鬼火
この世を平和に導く奇跡の花と、命を賭して世界を穏やかにした男の物語。
あらゆる争いに、目を背けてはいけない。
あらゆる争いに、目を背けてはいけない。
たとえ目の前の生活が苦しくとも。
手を差し伸べる力が無くても。
目を背けてはいけない。
それは人類の苦しみ。
人として生きる悲しみ。
あなたの半身の痛み。
<『ヤーガサーア国史第205巻』「ある隠者の言葉」第二章冒頭より抜粋>
これからお話しするのは、ある偉業を成し遂げた人の物語。
これからお話しするのは、ある偉業を成し遂げた人の物語。
どんな偉業だって?
それは争いの止まぬこの世界を、「永遠に平和にする」というものさ。
信じられないだろう?これまで人類が経験したことがないことだから、私だって想像がつかないさ。
ただし、永遠の平和の代償は、彼自身の命。
さてさて、多くの人は、「命を賭して」なんていう言葉を聞くと、その男の人生は悲劇と言いたがるね。
「素晴らしいことを成し遂げた、だが可哀想な生涯だった。」とか。
しかし、この意見は本当に正しいのかね?
私はそう思わないよ。
彼は、彼の望んだ通り世界のすべての争いをなくしたのだからね。
そして何より、彼は最後の最後まで天命に命を燃やし尽くして死んだのだからね。
悲劇なものか。可哀想なものか。
さあ、前置きはここまで。
お話をはじめるよ!
一つの花
人の世はいつも争いが絶えることがない。
それはもう、私が語るまでもないだろう。あなたの国の国営放送で毎日流れている情報のとおりである。
嘘だという方は、テレビなりラジオなりのスイッチを入れニュースに目を見張り耳を傾けてほしい。
この物語の舞台となっている世界でも、やっぱり人と人は戦争を繰り返していた。
しかし、この世界には「一つの花」と呼ばれる世界を平和に導く奇跡の花が存在している。
その花を咲かすことで、世界から争はなくなり人々は穏やかに暮らせるという。
繰り返されるつまらない争いを無くすため、人々は花を求めて世界中を訪ね歩いた。
繰り返されるつまらない争いを無くすため、人々は花を求めて世界中を訪ね歩いた。
何十人、何百人、何千人、それ以上。
いったいどのくらいの人間が花探しの冒険に出ただろうか!
そのほとんどが旅に出たまま二度と帰らなかった。
でも、どんなに探しても一向に花は見つからないのだ。
何十年、何百年、何千年、それ以上。
しばらくすると、花を追う人々はだんだん減って、もう誰一人としていなくなってしまった。
つまりこの世界の人は、奇跡の花などそもそも存在すらしないのではないかと考えるようになってしまったのだ。
そうして、時を経て、一つの花は本当に伝説上の存在になってしまった。
その一方で、人々の争いはのうのうと続いた。
悲しいことに、それで世界の均衡は保たれる。
土台人間というものは、私も含めて安定志向である。
それ自体、人の在り方として決して悪いことではない。
そういうわけで、西暦2000年になっても相変わらず世界は争いの憂いに満ち満ちていた。
この世界の東京に、お互いを思いやり幸せに暮らす若い恋人がいた。
さて、この世界の東京に、お互いを思いやり幸せに暮らす若い恋人がいた。
その片割れの男性、彼こそ後に命を賭して世界を平和にする花を咲かせた男である。
実は、彼は奇跡の花の存在を心の底からこれっぽっちも信じていなかった。
「そんな物語のハッピーエンドの都合上あるような出来合いの花など。あり得ない。」と考える全く通常の感覚を持った堅実な人間であった。
では、何故彼は花探しの旅に出ることになったのか。
実は、彼の恋人こそ、誰もが信じるのを諦めた伝説の花を探し始めた稀有な人物であった。
彼女は奇跡の花の存在を心の底から信じた。
「今はほとんど架空になってしまっているけど、奇跡の花はあると確信する。本当にこの世界が穏やかになるのなら、探してみるしかない。」
彼女はこの世界の中では、この世界を見渡してみてもかなりの奇人の類に入る感覚の持ち主であった。
彼女は信じた。心に一つの曇りもなく奇跡の花の存在を信じ切った。
だから、家族や友人に止められたにも拘らず、散りばめられた世界中の伝説や神話を調べ、ついに花探しの旅に出かけたのである。
彼は彼女がとても大好きだった。だから、彼女の途方もない夢を支えるために、ともに旅に出る決断をした。
彼女と一緒にいられることが何より幸せだったから、彼に何も迷いはなかった。
もし彼女が夢を諦めるなら、日本に帰り二人で暮らせばいいのだから。
彼女の死という喪失を振り切るには進むしかなかった。
しかし、花探しの旅の途中、彼女は病に倒れた。
彼を残し、故郷から遠く離れた異国の地でそのまま命を落としてしまう。
彼は深く悲しんだ。
しかし悲しんでばかりでは、人は生きていられない。
