体がちょっと出たが、光がまぶしいらしく、すぐに引っ込んだ。
「まあ、その方がいいかな。見た目じゃ、わからんからな。だが、ハリネズミを診てくれる病院って、近くにあるのか?」
「ネットで調べたことあるけど、車で30分ぐらい」
「そうか」
 親バカかとも思ったが、高田はすぐに行くことにした。高田も子供の頃にイヌやネコを飼ったことがあるが、さすがにハリネズミは初めてである。娘にねだられて、ペットショップで買ったものの、ちゃんと飼えるのか不安だった。なにしろ夜行性で、昼間は布袋の中に隠れているから、元気なのかどうかわからない。夜は娘の部屋からシャットアウトされるから、様子を見ることもできないのだ。
 その動物病院には、午後の診療開始時間の直後に着いたが、すでにかなりの順番待ちだった。待合室はいっぱいで、座る場所もない。
「ずいぶん混んでるな」
「しょうがないよ。エキゾチックアニマル(イヌ・ネコ以外の小動物)を診てくれるとこって、少ないから」
 もちろん、待合室の半分以上はイヌやネコの飼い主だが、小鳥・カメ・ハムスターなどを連れている者もいる。順番に呼ばれて三つある診察室に入っていくのだが、一番右が主にイヌ、真ん中が何故かネコと小鳥、左がその他、となっているようだ。特に真ん中の診察室は前面がガラス張りになっており、中の様子が見える。そこに、ネコと入れ代わりに小鳥が入った。
「あっ!」
 祐美が小さく叫んだのは、カゴから出されたとたんに小鳥が飛ぶのが見えたからだ。すぐに照明が消され、カーテンが閉められた。
「大丈夫さ。鳥は暗くすると大人しくなるから」
「うん、知ってる」
 その後も、いろいろな動物たちが入れ代わり立ち代わり診察室に入って行った。
「なかなか順番が来ないな」
「たぶん、あのカメの次だと思うわ」
 その時、また新しい飼い主が入って来た。見るからにセレブ風の女性で、大きめのヴィトンのバッグを持っている。そのバッグが、不自然にモコモコと動いていた。
 高田は、そのモコモコが気になった。大きさはネコぐらいのようだが、ヴィトンのバッグにネコを入れるとは考えにくい。時々、ガリガリと爪をたてるような音がする。
(すると、やっぱり、ネコかな。にしては、全然鳴き声がしないな。それに、完全に外から見えないようにしているのが、なんだか怪しいなあ)
 看護師の声がした。
「高田バジルくん、どうぞ!」
「パパ、バジルが呼ばれてるよ、行こう」
「あ、ああ」
 診察の結果は、軽い膀胱炎とのことだった。抗生物質と栄養剤を注射してもらい、薬と特別なエサを渡されて、会計は1万9千円だった。
(ちょっとイタいな。だが、まあ、こんなものか。それより、ヴィトンはどうなったっけ)
 セレブ風の女性はまだ順番待ちで、バッグもまだモコモコしていた。
(どの診察室に入るかを見れば、イヌか、ネコか、それ以外かわかるんだが)
「どうしたの、パパ。帰ろうよ」
「う、うん」
 帰り道、車を運転しながらも、高田はヴィトンの中身が気になって仕方なかった。
(おわり)

エキゾチックなアニマルたち

エキゾチックなアニマルたち

最初にハリネズミの異変に気付いたのは、父親の高田の方だった。「おーい、祐美、ちょっと来てくれ」パタパタと階段を上がって来た大学生の祐美は、口をとがらせた。「もう、パパったら、勝手にあたしの部屋に入らないでよ」「掃除のついでさ。それより......

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-01

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