黒猫
母
ひもじそうな猫の声が切なげに響く。
一目で肋骨と背骨の節が浮いて見える程痩せ細った一匹の黒猫だ。
か細く高い声で鳴きながら覚束ない足取りで歩き、行き交う人々に餌を求める姿はまさに哀れなものだ。
しかし、極寒から身を守るために大ぶりなコートに身を包んだ人々は足元で鳴く小さな物乞いの声には耳も貸さない。紳士靴の尖った先が勢いよく猫を蹴り飛ばす。軽すぎるその体は転がり、濁った池溜まりの水が猫を濡鼠にする。
『子を持つ母程強いものは居ない』
と、誰かが言っていた。
濡鼠の黒猫は寒さに震える足に力を籠め立ち上がり、一歩。また一歩を踏み出していく。
土気色に汚れた尾を上げて、懲りずに行き交う人に餌を乞い続けるのだ。
彼女も又、子を持つ母であるが故に。
黒猫