彼は彼女の替わりとして花探しの旅を続けることを決断した。
地図を広げて、次の目的地へ。二人で辿ろうとした道を、一人で歩き始める。
彼女の死という喪失を振り切るには進むしかなかった。
奇跡の花など存在しなくともいいのだ。
この花探しの旅を続けたことを、死後の世界で会えたなら彼女に伝えよう。きっと喜んでくれるはずだ。
数年が経った。
数年が経った。
死んだ彼女の鬼火が彼に優しく語りかける。
「花を信じてくれて、ありがとう。この先に、きっと手がかりがあるから。」
彼は頷いて応えた。
旅を続けるうちに、彼はいつしか、奇跡の花の存在を少し信じるようになっていた。仄かに。いや、心のどこかで確信している。
自分が見つけることで、この世界を穏やかにできるのかもしれない。
そう思い始めて以来、自分に寄り添って歩いている存在が「見える」ようになった。
それは鬼火。彼女以外にも無数の人の思い・魂が鬼火となって、自分に寄り添っているのを感じる。
行く先々で彼に出会う人々は、この男は恋人を失った悲しみのあまりにいかれたのだと哀れんだ。
もしくはあり得ない奇跡を欲しがる愚か者だと蔑んだ。
そんな声をよそに、彼は地図を広げ彼女に目的地を問う。
数十年が経った。
数十年が経った。
「花を信じてくれて、ありがとう。この先に、きっと手がかりがあるから。」
今では無数の鬼火が彼の元に訪れ、優しく語りかける。
「花を信じてくれて、ありがとう。見つかれば、この世界は穏やかになるから。」
彼はその声に導かれ、旅を続けていた。
その手にはもう地図も何も持っていない。
死者の声を聞き、そこへ向かい歩く。
「ありがとう。これから向かうよ。」
鬼火たちに向かって彼は微笑む。
歩みを進めるたびに、花探しの旅の途中で倒れた人間の魂の火の数が増えていく。
彼は奇跡の花の存在を確信している。
行く先々で彼に出会う人々は、ただただ放浪するこの男を狂人と恐れた。
長年の放浪の旅の末。
長年の放浪の旅の末。
彼はついに、とある極北の国の街はずれの崖で、その花を見付けるに至る。
しかし、固い蕾のまま時を止めていた。
付近の伝説では、「蕾のまま何千年も咲いたことがない」のだという。
彼は深く悲しんだ。
しかし悲しんでばかりでは、人は生きてはいられない。
花に語りかける。
「世界は憂いに満ち満ちている。一つの花よ、あなたが必要なのです。」
しかしどんなに語りかけても、願っても花は咲かなかった。
鬼火たちも深く悲しんだ。
青白い死者たちのざわめき。
青白い死者たちのざわめき。
「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」「花を見つけても、咲きはしなかった。」「花は咲きはしなかった。」「私たちの旅は、命を賭した花探しは一体何だったというのか。」「すべてが無駄だったというのか。」「君を導いてすまなかった。」「私たちはあなたの一生をかけさせてしまった。」
彼は諦めなかった。
彼は諦めなかった。
鬼火たちの嘆き悲しみをよそに、花に語り続けた。
「世界は憂いに満ち満ちている。奇跡の花よ、私たちにはあなたが必要なのです。」
ずっと、語り続けた。
ずっと。
「あなたが必要なのです。」
咲いて欲しいと願った。
一体どのくらいの時間が経ったことだろうか。
ある寒い日に、彼は眠るように死んだ。
咲かない花に祈りを続ける日々。
ある寒い日に、彼は眠るように死んだ。
彼は夢は叶わず、独り死んでいった。
だが彼は彼なりに満ち足りた幸せな人生だった。
遠い昔に彼の恋人だった少女の鬼火が、花に語りかけはじめた。
彼の死と、咲かない花に悲しむ鬼火たち。
しかしその中から、遠い昔に彼の恋人だった少女の鬼火が、花に語りかけはじめた。
「世界は憂いに満ち満ちている。一つの花よ、私たち人間にはあなたが必要なのです。」
その声に、無数の死者たちは悲しむのをやめ、花に語りかけ始めた。
「世界は憂いに満ち満ちている。奇跡の花よ、あなたが必要なのです。」
声が揃うと、なんと1000年も開かなかった花に変化が見られ始めた。
固い蕾が震え花弁が一枚また一枚と開き始める。
鬼火たちは、一層声を揃えた。
「世界は憂いに満ち満ちている。一つの花よ、私たち人間には、あなたが必要なのです。」
そこに新しい、一番強く光る鬼火が現れて、強く声を重ねた。
「世界は憂いに満ち満ちている。奇跡の花よ、私たち人間にはあなたが必要なのです。」
すると、ついに奇跡の花は開き、世界は穏やかになったのである。
鬼火
4年ほど前に書いた物語です。
読みづらいと感じた箇所を少しだけ修正しています。
全面改修したい気持ちもありましたが、記録とするために踏みとどまりました。
この作品を通して伝えたいのは人の幸せは個別に違うということ。
何かを感じていただけると幸いです。